24、はじめての休日
編入して最初の休日がやってきた。
この国では、一ヶ月が三十日、それを三分して上中下旬に分ける。第一日目から、光、風、叡智、血、樹木、慈悲、夜、海、静寂の曜日と続き、最後の一日が聖三尊の安息日つまり休日になっている。
デアが編入した日が一旬前の安息日だったから、編入から十日が経ったということだ。
一ヶ月の三分の一が終わった。ようやくという感じなのは、だいたいガルチアーナのせいだ。
そして今日は、デアにとって初めての安息日礼拝がある。
さて、三尊教の礼拝っていうのはどんなかな。お茶会のときみたいに自分が矢面に立つことはないということで、デアの心情にも余裕がある。
姉妹そろって玄関のホールに集まり、いっしょに礼拝堂へ行く。そばかすが、デアがフリーハンドなのを見とがめた。
「お姉さま、『讃えの書』お持ちですか?」
「忘れてた」
必要だとは知らなかった。机に放り込んだままだ。デアは急いで階段を上って取りに戻った。
礼拝堂は二つあり、それぞれ第一神と第二神を主としている。生徒は二つの組に分かれて、どちらかの礼拝に行くのだ。リーリア・ハウスの姉妹は、前の旬では第二礼拝堂へ行ったので、今日は第一のほうだ。
はじめて正面から見たが、第一礼拝堂は、なかなか大きい。三階建てだろうか。デアは威圧的な建物を見上げた。大きな扉の上の浮き彫りは、輝く太陽と剣。
他のハウスの生徒たちも集まってきている。
礼拝堂の中は、天井が普通の倍くらい高い。まっすぐ正面が通路で、奥の説教壇まで続いている。通路の左右に、聴衆が座るベンチが並んでいる。説教壇の更に奥の壁から、第一神の大きい神像がこちらを見下ろしている。
「第二礼拝堂もこんなに大きいの?」
「ここも、建物は大きいですけど、礼拝堂なのは一階だけですから」
上の階は別の用途に使われているとのことだ。
デアは、姉妹たちにしたがってベンチに座った。ガルチアーナと鉢合わせたら嫌だと思ったが、彼女は第二のほうらしい。
みんなが座席に着くと、教父が説教壇に登場した。
「みなさん、おはようございます」
おはようございます、と生徒たち。すごい、行儀がいいことで、とデアは感心した。もはや私語をしている生徒が誰もいない。
それから教父は『讃えの書』のページを指定して開き、そこの章句を読んで、説教を加える。なかなか流暢で、話し慣れていることがわかる。
それを真剣に聞いている者もいれば、まれに上の空の生徒もいる。
ずっと続く説教に、デアはあくびを噛み殺した。
「聖三尊に感謝を」
「サントライゾン」
教父に続いて生徒たちが唱和する。出遅れたデアは口パクでごまかした。
今日の章句をみんなで口に出して読み、もう一回サントライゾンの唱和があって、最後に黙祷する。
それで終わりだ。教父が出ていくと、一気に空気が弛緩して、年頃の少女の集団らしい騒がしさが戻ってくる。休日をどう過ごすかで盛り上がっていた。それを見る限り、敬虔な気持ちで礼拝に参加している生徒はごく少数のようだ。逆に礼拝を無価値だと感じている、デアのような不遜な生徒も少ないみたいで、大半は、必要な義務、日常の習慣という意識らしい。
礼拝堂の扉が開き、ぞろぞろとみんな外へ吸い出されていく。
「お姉さまがたは今日どうなさるんです?」
そばかすが聞いてきた。三白眼が返答する。
「私は図書館。貴女は?」
「私は外出許可を取ったので、マニエたちとツギィ記念通りでショッピングです。どの服を着ていこうか迷ってしまいますね!」
わくわくしている様子が見て取れる。英雄ツギィの功績を記念して名付けられたツギィ記念通りは、上流向けの店が並ぶ高級商店街だ。
外出するには学園の許可が必要で、誰とどこへ行くかの申請が必要だ。単独の行動は不許可、いかがわしい場所も不許可、などの制限があるとのことだ。
どうせデアには関係ない話だ。
「アデリアお姉さまもご一緒にいかがですか?」
自分に矛先が回ってくると思っていなかったデアは、目を丸くした。
「ええ? あたしが混ざったら邪魔でしょう?」
「邪魔だなんて! お姉さま。私、お姉さまともう少しお近づきになりたいと思っていたんです。ね、許可を取りに行きましょう」
休日でテンションが高くなっているのか、いつもより積極的なそばかすは、デアの腕を取った。
「いや、その……」
そこへ、小間使いの少女が駆けてきた。ハウスメイドと違って、先生間の連絡や生徒への通達を請け負う伝令係だ。おおっぴらに学園内で走り回っていい数少ない存在である。
「アデリア・トリアトリーさま」
と、デアの前に立った。
は? あたし?
「教員室へ来るように、とのことです」
なんだ? デアには心当たりがなかった。いや、大きい心当たりはある。大きすぎて一瞬見えてなかったけど、まさか偽装がバレたのだろうか? いや、それなら教員室へ呼び出すなんて悠長なことはしないだろう。不意をついて逮捕、とかそういう方法をとるはずだ。
だから正体バレではないとすると、何の用か、さっぱりわからない。単に、編入して間もない生徒に対する一般的な指導とか、そういうことだろうか。小間使いに聞いてもそこまで知っているわけもない。
「誰からの呼び出しでしょう?」
「イバ先生です」
いい知らせではないようだ。ただ、外出をしないですむ口実にはなる。
「それじゃあ、行ってきます。外出楽しんでね」
名残惜しそうなそばかすを置いて、デアはその場を立ち去った。




