32、テスト勉強……しなくては
一年間! 学力試験!
遠近二つの難題がデアを打ちのめす。
来年まで学園にいないといけないと考えると気が遠くなるが、まずは目の前の問題を片付けよう。テストだ。
作文、読解、数学、科学、神学、歴史、地理、運動、芸術、裁縫。
これだけの科目があるわけだが、このうち運動、芸術、裁縫の三つにはテストがない。なぜ運動にテストがないんだ。それだけは自信があるのに。
ともかく、残りの七科目について、なんとか点数を勝ち取らなくてはいけない。
今まで一ヶ月の間何もしていなかったツケが回って回って、遠心力でデアの頭を痛打しにきている。
なんとかしなければ。
焦りはじめたデアの事情に関係なく、ガルチアーナからの呼び出しが来た。
放課後森で会うという呼び出しは、人知れず行われる。校舎の入り口を入ってすぐのところに生徒用のロッカールームがある。その個人用ロッカーの中に手紙が入っていたら来いということだ。
またかよ。ガルチアーナが描いたのだろう犬の絵をつまみ上げて、デアはうんざりした顔になった。毎回ちょっとした絵とかメッセージが書いてあるが、ちょっと可愛いのが余計にむかつく。
「最近、また進捗の報告がないのだけれど、どうなっているのか説明いただける?」
開口一番、ガルチアーナはそう言って、視線でデアにプレッシャーをかける。
「サボタージュを図ってはいけない、という助言はもうしたはずよね」
デアはたしかにサボっていた。逃げ切れるはずだったからだ。まさかの延長さえなければ……。
ガルチアーナはかなり気分を害している。このままだと本当にバラされてしまうかもしれない。強い危機感がデアを襲う。
「ちなみに、わたしが不自然に姿を消した場合、あなたがニセモノだと明るみに出るような仕組みになっている、とは言っておくわね」
「ぐっ」
デアが殺し屋だと見抜いたわけではないだろうが、カッとなって凶行に及ぶという可能性にも考えを巡らせて対策をしてあるとは。
さすが悪知恵が働く女だ。
こいつを殺すという最終手段すら封じられてしまった。
「待て。待ってくれ」
「獲物を捕らない犬は狩りには不要……どうしたの?」
デアはすがるようにガルチアーナの手を掴んだ。
「テスト……」
と言っただけで、ガルチアーナはだいたい察したらしい。
「だからわたしの命令など聞いていられないというわけね」
少し考える様子を見せた。
テストが絶望的という状況では、ガルチアーナの脅しも効力がなくなる。つまりデアを犬として使い続けるためには、デアにはテストに合格してもらう必要がある。
そう考えが至ったのか、ガルチアーナはデアに新たな指示を出した。
「こうしなさい。あなたは姉妹に教えを乞う」
デアは目を丸くした。
人との関わりを薄く薄くと考えていたデアにとって、人に頼るという発想は盲点だった。だが言われてみればそうするしかないのだ。自力でなんとかなるわけがない。なぜ考えつかなかったのか不思議だ。
それに、あと一一ヶ月。それだけあるんなら、今までのように付き合いが悪いままではやっていけなくなるかもしれない。姉妹や、他の生徒との関わりかたを考える必要があった。
図らずも、デアの現状にぴったり合った提案を、ガルチアーナはしたことになる。
だが、ガルチアーナの作戦はそれで終わりではなかった。
「それでテストに合格できるならそれでもいいわ。ただリーリア・ハウスの姉妹は学力的にはさほどではないから……学力的にはさほどではないから」
「繰り返さなくてもわかったよ」
「不安が残るかもしれない。その場合、わたしが教えてあげるわ」
確かこいつは勉強ができるんだったな。
「ほんとに?」
「ただし、わかっているわね? 何かを得るには代価が必要だということを」
ガルチアーナは、唇の下に指を当てて笑顔を見せた。脅すだけではなく、報酬を用意するという方向で来た。両面から煽りたててデアを働かせようというのだ。
「例えば、勉強を教えてもらう過程で有用な情報を手に入れる機会は増えると思うの。その功績に応じてテスト勉強を見てあげる」




