10、メイドのニニー
「それでは、アデリア・トリアトリーさんをハウスに案内してあげてね」
スーニァ先生の指示に、今まで部屋の隅っこに立っていたメイド、最初にデアを部屋の中に招き入れた年若いメイドが動き、デアを先導して廊下へ出た。そのまま歩き出す。
「ご入学おめでとうございます、アデリアさま」
「ありがとう」
アデリアと呼ばれるのには慣れないといけないんだろうな。
メイドはちょっとためらってから、
「私は、ニーニャストラッティ・ヴァンデンドルゲイターと申します」
……今二、三人いたような。
デアの表情をうかがって、長い名前のメイドは恥ずかしそうに下を見た。
「ごめんなさい、こんな名で。ニニーとお呼びください」
「ハウスというのは?」
デアが質問すると、ニニーは一瞬だけ当てが外れたような表情をした。
「ハウスとは、アデリアさまはじめ生徒の方々が生活なさる家です」
ああ、寝床か。寮のことだな。
「では、その前に行きたいところがあるんだけど。父に手紙を出したいの。学園にはそのようなところがあると聞いている」
「ああ、そうですよね。ご入学の喜びをお伝えするのですね」
ニニーは可愛らしく手を合わせて、上目遣いにデアをうかがう。デアは無造作にうなずいた。
「それでは、こちらです」
ここまでの会話でわかるとおり、ニニーは気は強くないがこちらのことを親身に思っていて可愛らしいところのあるメイド。スーニァ先生に似たたぐいの性格。
……のようだが、それは営業用のものだとデアは見た。名前にしても、本名なのだろうが、それを使ってこちらの気をほぐそうという持ちネタにしているに違いない。大してデアが反応しなかったので、肩すかしを食ったような顔になったのだ。
ま、お嬢さまがたに仕えるメイドとしてなら、そのくらい計算高いほうがかえって信用がおける。デアはそういうのは嫌いではなかった。
階段を上って、二階にある一室が、外部との手紙のやりとりなどを引き受ける書信室だった。もういちいち貧民街と比較するのも面倒だが、階段の手すりから、ドアノブから、細かい装飾が施された上等な物であり、ピカピカに掃除も行き届いている。
さらにドアの一部にガラスがはめ込まれていて、扉を閉じたまま室内の様子がわかるようになっている。まだ珍しい様式のドアだ。
そのガラスから中を見ると、左右に書類が積み重なった机の中央で、一人の男がこちら向きに座り、何か書いている。デアは、あの晩のバルザイム・ノッティングラムの仕事ぶりを思い出した。
もっとも、人自体は似ていないが。ここにいるのはバルザイムではなく、テシオだ。
テシオは、ニニーがノックする前にこちらに気づき、急いで席を立ち、部屋の扉を開けた。
「外で待っていて」
残念そうなニニーを置いてデアは室内に足を踏み入れた。テシオは元の位置に戻る。デアはその正面に腰かけ、落ち着かなげなテシオの顔をじっと見た。
「面接があるなんて聞いてなかったぞ。冷や汗かいたわ」
それに応えず、テシオはペンと紙を差し出した。
「手紙を書け。外からメイドが見ている」
デアはジャクトに編入成功の報告を書きながら、
「もうバレるのかと思ってヒヤヒヤしたんだからな。なんとか切り抜けたけど。イバ先生ってのがうるさいし、あの学長っていうばあさんは油断ならないし」
「編入時に何があるのか詳しくは知らんのだ。学園ではおとなしくして、目立つなよ」
「一ヶ月くらいならなんとかなるでしょ。そんなに心配するなよ」
「今回の件が明るみに出たらわたしはおしまいだ……」
頭を振り、恨めしげな視線をこちらによこしてくる。
「ジャクトめ、あいつの頼みを聞くのはこれで最後だからな」
「五回目くらいだぞ、それ言うの。テシオ・シーブルーさんよ」
「さっさと書け」
ラファミーユ学園に入学を希望する場合は、まず学園へ寄付を行うことが慣例となっている。この寄付は建前としては善意のものだが、実際は入学金のような扱いだ。
デアが扮するアデリアのトリアトリー家からも学園へ寄付があり、その後、アデリアの入学希望が告げられた。学園側はそれを許諾した。それがおよそ二年前のこと。
だが、アデリアが病気になったという理由で、入学の延期申し込みがトリアトリー家から来た。その後、数回にわたって同じく延期を申し込む手紙が届いたのち、正式に入学を辞退する旨の手紙が届けられた。
その辞退の通知を、テシオは学園に報告せず、手元に置いておいたのだ。
それは裏家業をやっていたころの習性のようなもので、どんな情報でも可能な限り自分の自由になるようにしておく、そうしないと安心できない、というものだった。
この場合、辞退の知らせをわざわざ学園に言わなくても大して問題はない。だからテシオは辞退通知を、半年近く眠らせておけた。
テシオは他にも似たような情報をいくつか握っている。その中で、一番遠くて主都に知り合いが少なく、ばれないであろうアデリア・トリアトリーを選んで、デアはなりすますことにしたのだった。
テシオがその工作をしたのが昨日一日のこと。そのわずか一日で、デアはこの学園で生活するのに必要な知識を勉強した。
「足を洗ったってわりにはギリギリのことしてるよな。助かったけど」
「殺し屋を助ける気など毛頭なかったことは覚えておけ」
テシオは渋面を崩さないまま、膝の上で手を組んだ。
「おまえにジャクトからの伝言があるのだが」
「どうぞ」
ペンを動かしながら、デアはテシオのほうを見もせずに促した。
「状況が悪い。ユニオンはかなり大がかりにおまえを捜している。学園を出るな。休日の外出もなしだ」
「げんなりするな。でも隠れるのは一ヶ月のままだろ?」
「期間の変更は聞いていないが」
「なら我慢するさ」
手紙が書き上がった。
『おかげさまでラファミーユ学園に編入することができました。そちらは嵐が来ているとの噂ですが、こちらは大丈夫です。書信室のシーブルーさんも親切にしてくださいます。一ヶ月もたてば学園になじむことでしょう。一ヶ月後まで、お仕事に精を出してくださいね』
「こんな感じでいいだろ。はい、ジャクトに出しといて」
受け取りながら、テシオは早口で念を押す。
「いいか、今後わたしにはなるべく近づくなよ」
「汗ふきなよ」




