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「杜萌ぇ」
力なく呼ぶ声は、クマみたいな大男のものだった。帆布のエプロンをひるがえして、情けない表情で手招きしている。
「何?」
「ちょいちょいちょい、レジレジ」
杜萌は洗い場を離れて、エプロンで手を拭いながら近寄った。
大男は彼女のために場所を空けた。そうして、レジの画面表示を指で示す。
「これ、間違って入力しちゃったんだけど、消すのってどうすりゃいいの?」
杜萌はレジの前で困惑している客に頭をひとつ下げると、それから、
「えっと……どうだっけ、」
実を言えば、杜萌もさほど習熟しているわけではないので、ごまかすような笑みを浮かべながら、試し試しキーを押てみた。
そして、
「あ、消えた」
「消えたって、お前……全部消えて……」
「最初っから打ちなおせば……いいよね、ブレンドとサンドウィッチで……と、九百四十五円になります」
「まったく……」
と、カウベルの残響が残る中、恭兵はため息をついた。
「珠絵がいないと、すぐこれだよ」
「珠絵ちゃんが悪いわけじゃないでしょ」
扉から入り込んできた寒気に肩を震わせながら、杜萌は言った。
オレンジの明かりが灯る表通りでは、帰宅する人間の足取りも寒さでこわばっている。店に残っている客もあと二人。色あせたウィンドブレーカーの老人と会社帰りらしきサラリーマン風の男だけだ。
恭兵は厨房に入って、二人のための賄いを作り始めた。
「だいたい、お兄ちゃんが中古品に手を出すからいけないんだよ。説明書なしで、どうやって使いこなせって?」
「だって一番カッコよかったから。今までのと違って、ハイテクだろ?」
「珠絵ちゃん、帰ってきたら、ぜぇぇったいに怒ると思う」
「そもそも、珠絵がいないから、レジ壊れちゃったんだろうが」
「そもそもは、お兄ちゃんの扱いが乱暴だったからでしょ」
「経理は珠絵の仕事」
「経営はお兄ちゃんの仕事でしょ」
「レジ打ちに経営は関係ないんだって」
「経理も関係ない。経営は総合職」
勝手に断定しておいて、杜萌は再び皿洗いに戻った。