第1章 下準備(5)
駒と呼ばれて気分のいい人間がいるだろうか?これは美人でも許せない。
「駒だと? ラケーノ王国を乗っ取るだと? 好き勝手言うな! 」
「そう怒るなよ。私たちはラケーノ王国に復讐するつもりはない。むしろラケーノ王国は仲間だと思っている」
カルアは自身の座っている椅子の肘置きをとんとん叩きはじめた。
「私たちが復讐するのは、ラケーノ王国以外の全ての国だ」
これまで余裕たっぷり笑顔を交えて話していたカルアの表情がどんどん暗くなっていく。
「私の親は世界に殺されたのだから、世界に復讐するのは自然なことだろう? 」
「カルア」
今まで黙ってカルアの横に寄り添っていたマウスがカルアを止めた。まるで喋りすぎだと注意しているようだった。
「……戦争法は暗記しているか? 」
止められたカルアは落ち着きを取り戻したようだった。いつのまにかとんとんと叩くのも辞めている。
「いや、暗記までは……もともと軍人ではないし」
この世界は戦争で決まるため、戦争には戦争法において細かなルールが沢山設けられている。1番有名なのは【第1条の1 戦争における殺しは禁ずる】であろう。
「まあ暗記していなくても、参加資格については知っているだろう」
「国家であること、戦争法を批准していること……だったか? 」
戦争法を批准、つまり戦争法に従いますという宣言をしないと戦争には参加できない。それ以外にも細々とあったはずだが……
「その通り。つまり私たちは戦争で復讐をしようとしても戦争を始めることすらできない」
「国家として認められるには沢山の条件があるけど、まず僕たちは領土を持ってないからね。奪う方が早いんだ」
にこやかにマウスが口を挟んだ。笑いながら言うことではない。マウスはマスク歴が長いのか一切マスクが動かないので笑っているのかも分からないが。
「その奪うっていうのがラケーノ王国領土だって? ラケーノ王国はエイブルの悲劇には参加してないだろ! 逆恨みもいいところだ……! 」
エイブルの悲劇と口に出した瞬間全員の雰囲気が凍るのを感じた。皆が皆、様々な角度から俺を見ている。これが地雷を踏むってことなのか……
「落ち着きなさいよ、カルアはラケーノ王国は仲間だって言ってるでしょ?それこそ、参加してないから復讐の対象から外れてるのよ」
唯一落ち着いて返事してきたのはミミだった。ミミは黙っているカルアをちらりと見てそのまま話し続けた。
「カルアは乗っ取るっていう表現をしてるけどちょっと違うのよ……乗っ取るのは私たちじゃなくてラケーノ軍部で、私たちは軍部と交渉していろいろやらせてもらうってワケ」
「軍部が乗っ取るだと……? 」
ラケーノ王国は滅多に戦争しないので軍部の規模も驚くほど小さい。
今回は敵が大国だったのでとりあえず沢山人がいればいいという判断か一般兵を募っていたため大人数に見えただろうが……
考え込んでいるとカルアが口を開いた。
「あいつらは不満を持っているんだ。戦争をしたくてたまらないという不満をね」
そんなはずはないといいかけて口をつぐんだ。たしかにお偉いさんたちはやっと自分たちの力を示すことが出来ると歓喜していたような気がする。
「……今日はここまででいいだろう。もう夕飯を作り始めねばな」
カルアの声でふと時計を見ると6時半。朝から始まった戦争とはいえ、やはり早すぎる終戦だった。
「一つお願いなんだが、絶対暴れたりしないのでこれを解いてくれないか? いや解いてください……」
木造りの椅子に後ろ手で縛られたまま固定されるというのは想像以上に体にくる。カルアがふっと笑って頷くと、俺の後ろの方に座っていたハナが元気よく近づいて来た。
「俺が解くよ!」
手際よく解かれていく拘束。やっと手が動かせる……ぶらぶらと手を動かしてみて自分がまだ迷彩服を着ていることに気づいた。
「重ねてお願いなんだが着替えさせてもらえないだろうか……」
「図々しいやつだな……ともかく後はハナに任せたぞ。各自解散、次は7時半にリビングへ集合だ」
今回は流石に怪訝な顔をしながらもカルアは手を振って解散の合図を出した。
「それと今日の料理当番はハナとお前でいいだろう。任せたぞ」
「ええっ!?」