26、ズーロジカル・ガーデン
教員室を出ると、マリエーリュスがいて、デアのほうへすすすと近づいてきた。
「何の話だったの?」
マリエーリュスが、わざわざ追いかけてきてまで他人の話に興味を持つのは珍しい。
「興味があるんですか?」
「長女だから」
個人的に興味があるのでなく、リーリア・ハウスに関係する不祥事だったら、早めに対処する必要があるというわけだ。
デアはかいつまんで事情を説明した。
「ナイフ」
とマリエーリュスは口にして、じっとデアを見た。
「ニニーが見つけたのね」
「そうみたいです」
「スイバリーはお友達と外出したわ」
もうデアを待っていない、ということだ。よかった、とほっとした。
「ハウスに戻るの?」
「そのつもりです」
マリエーリュスはうなずいて、デアを先導するように歩き出した。彼女もハウスに帰るみたいだ。
と、職員棟を出たところで、生徒たちの集団と行き当たった。
およそ二〇人近くぞろぞろと私服姿で、これから外出するらしい。
「あら、マリエーリュスさん、ごきげんよう」
親しげに声をかけてきたのは、集団の先頭を歩いていた少女だった。
ガルチアーナだ。彼女は、おしゃれに凝った生徒たちの服装の中で、一番地味で質素な装いだった。しかしそれにもかかわらず、一番豪奢な印象を周囲に与えている。それはこの中でガルチアーナの髪の毛が一番キンキラなだけだ、とデアは意地悪く考えたが、それだけでないのはわかっていた。存在感がもっともあるのが彼女であるのは誰が見ても瞭然だった。
マリエーリュスは、ガルチアーナが生徒たちを引き連れて近づいてくるのを、ぼーっと待っている。
「ごきげんよう」と、みんな口々にマリエーリュスに挨拶する。
「わたしたち、これからズーロジカル・ガーデンへ参りますの」
ガルチアーナが誇らしげに言った。
ズーロジカル・ガーデンというのは、遠い地方の珍しい動物がたくさん見られるという、最近設立された施設だ。デアも知っている。いつだったかの新聞に載ってた。ま、貧民街の住人が行けるような場所ではない。
「ふうん。いいの?」
マリエーリュスの疑問に、一人の生徒が答えた。
「解禁されたんです。ガルチアーナさまのおかげで」
「わたしが先生がたにお願いして、ご理解をいただいたの」
昂然と、かつマリエーリュスに挑戦するように、ガルチアーナは胸を張った。わたしはこんなに生徒たちのために行動しているのよ、あなたよりもね、という声が聞こえてきそうだ。
「大人数で、わたしが率いることを条件に許可をいただいたわ」
だがマリエーリュスはいつもの調子で、大したリアクションを示さず、淡々としていた。
「よかったわね」
との返事に、ガルチアーナの眉が一瞬だけぴくりと動いた。
すかされて苛立ってるな。デアは無責任にガルチアーナの表情の変化を見物している。
「あなたもズーロジカル・ガーデンに興味はないかしら? ご一緒してもよろしくてよ」
と、ガルチアーナがマリエーリュスを誘う。
「マリエーリュスさまが来ていただけるなら光栄ですわ!」「素敵ですわ!」と、一部の生徒たちが色めきだつ。この反応も、内心ガルチアーナは面白くないはずだ。
「残念ながらご一緒はできないわ」
と、マリエーリュスはあっさり断った。
「それは残念ね。どこかへいらっしゃるの?」
「外出はしないわ。学園の中ですごすつもり」
「ご一緒しましょうよ」「マリエーリュスさま」
と一部の生徒はまだ食い下がる。それが気に入らなかったようで、ガルチアーナが一歩前へ出た。
「ちょうど最近、学園内に見所ができたことだし、そちらへいらっしゃったらいかが?」
目をぱちくりさせるマリエーリュス。
そんなところは別にないはずだが。デアにも心当たりはない。戸惑いの空気が流れたところで、
「工事現場よ」
あのボロボロだった小屋、使用人が使う倉庫を、今現在、建て直しているのだ。先日の大風でついに限界が来たと判断されたのだろう。
ただ、ガルチアーナがそれをなぜわざわざ口に出したのか、というのが問題だ。
たしかに、建物が建設されるようすは、考えかたによっては興味深い見世物と言えないではない。その意味でマリエーリュスに勧めたとも解釈できる。
だが深読みすれば、建設業者の男たちを物色しにでも行け、という、とんでもない侮辱ともとれる。
デアは表情を観察した。いや、さしものガルチアーナも、お嬢さまなのだ。性的な寓意のある罵倒や侮辱を行うほどスレていない。
工事現場=つまらない場所=あなたにはそこがお似合いよ、ということにすぎないだろう。
逆に言えば、勝手に性的な罵倒を読み取ったデアがスレているのだ。
いずれにせよ、マリエーリュスは秘められた侮辱には無反応だった。
「そうしようかしら」
などと言っている。
「アデリアは、ガルチアーナさんに連れて行ってもらったら」
「いやいいです」
即座に断ると、ガルチアーナのシンパがむっとした顔になった。マリエーリュスの妹がガルチアーナに対して失礼な態度を取った、と感じられたのだろう。
デアとガルチアーナが本当はどのような関係にあるか、本人たち以外は誰も知らない。
「それでは、参りましょう皆さん」
ガルチアーナが生徒たちを先導していく。最後までデアのことは無視していった。




