19、森で、ガルチアーナと
森に来た。相変わらず余人の姿はない。忘れられたような場所なのかもしれない。ノッティングラムの屋敷の、裏庭のような。
今日は風が強い。ここへ来るまでに足を取られそうになったし、髪はばさばさだし、例のボロ小屋がミシミシいっていた。森に入って風が弱まって助かった。
歩いていくと、昨日挨拶を交わした場所でガルチアーナが待っていた。デアの姿を認めてぱっと明るい笑顔になる。
「来てくれたのね」
「はあ」
どことなく及び腰なデア。立場云々は別にしても、あの情熱的な文面を思うとちょっと距離を置きたくなる。
「ご用件は?」
「少し歩きましょう」
ガルチアーナはひらりとターンして、デアを先導して歩き出した。
「こっちのほうに、第三神の祀堂があるのをご存知?」
石造りの小さな建物があった。ガルチアーナは歩いていって正面に立った。デアは続く。入り口の扉の上の浮き彫りは、凪いだ海に浮かぶ三日月。
これが、第三神の祀堂だ。祀堂とは礼拝堂より小さくて、教父が説法するのでなく個々人で祈りを捧げるタイプのやつだ。
第一第二の神とくらべて人気がないから、こんなところにひっそりとあるのだな。
第三神ナイメアは、夜と海と静寂の神。不心得者は泥棒と船乗りと葬儀屋の神なんていうけど、一般の人にとっては、確かに葬儀の時くらいしか身近でないのだ。
その証拠にこの祀堂には、あまり人が来ている気配がない。外壁にはコケが生えかけ、木製の扉も表面の塗装が剥げてガサガサになっている。
ただ、夜の闇に紛れる仕事をしているデアにとっては、第三神ナイメアは一番近しい神と言っていいかもしれない。
ガルチアーナはその扉を押し開けた。中は薄暗く、高い位置にある小窓から日光が差しているだけだ。
奥には静謐な瞳で遠くを見つめる第三神ナイメアの神像が立っている。人間より一回り大きいサイズだ。神像の足もと、祀堂の中央部分が祈りを捧げるスペースになっている。
そして左右の壁に沿うように木製のベンチがある。ガルチアーナに促されてデアはそのベンチに腰掛けた。
「ここなら他の誰の目もないわ。神を除いては」
ガルチアーナはデアと太ももがくっつくくらいにして座った。
……近くない?
「でも第三神なら、何を聞いても静寂を守ってくださるでしょう」
デアが微妙に反対側に傾いて距離を取ると、それと同じだけ間を詰めてきた。ガルチアーナは顔を寄せてデアの瞳を覗き込む。
ガルチアーナの顔が目の前だ。彼女の長いまつげが瞬きのたびにわななく。もの言いたげな目が窓からの日光で濡れたように光る。
逃げるタイミングを失ってデアは硬直する。
以前ザグビィに聞いたことが頭によみがえる。
貴族ってのは、普通のやりかたには飽きてるから、いろんな方法を考案して試してるって話さ。道具を工夫してみたり、犬とやってみたり。同性どうしで寝るなんてのは当たり前のことらしいよ。
…………。まさか、そういうアレなのか!? デアは思わず弾かれるように距離を取って座り直した。
ガルチアーナは少し残念そうな顔を見せて、また距離を詰めてきそうだったので、デアは慌てて口を開いた。
「は、話って何?」
「わたし、あなたに興味があるの。とっても」
「いやいや、あたしなんか大したもんじゃないから、興味を持たれるほどの者では」
「謙遜ね。わたしにしてみれば、学園でもトップクラスに興味深いわ」
「だいたい、あたしのどこにそんな興味が?」
「そうね。わたしが興味あるのは、たとえば――」
"軍姫"ラニスは、王制時代中期の人物である。王女でありながら軍略に長け、『微笑のうちに百計を蔵す』と恐れられた。
「――あなたが何者なのか」
ガルチアーナは、そのラニスのように微笑んだ。




