表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/64

1、今夜のお仕事

 デアは夜の街を駆ける。

 

 青白く痩せた月が雲の合間から姿を見せている。


 馬車が三台併走できるほどの大通りに、彼女のほかに人影はない。街灯が空しく光を放っている。


 通りの左右には背の高い塀が連なっている。門はすべて閉ざされていた。ここは旧貴族の邸宅が建ち並ぶ地区だ。


 暗色のマントがなびく。肩に掛からないほどの短い髪は、青みがかった黒、夜空の色をしている。そこからついた異名が"(あおぐろ)"。


 "(あおぐろ)の"デア。


 殺し屋だ。


 今夜の仕事は今までで一番の大仕事だ。いや、これから先の生涯を含めても最大かもしれない。それほどの大物がターゲットなのだ。


 そんな仕事が回ってくるほど、あたしの実力が評価されてるってことだ。デアは満足げににやりと笑みを浮かべた。


 屋敷と屋敷の間の狭い路地に入ったデアは、左右の塀を蹴り、三角飛びで高い塀を上っていく。


 塀を越えて、敷地内に侵入した。そこは他の屋敷に比べてもひときわ広い敷地を持つ邸宅だ。個人の家というよりは、ほとんど公園のような広さがあり、その中にいくつもの建物が並んでいる。


 一番大きい主館の壁を登り、デアは屋根へと到達した。


 窓から明かりが漏れている。中を見ると、一人の老人が大きな書斎机に向かっていた。机上には大量の書類が積まれている。彼の頭頂部に毛は残っておらず、周りの髪も完全に白い。


 もう夜中だってのにまだ起きてるのか。さすが金持ちは違うな。勤勉だ。と、デアは妙なところで感心する。


 今サインしている書類は政府の国務卿としてのものか、それとも国家有数の材木商としての仕事か、はたまた所有している大農園に関するものか。


 あの老人が今回の標的である。

 バルザイム・ノッティングラム旧光爵。この国でも十本の指に入るであろう要人だ。


 デアはそれを窓から見下ろしている。すぐに動こうとはしない。ここから見えない位置に使用人が控えているはずだ。下手に焦っては事を仕損じる。


 そもそもデアは、普段ならバルザイムが眠っている時間を待ってやってきたのだ。まだ起きてるとは計算が違った。待つしかない。


 力ない月光の下、秋とはいえ吹きさらしの屋根だ。マントを羽織っていても冷たい夜風が体温を奪う。デアはぶるりと震えた。


 幸い、程なくしてバルザイム老人はペンを置いた。


 いよいよ出番が近い。デアは腰につけたナイフの感触を確かめる。バルザイムの動きに神経を集中させる。デアは風の冷たさを忘れた。


 老人は机上のベルを鳴らして使用人を呼んだ。部屋の天井が高いせいで、ガラスを隔てたデアにはベルの音は聞こえない。


 ベルに呼ばれて視界に入ってきたのは執事だった。護衛も兼ねているのか、若くて体格がいい。執事は毛布を手にしていた。きびきびとした動きで机上に毛布を置き、書類を整頓すると、机を回り込んでバルザイム老人の背後に立った。


 ポケットから何かを取り出す。細い縄だ。それを、ごく自然な動きでバルザイムの首に巻きつけ、ぐいと絞めあげた。


 ……は?


 デアの口がぽかんと開いた。


 執事は、そのままバルザイムの体を無理矢理背負うように持ち上げ、さらにきつく絞めてゆく。暴れるバルザイムの足に当たって椅子が倒れ、書類が散らかったが、それだけだった。


 バルザイムの体からぐにゃりと力が失われた。


 執事の肩の上で、老人は死んだ。デアが見ている前で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ