34、ちびすけ先生
夕食後、ちびすけの部屋に通された。一人用の机では一緒にできないので、ニニーにテーブルと椅子を持ってきてもらった。
部屋の様子は意外だった。デアやマリエーリュスのような殺風景な部屋とは違う。かといって、デアが予想していたみたいにごちゃっとした子供らしい部屋でもなかった。抽象的な形の像とか、シンプルな絵画などが適度に配置され、全体が暖色を中心にまとめられている。なんだかすごくセンスがいい気がする。
椅子に座って、ちびすけはご機嫌だった。
「うれしいですの!」
「うれしいって?」
「今まであまり、アデリアお姉さまとお話ししたことがなかったから、お部屋にお招きできたのがうれしいですの」
無邪気に喜ぶちびすけ。
そりゃ一ヶ月で別れるつもりだったからな。
「テストってどんな感じなの?」
「えっとー、筆記と口頭の二つの試験があって、科目によって違うんですけど、神学と、歴史とー、地理は口頭試験ですの。そんなに難しくないから、授業を普通に聞いていれば簡単ですのよ!」
最後はたぶん、デアを励まそうとしたのだろうが、普通に聞いていないデアには逆効果だった。ぐぬぬ。
「アデリアお姉さまは、中途編入だから、普通のかたよりもっと簡単なテストになるはずですの」
「そいつは心強い」
「それでえっとー、どの科目がわからないんですの?」
「全部」
「えっ」
さすがに一瞬絶句したが、すぐ気を取り直したようにうなずいた。
「わかりました。ラッタが先生ですの!」
と、張り切ったちびすけだったが、ほどなくして、あまり役に立たないことがわかった。
「歴史の口頭試験ってどんなこと聞かれるの?」
「さあ? ラッタにはわかりません」
「前のテストは?」
「いろいろありました!」
「……じゃああたしは何を勉強すればいい?」
「今まで授業でやったことですの」
「全部?」
「全部」
「……ノート見せてくれる?」
テキストブックとノート見て自習というかたちになった。
ここで勉強する歴史というのは要するに、叙事詩の題材になるような英雄の物語だから、その登場人物とか話の筋を憶えればいいのだろうけど。
ちびすけはしばらくデアを見ていたが、特にやることがなくて暇そうだ。
「お姉さま、日記書いてよろしいですの?」
「え? ああ、どうぞ」
ラッタは机から日記を出して書き始めた。
日記か……。
いつの間にかデアの手が止まり、目はちびすけに向けられている。
視線を感じてちびすけが顔を上げた。
「どうしたんですの?」
ガルチアーナの交換条件が一瞬デアの頭によぎった。そのせいで思わず、
「もしよかったらその日記読ませてもらっていい?」
と、ポロリと口から出してしまった。ちびすけは丸い目でこっちを見ている。
あまりに直接的すぎた。
「いやダメなら別に」
「どうぞ!」
日記を差し出してきた。
「いいの!?」
「ラッタのことを知りたいと思ってくれたのがうれしいんですの。それでー……、お姉さまの日記も見せてほしいです」
「つけてない」
「えー?」
「いや、ほんとに。持ってくる」
デアは自室から、ほとんど開いたこともない日記帳を持ってきた。ちびすけはそれをぱらぱらめくった。
「ありゃー……」
それを尻目にデアはちびすけの日記を読む。
「文章うまいな」
あまり熟読するのも疑われそうなので適当にページをめくる。
「魚が好きなの?」
「はい」
めくる。
「お」
マリエーリュスに関する記述を発見した。




