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第20話/彼から見た風見ミチの癒しの話、そして神矢リサのこと

立ち直りの記。今回は母さんこと風見ミチ編です。

そして後半は、神矢リサSpecialが展開されます。


(今後、多少の手直しの可能性があります。その際はまた適宜報告を入れます)


――「黒」の刻・02月26日、夕刻・3


「母さんは、どうしているだろうか」

 気がついたらかなり暗くなっている独房の中、彼は和語で呟いた。

 ヒカリの不幸を思うと、ミチ母さんがセットで浮かんでくる。その不幸は、表裏一体だ。少なくとも、彼の中では。


 それと。


 「向こう」に、今、「自分」はいるのだろうか。どうなってしまっているのだろうか。

 もしも自分が急にいなくなってしまっているような状況であれば、ナミは勿論、母さんが大変心配をすることだろう。ミツル父さんも、老師も、他大勢の皆も。それでもやはり、母さんの心配っぷりが大変なことになっている筈だ。おおらかに見えて、彼女はとても心配症なのだから。


 それとも。


 「向こう」の世界が、「元から自分の居ない世界」として成立してしまったのだとしたら。自分が「いなくなった」のではなく、「元からいない」ものとして。もしもそうなのだとしたら。


 その連想は、彼に底知れぬ恐怖心を呼び起こす。

 震えが、止まらない。




――「白」の刻・5年前、夏から秋


 ヒカリを喪った心の傷が顕著に表れたのは、やはり母親であるミチだった。


 それまで快活だった性格が嘘のように、母は虚ろに、気の抜けた状態になり果てていた。

 一方で、ただ一人残った我が子のナミを過剰に心配し、彼女の外出を嫌った。自身も家に閉じこもり気味となり、それまで精を出していたNPO活動にもまるで気に掛けなくなった。辛うじて家の中のことはするものの、片づけや掃除にとても手間取るようになった。暫くすると、それらもできないでぼんやりとしているか、同じ場所を延々と片づけ続けたり掃除をし続けたりと、そんなことが続くようになった。


 9月に入り、夏休みの終わったナミが学校へと通おうとする頃が一番酷かった。

「駄目よ! ナミまでいなくなっちゃったら、私、どうしたらいいの?」

 泣きながら、ミチはナミの通学まで拒否し始めたのだ。

 元より8月の間もずっとナミの外出を嫌っていた彼女だ。たまの外出であれば、父さんか、あるいはなぜか彼が付き添いということであればそれも可能だった。だが、毎日の通学となると強い拒否反応を示し、泣いて娘を抱きすくめるばかりで埒があかなくなった。

「お母さま、あのね」

 ナミは、母の抱える不安と、自身の悲しみと、それでもやはり学校へ行きたいという意欲と、そうした幾つもの気持ちのバランスが取れず、身動きできなかったのだろう。彼には、彼女自身が母に意見をすることは難しいように思えた。

 そう見て取った彼は、学校への送り迎えを申し出ることにした。

 どうせ、風見家周辺、中野町の人間の中で時間を持て余しているものは、彼くらいなのだ。

 同じ町内に住んでいた辰巳家は、娘のミツキの中学進学を機に、先の4月に西乃市から東乃市へと引っ越しをしていた。少し偏差値レベルの高い中学に入学し、高校か大学の進学は地元の雨音地方ではなく首都圏へ出したい、可能性を伸ばしたい、と。引っ越し前の3月、そんな辰巳家の将来像を彼はミハル叔母やミツキ当人から聞いていた。葬儀の間だけは一時的にかなり強く風見をサポートしてくれていたが、既に生活の基盤は全て東乃市にあり、9月に入った今も通いで風見を支えるには近いとは言えず、難しい。

 他の魔女仲間、中野町の友人連中は、大婆さまを除いて皆平均的な有職者でもあり、それぞれに忙しくしていた。勿論、高齢の大婆さまにこのような足腰を使うような雑事を頼むなど論外である。一番自由度が高かったのは多分、中野町一丁目の外れに暮らす、孤狼の魔女姉さまだったろう。だがその彼女はとんでもなく人見知りが激しい性格ということもあり、学校との折衝も含む送り迎えを依頼するには不向きだと思えた。それは恐らく、彼だけではなく誰もがそう判断するであろう、というレベルで。因みに彼女は在宅仕事ということだった。とはいえ納期のある請負仕事をしているということで、家に居ても結構忙しくしていることも多いのだという話も、魔女仲間の間でよく話題に出ていた。彼女自身は風見の姉妹が大好きで風見家との親しみは強かったが、それ以外の点では頼み難い条件が重なっていた。

 他を辿ると、北の魔女コミュニティには多少時間に融通の利く人間はいることにはいたが、中野町との距離が離れていることもあり、こまめに風見家をサポートするには少々の難があった。北の魔女コミュニティ自体が、路線バスを使っても1時間近く離れている場所にある。そこから日々支援の為に顔を出しに通うなどということは、東乃市の中央部に越した辰巳家への依頼と同じようなものであり、現実的ではない。一番風見に親しいスズノハはコミュニティの実質的なリーダーとして活動しており、更に自身も子育て中でもあったことから、その多忙さから身動きはほぼ不可能だ。

 他に、ナミ自身の小学校の友人やその親といった線もミツル父さんは考えてみたようであったが、原因が自分の妻のメンタルにあるということで、そこは頼みにくいといった考えだったらしい。それ以前に、そうしたことを頼めそうな友人関係に限って、共働きなど条件の問題があったようである。

 時間に都合がつくような自由を持て余している人間は、周囲では本当に彼くらいしかいなかった。

 9月の半ばには、会社を休んだ父か、あるいは彼に守られるようにして、ナミが登校を開始した。


 しかしときが経つにつれて、ミチもまた、少し状況が落ち着いてきた。

 同時に、父はミチを連れて、病院へ、あるいは魔女教会へと、ミチの心のいたみの治療に当たりはじめた。それはミツル父さんにとっても、自身の心の療養でもあり、娘を喪った悲しみとなんとか折り合おうと努力する行為でもあったのだと、後になって彼は気がついた。

 そうして夫婦は、ゆっくりとだが、日常へと立ち戻っていった。

 とはいえ、ミチが心療内科への通院をやめても問題がなくなるまで、かなりの時間を要した。



「レイジ君、今日は玉子を焼くわ!」

 母さんが徐々に立ち直りの気配を見せ始めた頃。温暖な雨音地方でも初雪がちらついたことがニュースとなり冬本番と言われ始めた頃、彼女はまた以前のように料理をきちんと手作りするようになっていた。

 否。気がつくと、以前よりもはるかに熱心に料理を拵えるようになっていた。


 彼が知る限り、ミチ母さんは料理が好きで、食べる量も結構な健啖家であった。細身の身体からは予想できない程、よく食べた。

 元より、魔女・魔力持ちは、「魔力を使う」為に「余分なエネルギーを必要とする」人種でもある。押しなべて、魔女、魔力持ちという人類には、大食漢が多い。その割には、エネルギーとして排出される分も多いからなのか、いわゆる「やせの大食い」に近い人びとが殆どである。

 そうしたわけで、風見の家の人たちもまた例外なく、本質的には良く食べ、更に食事を楽しむ人びとでもあった。

 食べることや料理をすることに関してはミツル父さんも同様で、大事なことと考えており、手を掛けることを好んだ。とはいっても父さんの場合は事務職とはいえかなりの激務の仕事を抱えており、そうした物理的な事情からも、平日に関しては父さんが台所に立つことはなかなか無かった。それでも時折、特に土日といった休みの日などに、夫婦で仲睦まじく台所に立っている姿……ああ、あの頃はまだヒカリが傍にいて、それにもちろんナミもいて、そんな4人家族の温かい姿が彼に安らぎを与えてくれていたものだったが……それを、彼でも何度も見た記憶があった。

 だから、風見の家が食事を大事にしているということは、彼も重々承知をしていたことだ。


 ヒカリを喪った夏からこのかた、痩せ細ってしまっていた母は、しかし冬に入ると料理をどんどんと拵えるようになった。

 食べることよりも料理を作る方に、彼女の情熱は傾けられていた。

 「何かを作り上げる」という作業が、そしてそこから得られる成果が、彼女の癒しの一つでもあったのだろう。

 多くの場合、料理は努力がほぼ確実に成果として目に見え、嗅覚や味覚で実感できるものである。多少の失敗も、状況如何ではアレンジといったかたちで挽回もきく。そうやって、ものを作る過程の創造性も、成果が実を結ぶという実利も、それらをトータルでコントロールできるという自律性も、彼女の心には何等かの回復をもたらす作用として働いていたらしい。


 ミツル父さんもそう理解して、食べ尽くせない程の量の家庭料理を作り始めた彼女の手を止めることは一切しなかった。


「ミチさん、これは何かね?」

「栗きんとん、作るの。ミツル君、今日は帰りが早くて助かるわ。手伝って」

「手伝って、って……もう正月は終わったし……」

「いいじゃないの。正月の栗きんとんは、リサさんからの頂き物で済ませちゃったんだから。今度はウチの手作りのを食べるのよ」

「いや、まあ、栗きんとんは美味いよ。好きだから、いいんだけどね」

「そう。いいのよ、いいの。うん」

「いや、それに……」

「なによ」

「ええっと……その、なんだ、」

「……何? ミツル君」

「いや、その、ええっと……うん。いや、母さんの……ミチさんの栗きんとんは、美味いから」

 だから、手伝うよ。そう、父さんは照れて笑っていた。


 ミツル父さんは、彼女の努力をひたすら肯定し、その成果を称賛した。決して否定的なことは言わなかった。尤もそれ以前に、父さんの中では彼女の料理にまつわる否定的な見解など思いつきもしなかったようだ。そう、彼は父さんの顔から理解した。

 元より料理の上手かった母さんのことだ。どの料理も、殆どはきちんと食べられるどころか、美味しいものばかりが並ぶこととなった。


「わあ、お母さま! 今日は何のパーティなの?」

「ううん、ナミ。ちょっと作りすぎちゃっただけよ」

「おお、こりゃまた美味そうだな」

「あ、父さん、おかえりなさい」

「おかえりなさい、ミツル君。今日はイタリアンにしたの」

「随分とたくさんあるねぇ。ミチさん、今日はえらく頑張ったな」

「まあねー」

「で、こっちは何? お母さま。あと、これは?」

「こっちがラザニア。これはカネロニ。あと、パスタソースもたっぷりと用意したから」

「ミチさん、食べきれないよ、こんなに何種類も。ロングパスタもこんなに…」

「大丈夫よ。パスタソースは小分けにして、レイジ君に神矢家に持って帰ってもらうから。温め直せるし、他の料理に応用もできるわ」

「サラダが美味しいのよ、父さん。流石、お母さまだわ」

「ああ、これはいい味だな」

「あとこれがね、リサさんからもらったチーズを使った……」

「うわ! お母さま!! 大変!!! これ、からい……」

「おや、これはいかん! レイジ、すまん、そこの水を、ナミに……」

「ごめんなさい、大丈夫、ナミ? ごめんね……それはアラビアータ、辛い味のパスタソースで、ナミ用の甘いトマトソースのパスタはこっちに用意してあったのよ」

「……大人の味なのね……からい……ひりひりするぅ……」

「ダイジョウブか、ナミ」

「うん、兄ちゃん、大丈夫。なんとか話せる……」

「口、濯いでくる? ごめんね、私がぼんやりとしていたから……」

「だいじょうぶだよ、お母さま……」

「アラビアータですか。ワタシは初めて食べます。ナミ、良かったら君の食べられない分はワタシが頂こう」

 折角の、母さんの、料理なのだから。そう言って、彼はナミが辛いと言って食べきれなかった唐辛子のスパイシーなパスタを引き受けた。生まれて初めて食べるその味は、辛いものの香りも酸味もとてもバランスが良く、すこぶる美味しかった。飢えだけではなく、どこか彼の心を満たしてくれる。そんな味だった。


 そうやって、ちょっとした失敗も珍しい出来事だと笑い話にできるくらいにまで、家族の気持ちは落ち着いてきていた。

 いつしか、心からの笑顔が、彼女にも、そして夫であるミツル父さんの顔にも、きちんと浮かぶようになっていた。少しずつ、それぞれの傷が癒え始めていることが、彼にも見て取れた。


 食べきれない程の料理は、彼が御相伴にあずかるばかりか、神矢家に持って帰ることも増えてきた。あるいは大婆さまや孤狼の魔女姉さま、他の仲間の家へと、彼が配りに出向くこともあった。

 夏から秋にかけての神矢家の大雑把な食糧事情から打って変わって、冬場以降は随分とバラエティに富んだ食糧事情へと変化していた。

 最初は割とシンプルな料理が多かったが、次第に手の込んだものが増えていった。漬物のような保存食もどんどんと作り、味噌のような調味料作りにも手を広げていた。

「今度、しょうゆ、作ってみようかなー。ネットで調べてみたんだけれども、味噌よりかなーりハードルが高いのよねぇ……衛生管理が大変みたい。雑菌が繁殖しやすいって。でも、せっかくリサさんからいい大豆をたっくさん頂いたことだし、悩んじゃうわ。ねえ、どうしようかしら。ナミ、レイジ君」



 その頃。神矢家のリサ夫人が中野町に戻る機会が増えていた。

 葬儀の頃にはゴタゴタしていたという両親の介護が、事情が変わって施設を使うこととなり、学年度の新しくなる4月をメドに中野町に戻るという話も出ていた。リサ夫人は中野町と東乃市とを何度も行き来しながら、その辺の調整をつけていた。

 そうした合間を縫って、ミチ母さんとリサ夫人、2人が一緒に料理を拵える、といったこともままあった。

 リサも料理は大好きといった人種だった。そのうえ、食べることにもやはり結構なこだわりを見せる女性だった。

 そうして冬から春へ。料理好きの2人の女性が一緒に料理をしていることなども、彼はちょくちょく目にするようになっていた。それは時には風見の台所であり、また神矢家の広くて使い心地の良い台所の場合もあった。どちらかといえば、彼は、神矢家の台所でそうした2人の共同作業を見ることが多かったような気がする。稽古のナミに付き添うようなかたちでミチが神矢家の台所を訪れ、帰りはまたナミと連れ立って帰る、といったことも増えてきていた。


「で、今日はヨーグルト」

「ヨーグルト、ですか」

「うん。ミチちゃん、喜んでたし」

「そういえばミチ母さんは、しょうゆを作ろうかどうしようか、みたいな話をしていましたね」

「あ、レイジ君にもそれ言ってたの。てことは本気ね、ミチちゃん」

「本気、ですか。リサさん」

「あーだから今日は同じ発酵食品ってことで、ヨーグルトでトライアルしてみたのか。でも難易度、全然違うわよ。しょうゆ」

「違うんですか……あ、このヨーグルト、すっごく美味しいですね」

「でしょう。ミチちゃん、喜んでたなぁ……良かったわー」

 料理の年期だけを言えば、リサ夫人の方に分があるようだった。

 年齢的にもリサの方が年上で、しかも結婚そのものが彼女の場合、早かった。

 リサ夫人は20以上も年上の夫の為に、結婚後すぐから食事の管理を徹底していたという話だった。食事に凝るというよりも、どちらかというと武道家である夫の身体づくり、健康管理という面から始まったものらしい。また結婚当時は、住み込みの弟子やよく解らない居候などの住人も沢山いて、料理の必要性も重要度も高かったという話だ。ただし、そうした弟子たちの中から、暇人を助手としてセレクトしては手の込んだ料理の下ごしらえをさせていたという。つまりは彼女が主婦として一方的に奉仕をする立場にあったということではなく、弟子たちや下宿人に対しては相応に対等な立場、つまりはある種のギブ&テイクのようなことでもあったらしい。

「まー食べればね、大体の人は、元気になっていくのよ。これが」

 ミチ母さんが帰っていった玄関の方向を向いて、リサはポツリと呟くようにことばを溢す。

「だからね。料理を通して……食事を作って、食べて、それで彼女が元気になってくれるんだったら……うーん、なんていうのかな。嬉しいよね」

 だから、台所という場所が、彼女の癒しになればいい、と。リサは少しでも時間のあるときは好んで風見家へと顔を出し、あるいは神矢家へと風見の人びとを招いていた。

 とはいえ、リサの場合は仕事もあるので、それはかなり忙しい様子ではあった。



 ものを作ること。それを人に振る舞うこと。完全とは言えないながらも、風見の母はそうした行為を通して、少しずつ傷を癒していったのだ、と。そう彼は理解している。




――「白」の刻・5年前から4年前くらいの間


 昨夏から実質的に風見ミチが抜け、その運営が全く手つかずとなっていた西乃市の魔女の人権団体、NPOの運営には、その後、彼が手を貸すこととなった。ナミが、塞ぎがちではあるものの、ともあれ学校へ通い、拳道の道場へ行くことで少しずつ自分を取り戻していることを認めて、彼も自身の力を何かに役立てたいと考えたのだ。自分もまたヒカリを喪った悲しみに囚われているばかりではいけない、と思ってのことだ。


 とはいえ実質は、むしろ彼はなし崩しに巻き込まれた、と言ってもいいのかもしれない。


 事件と、それに続く裁判の影響で、彼は望まないにもかかわらずマスコミからの取材を多数受けることもあり、なかなかに注目を集めていた。

 以前、まだ魔女の人権関係の法律が成立する前、彼がそうした魔女仲間のための立ち回りに参画していた時期は、実際の彼は刑務所の中にいた。それにその際の主力はというと、美麗な魔女のスズノハであり、あるいは世界的な著名人である神矢老師であった。

 だが、今の彼は娑婆にいる。転向した元魔女狩人が裁判で証言をしたということで、彼の事情は変化した。

 ならばこうして目立っているときに、魔女の人権の周知徹底に自分を使ってしまえばいい。ピエロとして踊るくらい、幾らだってできる。彼はそう割り切って、自由になる時間の多くを、魔女のNPO活動に振り分けることにした。ヒカリを悼む気持と、加害者を憎む気持が、彼の気持ちを強く後押ししていた。

 実際の事務方のいくつかは、東乃市に引っ越しをした辰巳家のミハル叔母と、神矢家の職業婦人である神矢リサが分担して引き受けていた。あとはネットを介して、雨音地方ばかりか全国の魔女仲間が上手く役割を担ってくれていた。

 メインとなる2人とも、ほぼボランティアでその仕事を買って出ていた。リサは、老親の介護がひと段落ついていたから、とも言ってくれていた。だが、結構時間のやりくりは大変だった筈だと、彼は今になって思い返している。確か、老親の状況が悪化したことで逆に施設にすんなりと入れたとかなんとか。しかし職業はそのままフルタイムで働いており、更に東乃市の実家を維持するか処分するか決めかねていたという話だった。

 ミハル叔母も、「引っ越し直後でお金がスッカラカンだから、労力でね」と笑いながら細かい裏方仕事のあれこれを片付けてくれた。

 彼自身の和語の能力はだいぶ上達していたが、細やかな事務方の作業を手伝うには難があった。漢字のドリルも、裁判その他で忙しかったこともあり、小学4年生の初めの頃で中断したままとなっていた。

 だが、表立ってのアピール、スポークスマンのようなことを中心に、彼もできる範囲でミハル叔母やリサを手伝い、NPOの運営に携わるようになっていった。スズノハは、やや渋い顔をしていたが。




――「白」の刻/4年前、早春


「ほら、事務方はこっちでやるから。レイジ君。あなた自分でピエロをやるって割り切ったんでしょう。だったらシャンとしなさい。そう、胸を張るのよ。表情は、前を向いてね。きちんと」

 神矢リサの数々の助言、ことに対マスコミ対応に関するそれは、彼が後で思い返すととても適切なものであった。

 但し彼女は、自身は決して表舞台には立とうとはしなかった。それは自らには似合わないし適任でもない、と強く感じていたようだった。

 一方、スズノハはというと、彼が関わることよりもリサが関わる方がどれだけ有り難いか、といったことを、表情でも口頭でも隠すことが無かった。

 尤もリサの場合、夫が筋金入りの魔女の人権尊重派として長く活躍をしてきた実績がある。それらを実際に手助けしていたという事実も持ち、しかも基本的な仕事の能力が高い。元々が魔女狩人ウイッチハンターであった彼とは比べものにならないということは、彼にも理解はできた。


 自身の親のことや夫と離れて暮らすというストレスもあったというのに、そうやってリサは、風見ヒカリが喪われてからというもののすべてがかみ合わなくなっていたあれこれを上手くつなぎとめて、手を差し出し続けてくれた。葬儀の直後から、そうであった。

 その尽力は、昔から今まで変わることが無かった。

 リサとミチ。2人とも女性で、夫と子どもがいる。魔力無しと魔力持ちという違いがあるものの、同じ町内の、隣同士ということも気安さもある。どちらも家庭料理に凝るという、似た傾向もあった。

「ミチちゃん、食べてる?」

「ちゃんと食べなきゃ、ダメだよ」

「とにかく休養。まだ料理するの、億劫でしょ」

 葬儀直後はそう言って、リサは手作りの餃子だとかなんだとか、いろいろな惣菜の差し入れも行っていた。当時は暮らしの拠点が東乃市にあったにもかかわらず、それでも風見の家を気に掛けていた。そうして時間を遣り繰りしては西乃市の神矢の家に戻る機会をつくり、風見の家にしばしば顔を出した。

 因みにこの餃子作りには、彼も神矢の台所で手伝いに駆り出されてもいた。


 若々しく朗らかな声で話をするリサ夫人を見ながら、彼はそうした彼女の人の好さが、実は夫である神矢老師と同じ根っこにつながるものだと気がついた。他人に分け隔てなく、ものでも情報でも労力でも存分に与え続ける。それを当然だとしている。しかも、フットワークは軽い。やはりそういうところで同じ資質を持つからこそ、2人は年が離れていても夫婦となったのだろうか、と。そんなことを彼は思うこともままあった。

 尤もそれを彼女に言うと、あるいは老師に言おうものなら、2人は照れて実にそっけなく彼を往なすのであろうが。だから彼は、そうしたことは口にすることは無かったが。



 実はもう一つ。神矢リサが、職業を持ちながらも、東乃市の実家と西乃市の自宅を往復することになりながらも、風見家を支え、熱心に中野町の魔女仲間のサポートに入った大きな、とても大きな理由があった。

 彼が、ヒカリの葬儀の日まで、何も知らなかったことだ。


 そう。風見ヒカリを最後に看取った、少年のことを。




――「黒」の刻/02月26日、夕方


 雨だれの、最後の一滴が、落ちていった。



 彼は思い出す。

 あの場には、少年がいたのだ、と。


 少年。

 神矢タカフミ老師を父に。神矢リサを母に持つ、少年。

 神矢悟朗が。そこに。




(つづく)

これまでほぼ出番の無かった悟朗少年にいきなりスポットライトが当たったところでこの20話は終了です。

次は、その神矢悟朗少年の話を少しだけ綴ります。


因みに今回本編の、レイジ君の「ピエロ」発言で、爆風スランプの「狂い咲きピエロ」を連想した只ノは、とっても古いRockオタです、はい。

と、そんなことはどうでもいいんですが。


次で、ヒカリの事件関連の回想がだいたい収斂する予定です。&26日編は次で完了。

但し一つの回想エピソードのみ、積み残しになりそうですが。

次の分に関しては推敲にやや時間がかかっており、アップはどうあがいても連休明け以降となりそうです。


また、前書きにも書いた通り、この20話も推敲が甘いままなので、ちょっと手を入れる可能性もあるかもわかりません、すみません。

誤字脱字系ではなく何か内容に関する変更がありましたら、必ず報告しますので、お許しを。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。どうか次も、ご贔屓に。

ではまた。(只ノ)

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