第9話 彼は意味不明だ!!
オバカ注意報が発令されました。
すみやかに窓を閉めて、室内にお入りください。
「おい!」
急に後ろから声をかけられたようなので、私は後ろを振り返った。
まったく……おい!だなんて失礼にもほどが……!!
振り返った途端、私は予想外の人物と目が合って驚愕した。
なぜ彼がそこにいるのか、私は考えを巡らせ始める。
しかしそんなことをしている間に彼が次の言葉を紡ぎだした。
「西園寺……先輩!」
「!?」
驚くのも無理はない。
まさか彼が私の苗字を口にするとは思ってもみなかった。
何せ彼は人の名前を覚えられないことに定評があるという噂があった。
まあ所詮は噂ということか。
彼もそこまで変な人間ではないのかもしれない。
「何かしら?」
「呼んでみただけ。では!」
そう言って彼はその場から立ち去った。
前言撤回。彼は変人だ。
しかしそんな彼の奇怪な行動の被害に遭ったのは私だけではなかった。
その日の生徒会室で彼女……紅尾さんがこんなことを言い出した。
「あの……会長」
「何かしら?紅尾さん」
私がそう彼女に顔を向けると、彼女は困った顔をした。
「えっと……新入生のアイツ……その……」
「亜礫三太君のこと?」
言いよどむ紅尾さんに助け船を出す書記の中森さん。
「そ、そうそう!アイツの様子が少しおかしいんです!」
「どういうことかしら?」
私も個人的にその内容は興味があった。
あの男子生徒は私が今まで出会ったことのない異質な人物だった。
自分に初めて正面から食って掛かった人物、そしてはじめて私の野……大望を阻止しようとした人物。
「何が起きたか知りませんが、私のことを紅尾先輩と呼んだんですよ!」
「……」
その場が沈黙した。
みんな思ったことは同じだ。
「それがどうかしたのか?」、だ。
「だって!おかしいですよ!アイツは今まで私のことをパトラ、パトラって呼んでいたのに!」
訊いてもいないのにその場の空気を悟ってか、自ら語り始めた。
「いいですね〜。鳩ちゃんは名前呼んでもらえて〜」
中森さんが紅尾さんをジト目で見る。
嫉妬心丸見えだ。
「そ、そんなことはどうでもよくてっ!い、今はこの異常な……寒気のする事態を何とかしないと!!」
別に何とかしなくてもいいのでは?とは誰も言わなかった。
特に周りは気にしていない。
しかし私は少し引っかかった、彼の変化に。
いったいどうしたのだろうか。
「確かに。奴の行動は不可解だ」
そんなとき、ずっと黙っていた私の執事である嘉臣が語り始める。
「しかしそれはいつものことではないか?奴の行動は常に不可解であり、飛んで火に入る夏の虫のようだ」
「嘉臣、バカ丸出しだ。自重しろ」
生徒会の副会長であり、生徒会の頭脳、かつ私の右腕である夏目オーガストが嘉臣の発言をたしなめる。
ことわざの用法について注意したのだろう。
彼はかなりの潔癖症だ。
だからこういうところでもきちんとその性格が出てくる。
「な、何のことだ?」
まあ当の嘉臣は分かっていないのであまり意味はないのだが。
「じゃあ結論を言うけど、良いわね?」
私が紅尾さんを見つめると彼女は頷いた。
「そうね、彼の行動は常に常軌を逸しています。これもそれの一つでしょう、よって特に何も問題はないわ」
「……」
紅尾さんは納得できないのか、不満げな顔をした。
「あなただって彼と知り合ってまだほとんど経っていないでしょう?そのうち分かるのではないかしら?」
「……はい」
なぜか妙に遅い返事だった。
納得できないのか、それとも「私の言った内容に間違いがある」のか。
まあどちらにせよ、私にはあまり関係のないことだ。
「じゃあみんな、仕事を続けて」
こうしてこの日は特に何も問題が起きずに終了した。
しかし、翌日も彼の「名前を呼んでは去る」という行動は終わらなかった。
本当に頭がおかしくなったのか、はたまた別の何かなのか、私には分からない。
そして彼のその行動に疑問を感じたのは私だけではなかった。
風紀委員長の百合臼さんもであった。
彼女も自分が「カエサ先輩」と呼ばれるのに違和感を感じたらしい。
そして……
「お嬢様ぁぁぁぁ!!」
「嘉臣静かにしなさい!」
「は、はいいい!」
「……」
義臣が生徒会室で私のことを大声で呼んだ。
切羽詰まっているのかどうだか知らないが、大声で呼ぶのはやめてほしい。
恥ずかしいし、迷惑だ。
「それで何かしら?」
「なんかアイツ……アイツが!」
おそらく1年の亜礫三太のことを言っているのだろう。
「はいはい、それが何か?」
「アイツが僕を!中木先輩って呼びやがりましたぁぁぁぁ!!」
「……」
これは重傷だ、双方とも。
何だかんだいって彼に名前で呼ばれるのは違和感があるのだろう。
私も今まで彼に金髪とか金女丸とか呼ばれていたし……
……なんだか違和感がありますわね。
「分かりました。彼に直接訊きなさい」
私は嘉臣に解答を出した。
すると嘉臣は少しうつむいた。
「で、でも……恥ずかしいしっ!」
「あなたは乙女ですか!気持ち悪いですわ!」
「ええ!?そんな!?見捨てないでくださいよ!!」
今度は泣きながら私を見る。
いい加減うんざりだわ……
「いいから訊いてくる!いいわね!?」
「は、ははっ!!」
そうして彼は退室した。
「あなたも素直じゃない人だ」
「オーガスト、それはどういう意味かしら?」
「いや、聞き流してくれて構わない。ただ私も個人的に興味があるんでね、彼に」
「……あなたが言うとホモっぽく聞こえますわ」
「ふっ……さて、な」
オーガストは最後まで自分の姿勢を貫いてまたデスクワークを始めた。
私は窓の外を見る。
そして彼と「あの約束」を照らし合わせていた。
「さあ!今日も元気に行こうではないか!」
「すごい元気ね……点無し」
「はぁ?お前それでもラクロス部ですかぁ?」
「アンタはいつでもウザイのね」
悪魔がそんなことを言うが、俺は気にしない。
だって心は……(以下略)
「三太君、今日もやるの?」
「ああ!これが俺の世界征服の第一歩となるからな!」
俺の魂の叫びはきちんと届いただろうか。
まあ悪魔はともかくアリスには届いただろう。
「わかった。じゃあ先に行ってて」
「OK!お前は用事か?」
「あ、うん!」
「分かった!」
俺はそのまま気にせず最近始めた日課を行うことにした。
アリスのかすかな表情の変化に気づかずに……
「と、いうのが一部始終です!」
「……」
私は嘉臣から聞いた結果に呆然とする。
だって彼が言うにはその彼の行動は世界征服への第一歩なのだから。
私の疑問はさらに生まれた。
正直意味が分からない。
そして彼のする行動の真意について考えてしまう。
「あの……理解はできたでしょうか?」
「……正直な話、まったく」
「そうですか。まあでも奴の行動は意味不明なので大丈夫だと思いますよ」
そんな嘉臣の気休めも私の耳には入らず、私は思考の螺旋に入っていった。
しかし、状況が一変したのは中森さんが生徒会室に来てからだった。
「うれしいな〜。私、亜礫君に名前を覚えられちゃった〜」
「?」
「何かね、名前を覚えられないからそうやって人の名前を読んで回ってるらしいの〜」
「え……?」
「だからですね〜」
本当に意味不明なオチが見えてきそうだった。
つまり、中森さんが言うには世界征服の第一歩=人の名前を覚えることだったのだ。
彼はそのためのにそんな奇怪な行動をとっていたのだ。
私は怒りがふつふつ込み上げてきた。
「……もう許せませんわ」
「へ?」
「嘉臣!」
「は、はい!」
私はアホ面の嘉臣を呼んだ。
「この書類をすべて片付けなさい。いいですわね?」
「そ、それってとばっちり……」
「い・い・で・す・わ・ね?」
「は…ははっ!!」
私はこのまま帰ることにした。
あまりのふざけた内容にもう何もかもどうでもよくなった。
そして背後からは嘉臣の悲痛な叫び声が聞こえ、私のBGMと化した。
「三太君には……手は出させない!」
「……」
とある日の屋上。
二人の人間が対峙。
<つづく♂>
シリアス部分は省いて別書きにする予定です。