16、レイバラー・スタイル
終わった、とデアが蒼白な顔で思ったとき、カチャリと隣から音がした。
「さすがね、アデリアさん」
微笑んでいるのは、ガルチアーナだった。彼女は両手でソーサーとカップを持った。そのまま、デアがしたように茶をソーサーに注ぎ入れ、優雅にそれを飲んだ。さすがにデアのようにすする音はさせなかった。
「ガルチアーナさま、貴女まで何を……?」
誰かが、困惑を超えて恐れの混じった声音を出した。他の人たちも、おおむね、口にはしないまでも似たような思いのようだ。
デア自身もぽかんと見ている。
ガルチアーナ自身はしれっとして、周囲の反応を楽しんでいるようなそぶりさえ見せている。洗練された動きでソーサーを卓上に置いた。
「どうなさったの、皆さん?」
「どうって、そのような飲み方をして、どういうおつもりですか」
ガルチアーナの視線を受けて、おそらく新貴族の生徒であろう一人が意見した。旗頭の奇行を取り上げて、旧貴族派の失点にしようという計算が透けて見えるような口調だ。
その攻撃を、ガルチアーナは笑顔でひらりとかわす。
「あら、ご存知ない? これはクラシカルなレイバラー・スタイルよ」
「クラシカル?」「昔のお茶会であのような飲み方がされていたというのですか?」
「およそ一五〇年前に、マニャーニ博爵というかたが労働者階級の飲み方を大胆に取り入れたスタイルなの。当時としても知る人ぞ知るというスタイルだから、知らなくても無知とはいえないわね」
やんわりと上からなだめるような口調だ。
さすがに、文化や歴史の積み重ねにおいては、旧貴族のほうが優れている。もしガルチアーナの言葉に対し半信半疑だとしても、反駁できるほどの知識は新貴族側にはない。最初に攻撃してきた生徒は沈黙した。
「むしろこのスタイルを知っていたアデリアさんを褒めるところね」
「へえ……」
完全に血の気が引いていたデアは生色を取り戻した。
本当にそんなのがあったのか。ジャクトの言っていたことは本当だったんだ。
しかし、ヒヤヒヤした。完全にバレてしまうと思った。他の人の目がなければその場にぐんにゃり寝転がりたいくらいの安堵が彼女を包む。故実に詳しいガルチアーナがいてくれて運がよかった。
そんなデアを横目に見て、ガルチアーナはくすりと笑った。
「さすがガルチアーナさんは物知りね」
淡々と言いながら、マリエーリュスも同じようにソーサーに紅茶を入れて飲んだ。まるでこだわりや抵抗のない様子だ。いつもやっている飲み方みたいに自然にしている。
ガルチアーナが一瞬ながら不快そうな顔を見せた。すぐに消えたけれども。
「マリエーリュスさんがわたしたちの真似をしてくれるなんてありがたいわ。ね、アデリアさん」
「はあ……」
マリエーリュスはソーサーから唇を離して、
「冷めやすくなるから、あまりお茶会には向かないわね」
感想も淡泊なものだった。
マリエーリュスは周囲の様子を見回した。
「ああ、貴女たちは別に、好きに飲んでいいのよ」
「いえ、お供しますお姉さま」
真っ先に姉に倣ったのは三白眼だった。ソーサーに紅茶を注ぎ込む。
他の者も、ガルチアーナとマリエーリュス二人のリーダーがレイバラー・スタイルとやらで飲んだのを無視するわけにはいかない、と、内心どう思っているか知らないが、表面的にはにこやかにしながら、ソーサーを手にした。
普通のスタイルを守ったのはごく少数の生徒に過ぎなかった。
他は皆ガルチアーナとマリエーリュスに倣った。デアに倣ったのではない。
その光景は、学園のお茶会始まって以来の奇観であったろう。
デアは気の抜けたような状態でただそれを見ていた。ガルチアーナはおかしそうに笑いを噛み殺している。マリエーリュスは無表情だが、ほんのわずか不興げに眉をひそめた。




