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25、刃より鋭く

 教員室の前でデアは立ち止まった。まだここへは入ったことがない。


 書信室みたいに扉にガラス窓がついておらず、中が見えない。おかげで緊張感が増す。いったい、中で何が待ち受けているのか。


「アデリア・トリアトリーです。入ります」


 扉を開けたデアを出迎えたのは、いきなりの叱声だった。


「これは大問題ですよ!」


 イバ先生が真正面からデアを睨みつける。一人ではない。他の先生方も何人か、温度差はあれ囲むように立っている。なんだこれ、糾弾会か。まだよくわかっていないが、やはり雲行きはこちらに優しくないみたいだ。


 視線を近くの机に移して、デアはあっと口を開いた。


 なぜ呼ばれたのか一瞬で理解した。息を詰め、瞬きを繰り返し、つばを飲み込む。汗がにじむ。


 ……こいつはやばい(ビッグスリーフールズ)


 机の上のそれを手に取り、イバ先生はデアに突きつけた。


「このような物を学園に持ち込むとはどういうことですか!」


 それは少女の下腕ほどの長さがあった。手に持てばずしりと重いだろう。革の鞘は使い込まれてつやを帯び、そこから出た柄も握った形に跡がついている。


 それは、デアの物だ。


 隠しておいたはずの、ナイフであった。


 デアは、ナイフを持ち歩くのをやめて、自室のベッドの枕元、マットレスの下に隠しておいたのだ。それがなぜここに。


「リーリア・ハウスのメイドが今朝、部屋の掃除の際に発見したと言っています!」


 ニニーか。いろいろ家事をやってくれるとは思っていたが、メイドというのは部屋の中を勝手に掃除するのか。どうりで埃がたまらないと思った。


 いや、そんなことを考えている場合ではない。これでデアの正体がバレてしまった。もう学園にはいられない。


 わずか一旬で学園生活も終わりか。


「どうしてこのような物を持ち込んだのですか! こんな、危険で野蛮な物を!」


 学園を出るとなると、どうにかして生き残る算段を……


 ん? デアはもう一回、今のイバ先生の台詞を反芻した。


 イバ先生の叱責のニュアンスをよくよく考えると、あくまで、学園の生徒がナイフを持ち込んだ、けしからん、という認識のようだ。

 デアが偽物の生徒であるところまでは、発想が及んでいないみたいだった。


 デアは内心で胸をなで下ろす。ちょっと過敏だった。ナイフを見て、全部バレたものだと先走ってしまった。


 だが、本当にバレてしまう危険が去ったわけではない。なんとかごまかす必要がある。


 えーと、えーと。


「じ、実は東部地方の風習で、子供の健康を願って親が刃物を贈るという……」

「風習?」


 訝しむような顔をしたのはイバ先生の斜め後ろの、別の教師だった。詩の授業の人だ。


「私も東部の出身ですけれど、聞いたことがありませんね」


 なんだと。

 東部出身者がいないというのは生徒だけの話だったのか。


 一気に窮地に陥った感覚だ。


「と、東部といっても広いですし……」

「私はトリアトリー旧団爵領の出身です」

「ぐっ……あの、あれです、ひょっとしたらあたしの家だけのものかも知れませんがっ」


 苦し紛れに言って反応を伺うが、もう突っ込みは入らなかった。我が家だけに伝わる、と言われたら、内情を知らない以上反論はできまい。


 イバ先生は改めてナイフを観察し、


「それにしてもこのような汚い物を渡すでしょうか……ここに染みがありますよ」

「あ、それは」


 血です。


 刃はしっかり研いであるとはいえ、鞘や柄などはさすがに旧貴族がありがたがるには汚すぎる代物のようで、イバ先生の疑いの目はまだデアに向けられている。


「代々伝わってきたというのは本当ですか?」

「信じてください、先生! 確かに説明しなかったのは私の落ち度ですけれど、真実を話すこの口まで疑われるのは……とても悲しいことです……」

「あ、アデリアさん?」


 うつむいたデアにイバ先生が戸惑い、追及の手をゆるめたところで、がばっと顔を持ち上げた。


「ナイフが古びているのは、使い込んだ物を渡すというしきたりだからです。第一神の叡智と、第二神の慈悲をもって、私の言葉を信じてはいただけませんか!」


 ぐっと顔に力を入れて無理やり涙をにじませるデア。うまく悲壮な感じが出ているといいが。


 さしものイバ先生も、生徒の涙ながらの訴えに少しひるんだ。周囲の先生たちも、そこまで言うなら本当なのだろうと、同情的な空気に変わっていた。


 イバ先生は咳払いをして、


「確かに、子を思う親の情を考えれば、情状酌量の余地はあるようですね」


 涙は時にナイフより鋭い武器になる。ジャクトの教えだ。デアはこの武器の振るい方はあまり得意ではないが、今回は見事に命中したみたいだった。


 今回の危機も乗り越えたか。


「ただし、このような危険な物を貴女の手元に置いておくわけにはいきません。それはわかりますね?」

「はい、先生」


 やっぱりそうなるのか。


「こちらで保管します。よろしいですね?」


 よろしくはないけど、やむを得ない。手元に武器がないのは心細いが、ごねてヤブヘビになるよかましだ。


 デアはせいぜいしおらしく、先生方に向かって礼をした。

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