37、大ニュース
次の休日になった。デアが学園に編入して一ヶ月が経ったことになる。本当ならもうこんなところにはいないはずなのに、と思いながら、デアは安息日の礼拝に参加していた。
ジャクトの身の心配はしていない。無事に決まっている。自分の命を危険にさらすような男ではない。むしろ腹立ちのほうが強い。自分で一ヶ月と言っておいてダメだったとはなんだ。最初から一年と言っておけば……いや、そしたらデアはそもそも学園に入らなかっただろう。あれ? ひょっとしてあたしを学園に入れるために、めども立ってないのに一ヶ月って言ったのか? そのくらいなら我慢して学園に行くし、そのあとで実は一年でしたとバラしても逃げ出さないだろうという計算か。
デアはその思いつきに頭を抱えた。ジャクトにしてやられた。
「お姉さま、具合がよろしくないんですの?」
「ああ、いや、大丈夫」
ラッタに力ない笑いを返して、デアは現実に戻った。
第一礼拝堂に集う生徒たち。
この中に、"黝の"デア宛の手紙を書いた者がいるのだろうか? デアは油断なく周囲を見回す。それとも第二のほうにいるやつか。あるいは生徒ではないのか。
家の外に貼ってあったからといって、リーリア・ハウスの住人ではない、とも言い切れない。誰だか知らないが、いったいそいつはデアにどうしてほしいのか。これもわからない。
いや、それを考えるのはあとと決めたはずだ。今はテストのことを優先する。今日はガルチアーナに教わる日だ。お昼のあとに森に行って、そこであいつのお手並みを拝見といこう。
などと考えているうちに礼拝は終了した。ぞろぞろと皆ハウスに戻る。
デアはサロンに直行して席に座った。姉妹たちもデアに倣うように椅子に腰掛ける。ニニーが紅茶の用意をしている。
その光景を見てデアは、あることに気づいた。
「一人足りないようだけど」
そばかすがいない。なんだっけ名前。
「スイバリーは書信室よ」
マリエーリュスが答えた。
「みんなの様子を見にいくんですって」
一ヶ月分たまった手紙は、黙っていても昼すぎには各ハウスに届けられるが、待てない生徒は直接書信室へ取りに行くのだ。
ほとんど毎月、そばかすは書信室へ行って最新の噂を拾ってくる、ということをしているらしい。例外は先月だ。先月はデアが編入した日だったので、書信室へは行かなかった。
「あの子はまったく、物見高さをもう少し抑えられないものかしら」
「スイバリーお姉さまはいろんなかたのいろんなことを知っていてすごいですの」
「度を越すと品がないと言われかねないわ。マリエーリュスお姉さまの妹である自覚を持ってもらわないと」
と言っているところへ、すごい勢いで扉が開き、そばかすが息を切らせて入ってきた。
「大変です! 一大事。あら、姉妹勢揃い」
「スイバリー、どうしたのその態度は。落ち着きなさい。髪も乱れているし、声の大きさが淑女ではないわよ」
「ごめんなさいお姉さま……国務卿が行方不明になっていたのですって!」
三白眼に叱られて小さくなった声が再び急上昇した。
「一ヶ月ほど前から病の療養で国政をお休みしていたというのは名目で、実際はその頃に行方不明になったという話らしいです。最近公表されたとのことで。複数の人の手紙に言及されていたからほぼ間違いないです」
一ヶ月前に行方不明とは、どこかで聞いた話だな。デアはそばかすに確認する。
「その国務卿っていうのは、バルザイム・ノッティングラム?」
「ええ、そうですよ」
一たす一は二? くらいの質問をされたみたいに一瞬戸惑いつつ、そばかすはうなずいた。
デアの台詞を、三白眼がまた咎め立てした。
「目上のかたを呼び捨てにするのは感心できないわね」
「さん」
「卿、でしょう」
姪が、バルザイムが死んだことを隠すのは当然だが、なぜ行方不明ということまで隠して病気ということにしていたのか?
それはきっとデアのせいだ。
姪の立場になって考えてみる。バルザイム殺害と死体遺棄を目撃した者が、ひょっとしたらあの時姪たちがあの井戸で何をしていたのか理解していないという可能性もある。バルザイム行方不明と発表することによって、目撃者がぴんときて、あのとき見たのは死体を始末していたのか、と理解されてしまうかもしれない。それを恐れたのだろう。
考えすぎのようだが、後ろ暗い者は疑心暗鬼になるものだ。
どうせ目撃者を殺すまでの間だけ病気ということにしておけばいい、と考えたのだろう。だが目撃者を始末できず、ずるずると長引いて、ついに隠しきれなくなった、というところか。
それはわかったが、しかし、政治家の行方不明がどうして学園内の一大事になるのか。デアと違って上流階級の人たちは、そういった政変が自分の家に影響を与えるからだろうか。それにしてもそばかすの興奮のしようといったら、もっと身近なところで生徒たちに関係がある、というような様子だ。
はて、と内心で首をかしげるデア。見れば、そばかすと三白眼はそれがなぜなのか、ちゃんとわかっているみたいだ。マリエーリュスに目をやると、なぜか満腔の同情を湛えたような顔をしている。何を考えているのか表情でわかるのは珍しい。
一番下のラッタだけは、デアと同じように、なんでバルザイム行方不明でみんなが騒いでいるのか、よくわかっていないようだ。
「それが一大事ですの?」
くにゃんと首をかしげたラッタ。三白眼はデアとラッタを等分に見て、
「入学してさほど経っていない二人が知らなくても不思議ではないけれど」
「国務卿は、ガルチアーナさまのお祖父さまなのです」
と、そばかすが続けた。
「は?」
ガルチアーナは、なんだっけ、忘れたけどノッティングラムという姓ではなかったはずだ。
「母方の祖父なのです。ガルチアーナさまは国務卿の外孫ということになりますね」
あっ、そういえばテシオが、バルザイムに孫がいるって言ってたな。それがガルチアーナのことだったのか?
ということはガルチアーナがノッティングラム家を相続するはずだった? ガルチアーナ本人はそんなこと一言も言ってなかった。後ろ盾なしとか言ってたし、あれが嘘とも思えない。というより、そんな嘘をデアにつく必要がない。必要がなくても嘘をつくやつはいるが、ガルチアーナはそういうタイプでもないだろう。
するとどういうことだ?
ややこしい話はよくわからん。
デアは考えるのをやめて立ち上がった。
「お茶も飲んじゃったことだし、散歩でもしてこようかなー」




