壊滅的ナ、フタリ。
「お前‥‥ほんっと!!マジ頼むよ!!何でそこまで壊滅的に仕事出来ねーんだよ!!!」
目の前で、熱血系上司が鼻息荒く、管巻いております。
確かに日々、私のせいでこの上司‥‥渡瀬透也は残業続き、下げなくて良い頭を社内外問わず下げてます。
そりゃ本人にすら愚痴りたくもなりますよね。
花金とくれば、尚更だ。
「スミマセン」
「お前、どーやってうちの会社受かったんだ?」
「勿論、コネです」
「ふざけるな!!堂々とコネって言うな!!もっと小声で話せ!!」
「コネです(小声)」
「小声で言っても、中身は変わらねーなぁ‥‥」
「そりゃあそうですね」
「分かった、お前、配属先異動願い出せ」
「変わってきたばっかりなんで、出せません」
「そうだよなあああぁぁーーーーー」
「いつもご迷惑お掛けしてます」
「おう。今日も昨日も一昨日も、見事にお前のせいで深夜残業だよ」
「ソウデスネ」
「お前、いつ仕事辞める予定だ?」
「上司とは言え、それは失礼ですよ!‥‥仕事の出来る男捕まえて玉の輿に乗るまでは、辞められません」
「ふざけるな!!!」
「ふざけてませんって」
「じゃあ、さっさと男捕まえろよ!!!」
「それがですね、なかなか優良物件がないんですよー」
「くっそ、それまで俺の目の下の隈はとれないのか‥‥!!」
「あ、ちょっと課長、寝ないで下さい」
「うるへー、お前が毎日ミスばっかすっから‥‥」
「それは悪かったですって」
「全く‥‥」
「ちょっと、課長、マジ寝ないで下さい」
「ZZZZ‥‥‥‥」
寝たよ、この人。
私にどーしろと‥‥!!!
置いて帰りたいところだけど、ここは生憎こじんまりとした居酒屋で。
店員の「どーすんの?」的な視線が突き刺さる。
仕方ない、少し待ちますか。
‥‥。
‥‥‥。
‥‥‥‥。
その後、待てども待てども課長は起きなかった。
様子を観察してみると、むしろ熟睡モードに突入していた。
結局、課長の財布を勝手に漁って免許証から住所を確認し、タクシー拾って連れ帰って、重たい体をせっせと運び、鞄から鍵を拝借し、課長の家と思われる部屋を開けた。
‥‥。
な ん だ こ れ は
背中から課長がずるり、と落ちていったが、目の前の光景に圧倒された私はそれに気付かなかった。
そこには、ゴミ屋敷という名のジャングルが広がっていたからだ。
☆☆☆
「んー‥‥」
あれ?ここどこだ??
「あったま痛ぇー‥‥」
どうやら昨日は飲み過ぎた様だ。
「お水飲みます?」
「あー、頼む」
「ハイドウゾ」
「サンキュ」
ごきゅ ごきゅ ご‥‥
「ぬをっ!?!?」
「課長?大丈夫ですか?」
朝起きたら、目の前に部下の坂木郁美がいて焦った。
思わず、自分を見る。
衣服は乱れているものの、昨日と同じシャツを着ている。
セセセセーフ!!!
昨日はこいつとサシで飲んだ。
‥‥が、途中から記憶がない。
寝ちまったのか。
「あー、迷惑掛けてスマン」
一応謝ったが、俺はこいつから、普段この何十倍も迷惑を掛けられている自負がある。
「イイエ。では、課長も起きたので私は帰ります」
「リョーカイ。あ、ところで、ここどこだ?」
「課長の家です」
「そっか。‥‥は?え?誰の家?」
「課長の家」
「えーっと、課長って誰?」
「何寝ぼけてんですか。貴方です、渡瀬課長」
‥‥。
「嘘だろーーーーーーっっっ!?!?!?!?」
「‥‥私、一睡もしてなくて眠いんで、もう帰りますね」
「あ、ああ‥‥」
「ではオヤスミナサイ」
「お疲れ‥‥さん?」
パタン。
俺は、坂木の後ろ姿をボーゼンと見送った。
久しく見ていなかった廊下の床が、見えている。
服が散乱して埋もれていたソファに、座る事が出来る。
物が溢れて閉まらなかった筈のクローゼットの扉が、閉まっている。
ななな何のマジックだ!!!
仕事が全く全く全く出来ない坂木が、まさかこの現象を引き起こしたと言うのだろうか!?
‥‥到底、信じられなかった。
☆☆☆
結局、綺麗好きな私に渡瀬課長の部屋は到底耐えられるものではなく、完徹して片付けをしてしまった。
とは言え、私的に滞在を許せるレベルにすら達していない。
課長め、あの様子から察するに、洗濯はオールクリーニング、食事は全て外食かコンビニ弁当で済ませているな。
うちの会社で見つけた唯一の優良物件なのに、ありゃ100%彼女いないわ。
私は、昔っから成績が非常に悪かった。
しかし、神様は人に何かしら長所も与えてくれるらしい。
私の、家事一般スキルはかなり高かったのだ。
両親は、それなりに私を可愛らしく産んだ為、さっさと男捕まえて結婚しなさい、と言いながら叔父が重役をしているこの土建会社に放り込んだ。
しかし、最初チヤホヤとはされるものの、どうもこの頭の悪さが露見すると、皆遠巻きに見てくるだけになった。
人生とは、上手くいかないものだなぁ‥‥
☆☆☆
月曜日。
今日も様々な問題を引き起こして、定時にあがる事が出来なくなった。
しかし、これ位の量なら渡瀬課長に縋らなくても何とかなりそうだ。
何だかんだ言いながら、営業アシスタントの私の仕事を手伝ってくれる優しい物好きは、渡瀬課長しか残っていない。
(他は皆、最初こそ手伝ってくれていたが、すぐに呆れられた。)
一人気合いを入れていると。
「おい、坂木」
渡瀬課長が手招きで呼んでいる。
「何でしょう?」
「‥‥坂木、提案がある」
「はい」
「今日、お前が抱えている仕事を俺がやっておくから、お前はその間に俺の家の片付けをしといてくれないか?」
「えっ!?‥‥いいんですか?」
「いや、間違いなく良くない」
「デスヨネー」
「社会人としては、間違っている。しかし、お前は壊滅的に仕事が出来ない。俺は壊滅的に家事が出来ない。だから、しばらくの間だけ、助け合おう」
「しばらくの間って、どれくらいですか?」
「んー‥‥お前が仕事出来る様になるまで‥‥だと永久になりそうだから、お前が優良物件捕まえるまで、とか?」
「わかりました。喜んで」
「じゃあ、それまでしばらく合鍵渡しとく。うち、会社から歩いて行けるんだが、場所はわかるか?」
「何となく。わからなければ、連絡します」
「じゃ、今日からよろしく」
「リョーカイデス」
ラッキー!!!!
苦になる仕事は任せて、苦にならない家事が出来るなんて!!
しかも、あの部屋は気になるところだらけだったから、それを自分で手直しして良いなんて、嬉し過ぎる。
早速、渡瀬課長の家の近くにあるスーパーで、大量に掃除用具を買い込んだ。
この前の金曜日なんて、トイレットペーパーやティッシュしかないから、それらで片付けをしたら遅々として進まなかったのだ。
私は愛用の掃除用具を袋いっぱいに詰め込み、戦場に向かって意気揚々と乗り込んだ。
☆☆☆
「すげー‥‥」
俺は、2度目の坂木マジックを目にしてちょっと感動していた。
「課長こそ、あの量の仕事をこんな短時間で終わらせて来たんですか!?」
びっくり眼の坂木は、意外と可愛く見える。
エプロンなんかしているから、余計だろう。
まぁ、「仕事が物凄く出来ない」フィルターがかかっているだけで、坂木の顔は十分に可愛い部類だ。
「ほら、夕飯まだだろうと思って、買ってきてやったぞー」
「アリガトウゴザイマス」
「おぉ、ダイニングテーブルが使えるなんて、何時ぶりだろうな♪」
部屋が綺麗になると、気分が良い。
ウキウキとしながら、買ってきた惣菜を並べた。
「それなんですが、課長」
「ん?」
「何故この家には、何枚かの皿しかないんですか?包丁も、鍋も、箸も、仕舞いにはガスコンロすらないじゃないですか!!」
おぉ、何だか坂木が怒ってる??
「んー‥‥使わないから?」
「買ってきて下さい」
「へ?」
「私、今日夕飯作ろうかと思って食材買い込んだのに、無駄になったじゃないですか!」
ななな何だと!?!?
思わず冷蔵庫を開けてみる。
「おー‥‥弁当と酒以外が入っているところ、久々に見たわ」
「ソウデスカ。じゃなくて!」
「わかったわかった。じゃあ、来週の土日で買いに行く‥‥つもりだが、着いてきてくれ」
「はい?」
「どんなんがいいのか、サッパリわからん」
「それは‥‥まぁ、そうですよね。あ、じゃあついでに、炊飯器も」
「電子レンジと冷蔵庫以外の台所電化製品が我が家に並ぶとはなー」
「普通の光景です。今が異常なんです‥‥!!!」
坂木と惣菜とチンしたご飯をつつきながら、これから我が家をどう整えていくかについて話した。
普段の仕事も、それ位計画的にやってくれ、とこっそり思った。
☆☆☆
「今日は、中華料理の日です」
「おぉーーーっっっ!!!!」
「どうぞ、メシアガレ」
「すげーウマソ!!いただきまーーーーーっっっす!!!」
「あ、それ熱いですよ」
「‥‥もう火傷したわ」
「お水ドーゾ」
「ドーモ。‥‥春巻きって、作れるもんなんだな」
「何ですか、急に(笑)小籠包だって、肉まんだって、誰かが作っているから食べられるんじゃないですか」
「いや‥‥今まで、冷凍を温めるだけだったからなー‥‥本当に作れるんだなって」
「味は保障しませんけど」
「マジ美味すぎる」
いつも目をキラキラさせながら美味しそうに手料理を頬張る渡瀬課長を見て、何となく嬉しくなる。
誰かと結婚した後も、こんな感じ何だろうか?
何だか、新婚さんを再現しているかの様に感じる。
「やー、坂木、お前、本当に嫁さんとしては最高だと思うわ」
「アリガトウゴザイマス」
「‥‥で?この前、新人の神原に告られたって聞いたが?」
ドキリとした。
「今のところ、最優良物件じゃないのか?捕まえておいたか?」
「‥‥」
「早く返事して捕まえておかないと。お前の仕事の出来なさが露見する前に!」
「‥‥そうですね」
「お前、黙ってれば可愛いんだからさ」
「‥‥じゃあ、もうここには来られませんね」
「え?」
「私が、優良物件を捕まえるまで‥‥誰かとお付き合いするまでと言う条件でしたよね」
「あー‥‥そういや、そうだなぁ。神原が嫌な思いするだろーからなぁ」
「ソウデスネ」
「ま、お前も最初に比べりゃー大分マシにはなったしな!」
その後の夕飯は、味がしなかった。
☆☆☆
次の日から、坂木は俺の家に来なくなった。
来なくなってから、かれこれ1週間。
坂木の仕事を負わなくなった俺は、余裕で坂木より先に帰宅‥‥している筈なのに、何故か外から家の灯りを確認する癖が抜けない。
あー、何だか寂しいって感じている俺は、どうなっちまったんだ?
壊滅的に仕事が出来ない坂木は、さっさと寿退社するだろう。
そうだ、それより前には合鍵返して貰おう。
もそもそ、と着替えてシャツはそのまま床に放る。
洗われない食器類は、台所を占領し始めている。
‥‥たった、3か月位か?
一緒に住んでいた訳でもない。
それなのに、そこかしこに坂木の気配がする。
増えた食器。買った家電。減らしたゴミ。見つけた探し物。
3か月間、いつも部屋が、綺麗だった。
それが、たった1週間で、元に戻りつつある。
はぁ、と溜め息をつきながらコンビニ弁当を広げた。
不味い。
前は、好物だった筈の弁当。
どうにも食べる気にならなくて、そのまま買っていた時に入っていた袋に戻した。
こういう事すると、坂木にいつも怒られてたな、と思い、クスリと笑う。
会社でいつも怒られるのは坂木。
家でいつも怒られるのは俺だった。
☆☆☆
「‥‥カチョー。課長。渡瀬課長」
夢だろうか。
重い瞼を持ち上げると、坂木がベッドに腰を掛けて俺を見下ろしている。
「坂木‥‥いくみ。郁美。傍に居てくれ」
俺は、彼女の腕を引っ張って、抱きしめた。
‥‥やけにリアルだ。
「渡瀬課長‥‥起きて下さい」
‥‥。
「課長、どうやったら、たった1週間で、この部屋ここまで汚く出来るんですか?」
「‥‥坂木?あれ?何でここに?」
「合鍵‥‥返そうと思いまして」
「あ‥‥あ、そうだな、そうだった」
しまった!寝ぼけていたらしい。
俺は、腕を緩めて彼女を解放した。
彼女の温もりが離れていく時に、胸が痛んだ事は気付かないふりをして。
「‥‥ですが、気が代わりました」
「ん?」
「この部屋見て、気が代わりました。渡瀬課長には、私がいないと駄目だと思います。‥‥そして、私には課長がいないと」
彼女は、今度は自分から、俺にぎゅっと抱き付いた。
☆☆☆
「お前‥‥ほんっと!!マジ頼むよ!!何でそこまで壊滅的に仕事出来ねーんだよ!!!」
涙目で透也が訴えてくる。
「スミマセン」
「お前、いつ仕事辞める予定だ?」
「上司とは言え、それは失礼ですよ!‥‥仕事の出来る男捕まえて玉の輿に乗るまでは、辞められません」
「なら、俺が貰ってやるから、今すぐ辞めろ!!!」
いつもの事か、と聞き流していた周りの社員が、一瞬止まった。
「ええ!?いつの間にっ!?」
「うっそー!!課長と坂木さんが!?!?」
どっと沸くギャラリーを無視して、透也は私を真っ直ぐ見て言った。
「郁。返事は?」
「‥‥勿論、喜んで!!」
そんな、壊滅的ナ、フタリのお話。