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13、リーリアの姉妹たち

 ハウスに戻ったら、姉妹とやらが待っているのだろう。また自己紹介だの歓迎の挨拶だのがあるに違いない。それを考えると気が重い。道をたどる足が重い。


 といっても行かないわけにはいかないしな。


 デアはリーリア・ハウスの門前に立ち、家を見上げた。


 それでもしばらく逡巡していたが、他のハウスの子らが何人かこっちを見てひそひそ囁きあっているのに気づいたので、もう腹を決めて入るしかなかった。


 ホールに人の姿はなかった。


 あれ?


 どこかに誰かがいるような物音や、気配もない。


 まだ帰ってきてないのかな?


 いちおう一階の部屋を一通り覗いたが、やっぱり誰もいなかった。


「誰かいませんか?」


 声を出しても返事がない。ニニーもいないみたいだ。やはりまだ帰っていないのだろうか。


 自分の部屋に行こう。自室はかろうじてアウェーではない気がする。


 階段を上って、デアの手がドアノブに伸びる。


 ぴたりとその手が止まった。デアの背に緊張が走る。


 今、たしかに……。


 たしかに、部屋の中で物音がした。気のせいではない。デアは息を潜め、可能な限り音をたてないようにし、部屋の中へ耳を澄ます。


 誰かいるのか?


 もう中から音は聞こえない。が、今やデアは部屋に誰かがいると確信していた。


 このハウスの住人か? いや、だとしても他人の部屋に無断で入る理由がない。


 物音が一度しかしないのも変だ。


 ……まさか、もう追っ手が来たのか?


 太もものナイフを、そっと確認した。


 深く静かに呼吸をして、そっとドアノブを握る。一、二の……


 三、でバンと勢いよくドアを開け、自分は脇に隠れた。


「ひゃっ」


 と、複数の驚いた声が室内から聞こえた。


 ん? 怪訝に思ったデアは、慎重に中を覗く。


 そこにいたのは、同じ黒い制服に身を包んだ、四人の少女だった。急に開いた扉と、その際の大きな音に身をすくませている。


 顔を覗かせたデアと四人はお互いを見やった。


 …………。


 刺客ではなかったようだが。なぜあたしの部屋にいる?


 何か言った方がいいのだろうか。


「ごきげんよう」


デアがさっき覚えた挨拶の言葉をかけると、


「ええ、ごきげんよう」


 四人のうち目鼻立ちのキリッとした、三白眼の少女が戸惑いを見せながらもしっかり返事した。


「あなた……アデリア・トリアトリーさん、でよろしい?」


 口調もキリッとしている。


 デアはうなずいて、部屋に入った。


「それでは、お姉さまお願いします」


 三白眼はそう言って、すっと下がった。隣の少女のために場所を空けたのだ。


 出てきたのは、アッシュブロンドの髪をした美しい少女だった。ガルチアーナに比べて押し出しの強いところはないが、よく見れば非の打ち所がないのがわかる、といった感じだ。盛装をした場合、ガルチアーナが衣装を従えるのに対し、彼女なら衣装と調和するだろう。


「わたしはマリエーリュス・ロッカラム。このリーリア・ハウスの長女」


 自分の胸に手を当て、彼女は少しだけ唇をほころばせた。


「新しい姉妹を歓迎するわ」


 やはりこいつがボスか。デアは部屋に入ったときから彼女に目をつけていた。ドアを開けて皆が驚く中、一人だけまるで動じていなかったからだ。声や表情からは余計な力が抜けていて、覇気がないように見えるが、単に鈍感なわけではあるまい。


 しかしガルチアーナに続きマリエーリュスも、タイプは違えどこんなきれいな子たちが、いるところにはいるもんだな。嫉妬とかじゃなくてむしろ感心するデア。


 あと、二人とも名前が長い。


「マリエーリュスお姉さまは監督生なんですよ」


 と、そばかすを鼻の周りに散らしている少女が口を挟んだ。なんだその監督生というのは。デアは質問しなかったが、特に説明もなかった。


「私は次女、ランヒーネ・バルベイロ。愛称はヒーネ」


 マリエーリュスの視線に促されて、三白眼の彼女は、きびきびと名を告げた。


 三人目は、さっきのそばかすだ。髪型がマリエーリュスと同じだ。憧れているんだろうか。髪色は暗めのブラウンで大分違うけれども。


「三女……だったのだけれど、貴女が三女になるから、私は四女になります。四女のスイバリー・メゥラです。お父さまもお祖父さまもお医者さまで、他にお薬も作っているの。ごきげんよう」


 それから、引き綱を放された犬みたいに勢いよく、そばかすは話しはじめた。


「さっきはドアをどうしてあんなに強く開けたのですか? 東部地方の風習かしら? 初めての家のドアは思い切り開けるという風習があるのかしら。私の地方では逆なのです。初めての家では精霊を驚かせないようにゆっくり開けるのです。あっ、精霊のことはイバ先生には秘密にしておいてくださいね。だって迷信だって怒られてしまうもの。イバ先生は少うし厳しすぎるところがおありだと思いません? この間も――」

「スイバリー。ラッタが焦れているわ」


 いい加減にしなさいといった感じで三白眼が口を挟んだ。


「あら、ごめんなさいねラッタ」


 と引っ込んだ。ずいぶんおしゃべり好きらしい。


 最後はひときわ小さい、最年少らしきちびすけだ。頑張って優雅にしようとしたっぽいお辞儀をした。


「わたしはラッタですの! 一二歳!」

「きちんと姓名を名乗りなさい」

「ラッテニア・コーセットですの! アデリアお姉さま、どうぞよろしくお願いします!」

「はあ」


 間の抜けた返事しかできなかった。お姉さまかぁ……。自分がそんなふうに呼ばれるとは。アデリアも他人の名前だし、まるで実感がない。


 一通り全員と面通しが終わったわけだが、気になることがある。特にそばかすとちびすけが、なんとなく物問いたげにしているのだ。隠そうとしているが、ちらちらと見ているその視線の先を見れば理由はわかる。デアは唇の片方だけで笑った。


「ああ、この髪の毛?」


 その言葉に、視線が一つところに集中して、すぐに慎み深くそらされた。めんどくさい、とデアはさらに促す。


「別に罪深いことではないんだけど……ですけど」

「はい。ではお聞きします。アデリアお姉さまの、その御髪はどうして男の方のように短いのですか? 何か理由があれば、あっ、でもおっしゃりたくなければいいのですけれど、よかったら教えていただけませんか」


 遠慮を破ったのはそばかすだった。聞きたくてうずうずしていたのだろう。


 おぐしというのは髪の毛のことだよな、と内心思いつつ、デアは面接のときと同じ話をした。すると、姉妹たちは同情を顔に表した。彼女らにとっては非常に大事な物をなくしたことになるらしい。


 ただマリエーリュスだけは、特に感情をあらわにしていない。やはり彼女はひと味違うようだ。彼女は同情の顔を作ることなく、話題を転じた。


「このまま立ち話を続けるのもどうかしら」

「お茶会はどうですの? 新しいお姉さまの歓迎のお茶会きっと楽しいですの!」


 ぴょんぴょんするちびすけの提案を受けてマリエーリュスが、


「じゃあそれで」


 と三白眼を見た。


「ヒーネ」

「はいっ。さっそくニニーに用意させます」


 長女の視線に三白眼は大きくうなずき、部屋を出ていった。


「サプライズがうまくいかなかったから……ごめんなさい」


 そばかすが申し訳なさそうにした。彼女がこの、部屋に隠れて新しい姉妹を驚かす計画の発案者だったらしい。


「いいのよ、別に」


 マリエーリュスが彼女の手を取った。あまり熱意が表面に見えているとはいえないマリエーリュスの態度だが、それで十分らしく、そばかすは頬を上気させてうなずく。うるわしい姉妹愛だ。


 それはいいけどさ、とデアは内心で呟いた。焦燥が顔に出ていないことを祈る。


 ……お茶会って、何?

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