プロローグ 面接直前
デアは、着慣れない上等な服に身を包み、身の丈に合わない大きな椅子に座っている。
ここはラファミーユ学園、職員棟の廊下である。
さすがは上流階級の令嬢が集う学び舎だ。目に入る物すべてが上流であることを主張してくる。なんせデアが座っている椅子からして、座面には綿が入っているし、肘掛けや脚には彫刻が施されている。背中を包み込んでくるような背もたれの包容感。
自分の家のガタガタ椅子と比べてみる気も起こらない。
肘掛けの細かい彫刻を指でなぞってみる。
ペチコート五枚重ねの上にシルクのスカートを穿いた脚を何度も蹴上げる。こんな動きにくい服を着ているのだからお嬢さまというのも大変なものだ。
静かだ。人の数に比べて空間が広いのだ。壁も厚いし。物だけでなく物のない空間まで贅沢とは。
窓から入る朝の光は、この世に悲しみや憂いなどないと言わんばかりに照り輝いている。
デアは編入時の面接がはじまるのを待っている。
ついさっき面接の存在を聞かされて以来、ずっと緊張が解けないのだ。
編入当日に面接があるとは聞いていなかった。てっきりもう編入決定と思ってたのに。
自信がない。果たして面接では何を聞かれるのだろうか。
はー心配だ。誰もいない廊下で、ひとり頭を抱えるデア。抱えたまま上を仰いだり、前に上体を倒したりと、落ち着かない。
天井も床も洗練された代物であることが、さらにプレッシャーになる。なんだこのすべすべの床は。高いうえに蔓草の模様が描いてある天井は。
自分が異物であるという感覚がどんどん増していく。周囲のハイソサエティな雰囲気に押しつぶされそうだ。
アウェーだ、アウェー。完全なアウェー。
なぜならデアはお嬢さまなどではなかった。それどころか住んでいた家があったのは貧民街である。それが、上流階級になりすまして、学園に潜り込もうというのだ。
はたしてうまくやれるだろうか。面接の相手をだまして、学園に編入できるだろうか。
何度めか、何十度めかのため息が漏れる。
だが自信がなかろうが、やらねばならない。この学園には絶対に入らねばならない。
入れなかったら死ぬ。
これは比喩ではない。
部屋の扉が開いたので、慌てて背筋を伸ばした。
中から姿を現したのは取り次ぎ役のメイドだ。
「アデリア・トリアトリーさま、どうぞ」
デアはすっくと立ち上がった。お嬢さまにしては勢いがよすぎたかもしれない。