21、犬になれー
「で……それを知ってどうする?」
デアはもはや声色を取り繕うのをやめた。鋭い目でガルチアーナを見据える。
「それがあなたの素の表情? 素敵ね」
睨みつけられても、ガルチアーナは動じない。
「他の人にバラすつもりはないわ。そんなつもりなら、はじめからレイバラー・スタイルでお茶を飲むようなことはしないし、ここに呼び出したりもしないもの」
自分の優位を疑っていないようだ。
「それで、あなたは何者なのかしら? ただの庶民が紛れ込めるはずもないし、わたしの推測を聞いていただける?」
デアは返答しなかったが、ガルチアーナは気にせず続ける。
「卓抜した運動能力を見るに、誰かから送り込まれたスパイ。学園内の様子、あるいは誰か一個人の情報を得るために来た。違うかしら?」
違います。口に出して答えはしないけど。
「ただ、上流階級に溶け込めきれない立ち居振る舞いや、不自然な髪型からすれば、まだ未熟なスパイだと思うの。学園に入れる年格好の人が他にいなかったのかしらね」
失礼なことを言われてる気がする。ただ、命を狙われて緊急避難しに来た殺し屋、というのも、未熟なスパイに負けず劣らず情けないと言えるかもしれない。
「どう? 当たっているかしら? 当たらずとも遠からず、だと思うのだけれど」
「……」
「間違っていてもかまわないわ。大事なのはそこではないもの。大事なのは、あなたが本物のアデリア・トリアトリーではないことが公になると困る立場にある、ということ。それは確か」
話がどういう方向へ向かうのか、嫌な予感しかしない。
ガルチアーナは、目を爛と輝かせた。
「あなた、わたしの犬になりなさい」
は? ……やっぱりそういう趣味が……!?
「わたしのためのスパイになってもらうわ」
そういう意味だったか。なんとなくほっとするデア。いや、ほっとしている場合ではない。
「わたしの言うことを聞いたら、ご褒美をあげるわ。ちょうどここは第三神の祀堂だし、静寂をあげる。あなたの正体について、ね」
黙っていてやる、ということだ。
デアは相手を睨みつけるが、その視線をまるでそよ風程度にしか思っていないように、ガルチアーナは平気な顔だ。
可愛らしい見た目と裏腹に、かなりたちの悪いやつだった。野心家で、陰謀家だ。
これだから上流階級ってやつは。
いっそ殺してやろうか、という考えも頭をよぎったが、残念ながら断念せざるをえない。
死体の始末をどうすればいいのか。また、仮に死体を隠しおおせても、ガルチアーナのような目立つ生徒が行方不明になった場合、事態が面倒なことになるだろう。どこまで影響が広がるかわかったものではない。
デメリットがあまりに大きいのだ。
我慢して、表面上、波風立てずに過ごすほうが確実だ。
入って早々、こんなやつにあたしがニセモノだと知られるとは思わなかった。
くそ。忌々しげに脳内で吐き捨ててから、デアは諦めの吐息をついた。
「あたしは何をすればいい?」
ガルチアーナは満足そうにうなずいた。
「まず、あなたの名前から知っておきたいわね。本当の名前を」
「デア」
「シンプルな名前ね。そう……よく似合っているわ」
決して褒めてはいない。
「デア。あなたは妹だから、マリエーリュス・ロッカラムのいろいろな行動を目にする機会があることでしょう。その中で、わたしの耳を喜ばせるようなことを探して、報告なさい」
それがガルチアーナの命令であった。
「マリエーリュスの弱味を握りたいってことだな」
「あら、直接的な物言いは優雅ではないわよ」
ガルチアーナは微笑んでたしなめたが、デアの言葉に対して否定することはなかった。
「それから、彼女がわたしについてどう思っているのか。どう出る気か」
敵の方針を知って自分の出方を考えようということだろう。
でも、そんな情報収集をあたしにやらせようってのか? 荷が重い。
「返事がないようだけれど……?」
人差し指を唇の下に、ガルチアーナは可愛く首をかしげる。
「わーかったよ! やればいいんだろ!」
「くれぐれも、サボタージュはあまり褒められたことではない、ということは憶えておくといいと思うわ」
口だけでやり過ごそうったってそうはいかない、とガルチアーナは釘を差してくる。
「あなたの働きいかんでは、アデリア・トリアトリー嬢へお手紙を差し上げてもよろしいのよ。デアという楽しい女の子がいるのだけれど……と、あなたを紹介してあげましょう」
なんて性格の悪いやつだ。ガルチアーナの脅しに、デアは歯ぎしりで答えるしかなかった。




