15、お茶会!
他の人のやることを見て、そのまねをしよう。それしかない。
お茶会という未知の行事に参加するに当たって、デアはそう方針を定めた。何か大きな失敗をして、お嬢さまでないことがばれたらおしまいだ。そうならないためにも慎重にいかなくては。
デアを歓迎するための会なので、一番目立つ席が彼女に与えられた。右隣がマリエーリュスで、以下リーリア・ハウスの姉妹が並ぶ。
左側の隣席にはガルチアーナが座っている。そちらに視線を送ると目が合った。にっこり微笑みを返してくる。
「緊張しているの?」
「こんな盛大なのははじめてで……ほら、東部の田舎者ですから」
デアはなんとかしてハードルを下げる作戦に出た。
「そう。でも気にしなくていい」
と、これは反対側から、マリエーリュスのありがたいお言葉だ。彼女はテーブルの上にあるケーキスタンドを指し示した。
「お菓子をどうぞ」
スタンドは三段になっていて、一番上がケーキ、真ん中がクッキー、下段に一口サンドイッチが並んでいる。
デアは手を伸ばしかけて、途中で止めた。中途半端な姿勢のまま、
「ええと、おすすめはどれ?」
どれを取れば無難なのかわからなかったので、とっさに質問をした。マリエーリュスはそのまま質問を丸投げするように脇に目を向けた。
「ヒーネ、どれがいいかしら?」
ヒーネって誰だっけ、と思ったデアだが、三白眼が口を開いたので彼女の名であろうと思い出した。
「はいっ、お姉さま。東部の出ならあまり魚は食べたことがないでしょう。ならばサーディンのサンドイッチはよけて、フルーツサンドがいいのでは」
やった。デアは内心喜んだ。果物、というより、甘い物全般がデアの好物なのだ。
ではそれを、とデアはつまんでぱくりといった。途端に目を丸くする。
うまっ! 何これ、パンがしっとりしてる! リンゴがみずみずしい! クリームがふわっとしてる! デアは一瞬緊張感を忘れて、口腔内の至福に浸ったた。
「とてもおいしいです」
いいもん食ってんなー、お嬢さまがたは。
他の人たちも各々手を伸ばして好きなものを食べる。
空気がなごんだところで、メイドたちがティーセットを持ってやってきた。デアたちの前に大きめのソーサーを置き、その上にカップ。そこへ紅茶を注いでいく。
このとき、サーブを受ける側は一切手を出さずお任せするらしい。デアは横目で他の人の振る舞いを観察して、お茶を注ぎやすいようカップの位置を直そうとした手を引っ込めた。
香る湯気がデアの顎をくすぐる。
「まず、アデリア。どうぞ」
マリエーリュスが紅茶を勧めてくれる。デアは例によって周りを見るが、今度はみんながこちらを注目している。先に動き出す者がいない。
ど、どうした? 焦るデア。
「ええと、香りを楽しんでいるのでお先にどうぞ……」
左隣からコロコロした笑い声がした。ガルチアーナが愉快そうに笑っている。
「面白いわ。でもそういうわけにはいかないでしょ? 一口めは主賓が飲むものだもの。他の人の紅茶まで冷めてしまうわ」
そうだったのか! じゃあ周りに合わせる作戦が使えないじゃないか。
どっと冷や汗が出てきた。
でも紅茶なんて、普通に飲めばいいだけだろ? だよね? 何か特別な飲み方があるわけでもないだろうし……
と、デアの脳裏に昔の記憶がよみがえった。
そうそれはジャクトと茶を飲んでいたときのことだ。ジャクトが普通にお茶を飲まずに妙な飲み方をしたので、「何それ」と言ったところ、「馬鹿おめえ、貴族だってこうして飲むんだ。歴史あるやりかただぞ」と返してきた。
あれが正しいのか? それとも冗談だったのか? わからん。
しかしこのまま固まっていては事態が好転することはない。
一か八かだ。ジャクト、あんたを信用するぞ。
デアはソーサーごとカップを取った。左手にソーサー、右手にカップの取っ手を持ち、ソーサーからカップを持ち上げる。
このときデアは自分がやることに集中しており周りは見えていない。
デアはカップの紅茶をソーサーにあけた。
カップをテーブルに置き、ソーサーからずずずと紅茶をすすって飲む。
ソーサーを口につけたままの状態で、向かいにいる生徒と目が合った。彼女は目も口もびっくりして大きくしている。
ん?
「あ、あの、アデリアさん……?」
困惑の極みでかすかに震えた声で、別の生徒がデアを見ている。
周りを見た。誰も彼も、信じられないものを見たという顔で固まっている。さしものマリエーリュスでさえ目を丸くしているのを見て、デアは自分が失敗したことを悟った。
すごい勢いで血の気が引いていく感覚。
ジャクトのやつめぇぇ……!




