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8/24

第08話/彼が再び「ナナシ」と呼ばれた瞬間のこと

刑務所生活2日目に突入です。


そして後半。彼は食事を(辛うじて)摂りながら、自分の居た世界のことを思い出します。

――座標軸:「黒」の刻/02月22日/朝


 意外なことに、彼は熟睡をしたようだ。


 目が覚めて、彼は大きな失望感、否、絶望に近い思いに捉われる。

 昨晩眠りに落ちる前に恐れていた通り、彼の望みは絶たれ、相変わらず臭くて冷たい独房の中にいる。

 時間は、昨日から地続きのままといったところだろう。時制は8年前。2月の22日。その早朝か。

 

 武道を身に着けてからというもの、彼には早起きの習慣が身についていた。今は別人の体にいるようなものだが、それでもこの点は変わり無く機能した。

 横たわったまま、彼は軽く頭を振り、首をゆっくりと動かす。首、そして肩、腕へ。そうやって、かなりの早朝ではあるものの目覚めの状態は悪くないようだと点検をしていく。昨日は身体も動かさず、それどころか食事すらしていないというのに。身体面へのダメージはそこまで大きいものは無いらしい。若さというものもあるのかもしれない。

 意識が覚醒してくる。

 身体を起こす。室内を満たしている冷たい空気が、この慣れない体へみっしりと襲い掛かってくる。

 布団から完全に体を起こして、彼は軽く体を動かすことにする。昨日のようにまるで身体を動かさず怠慢のままでは落ち込みがより酷くなり鬱に近くなる。そう思って。

 そうしてこの身体の持つ硬さ柔らかさといった特徴を、朝の「いつもの運動」を利用して分析していく。


 やはりというべきか。昨晩寝る前に「型取り」で確認した通り、彼が本来持ち得ていた身体と、この「別次元の8年前の、若い」体では、身体機能は大きく違った。

 本来の彼の身体と比べて、この身体は堅さが大分残る。若さだけは本来の彼の身体よりも優位性がある筈なのだが。この様子では、基本的な身体能力は、筋力、持久力その他、どの点でも劣ることだろう。

 あるいは、鍛えている方面が違うということか。彼には経験の無い射撃なども、この身体はこなしてきたという話だから。

 それにしても。思った以上に堅い体であることを再確認して、彼は少しばかり憮然とする。この体、言ってしまえば扱い辛い。何より、自分がそれまで身に着けてきた拳道の技術の殆どが失われてしまっているのが辛い。実に不本意だ。そんな風に思う彼の口は、暫くへの字に曲がったままだった。


 あまり間を置くこと無く、看守の足音がする。彼は動きを止めると、深呼吸をして己の心身を落ちつける。そして静かに正座をして待つことにした。布団は既に上げてある。

 そうして。新しい1日が始まる。

 彼にとっては、この身体、この時間軸に移ってから、2日目となる。




――座標軸:「黒」の刻/02月22日/朝2


 昨日のような「裁判」レベルの大きなイベントが何も無いからだろう。加えて、彼は既に刑が言い渡されている。この日は特に大きな動きは何も無かった。

 弁護士との面会日は、昨日の話では明日の予定である。この世界における2月23日となる。なんでも、この世界の今日である22日は弁護士も通訳も、どうしても外せない用事があるとのことだった。


 彼はまた新聞を要求する。

 昨日は慌てていたので確認をしそびれていたが、英字紙の取り扱いの可能性を今日は確認してみる。しかし、差し入れができるのは和紙だけだという。それでも構わないと、彼はより強い口調で新聞の購入を主張した。

 昨日のようなどさくさとは異なり、この日は規則に則っての配給となる。

 どういうことか、この身体の持ち主は、金銭は辛うじて所持していたようだ。昨日の裁判の判決文で語られていたライフヒストリー、それに弁護士が国選弁護人一人きりというところからしても、決して裕福な人間でないことは理解していた。だが、小銭程度であれば、潤沢というわけではないがケチる程でもないレベルの保持があるという。何をして稼いだ金なのかは解らない。これまでの「クローアー・ロードック」の暮らしぶりもまるで想像つかない。ひょっとしたら、あまりたちの良くない稼ぎだったのかもしれない。それでも、彼は有難くその金を新聞代へと使わせてもらうことにする。

 看守……昨日とは別の人物だ……は、やはり彼が和語をあまり使えないと思っているのか、英語と和語のちゃんぽんで対応してくる。和語による新聞を渡すときの顔も、どこか訝し気な瞳の色だった。どこまで理解できるのやら、とでも思っていそうだった。

 そうして受け取った新聞を、彼は広げてみる。

 昨日と同じで、いくつかの記事は、読めないように切り抜かれ、あるいは黒く塗りつぶされている。恐らく、彼の事件の関係している記事なのだろう。あるいは、類似の凶悪犯罪の記事かもしれない。そう。たとえば、「魔女狩り」のような。


 そうして、彼は読める場所、その全てを丹念に読み込んでいく。


 彼の暮らしていた世界での8年前はどうだったか。そのことをゆっくりと思い出しながら、彼は、何かの違いがないかを確認していく。

 だが、如何せん彼自身の8年前の記憶自体もあやふやである。加えて、当時の彼は今ほど和語が巧みでなかった。彼がまともに和語を読み書きできるようになったのは、3年間の収監時代の後半くらい。きちんとした読み書きというレベルで言えば、刑期を勤め上げ、神矢師のもとで暮らし始めてからだから……

 結局、新聞から判ることは、彼が想像していたよりもはるかに少なかった。むしろ、彼のこれまで経験してきた世界との相違があまり無い、といった事実を確認したに等しいだけかもしれない。

 国際面や経済欄を見ても、彼がおぼろげながらに覚えている8年前の世界情勢と大差無い。彼の居た世界、その当時の和国総理大臣は思い出せなかったが、和国以外の首相や大統領といった国際的な政治家、有名人は、彼の認識と殆ど齟齬が無かった。社会的なゴシップについても同様だ。むしろ、それらのあれこれの話に懐かしさを感じる程である。これは拙い、と彼はその懐かしさ、その感情に蓋をする。

 そうして丹念に新聞を見た結果、この世界は彼の居た世界とそこまで大きな違いは無い、そう考えた方が良さそうだ、と判断を下す。やや、苦い思いで。

 この和国に関して言えば、魔女、魔力持ちへの扱いはあまり良くないようなニュアンスが汲み取れた。多くは社会面の記事からの推測だ。

 そこから彼は、この世界のこの時代にはまだ「魔女人権法」や「魔女文化保護法」が成立していない可能性を想定してみた。

 この2つの法律は、彼の世界でも彼が刑務所にいる間に制定、施行された法律だ。実際の施行は彼が出所する1年程前だったろうか。彼の本来の世界でも、8年前ではなくそれよりも少し後の話だ。

 となると、この世界でもまた、これらの法律の施行はこれからなのだろう。やはり、この世界は彼の居た世界との相違は小さいと考える方がいいようだ。

 そう結論を出して、彼は長いこと目を通していた新聞を漸く折り畳む。

 

 この日の彼は、たとえ多少の無理があろうとも食事を摂ることを朝の内に決めていた。


 朝食も昼食も、なんとか食べることができた。味は、実にそっけないものだったが。それはその食事自体の味のせいなのか、あるいは彼の心身の影響によるものか。彼はそれを考えないことにした。少しでもきちんと食べて、少しでもこの別人のような体が持つ体力を維持して、なんとか活路を見出さなくては、と。考える為にも、生き延びる為にも、彼には情報もだが体力も必要だった。

 そうして朝食、そして昼食を食べながら、彼は風見の家での温かいご飯を思い出す。

 母の玉子焼き、ほかほかご飯、父のお好み焼き、そしてナミの……

 食べながら、なぜかご飯に水が垂れていた。よく見ると、彼の涙だった。

 とにかく、昨日からよく泣いている。困ったものだ、これは。彼は自身を叱咤する。


 ここから逃げ出すことは難しいだろう。

 彼は昨日も検討することも論外だと諦めたそのアイデアを、再度洗い直してみた。だが、やはりどうにもならないという結論しか出なかった。

 監獄のようなこうした密室を維持するといったシステマティックな仕組み、その運用に関しては、和国人はとても高い能力を示す。それを、彼は自身の入獄していた3年間の体験を通して、身に染みる程理解していた。

 そしてこれは、異次元のようなこの世界でも変わりは無いようだった。彼は脳裏に改めて、昨日からの24時間、看守や警察や他の人びとがどう対応していたのかを振り返る。どの段階でも逃亡防止策は完璧で、隙は一切無かった。彼の居た世界と変わらない。

 やはりこの異世界においても、和国の警察力はその辺りでは凄まじく優秀で、逃亡を試みることそのものが時間とエネルギーの無駄だ。そう、彼は理解するしかなかった。


 そうして日の出ている内は、何とか活路を見出そうという気力もあった。だが、徐々に日が陰り、室内が暗くなり始めると、彼の気もまたそれに倣うかのように暗い連想が多くなってくる。


 原因が解らない。

 そもそも、このような事態があり得るのかも、解らない。


 過去に似たようなことがどこかで起きていないだろうか。そう思い、新聞を、広告までも含めて再度念入りに読み返してみる。流石に1日分の和国の新聞の情報量では、そのようなSFめいた話は片鱗たりとも洗い出せない。

 窓は小さく、外の風景が見えないことは当然としても、太陽の位置すらもよく判らなかった。彼は暗くなりゆく室内で、マイナス思考へと傾きがちな自分を意識する。

 これは良くない、と意識して、彼は筋肉トレーニングとストレッチを繰り返した。本来ある筈のスタミナが一切無い、平凡な体となった状態で。

 この日は何等の娯楽も、あるいは運動の時間も無かった。放置に近いと言ってもいい。尤も、今の彼の立場は死刑囚である。大部屋のその他大勢のときとは待遇が違うのかもしれない。

 その違いがよくわからないなどと彼が考えている間に、夕食が供される。やはり、味もそっけもない。辛うじて、なんとか我慢して、飲み込む。

 

 噛みながら、やはり涙が溢れる自分を止めることが、彼にはできなかった。


 噛みながら。彼は、風見の家の、人の手で作られた温かい食卓を、また思い出していた。




――座標軸:レイジ


 風見の家を丸1日離れて彼が思ったことは、風見の家では実によく食べ、食事を大事にしていたということだった。そのことを、改めて彼は思い起こしていた。


 尤も魔女、魔力持ちの場合、その魔力を生成するために生態エネルギー源としての食事はかなり重要な位置を占めている。その為なのか、魔女、魔力無しの多くは健啖家でもある。

 とはいえ、それらの人びとと比しても、風見の家の人びとはとても良く食べ、食事を楽しんでいた。そう、彼は思う。


 魔女として、その地位向上の為に地域的な活動に忙しくしていた母も、食事には手を抜かなかった。そしてそのほっそりとした手で作られた料理は、どれもこれもとてもおいしく、和語でいうところの「ほっぺたが落ちる」思いを、彼は何度も何度もしていた。

 そう。何度も。



 彼が、初めて風見の家の食べものを口にしたのは、彼が刑務所を出てまだ間もない頃だった。

 あの時のメニューは……



 偽造パスポートの使用と武器の密輸、その携帯という罪で3年間の刑期にある間から、彼は獄中であるというのに、和国における魔女の人権向上運動のある種のアイコンとしての役割を担っていた。

 しかし彼が刑務所を出所した頃には、それらの「仕事」はひと段落していた。

 そして出所後は、一番彼を支援してくれていた神矢老師の家で暮らすことになった。

 既に、獄中にいる時点で彼の名前は「神矢レイジ」となっていた。母国政府とも故郷の家族とも、縁はとっくに切れていた。

 政治的なややこしいやり取りがあったらしいが、神矢師が全面的にそれらをねじ伏せて、彼は辛うじて和国での合法な滞在許可を獲得していた。出所の直前のことだ。犯罪歴のある外国人としては異例中の異例だということだった。魔女の人権法に関する活動、その取り組みと反省が、大きく作用したのだよ、と師は彼に嬉しそうに告げてくれた。恐らくは、師自身の和国内での地位や政治力といったものも充分に力を揮ったに違いない。そうも彼は思ったが、口にはしなかった。


 とはいえ、その社会運動とやらも彼が獄中にいる間に一定の成果を上げ、活動自体は落ち着いていた。特に魔女関連の人権法が2つも成立しており、これらは早くに施行がされてもいた。そうしたわけで、彼は出所してすぐの内は相応に暇を持て余していた。

 むしろ心配をした神矢師が、これからの身の振り方をよく考える時間が必要だろうから、と彼を援助してくれた。そんなところだった。


 世界的な武道家として、立派な道場ばかりか、国内外の弟子を多数宿泊させることのできる程度に神矢の家は大きく、立派だった。

 そうはいっても、「最近」はそうした下宿をさせるような弟子は、彼以外には誰もいなかった。師も、また後継者育成というライフワークそのものを縮小している、そんなところらしい。

 老師とは年の離れた、老師と比べるとかなり若い年代となる細君の神矢リサ氏も、老師の行っていた魔女の人権向上運動は一区切りついたと見ていたのだろう。かつてはそちらを重点的に手伝ってもいたのだが、彼が出所した頃には昼間は西乃市の隣となる東乃市へと仕事に出ている程であった。尤もそれは、リサ氏が労働者として優秀だということもあるらしい。その仕事も、かつての職場から乞われて時間を作って労働力を提供している、といったところが本当のようだった。

 そうした事情で、彼女も道場の運営にはほとんど携わっていない様子であることを、彼はすぐに理解した。

 この神矢の道場自体は、今では神矢師と数人の通いの弟子たちとで運営を軽々と賄えるレベルとなっていた。

 師には息子が2人いたが、一人は首都圏の大学へ通う為、家を離れていた。拳道とは全く畑の違う世界を学び、歩んでいるという。しかも首都圏は雨音地方からは遠い。就職もそちらになりそうだと師は少し寂し気に話をしていた。下の息子は随分と年が離れており、まだ小学校の低学年くらい。手伝い以前の話で、しかも拳道ではなく別の武道に才覚を見出しているのだという。完全に被保護の年代だ。

 そうしたことから、この頃の道場は殆ど神矢の老師と通いの弟子たちとで回していた。弟子はいずれも優秀で、道場の運営の重要なことは、この少ない人員でも上手く立ち回っているようであった。そう、彼は見て取った。

 

 そうやって和国の「娑婆」に慣れた頃には、住み込みであった彼も道場での手伝いを始めていた。

 だだ、彼は多くの弟子の中でもそう実力のある方ではない。あまり差し出がましいことはできない。一方で、道場の片づけごとは山とあった。彼はそれらの雑事に黙々と取り組むようにして日々を過ごした。

 時間が空けば、師匠と、あるいは通いの門下生たちと稽古をした。

 特に優秀ではない。恐らく通いの弟子たちの全てよりも、この時点での彼の技量は劣っていた。但し体格に恵まれている彼は、その意味では優位性が高く、それで欠点をカバーしながら少しずつ実力を積み重ねていくことができそうだった。数日の体験を分析して、そう彼は将来を思い描き始めた。刑務所の中、短時間の稽古では得られなかった道を究める楽しみといったもの、その手応えを感じ始めていた。



 彼が道場にいる時間が長くなってきて、そう間も無い頃。

 その日は、初級者のコースが設けられていた。

 午後の早い時間に、入門をしたばかりの老若男女が集まって来る、そういった稽古の時間帯だ。

 初級者と言っても、その中でも筋の良い、初級の中でも上位にいる人たちの通うコースなのだ、と。彼の師匠、神矢老師はそう言って楽しそうに笑った。子どもが多いよ、とも言いながら。

「中には、君よりも筋の良い子どももいるかもわからないな」

 お茶目な表情で、しかしどこか挑発するような目の色をしながら、彼の師匠が彼に言う。

 獄中にいたとはいえ、彼もその時点で既に3年近くの稽古を重ねてきてはいる。週に一度、短く限られた「娯楽の時間」ではあったが。その点で、彼は自身の拳道の腕に相応の自負を持っていた。初心者と比べられては流石に不本意だ、と思う程度には。

 だから、彼がどこか釈然としない顔をしたことを、師匠はすぐに見て取ったのだろう。

「まあ、今に解るから。子どもはその身体も思考力も、実に柔軟な存在だからね。その伸びようとする潜在的な力には、この歳になっても驚愕することが多いんだよ」

 そう言う深い色の目の持ち主は、彼を見遣る目をそのまま道場全体へと広く向けた。 

 その瞬間。


 声が、あった。


 シツレイシマス、だったか。

 彼はよく聞き取れなかったが、澄んだ、子どもの声だった。声の主の性別は、彼には判別がつかなかった。

 彼も師匠の目線と同じ方角を向く。入口の方向だ。

 子どもがいた。

 丁寧な所作で生き生きと頭を下げまた上げている、長い髪の少女が一人、彼の目線に収まった。彼、そして師匠同様、道着をきちんと着ている。少女、と彼は認識したが、むしろまだ「子ども」の範疇だった。多分、10歳になるかならないか。いや、なってはいないだろう。そんな見立てだった。

 この日は3月の上旬で、これまでの日々と比べるとかなり温かかったが、それでも道着一枚で上着も何もなしといった様相の子どもは、彼には寒そうに見えた。

 しかしすぐに、彼がその子どもの姿をそう思った理由が理解できた。

 その、道着を着た長い髪の女の子の後ろに、厚手のコートをしっかりと着込んだ、タイツ姿の更に小さい女の子が、やはり同じように声をかけ、礼をして入ってきたからだ。その対比で、彼はこの日の寒さを少し意識した、というわけだ。

「お師匠さま、こんにちは」

「お師匠さま、こんにちは」

 2人は姉妹だろうか。衣類は違えども、2人の顔だちや仕草はどこか似たものがあった。

そうして2人の子どもは良く通る澄んだ声で、親しみに満ちた笑みを浮かべて、礼儀正しく挨拶をしてくる。

「今日はヒカリちゃんの見学、いいですか?」

「ああ、約束だからね」

「よろしくおねがいします」

 道着を着た方の少しだけ年長と思しき子ども、師匠、そして私服のままの更に小さい子どもが、それぞれに挨拶を交わす。

 そして。

「……こんにちは」

 彼に先に声を掛けてきたのは、道着を着た子どもの方だった。

 笑顔があった。大きな笑顔だった。

「こんにちは」

 彼も慌てて、返事を返す。目線は2人の子ども、それぞれに平等に配りながら。

「はじめまして」

 そう小さな声で付け加えるように返してきたのは、私服のままの小さい方の女の子だった。笑顔は小さかった。年長の方の子どもと違い、この子は、体が大きく見るからに外国人といった容貌を持つ彼に驚いているのかもしれない。そう彼は連想した。

 解りやすい微笑みをしっかりと頬に浮かべて、彼は改めて2人を見遣る。

 やはり姉妹だろう。よく似ているとまではいわないが、双方、似た造形を持つ子どもたった。そこそこ綺麗で、髪型こそ違うがいずれも髪を長く保っている。

 道着を着た女の子の方は稽古の為に長い髪を後ろに括っている。その姿が良い姿勢と相まって、お姉さんらしく賢い印象を与えていた。妹らしい私服の子の方は、厚手のロングスカートといった衣類も含め、穏やかでおとなしい、より女の子らしいといった印象だ。

 彼は2人を見て、自然と自分の目が優しくなるのを意識した。彼の捨てた故郷にいるであろう、姉と自分とのかつての姿が、そこに重なって見えた。


 狂信的な魔女殺害への欲求を抱いて止まない、彼の、血の繋がった姉。けれども、彼には優しくいつも世話を焼いてくれた姉。


 だが。

 それ以前に、これまで刑務所に3年間、それから「娑婆」に出てからというもの、こうした純粋な存在に触れるのは実に久しぶりなのだと言うことに、今更ながらに彼は気がついた。

 そうして温かいまなざしで子ども2人を見ていると。


「あ!」


 道着を着た方の女の子が、いきなり何かに気がついたかのように、その瞳を大きく見開き、彼を強い目線で捉えて、声を、上げた。


「ナナシ兄ちゃん! ひさしぶり!」


 次いで。

 子どもは、その青色の瞳を輝かせて、そんなことばを彼に投げかけてきた。




(つづく)


ああ悔しい。本当は13日中に上げる予定でしたが、推敲が思いの外時間食いました、只ノです。


今、調整中なのですが、11月いっぱい、なんとか「時間識ときしりの魔女」が出てくるまでは、

先にアップを優先していこうかと思います。

あと、1、2話分でしょうかね。

頑張ります。


さて、時間軸は、「本来の世界」の過去を辿っています。

今はまだ「神矢レイジ」そして「ナナシ」ですが、彼はこれからどう変化していくのでしょうか。

というところで、次への引きです。


お目通し頂けて、嬉しいです。どうか次回もぜひ、ご贔屓に。

ではまた、次に。(只ノ)

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