対面。
Blackが少女を拾った。
白い髪の女の子だ。憔悴して意識が混濁している少女の手足は、泥に塗れ傷だらけだった。その上、裸で51地区に居たというから驚いた。
「この子、下戻らねぇのかな。」
「……多分、そうなんだろう。見てた大人の話じゃ、人の姿なのに四つん這いで歩いて、犬みたいに鳴いてたそうだ。」
「妙だな。クォルタでも無さそうだし、幾ら何でも口は聞けるだろ。」
ベットに少女を寝かせて、壁際で様子を見ながら話す。
夢でも見ているのか、少女は苦しげな表情で次節呻いていた。
「……俺が面倒見る。君達は寝てくれ。」
暫く黙っていたアンディは徐に口を開くと、椅子を引き摺ってベットの脇に座る。
それ以降黙り込んでしまったアンディの普段とは違う雰囲気に、残りの四人は諦めて部屋を出ていく。
「……せめて、起きてくれ。」
そう願いながら、アンディは少しずつ夢の中へと落ちていった。
大きな音を聞いて飛び起きる。
見開いた目の前では、先程まで寝ていた少女が四つん這いで犬のように伸びをしている。
何も言えずに固まっていると、不意に少女と目が合う。
「目覚めた?」
とりあえず、聞く。が、少女はぽかんとしたままこちらを見つめる。
数秒見つめ合っていると、少女は犬のするお座りのポーズをして、アンディを見上げた。
「え、なに?どうしたの?」
少女の背中で白い尻尾が揺れている。
意図を測りかねていると、少女の腹の虫が鳴いた。
『ワンッ!』
犬のように吠る少女。
「……本当に話せねぇのか。」
とりあえずお腹が空いているらしい少女の為に、ご飯を用意することにする。
左目に掛かる髪を抑えながら、台所を探る。
「……イケるよな。」
今はこれしかない。
昨晩の憔悴っぷりを見る限り、一刻もはやく腹を満たしてやらないと。
と、取り出した、昔飼っていた犬にあげていたドックフードを皿に開けて、少女の居るベットへと戻る。未だにお座りしている少女の頭を撫でて、手前に皿を置く。
『キュウン』
嬉しそうな声を上げて、少女は物凄い勢いでがっつく。
「(本当に犬みてぇ……言葉も分かってなさそうだし、どうすんだよコレ)」
ベットの縁に肘をついて眺めながら、アンディは思考する。
スティグマというのは間違いないが、今まで見たことも聞いたこともないタイプだ。
人か獣の要素が強く残り、中途半端に獣だったり人だったりするクォルタのようにも見えるが、クォルタだって元は人だ。完全に獣人化したオゥルなら言葉を話せない可能性はあるが……少女の姿はそのどちらとも異なっていた。
……放っておいたら迫害どころか研究の対象にされる可能性もある。
こんな小さな少女をそんなものの道具にはできない。
『きゅうんきゅぅん……』
「!」
考え込むアンディの頬に、いつの間にか食べおわったのか。
少女が頬を寄せて甘えた鳴き声を発する。
「……よしよし。」
恐る恐る背中を撫でると、背中の向こうでふわふわの尻尾が激しく揺れている。
……可愛い。
ベッドに座って少女の体を抱き抱えながら考える。
──あんまり自然に動くから少しの違和感しかなかった。
少女の片腕は、付け根の先を少しだけ残して失くなっていた。
その辺りだけが、下半身と同じ白い毛で覆われている。
「…………そうだ、名前──あっ!!」
思い悩むアンディの腕をするりと抜けて、少女は廊下へ出て行ってしまう。
ウサギに近い動きで、四つん這いで走っていく。急いで後を追う。
ガシャンッという音と、小さい男の悲鳴。
それから何かを踏見つける音と、高い少女の叫び声。
廊下の奥に立ち尽くすヴィルの姿が見える。
急いで駆けつけると、割れたグラスが散乱していた。
どうやら、曲がり角で出会い頭にぶつかったようだ。
目を凝らすと、フローリングの床に散乱した破片に赤が付着していた。
「足を──」
心配そうな声音でヴィルが口を開いた時には、アンディはもう廊下を曲がっていた。道はそちらしかないが、突き当りの台所に行く前に、少女のものと思しき赤い跡は途中の扉の中へと続いている。
──バスルーム。
アンディがゆっくりと廊下を進んで行くと、
バスルームの扉が勢い良く閉じた。
大きな音が廊下に響く。
アンディは一度足を止めた。
背後からガラス片の擦れる音を響かせつつヴィルが近づいてくる。
「……ありゃ相当怖がってるぜ。」
「……飯食ってくれたぐらいで甘かったな。」
「何食わせたんだ?」
……犬の餌って言ったら怒られるな。
「……俺がなんとかする。ヴィル、ちゃんとガラス綺麗にしとけよ。後、リビングの足ツボマット片づけといて。」
ヴィルの返事を待たずに廊下を進む。
扉の前に立つと、中でガタッと音がした。
ゆっくり扉の前に座る。深呼吸して、少女に声を掛けた。