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第04話/彼の名前を呼ぶ老人

お久しぶりです。前回が03話、そして今回が04話となります。

(あまりにも間が空いて、お忘れでしたらごめんなさい)

物語はあまり進展しませんが、最後に少しの光明が射します。


――座標軸:「黒」の刻/02月21日/12:00


 そして、彼は今。

 死刑を宣告されている。


 「クローアー・ロードック。死刑」

 と。




――座標軸:「黒」の刻/02月21日/8:00


 法廷へと向かう前、彼は着替えを許された。


 彼は未だに「今」の状況が理解できていない。

 目覚めと同時に全ての状況が一変し、それからそろそろ2時間程が経っただろうか。理解できていることと言えば、そのくらいか。

 そんな彼にも、囚人服ではなく着替えがあるということらしい。ともあれ看守から言われたことで、彼はそう理解した。

 看守が入って、出ていく。あまり彼の趣味ではない、地味な、というよりもどこか陰鬱な印象を与える色合いの服が置かれていた。それに着替えて法廷に立つのがこの世界の「彼」の今日の予定だったということを、彼は把握する。

 少しだけ探したが、下着の換えは無いようだ。

 さて。この私服が囚人服よりははるかにましなのは事実だ。そう思い、彼は寒い独房の中、暖房も無い冷え冷えとした室内で上下の衣類を完全に着替えることにした。

 しかし彼は、寒さでなかなか服を脱ぐ気にならない。とはいえ、このままでは何も進まない。

 ままよ、と彼は囚人服を脱ぎ……そこで。


 これは、なんだ。


 ことばに詰る。


 そして。気がつくと。


 大声で叫び続けていた。




――座標軸:「黒」の刻/02月21日/8:10


 服を脱ぎ始めた彼は、左右の腕に残る妙な模様に気がついた。

 否。模様、などではない。傷痕だ。何らかの。元の、本来の彼の身体には無かった、醜い痕。

 彼はすぐに、それが火傷の痕だと見て取った。右腕、左腕、どちらにも酷い火傷の痕。随分と……とにかく、醜い。それと、大きな違和感。

 やはりこの身体は自分の体ではないのだと、彼は思う。「本来の自分」の腕には、このような傷などあったためしがないのだから。しかし。

 一体どうして。どうなっているのだろう。

 そう思った彼は、寒さも無視して思わず下着のシャツも引き抜いて、上半身裸になった。今のこの身体の火傷の痕は、どこまで続いているのだろう。両腕のこの部分だけで収まってくれていればいいのだが、と。そうした不安に駆られながら。

 否。傷は、腕を上がるにつれて、より酷くなっている。

 否。腕どころか。それは胸、腹へと続いていた。より、その酷さと醜さ、痛みを増しながら。


 一瞬、声が詰り、彼は茫然とする。


 その次の瞬間、彼は叫び出した。

 叫び、続けた。


 あまりの大声に看守がまた慌てて彼の独房へと突入してくる。そして目を見開いて自分の身体を見て叫び声を上げている彼を、押さえつけにかかる。

「96号、静かにしろ! 落ち着くんだ!!」

 

 うお、うおお、うおおおお、うおおおおお、おおおおおお……


 他の看守が駆けつける頃には、彼の叫びは嗚咽へと変わっていた。




――座標軸:「黒」の刻/02月21日/9:10


 考えてみれば、こういったことは想定されていてもおかしくないのだ、と。護送車に乗って暫く経ってから、彼は思い当たった。

 お前は、鏡で見たではないか、と。顔が、まるで昔のように若返ってしまっていたことを、その目で、と。

 その上、新聞でも確認したのではないか、と。年月が、8年、丸々と遡ってしまっていたことを。

 このズレ。これは一体どこからくるのだ。相変わらず、彼にはそのことわりがまるでわからない。

 だが。ともあれ、「現実」は「これ」なのだ。

 彼のそれまで通りの肉体ではなく、仮の、別の、カタチを取った何かに「自分」が入り込んでいるのだとしか言いようがない。彼の知らない、彼の経験していない「事実」を基にした、何かでもって。

 単純に、彼の気が触れてしまったのでなければ、の話だが。


 肉体が若返ったのだ。だからそれ以外にも、何等かの変更がオプションとして付け加えられていても当然だろう。理屈では、彼もそう飲み込むところまで落ち着いてきた。

 それでも、肉眼で見る醜く焼け爛れた自身の火傷の痕に、彼は衝撃を隠せなかった。

 あの後またもボロボロと泣いて、泣きながら刑務官たちに支えられ、指示を受けながらなんとか着替えを果たして、今は法廷へと向かっている。


 着替えながら確認したことを、彼は思い返す。この肉体、その本来の持ち主には、かなり大きく酷い火傷を負ったという過去があったようだ。それは、今の彼にはまるで無い経験である。

 面積や傷の度合いはかなり酷い有り様だったが、但しその後の治療が良かったのか、現状では痛みも何も無い。多少の違和感と、あとは見た目の醜さの度合いが酷いといったもので、実用面では彼の肉体は19歳の若さの頃と大差は無いようだった。筋肉その他、動かす際の後遺症は、彼には感じられない。

 車に乗るという直前、彼はトイレを口実に、再び確かめてみた。そこで確認の取れたこととしては、彼の火傷の痕は上半身前面に集中しているということだった。背面に関しては、手の届く範囲ではそれらしい形跡は感じられなかった。鏡が無い為詳しいところまでのチェックはできなかったが。それと、臍から下へのダメージが殆ど無いことも確かめられた。但し脚の一部にも多少の焼き痕があった。これも、同じ時に負った火傷なのだろうか。

 上は確認した通り、触れた限りでは首から上には影響が無いようだった。あるいは腹から胸を中心にした前面だけ油でも掛けられて、燃やされたか。そう彼は想定する。先程鏡で顔を見た限りでは、顔面に関しては火傷の痕などは無かったのだから。

 看守の目を盗みつつ、下肢を再度ざっくりと確認してみたところ、体の前面、膝から上にも軽度の火傷があった。軽度とはいっても、触るとその部位が気持ち悪い程凸凹している。だが、酷さで言えば、腹、そして胸の火傷の方が遥かに重症だっただろうと想像がつくレベルだ。これらを合わせると、体表に占める傷の総面積は、結構広い。

 車に揺られながら、そう、彼は先程の確認事項を振り返る。


 だがしかし。どうして。なぜここまで、「自分の肉体」と「言われている時制」と「自身の思考」が食い違っているのか。その答えは、彼にはまるで見当がつかない。

 それらは、まるで違うパーツがバラバラに集められて急遽組み立てられたとでもいうようなちぐはぐさ加減だ。

 彼の認識で言えば、彼の意識が持っている27年と11カ月分記憶が全てだ。これこそが、彼自身だ。

 しかし、この肉体は、どうやらそうではないらしい。

 そして時制は、今から8年前。

 但し、時制と、この肉体の年齢はある程度の整合性を示している。そう取れなくもない。


 そうやって彼が考え続けている内に、護送車が停まった。どうやら、収監されていた施設と裁判所は、そこまで遠い距離ではないらしい。彼が考えに耽りすぎていた可能性もあるが、それでも移動の距離は短いものだったと彼は判断する。

 となると、ここは首都圏の収監施設であり裁判所なのだろうか。雨音地方の中心都市である東乃市の可能性も高いが。西乃市には地裁があるのかどうかも分からない、と彼はそこで考えを停止する。

 腰に紐、そして手元の手錠を嫌という程確認され、降車を促される。車の扉が開き、周囲の警察官に押されるようにして、移動を開始する。

 車を一歩出ると、多くのフラッシュがたかれた。

 彼は一瞬、よろめき、そして青ざめる。しかし、躊躇は許されずに、周囲の警察官たちから進行を促されるまま、彼は裁判所の建物へと入っていた。どこか埃臭く、暗い建物の中へと。その暗さに飲み込まれながら、山のような報道陣がフラッシュをたくその音が背後で延々と続いていることを、彼の耳はずっと意識して拾い集めていた。


 そうして徒歩移動をしながら、彼は考える。


 この身体、この肉体の持ち主。

 その「彼」は、一体何をやらかしたというのだ。




――座標軸:「黒」の刻/02月21日/12:00


 そうして今、彼は、法廷で死刑を言い渡されている。



 あまりにも余裕が無かったからだろう。彼はぐるぐると回る視線の中、何も目に収めることができなかった。

 目を回しているわけではない。平衡感覚は辛うじて保たれており、天地を逆に感じているわけでもない。だが、何をも目に捉えることができなかった。先程まで辛うじて見ることのできた3人の裁判官、その3人、真ん中の顔ですら、彼は目に映せども脳の回路が理解をすることができなかった。


 そのさなか。たった一つの知った顔を、彼は最後の最後、法廷を出る直前に目に入れる。


 否。その顔を見て、彼は初めて、まともに考える自己を再び手に取り戻したと言ってもいい。


「レイジ君!」


 その貌の持ち主は、彼を、そう呼んだ。思わず口から洩れた、とでもいうような声色で。


「師匠……」


 彼を、番号でもない、かつてのパスポートの記載名で呼ぶでもない。彼の、今の自我が根幹として認めている、彼自身の名を呼んでくれたのだ。その声は。


「師匠、助けて、ください」


 彼の声が掠れる。距離も遠い。多分、そんなたわごと、彼の「師匠」は耳にすることができなかっただろう、とも彼は思った。けれども、2人の視線が確かに交差する。


 そこには、彼を強いまなざしで見つめながら、口元を引き締めて彼に頷きを送る、彼の「師匠」、神矢老師が立っていた。




(つづく)

本当にお久しぶりです。少しずつですが、ちまちまと書き進めています。


今のろころ、次の話の更新はすぐにできる予定です。

本来は、次の話(05話となる予定)とセットで1話分のつもりでしたが、内容が「白の刻」の方へと移動する為、今回の「黒の刻」のものとは分けました。

なので、基本的には明日または明後日位に05話を投稿予定です。

この2話分、物語の括りとしては、主役の彼(風見レイジ)と神矢老師とのパート、といった位置づけです。


その続き、06話くらいまでは、今週をメドにアップをしようと思っています。

なにせむさくるしい野郎ばかりだと、お話がつまらないもんで。早く幼女と少女とを出したいな、と。少女、カモン!


お目通し頂き、本当にありがとうございます。どうか次回もぜひ、おつき合いの程を。

では、また。(只ノ)

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