表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

第06話/彼が「クローアー・ロードック」として扱われ続けながら確認したこと

06話も短いです。

今度は、風見レイジから見た、別人の「彼」の話へと入っていきます。

――座標軸:「黒」の刻/02月21日13:00


 閉廷し、彼は法廷を後にする。頭の中が破裂するのではないかというほど、いろいろと意味の分からない情報が詰め込まれた。思考も処理も為す術が無く、彼は途方に暮れている。

 それでも今、神矢老師の顔を、見ることができただけでも、彼は嬉しくてうれしくて、涙が出そうだった。


 だが同時に、心の底から途方に暮れていたというのも事実であった。

 

 何より。ここにいる神矢師もまた、彼のことを「大量殺人犯」だと認識していたとしたら? 彼は、一体どうやってその誤解を解けばいいのだろう。

 ただ。

 神矢師は、彼のことを「レイジ君」と、今の彼の名前で呼びかけてきたのだ。それだけはどこか、希望が持てるのではないだろうか。

 そうした希望的な憶測に縋りながら、彼はそれ故に新たな恐怖心にも襲われる。

 名前のことなど、単なる好条件が重なっただけという可能性は無いだろうか。やはり本来の彼を知っている人物など「この世界」にはいないままだとしたら……一度の呼びかけだけで、彼と真実を共有するする存在がいるなどと仮定するのは、甘い見方だ。そこで得られる失望の大きさは、とてもではないが彼には耐えられないだろう。

 ひょっとしたら。このまま夜になり眠りに落ちたら、無事元の世界、本来の彼がいるべき世界へと戻れるかもしれない。元の27歳と11カ月、身体に火傷の痕も何も無い彼が、何も変わらずに新しい2月21日を始められるのかもしれない……その可能性を考える方が、まだマシなようにも思えた。

 それもまた、叶わない可能性もある。いやむしろ、そうならない確率の方が高いと捉えておいた方がいい。そこでの挫折も辛そうだと、苦い思いで彼は想像する。

 口の中はカラカラに乾いている。そして、砂をジャリジャリと噛んでいるようだ。そんな気がして、仕方が無かった。



 裁判の前、弁護士たちとの短時間の打ち合わせのときのことを、彼は思い返す。


 裁判所の待合室。その場で彼は、合流した弁護士と通訳に、改めて彼の状況を説明しようとした。だが、どちらの人間も彼の言い分に関しては聞く耳を持たなかった。殊に、弁護士の方は。そして2人とも、朝の看守たちとほぼ同じような反応を示した。

 弁護士も通訳も、どちらの人間も彼には初見の相手だった。「彼の本来の世界」で彼を弁護してくれた人間でも、通訳を買って出てくれた人間でもない。今の彼から見れば、本当に今日初めて会ったばかり、といった人物であった。

 しかし、相手はこれまでのやり取りがあることを前提に、彼に話題を提供してくる。弁護士の口からは、「昨日の打ち合わせが」とやらの文言が放たれもした。そこで放たれた内容と彼の意識は、全く噛み合わない。そんな前提を持つ相手に対して、彼が「別人」であることなどどうやって納得させられるのだろうか……彼の中には、その為の材料など何も無かった。

 裁判前の打ち合わせの中から見えてきたことは、とにかくこの弁護士は彼の弁護を負け戦と考えており、元よりやる気など持っていないということだった。無難に、せめて印象の良い模範的な死刑囚として振る舞うよう、言外に要求してくる始末だった。恐らく「前日の打ち合わせ」とやらも、きっとこんな流れだったのだろう。「この世界」での前日のことなど一切知らない彼にも、そう想像がつく程だった。


 そんな弁護士の揮う和語を彼はほぼ100%把握していたのだが、弁護士も、また通訳をしている男も、その可能性は殆ど認識していないようだった。看守たちと同じである。

 そこで彼は、和語でもって2人に相対してみることにする。

 いきなり和語を巧みに話し出す。しかも、イントネーションもことば選びも、雨音地方の方言を敢えて強く選びながら。すると、2人の男はそれぞれ大きく驚いた貌を彼に向けてきた。

 彼は、和国で9年と4カ月、内3年少しは犯罪者としてではあったものの、それなりに生活をしてきているのだ。ここ6年程は相応に、生活の基盤をこの和国の中で、雨音地方のこの西乃市で築いてきてもいる。神矢老師や風見の家族、魔力持ち、魔力無しの大勢の仲間の手を借りながら。

 しかし弁護士、そして通訳の認識に、そのような彼の事情は分からない。どんなに流暢に話をし続けても、2人共、呆気にとられているだけだ。思考が停止でもしているのかもしれない。

 2人の内、まだ多少は彼に同情的な態度を見せている通訳に、彼は雨音地方の訛りつきの和語で、入れ替わりの可能性を再三訴えてみた。だが、そのような可能性があることすら想像の範疇には無い、といった素っ気なさだった。

 それはそうだろう。彼がその立場であったとしたら、やはりこの通訳や弁護士と同じように認識する筈だ。

 だいたい、人間の自我が入れ替わる、更にそのまま8年前に時間を遡る、しかも時制どころか当時の状況とは条件がまるで違っている、等々。そのような二重、三重のSFもどきの変化など、本来の人間にある筈が無い。そう考えるのがまっとうな人間というものだ。


 判決後、裁判が閉廷し、その後すぐ弁護士との短時間の会話でも、得るものは何もなかった。むしろ、弁護士の心証すら損ねていたかもしれない。だが、彼にはそうしたことに気がつくだけの余裕すら無かった。


 こうして弁護士との関係を見ても、裁判前、裁判後、そのいずれも彼にとって芳しいものは無かった。いきなりの変化に事情がまるで呑み込めない彼、そして別の事実に基づくと思しき事情を前提にしている弁護士、通訳との会話は、またも半端に打ち切られた。



 今、彼はまた護送されている。

 直前には、またも車の際まで多くの報道陣に詰め寄られ、それを避けながら護送車に乗り込んだ。恐らくはこのまま元の拘留施設へと戻るのだろう。説明は誰からも為されなかったが、彼にもそのくらいの見当はついた。

 車のシート、その左右にぴったりと見張りの人間に付き添われているというのに、会話も無く、理解も無く、彼は強い孤独感に襲われる。

 しかしその孤独を意識したことで、彼は逆に僅かばかりの落ち着きを得る。先の移動時と同様、何も言われないのをいいことに、左右の人間を無視して彼はこの半日足らずの出来事を懸命に振り返る。


 振り返りながらも、彼は合間あいまに自問を繰り返した。


 自分は、本当は、気が狂ってしまっているのではないのだろうか、と。


 何度となく、彼はそう自問する。


 しかし。


 彼のまるで知らない事実ばかりが争われる法廷、そして彼の行動とは違い過ぎる選択をしたと思しきこの身体の持ち主の話。それらはあまりにも整合性がありすぎる。夢や狂気に原因を見出すような矛盾が、殆ど無い。

 やはりこのような気の狂い方は世の中には無いだろう。彼はそう結論を下す。彼自身の状況を除外すれば、それ以外のもの全てに一貫性も整合性もありすぎたのだ。


 弁護士たちとの打ち合わせ。そして裁判での判決文で読み上げられた「この世界におけるクローアー・ドードック」の19年間の成育歴と和国内における破壊活動の数々。そうやって傷つけた人の話。そして、断片的ではあるものの、今朝から護送までずっと入れ代わり立ち代わり対応をしていた看守たちの対応とことばの切れ端、等々。

 彼が推測するこの身体の持ち主である「クローアー・ロードック」は、彼とは根源こそある程度近いものの、だが全くの赤の他人である、といった感想しか持てなかった。



 彼がこの恐ろしい世界に対する理解を得る上で最も役に立ったのは、裁判の判決文だった。それなりに長く、この身体の持ち主である、彼とは別人の「クローアー・ロードック」の背景情報を掘り下げて語ってくれていた。

 周囲は、彼が和語を殆ど判らず精々カタコトで挨拶程度ができるのみ、と見做しているのだろう。特に脇についてくれた通訳はその思い込みが大きいようで、事前の打ち合わせであれだけ彼が和語を巧みに話したことを一切無視して、逐一彼に翻訳をしては英語でその内容を伝えようとしてくれた。

 しかし彼は逆に、和語の飛び交う法廷の状況は大きな情報源だとばかりに、裁判長の読み上げるそのことばに一所懸命耳をそばだてていた。

 尤も、そこで告げられた結論は、彼にとっては言語道断、あり得ない内容であり、半ば放心状態にならざるを得ないものではあったのだが。

 しかしそうした断片的な情報を集めた限り、彼にも幾つかの事が飲み込めてきた。



 この身体の持ち主、クローアー・ロードック、別世界に住む別人の彼は、生まれや育ちといった点に関しては今の彼と大筋では違いは無いようだった。

 この和国の生まれではないこと。母国では少数先住民族として、貧しさの中で育っていたこと。小さな村は、こぞって魔女狩りに賛同し、魔女迫害を当然と考えていたこと。そんな中で、教育の習得よりも魔女狩りを選び、学校を中退して魔女狩り組織に参画したこと。和国に来たのは今回が初めてであること、等々。この辺りの「事実」は、大筋だけを言えば彼との違いはそこまでではない。


 だが、それ以外の点では結構な違いもあった。それも、かなり大きく、且つ本質的な部分で。


 この身体の持ち主の海外渡航の経験は、これが初めてではなかったらしい。そして、母国でも、他国でも、彼は……魔女殺害の経験があった、らしい。

 らしい、と言うのは、彼がその内容に動揺して思わず裁判官の言う判決文を上手く聞き取ることができなかったこともあった。

 ともあれ、そこで語られたクローアー・ロードックなる人物は、既に和国入国前に立派な「魔女狩人ウイッチハンター」だった、ということだ。

 話の中身からすると、狙撃、爆殺、また毒殺といった、遠距離かつ間接的な殺害が多かった、ようだ。

 そこで語られていた内容だけでも、彼は途方に暮れる。実際法廷では、そこで膝を折って座り込みかけ、周囲に身体を支え直してもらった程だった。


 このクローアー・ロードックもまた、年齢面での若さを理由に和国の先行部隊として抜擢され、「仲間」に先んじて密入国を果たしたらしい。今の彼とほぼ同じタイミングで和国に入り、先行して和語を学び、この雨音地方、特に西乃市を中心に軽く諜報活動を行っていたという。作戦開始の予定日が11月4日の午前零時、というのも一緒だ。


 だが入国後の10月末、2人の人間の行動は、大きな食い違いを見せる。

 というよりも、一つの選択肢の違いが、この「クローアー・ロードック」と、今の彼、「風見レイジ」の運命を変えたようだ。



 先行して町を……西乃市の市街地、そして風見家が暮らす小さな魔女コミュニティのある中野町を諜報して回っていた「彼」は、主に夜間に行動をしていたようなのだ。

 そして。


 「彼」……クローアー・ロードックは、その事前の諜報活動の際に、あの子ども、5歳児の魔力持ち、彼にとっての運命そのものとなる風見ナミに出会うことは無かった。



 この世界の「彼」が、この世界のナミと出逢ったタイミングは、最悪だった。

 「彼」が。

 「彼」は。

 この世界のクローアー・ロードックは、風見家の一家3人を魔女狩りと称して惨殺し、その直後に、ただ一人、家族の中で無傷で生き残っていた5歳児である風見ナミを保護して逃げたのだ、という。



(つづく)

別人の「彼」こと「クローアー・ロードック」の話が始まり、続きます。

あと1、2話はそちらの話となります。


おかしい。幼女が、少女が、出てくる筈なのに。おかしい。

なんとか可愛いロリっ子たちが活躍する話迄、早く持っていきたいと思います。

(あと数話分。トホホホホ……)


どうかこれに懲りずに、次もおつき合いの程を。

ご通読、感謝です。それでは、また。(只ノ)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ