22、スパイ活動
「遅い! どこへ行っていたの」
ガルチアーナとの密談を終えてハウスに戻った頃には、日は沈み暗くなっていた。デアを待っていたのは、腕を組んで仁王立ちした三白眼の叱声であった。玄関ホールで待ち構えていたのだ。
長女のマリエーリュスと、メイドのニニーもいる。
「少し散歩に」
と言いつつニニーに目配せして、余計なことを言わないようにさせた。ニニーも他に気づかれないよう小さくうなずいた。
「散歩はいいけれど、日が落ちるまでにハウスに戻ること。これは規則よ」
子供かよ。
「ごめんなさい」
表面上はしおらしく謝っておく。
「今日は風も強かったし、貴女は編入したばかりなのだから、もっと慎重に……」
「ご飯にしましょう」
三白眼の説教をぶった切って、マリエーリュスが言った。三白眼の眉毛が下がる。
「お姉さま、叱ってくださらなければ示しがつきませんよ。新しい妹の不始末なのだから」
わかった、とマリエーリュスはうなずいて、デアの正面に出た。
「だめよー」
それからしばらくじっとこちらを見て、はいおしまいとばかりにうなずいてダイニングルームへ向かった。
「お姉さまぁ」
情けない声をあげて三白眼はマリエーリュスを追っていった。
夕食は姉妹そろっていただく。学園生活ということで、内容は質素だ。上流階級の基準で質素ということである。
パンとスープともう一品、というのが夕食の基本構成だそうで、今日は野菜がたくさん入ったクリームシチューとローストビーフだ。ここの食事は基本的に全部美味しい。だがその美味しい料理も今日ばかりは味がしない心地だ。
デアは無言で食べ物を口に運んでいく。
「アデリアお姉さま、そんなに急いで、何かご用でもあるのですか?」
そばかすが不思議そうに問うので、我に返ったデアが他の人の様子を見ると、みんなデアの半分も食べ進めていなかった。
殺し屋としては栄養補給はできるときに手早く、というのが基本である。昨日の夕食は例によって周囲の様子を見ながらだったので大丈夫だったが、今日は他に気を取られることがあったせいで、いつもの癖が出てしまった。
この場では会話を楽しみながらゆっくり和やかに、というのが正解だ。デアはわざとらしい笑い声をあげて、とてもお腹がすいていたものだから、とごまかした。以後、ペースを合わせる。
「授業はどう?」
なんとなくという感じでマリエーリュスが聞いてきた。
「あまり得意でないので大変です」
「そう」
パンをちぎってシチューに浸し、ゆっくり噛んで飲み込んで、
「わたしもよ」
「はあ」
会話が終わった。
それを引き継いで一番下のちびすけが、
「マリエーリュスお姉さまは運動がお得意なんですのよ!」
自分のことのように自慢げな様子だ。
それは意外だ。マリエーリュスは、勉強が苦手で運動が得意、というようには見えない。逆のほうがイメージに近い気がした。視線を向けると、マリエーリュスはゆっくりと肉を咀嚼している。ゆっくり味わうように。
それからこっちに視線を返して、
「そうなの」
とうなずいた。どうにもテンポがずれている。
うーん、これは弱味になるだろうか? マリエーリュスは勉強が苦手だ。
いや、このくらいはガルチアーナも知っているだろう。別に秘密にしているわけでもなさそうだし、皆知っていることという可能性のほうが高い。
ニニーのサーブで食後の紅茶が出てきた。デアがカップを取り上げて一口含むと、
「アデリアお姉さま、あの飲み方はなさらないのですか?」
おしゃべりのそばかすが見とがめた。
「あれはもう懲りたから」
「レイバラー・スタイルなんて知りませんでしたの。ガルチアーナさまは物知りですのね」
上手い具合に彼女の名が出た。
いつまでたっても話題がガルチアーナに向かわない場合は、こちらから彼女の名を出して反応をうかがわなければならないと思っていたが、都合がいい。
デアがガルチアーナとつながりがあるということは秘密である。だから自然に、怪しまれないように、ガルチアーナのことを聞き出す必要がある。
そんな話術をデアが持っているわけがない。が、やらねばバラされる。
面倒な仕事を押しつけやがって。
「ガルチアーナさまはどのようなかたなんですか?」
このくらいなら不自然にはならないはず。
マリエーリュスは屈託なく答えた。
「頭のいいかたよ。ねえヒーネ」
「はいっ、お姉さま。そうですね。勉強はおできになります」
三白眼のほうは含みのありそうな口調だ。
「ガルチアーナさまはトレッフル・ハウスの長女で、勉強全般がお得意なんですよ。特に歴史にはお詳しいとか」
そばかすが情報通なところを見せる。
小さいわりに威張っていると思ったが、長女だったのか。あたしより年上なのか。
「それから、ガルチアーナさまの家柄はですね……」
「スイバリー」
三白眼がたしなめるように名を呼び、そばかすを黙らせた。それでガルチアーナの話題は終わり、他の話へスライドしていった。
三白眼のやつはあまりガルチアーナのことが好きでないのにちがいない。お茶会のときもピリピリしていたようだし。
マリエーリュスがどう思っているのか? それは彼女の表情や口ぶりからは何も読み取れなかった。
「それだけ?」
翌日の放課後、森の祀堂で報告を受けたガルチアーナは、不満そうに眉を上げた。
「もっとほしいのか? たった一晩で?」
「まあ、いいわ。続けてちょうだい」




