第1章 下準備(1)
この世界を決めるのはすべて戦争だ。どんな無茶な要求でも戦争に負けたらすべて従わないといけない。
しかし戦争といっても殺しはNG。ペイント弾を打ち合って、被弾したらその兵士は負け。片方の兵士の数が0になるまで戦争は続く。
こんな単純なゲームですべてを決定しているのだから、むしろこの世界は平和なのかもしれない。
15年前までは誰もがそう思っていた。
俺はラケーノ王国出身の兵士だ。
兵士なんていうと屈強な男を想像するかもしれないが、俺はどちらかといえば小柄な一般人だ。
30代になったばかりで普段は平凡な社会人。ちなみに妻子持ち。今持っているのだってペイント弾を打つためのおもちゃみたいな銃。
こんなおもちゃの拳銃で、俺たちは今ラケーノ王国の未来を決める戦争に参加している。
『……周囲を警戒しながら待機』
無線で機械的な上司の声が聞こえる。
実はこの戦争、勝つためには隠れる必要がある。どちらかが0になるまでが勝負なので、敵に見つからないようにずっと隠れていればいつかは勝てるという算段だ。
ずっと、といっても戦争の期間は最長3週間と決まっており、それを超えても決着がつかなかった場合は兵士の残り数で勝敗を決することになる。
しかしそこまでもつれ込むのはレアケースで、大抵は長くても1週間で戦争は終了する。
てことで俺は隠れる担当。テキトーな茂みに腰を下ろし息をひそめる。これで負ければラケーノ王国はいよいよだめかもしれない。
3歳になったばかりの息子のために俺は隠れ続ける必要がある。3週間もつれこもうとも、絶対に敵には見つからない。
「みーつけた! 」
目を開けると木で作られた天井が見えた。体は何か痺れたように動かない。感覚的に床に寝かされているようだ。
戦争は戦場と呼ばれる場所で行われ指定されたその範囲から出ると失格とみなされる。
戦場は巨大な広場とそれを取り囲む林で出来た場所だ。天井があるはずがない……
「失格、か」
しかし敵はなぜこんなに回りくどいことをしたのだろう。俺を倒すためにはペイント弾で撃ち抜けばすむのに、わざわざ気絶させてから戦場の外に連れてくるなんて。
「諦めの早い男ね」
声のした方に顔を向けると長い黒髪にヘッドホンをつけた女がこちらを見下すように立っていた。
「失格になんかさせないわよ。私たちにはあなたが必要なの」
「どういう意味だ……? 」
「そのままの意味よ? 私たちはあなたの味方なんだからそう怯えないで」
いきなり気絶させられて味方と言われても信じる方がおかしい。
それよりも気になるのは……この女、俺を気絶させた女ではない。一瞬しか見れなかったがもっと幼かったし髪の色も明るかったような気がする。声も……
「あー! おじさん起きたんだ? 遅いよ! 」
そうこんな感じで、明るい感じの。声のした方を振り向くと茶髪でショートカットの女……というより女の子が立っていた。
学校に行っていれば中学生ぐらいだろうか。片目を眼帯で覆っているのが特徴的だ。
この少女が俺を気絶させたに違いない。
「お前らどういうつもりだ。見たところテキダ王国のものじゃないようだが……戦場に戦争参加者以外が入るのは戦争法で禁止されている! 」
「うるさいなあ……私たちはいいのよ別に。アイ、私はこのおっさんと話しとくからあなたは行って」
「わかった! 」
アイと呼ばれた女の子は俺の銃を抱えて笑顔で去っていった。
「待て待て待て待て!たしかにそれはおもちゃに見えるかもしれんが俺にとっては生死を分ける大切な武器なんだ!!」
まだ痺れている腕を必死に伸ばして訴えた、が。
「知ってるよー」
俺は軽快に去っていく後ろ姿を眺めることしかできなかった。
「ねえ、なんで自分が連れ去られたのか、ここはどこなのか、なぜ自分は失格になっていないのか……知りたくない? 」
「もちろん知りたいに決まっているだろう……」
黒髪の女は少し首をかしげてほほ笑んだ。
「やっぱ。めんどくさいわ」
鋭い痛みとともに目の間が真っ暗になった。