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第02話/彼がまだ「クローアー・ロードック」だった頃

話は一転、彼の過去へと戻ります。


――座標軸:「白」の刻/遠い昔


 彼は、元は「あちら側」の人間だった。

 いわゆる「魔女狩人ウイッチハンター」という奴だ。


 そうした人間ばかりが生息している村で、彼は生まれた。

 彼の周囲は、魔女、魔力持ちを「人類」とは見做さない人間ばかりで構成されていた。だから彼も自然、その考えに染まっていったものだ。

 「神に逆らう邪悪な魔女は絶滅せよ」。それが当然だ、それが正義だ、自然の摂理だ、と。18歳のその日まで、彼はずっと思い込んでいた。

 彼の血をつくり上げた父も母も、祖父祖母も、そして兄弟の誰もが、それが「世のことわり」だと信じて疑わなかった。彼の姉は祖父祖母と共に末っ子だった彼を大層可愛がりながら、魔女の邪悪さについて幼少時からあること無いこと、ことばにしては彼に吹き込んでいた。

 

 学校を中途で辞め、学問の必要性を何も重要と思うことも無く、周囲の期待に沿うように、彼は国際的な「魔女狩り組織」に属して暮らすようになった。

 とはいえ実践も実戦もまだまだ、といったところだった。

 

 和国へ来たのは、彼にとっては初陣だった。初めての「狩り」の前線への参加であり、「魔女殺し」の機会であった。「狩り」の訓練を始めてから数か月。何もかもが初めてであった。そのことからくる興奮に、彼の血は軽く酔っていた程だ。

 だが。彼はそれ以上に手柄が欲しいと思っていた。

 単純なことだ。彼は、両親祖父祖母、そして兄弟、特に姉の刷り込みのままに、魔女撲滅は正しいのだ、と心底信じ込んでいた。同時に、その魔女撲滅という正義の為にたたかっている清純なるこの魔女狩り組織は素晴らしい集いであり、そこで評価されることはとても尊いのだとも信じていた。姉も祖父祖母も、まるで神に並ぶかのような勢いで、この国際的魔女狩り組織のことを大事に思っていた。

 そうした組織に、やっと彼は辿り着くことができたのだ。初陣であっても、手柄が欲しい。否、初陣だからこそ、手柄が欲しい。周りに認められたい。次へのステップ、組織内での出世の足掛かりの為にも。

 そうした欲を持った彼は、組織の中での若さを訴え、斥侯を買って出た。早くに目的地へと潜入し、現地のことばを少しでも覚え、魔女狩りに相応しい環境を整え、情報を得て仲間に廻し、然るべき組織の頭脳チームに魔女狩りの作戦の為に役に立ちたいと、訴えた。

 年齢だけを理由に、彼はそれが許された。何人かの若手の狩人ハンターたちと共に和国に先行し、現地で仲間たちと分散し、個別の行動をとることとなった。


 いざ現地に入ることができると、彼が思っていた以上に和語を学ぶことは難しかった。若い彼はものごとの見立てを甘く見過ぎていた、と言ってもいい。

 まず、外国人である彼は、それだけでも目立ってしまう。それでも彼はなんとか身分を偽り、当時の作戦予定地である雨音地方、西乃市周辺を中心に、ことばを学びながら作戦の為の情報を取って回ることにした。

 

 雨音地方、西乃市、中野町。

 そこには有名な「魔女の人権支援者」が居住していた。

 この有名な魔女の人権支持者は、和国武道の世界屈指の指導者で、オリンピックにも出場経験があり、メダルも持っているという。更に国内外に世界レベルでの有名な子弟を何人も抱え、それらの人材もまたオリンピックや国際大会でメダルを取るなど、こと武道に関しては素晴らしい成績を上げていた。

 だが同時に、その武道の有名人こそが、名だたる「魔女の人権派」でもあった。

 当人が魔力無しであるにもかかわらず。


 同じ地域には、より奥地に、より大きな魔女コミュニティがあった。和国の地方都市であるにもかかわらず、西乃市の奥地にあるその魔女の集落は結構な規模で、国内の魔女勢力の中では影響力もそれなりにあるとされていた。

 だから、彼の属していた魔女狩り団体は、当初はそちらのコミュニティを狩りの対象、標的の候補にしていた。

 その他に、雨音地方を中心に、2、3カ所、大きめの魔女コミュニティがあった。狩りの開始までに、組織はどこをどう攻めるか、どう魔女殺しを展開していくか、まとめて潰すのか順番に攻め落とすのか、考えているところであるらしい。そう、彼は受け止めていた。

 和国の首都ではないものの、較的大きな産業地帯として名前の知られている雨音地方は、組織からすると「事」を起こすには手頃な目標でもあった。国際的なアピールとして「極東の独立国家、和国の中堅産業地帯に於ける魔女狩りの成功」は、かなり使える材料ともなる筈だ、と。


 その高名な武道の指導者は、西乃市の中野町に住んでいた。そしてこの中野町には、小さい魔女コミュニティがあった。確かに小さな集落だが、共生のモデルとして少しばかり知られてもいた。全てはその有名人の武道家のおかげである。そのことが、組織の癇に障ったとも言えた。

 当時、その武道者……名前を、神矢かみや、と言った……は和国全体で大々的な魔女人権向上キャンペーンを行っていたという。入国したてで和語がそこまで達者でない彼には、正直そのキャンペーンの中身がどういったものなのかは掴めてはいなかったが。

 それでも、和国内における魔女の人権法、魔女の文化保護法、その他の法制化にむけた動きがあるのだということは、彼も把握していた。

 

 急遽。組織の本部が、声明を発表した。

 その高名な武道者への殺害予告、である。

 しかし健気にも武道者は、家族こそ避難をさせたらしいが、当人は一人中野町に残り変わらずにキャンペーンを続けていた。脅迫には屈しない、ということらしかった。

 そのキャンペーンは和国の首都圏でも大いに行われていたが、武道者自身の地盤と政治的な基盤は雨音地方にあったらしい。西乃市や、隣接する大都市の東乃市など、雨音地方を軸にして、盛んにそのアピールを行っていた。

 忌々しい、と彼は思った。

 後で考えると、それらは皆、本部からの情報、あるいは故郷の家族や周囲の仲間からの言い分を鵜呑みにしているだけの、実に浅はかな考えだと分かったのだが。

 そういう判断力を持たない程、彼は「魔女狩り」は、この地球の為にも、そして神の為にも、当然の行いだと判断をしていたのだ。

 彼も今思い返してみると、なんとも莫迦なことだと呆れるしかない。

 そうした武道者の意欲的な活動が組織の気に障ったのだろう、ということは、後になって彼が振り返って理解したことだ。


 彼には、その武道者の本拠地である西乃市の中野町、そこの小さな魔女組織を徹底的にマークすること、そこの情報を取れる限り取り尽すことが、本部からの指令として与えられた。

 カタコトで辛うじて和語で話をできる、といったくらいになっていた彼は、単身で中野町に乗り込んだ。

 作戦が実際に展開される場合、単独行動はあり得なかった。チーム戦で確実な殺戮を狙うのが魔女狩りというものである。少なくとも、当時彼の属していた組織では。

 だが、これは事前の情報収集だ。そして組織としては、人手がそれ程沢山あったわけでもなかった。西乃市に派遣することのできた諜報要員はせいぜい2人。その内の一人が彼だった。もう一人は、西乃市のより大きな魔女コミュニティを対象に情報収集に勤しんでいた。他の潜入部隊は、より大都市である隣の東乃市や、もっと魔女人口の多い首都圏に散っていた。

 そうして仲間たちとの距離が多少離れていたこともあり、彼は情報交換のやり取りを殆どしなかった。したとしても、本部経由という、まだるっこしい手法となった。

 一番近い西乃市のもう一つの魔女コミュニティに張り付いている諜報員とも、直接的なやり取りは殆ど無かった。本部経由で充分だと彼も相手も思っていたことと、双方が双方にあまり人間的な興味を持たなかったことがその根底にあった。母国の会合で引き合わされて挨拶をした程度。その際あまり仲が良くなれそうな感じではないと、彼はその「仲間」を興味の対象から外した。相手もそうだったのだろう。組織としても、相互の交流を促進するような動きは無かった。

 基本的に、彼はそうした組織の実務の効率性に関しては殆ど興味が無かった。たとえそれが非効率的なやり方だったとしても、特に不満も何も無く従った。

 むしろ自分一人で動く方が動きやすい。そう思う程だった。




――座標軸:「白」の刻/10月31日/10年前


 彼が雨音地方、中野町に初めて足を踏み入れたのは、10月最後の日、11月に入るその前の日のことだ。

 その日の天気のことを、彼は今でもよく覚えている。


 雨が、降っていた。

 彼は雨に濡れていた。彼は傘も持たずに、中野町へと降り立っていた。


 単純なことだ。

 彼の生まれ育った地域は、渇いた大地の中にあった。旱魃の心配こそ日常ではあったものの、雨雲を気にするような習慣など彼の中には存在し得なかった。

 だから彼は、和語の「天気予報」を気に留めることも無く、雨天に対する対策を必要だと思う発想すら無く、その日の行動を開始した、それだけのことだった。

 彼は知らなかったのだが、その年の和国の秋は少雨傾向で9月、10月ともに雨がさして降らなかったのも、彼のそれまでの行動形式を維持させる要因となっていた。


 雨が、鬱陶しい。

 目的地に足を踏み入れて、雨で視界が狭まること、傘が無い不便を少しばかり意識したが、それもやり過ごせないものではないと、彼は自分に言い聞かせることにした。どうあがいたところで、ここで、ありもしない傘を取り出すような魔法のような真似を彼はできなかったのだから。


 そう。その声を聞くまでは。



「兄ちゃん」

 

 少し下の方から、幼い声色の和語が響いてきた。

 子どもがそこに立っていた。

 男の子だろうか、女の子だろうか。

 広げられた傘の下、その姿はよく判らない。


「あめ、ぬれてるよ。かさ、あるよ、わたし」


 気がつくと、彼はその小さな子どもから、水色の小振りの傘を差し出されていた。とても小さな手が、傘の持ち手を彼へと向けている。


「あげる」


 見上げてきた瞳は、青色だった。


 小さな、女の子だった。


 長い髪、両の耳には、深い輝きを保つ宝珠のピアス。そして胸には石つきの小さなチョーカー。指輪はしていなかったが、左腕にはブレスレットが光る。いずれも、本物の鉱石があしらわれていた。彼女の瞳と同じ、青。全て青色が主体だった。

 整った、綺麗な顔立ちをしている。ならば男の子ではない。女の子だろう。


 だが。

 和国のこのような小さな歳の少女にはまず無い、それらのアクセサリー。そして何より、長い髪。


 彼女は、魔女だ。


 彼は、即座に気がついた。


 耳、手、胸とポイント毎に、身体を守るように鉱石つきのアクセサリーで飾るのは、世界の魔女に共通する文化形態だ。そして男女を問わず、長髪を保つのも魔女ならではの文化だ。

 だから、彼はすぐに彼女のことを理解したのだ。


 

 しかし彼が返したことばは、彼の表層の意識とは別のところからするりと出てきた。


「そんなことをしたら、君が濡れてしまう」


 思わず、彼は小さな子どもにそう返事を返した。

 そう、子ども。本当に、小さな、子ども。歳は、4歳か5歳か6歳か、といったところだ。

 瞳の青さは、深かった。そして大層澄んでいた。

 その瞳に囚われた刹那、彼はその色に見惚れた。

 純粋な和国人にはあり得ない、青の瞳。そして、和国人らしい艶のある黒い髪。


 過去、この地球では多くの地域で魔女狩りが当たり前のように行われていた。それは数百年、数千年、というオーダー、歴史的な流れでのことだ。そうした経験から、世界のどこでも、魔女は案外と気楽に移住をすることが多いのだと、彼も話には聞いていた。多くは、集落ごとにまとまって移住する、とかなんとか。

 昨今は、彼の属している魔女狩り組織のやるような殺害も減ってきたから、魔女の移住そのものは大分少なくなってきているという。それでも過去の移住はかなり頻繁に行われていたらしい。そうした意味で、魔女たち、魔性の一族は複雑な血筋の者が多いのだ、と。そういうことだ。

 彼女のその瞳の色も、きっとそうした、混血などの背景を持ってのことだろう。


 そこで。彼は、はた、と気がついた。


 よく考えると、彼は、生まれて初めて、生きている「魔女、魔力持ち」の人間と、相対していた。

 そう。生まれて、初めて。



(2話ここまで)


ようやく2話目のアップに漕ぎ着けることができました。

話は変わらず、シリアスモードで進んでいます。

過去回想回なのですが、長いので2つに分けました。

回想の後半は、本日あるいは明日にはアップの予定です。


お目通し頂き、ありがとうございます。

どうかぜ次話もおつき合いの程を。


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