35、謎の手紙
マリエーリュスお姉さまは、笑ってと言えば笑ってくれるけれど、言わないとなかなか笑ってくれない。
ラッタの日記に書いてあったのは、そんなような記述だった。言われてみれば、マリエーリュスはあまり笑うほうではない。デアも数えるほどしか見たことがない。
ただこれ、弱味になるかな? ガルチアーナが満足してデアに勉強を教える気になるかどうか。マリエーリュスは実は冷たい人という噂を流すとか……いや、そのへんはガルチアーナが考えればいいことだ。
翌朝、制服に着替えながらデアはそんなことを考えている。
今日はデアのほうからガルチアーナを森に呼び出す必要がある。これははじめてのことだ。今までは、できればガルチアーナの顔は見ないで済ませたかったが、テスト対策がかかっているとなっては仕方がない。
朝食のため部屋を出ると、下で姉妹の食事をサーブするはずのニニーが待っていた。少し戸惑った顔で、手紙を渡してきた。ちゃんとした封筒で、宛先にアデリア・トリアトリーの名がある。
「これは?」
「それが、今朝玄関先に貼られていたもので……誰からかはわかりません。お読みにならないようでしたら処分しましょうか?」
「いや、読むよ。それより、下でみんながお腹をすかしているかも」
ニニーはお辞儀して階段を下りていった。デアは改めて封筒を見る。アデリア・トリアトリーさまとある、その筆跡に覚えはない。少なくともガルチアーナではない。
中を開けてみた。シンプルに便箋が一枚だけだ。
だがその文面を見た瞬間に、デアの表情が引き締まった。
『黝へ』
とあった。つまりこの差し出し主は、デアがアデリア・トリアトリーでないどころか、"黝の"デアという異名を持つことすら知っている、ということではないか。
ガルチアーナはそこまでは知らない。
知っているのは、テシオ・シーブルーか。だけどテシオがこんなふうに手紙をよこすだろうか?
さらにデアの表情を険しくしたのは、ごく短い本文だ。
『工事業者中にユニオンの姿あり』
いったい、これを書いたのは誰だ。デアに注意を促しているように思えるが、かといってこの差出人がデアに好意的だとは限らない。デアが"黝"であり、ユニオンに追われているという情報さえ握っていて、自らの姿も名も明かさないというのは、信用ならない。この情報が正しいかどうかは別としてだ。
例えば逆に、工事業者にジャクトの手の者が入っていて、デアと接触したがっているが、それを防ぐために偽情報を流した、などという考えかたもできる。
実はそんなことがなくてただの事情通だけど恥ずかしいから無記名で教えた、という可能性もある。
両極端の考えがデアの頭の中で回っている。
これまで、情報を整理して判断するのはジャクトの役目だったので、こういうのは苦手だ。
考えすぎはよくない。今考えるのはテストのことだけでせいいっぱいだ。シンプルに優先順位を決めることが重要である。複数のことを一度に深く考えられないともいう。
デアは簡単に方針を決めた。手紙の差出人を探るのはテストのあと。それまでは工事現場に近寄らない。業者がデアを狙ったところで、柵があるのだから、敷地内を歩けば見とがめられる。自由に動き回れはしない。だから、こっちから近寄らなければさほど問題はないはずだ。
警戒だけはしておこう。ナイフが没収されているのが少し心細いが、仕方ない。
階下からニニーの呼ぶ声。デアは手紙を握りつぶしてポケットに入れ、階段へと向かった。




