表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

第14話/彼が風見の家で世界を広げていた頃のこと

過去回想の続きです。

彼の和語習得が進むと同時に、彼にもいろいろなことが見えてきたようです。


(推敲がやや粗いです。後ほど訂正が入るかもしれませんが、その際は変更部分に関してお知らせ入れます)

――座標軸:「白」の刻/6年前、秋から冬の候


 家の1階、その居心地のいい小さな居間が、2人の勉強室だった。



 ナミとヒカリの母、風見ミチは、魔女の活動を支援する非営利団体、NPOの非常勤のスタッフだ。

「ひ・えいり・だんたい?」

「うん、『ひ・えいり』の非は、否定の意味ね。NPOのN。Nはnon。『○○ではない』、って意味よ」

「……ではない、ですか」

「ええ」

「ではない、ねえ……」

 彼が腑に落ちないといった顔をしていたからだろう。ミチは尚もそのくだりを噛み砕いて話をしていく。

「Not-for-Profit Organization。で、非、営利、団体、ね」

 ミチはニコニコと穏やかな笑顔を浮かべるが、瞳の色は、真剣だ。

「うーんと、そうねぇ……非営利団体じゃなくて、非のつかない『営利団体』っていうのは、まあよくある企業だとかお店だとかよね。だから、それ以外の団体ってこと」

「店舗や企業ではない……」

 彼の概念には無かったその単語は、和国でも、歴史が浅く馴染みもまだ薄いものなのだという。

 彼が大雑把に理解をした中で言い直してみると、経済活動を目的としない、ボランタリーな集まりのことを指すらしい。何らかの社会的な理念なり課題の解決なりを掲げて、それに対して民衆の側から自発的にボトムアップ、アプローチしていく集団。そういう話だった。

 風見ミチの活動する団体であれば、「魔女、魔力持ちと、社会の大多数を占める魔力無しとの共生社会の構築をめざしてあれこれ活動する集まり」ということになる。

「まあ、ボランティア団体だとか、一昔前だと市民団体だとか、なんかムツカシー言い方もいろいろされていたみたいよ。前は」

 救世軍みたいなものだろうか。彼の母国の中でそれに近いものを漸く連想することができて、彼はフム、とミチに頷きを返した。

 聞くと、彼女自身も、NPOと呼ばれる概念の歴史や昔の話などはそこまで詳しくないという。今やっている魔女の権利向上に関する集まりが、彼女にとっての初めてのNPOへの参加だ。尤も、この活動に関わったのは学生時代からと長く、一度は普通に就職もして足が遠のいた時期もあった。2人目のヒカリが生まれた頃に、子育てとの両立の難しくなった仕事を退いて、こちらの活動に本腰を入れるようになった、ということだ。

「まあ、やっていることは、地元の議員への情報提供……うーんと、町議会・市議会・県議会、国会も。あとは自治体ね。そうした相手への、プレゼンテーションだとか」

 そこでどこか力強く、ニヤリ、とミチは笑う。そうしたプレゼンテーションなるものの内実が、結構な政治的な駆け引きを伴うやりとりで、実質には英語でいうところのロビイング・政策提言までも含めた行動もあるということを知るのは、彼もそう遠い先のことではなかった。

 それどころか、数年後には彼もまたその丁々発止のやり取りの現場に付き添うようになるとは、彼もこのときには想像すらしていなかった。


 ミチの参画する団体は、顧問に世界的な著名人である神矢老師を置き、団体の顔には演説も巧みでどこに行っても耳目を集める美麗な魔女のスズノハを据えている。それでも規模としては小さい為、より大きな東乃市の団体や、首都圏の更に大きな団体と連携を組んで何かをすることも多いという話だった。

 会員は西乃市や雨音地方だけではなく、全国に点在。組織構成はやや緩め。資金はカツカツ。

「でも、2年前にだけれども、やっとこさっとこ法人格を取ることができたのよ。これでも」

 そう、誇らしげに彼女は彼に告げたのだった。

「あとは地元の中小企業さんへのコンサルみたいなこともやってるわ。魔女魔力持ちを雇う場合の法的・常識的な面で、企業側が整備しなくちゃいけないことなんかをアドバイスするの」

 格安でね。そう付け加えて、彼女はこの日は彼が淹れたお茶を飲む。

 この日、ナミの帰りがやや遅くなったために、それを待つ間に彼は故郷でよく入れたチャイ風の煮出し紅茶を淹れて出した。以前、夏の終わり頃に風見の皆に飲ませたところ、大変好評だったものだ。とはいえ秋の深まったこの時分には、ミチもこのお茶の淹れ方は習得していて、彼よりも美味しく淹れることもしばしばだったのだが。

 この日はミチの異父妹、ナミたちにとっては叔母にあたる辰巳ミハルもミチの手伝いに来ていた。ミハル叔母は、無給の、純然たるボランティアである。

「まーあとは一般的な啓発活動よね。パンフレット作って公民館や図書館に置いて貰ったり、それを問い合わせしてくれた人に送ったりとか。ネットの告知も力は入れてるけど」

 と、次を引き継いだのは、そのミハル叔母だ。

「首都圏にある大きな団体だと、マスコミなんかにもあれこれ情報提供をするとか、そういうのもあるようだけれども、」

 と、ミチがお茶の入ったカップをテーブルに置いて続けると、ミハル叔母が、

「まーここいらじゃあ地元のちっこい新聞にたまーに取り上げてもらう程度だもんねー」

「そうよねー」

 と、姉妹は頷き合うのだった。

 暫くの間を置いてから、ミハル叔母がカップから口を離して、

「今はでっかい差別事件なんかも随分と減ってくれたから」

 と言うと、

「そ。レイジ君が獄中からアピールして、『法律』がドーンとできたでしょ。いい時代になったわ。世の中、上向きよ、だから……」

 と続けて、ミチがのんびりとお茶のカップを取ろうと手を伸ばした、そのとき。


「ただいまー」

 元気なナミの声が、玄関から明るく響いてきた。


「じゃ、仕事。片づけちゃいましょうか」

 と、ミハル叔母が素早く立ち上がる姉に目線を送り。

「そうね」

 と短く言うと、ミチは玄関へと娘を迎えに行った。


 話がここで途切れたのは、彼が前科持ちであるということを子どもの前では話さない、ということもあったからなのだろう。大人2人の纏う空気の変化を見て、彼は即座にそう理解した。



 そうやって、1階の食卓で、小さな地方の民間団体、いわゆる非営利組織の事務スタッフがのんびりと作業をしている。

 その隣で。彼とナミが居間のソファを陣取り、2人分のそれぞれの勉強道具を思う存分広げて、それぞれ勉強を進める。同じフロアの一角で静かに仕事をしている母や、叔母を見ながら。

 彼は教科を読み進め、ドリルを埋め、ノートに文字を書き綴った。あるいはナミが彼のドリルやノートを覗き込んでは、手厳しい助言を鋭く飛ばしながら、自身の宿題などもまた要領よく片づけていく。

 団体の事務機能は、事務所という形式を取っておらず、そうやって風見家の空いているスペースと、あとはネットの電脳空間が主体だということだった。

 ミハル叔母は、同じ中野町の町内の住人だ。だから、場合によっては彼と子どもは家に残され、その辰巳家に場を移して仕事をしているときもあった。なんでもPC関係は辰巳家の方が充実しており、特に「プリンターのよりイイやつ」がそこにあるらしい。「まープリンター使うのなんて、たまにだし」そう言いながら、姉妹は自転車で辰巳の家へと向かうこともあった。

 そうして仲の良い姉妹が同じ町内で家が近いという事情は、姉妹の家の間だけではなく、団体にとっても助けとなっていたようである。

 後に、ミハル叔母もまた彼の事情を知り、今は小6となる娘、ナミとヒカリの従姉となる辰巳ミツキの教材を彼に譲ろうとしてくれた。さすがに5人目の教材は多いだろうと、彼はその気持ちだけで充分と、お礼のことばを重ねながらもそれは辞退した。

 むしろあまりの申し訳なさに、逆に、「もしもボディガードが必要なときにはいくらでも声をかけてください。自分のできることは拳道くらいだろうから」と彼は申し出でみた。

 するとミハル叔母も、またミツキも、一瞬ポカンと呆けたように口を開けて彼の顔を穴が開くほど眺めた後。母子はコロコロと笑い出し、あるいは彼の太い腕をバシバシと叩きつつ、

「ほんっと、レイジ君って生真面目ねー」

 と母子は似たような大きな笑顔でもって、ひたすら呆れていた。

「ナミちゃんの言う通りだわ。お兄さん、面白いッ! ナニその発想!」

 と、ミツキまでが彼を弟であるかのように、大柄な彼を小突き回す。とはいえこれは、普段のナミと彼のやり取りをよく見ているこの少女が、それを真似ただけかもしれないが。

 母子がひとしきり笑い終え、風見の家を辞した後。

「レイジ君、そんなんだから、いいように利用されちゃうのよ」

 と。真面目なことは良いことだけれども、それだけでは駄目なのだ、と。ミチ母さんが穏やかな声で、けれども彼に冷静に諭すのだった。


 いいように利用される、というその意味を、大人2人は理解していた。子どもであるナミなどは、気がつかなかったに違いないだろうけれども。


 そうして利用されていた彼が、かつては「魔女狩人ウイッチハンター」として、彼女たちを狩る立場にいた、ということに。




――座標軸:「白」の刻/6年前、冬の候


 彼の和語の読み書きがだんだんと様になってきた、そんな頃。彼も、英語ができるという部分に期待をされて、海外の同様の団体からのメッセージの翻訳を仰せつかったことがあった。

 ミチもミハルも、またミツル父さんも、学問の経験が長いこともあり、適度に英語の読み書きはできた。だがそれでも英語に関しては彼の方がその能力が高いだろう、と。そう見込まれてのことだ。

 しかし、彼自身の根本的な常識や知識の不足が大きく、少量のトライアルでそれは頓挫した。和語の習熟度が足りないこともだが、元の英文に対して教養や常識、概念の不足もその足枷となっていた。彼の理解がそこには及ばなかったのだ。

「やっぱり。基本の勉強が、ワタシにはもっと必要なんですね」

 和訳も元の英文理解も今一つのできということにしょげていた彼の目の前に、アツアツのマグカップが差し出された。ほのかにショウガの香りの混じる、温かくて甘い匂いが広がった。

「母さん……」

 カップを彼に握らせる。そして、ミチはポン、と背中を軽く叩きながら。

「和語。どうせならしっかり学んで、それを次の、好きなことの勉強への足掛かりにしていきなさいな。翻訳じゃなくてもいいから。時代劇でもなんでも、レイジ君の本当に好きなことに」

 カップの中身は、ジンジャーを効かせたミルクチャイだった。

「あー、兄ちゃんばっかりずるいー!」

「はい、こっちはナミの」

 母もだが、ナミもまたこの彼が教えたミルクたっぷりの煮出し紅茶が大のお気に入りとなっていた。砂糖かハチミツ。それらをたっぷりと入れて、甘くして飲むのが好きだった。

「大丈夫。レイジ君は若いんだもの。勉強なんて、楽勝よ」

「楽勝……ですかね?」

 と、不安げに眉を寄せる彼に。

「ラックショーだよ!」

 と、すかさずナミがことばを差し挟む。彼女のカップは既に半分近くが飲み干されていた。

「何せ、このわたしがじきじきに授業をしているんだからねっ。それで、その生徒の出来が悪いだなんて!」

 と、強い目線で彼を睨みながら。

「それに兄ちゃんはわたしの兄ちゃんなんだから! そんなブザマでカッコ悪いこと、許さないわよ!!」

 そう、勝ち気な表情で高らかに宣言する。ニヤリと唇の両端が小粋な弧を描き、青の目が射るような光を湛えて強く輝いている。

 そこまで言われると、彼はもう苦笑するしかなかった。同時に、かたちやことばになる前の、けれども温かい何かが、彼の中に宿った。

 それはとても小さい、光のような何かだった。けれどもそれ以降、その何かは決して消えることなく、彼の道を小さくとも確かに照らし続けたのだった。



 食卓では、風見家の母やその妹がパソコンのキーを叩き資料を積み上げている。いつものことだ。

 その姿を見ながら、ナミは居間のソファに自分の宿題と彼の勉強道具を広げて、折を見ては彼のノートやドリルの出来にあーだこーだと適当な様子で、しかしツボを押さえてコメントをしていく。いつものことだ。

 居間の男と小さな少女は、座学に飽きると、おもむろに床でストレッチや筋トレを開始したり、庭に出て拳道の型をつけたり。そうして2人は同じように気晴らしをし、笑い合った。

 これもまた、いつものことだ。


 時折、スズノハや、あるいは西乃市のあちこちの魔女仲間たちが気さくな様子でやってきては、あーだこーだと茶飲み会のような展開を見せることもしばしばだった。

 尤もスズノハは、多少は彼への当たりが若干キツイ。だがそれも、彼が刑務所にいた頃と比べると大分トーンダウンしていた。元より、彼女自身が強気でかなりはっきりものを言う種類の人間であるということは、誰もが理解していた。そうしたこともあり、彼にだけその手厳しさが目立つということが無い程度にまでは、その対応も落ち着いていた。

 中野町の町内の魔女仲間たちも、本当によくやって来ていた。団子やら饅頭やら、せんべいやらどら焼きやら、チョコやらパウンドケーキやら、リンゴのやらみかんやらの差し入れを持って、入れ代わり立ち代わりやってきては、ミチ母さんやミハル叔母を手伝ったり、あるいはナミを相手に遊びを繰り出したりと、勉強の場と言うにはやや賑やかであった。

 そんな中で、甘いお菓子と温かいお茶の香りに包まれながら、彼は黙々と、あるいは人びととの会話を通じて、和語を着実に身に着けていった。


 楽しい、と思う。嬉しい、と思う。その気持ちの中。そのどこか、片隅で。


 彼は。本当にここにいられることが嬉しいというのに、なぜか、それが分不相応な待遇ではないのか、と。ごく稀にだが、不安に駆られるような、そんな感情を覚えることもあった。



 不思議と、幼いヒカリが家に居ないことが多かった。

「ピアノを習いに行っているのよ」

 最初、不在が2、3回続いたときに疑問に思った彼が尋ねると、母は、おや知らなかったのか、という表情を声に乗せて彼にそう告げた。

 従姉である辰巳家のミツキと一緒に、週に2、3のペースで、彼女は同じ町内の個人宅にピアノのレッスンに通っているとのことだった。中野町団地の近くの大きな邸宅に住む音大出身の魔力無しの女性が、ピアノの先生なのだという。

 このレッスンにはヒカリと仲良しの魔力無しのクラスメートも通っていて、その前後に遊ぶことも多いとのことだった。

 行き帰りは大抵従姉のミツキと一緒の行動だから、母としても安心だ。そうして話をしていると、ナミも、母のミチも、楽しくレッスンに通っているというヒカリや従姉のミツキの話に目を細めるのだった。

 ミツキは元より音楽が好きで、長くレッスンに通っているとのことだった。小器用で楽器を何種類かこなし、最終的には鍵盤楽器に落ち着いた、声楽にも興味があるようだ、ナドナド。ミツキの話はそれまで何度か風見家の夕餉でも話題にされていたことだ。父さんや母さん、ナミなどが話をするミツキのあれこれはなかなかに活発で、それと同時に音楽に対する筋の良さを窺わせるものだった。多少は身贔屓も入っての話もあったかもしれないが。

 そして、身近な従姉のそうした様子がヒカリにも影響を与えていたらしい。

「でも、もうちょっとヒカリが大きくなって、『ミツキちゃんみたくピアノが欲しい』とかって言い出されると、困るわよねー。ウチ、狭いし」

 と、ミチが、母親というよりも風見家の家計簿を預かる主婦の顔で、そう唸るように言う。声は明るいが、眉はハの字を描いていた。

 彼が聞くと、今は2階の子ども部屋に、かつて楽器が趣味だった魔力持ちの仲間から「キーボードのイイやつ」を中古で貰い受け、それで練習をしているとういう。2階の子ども部屋に入ったことのない彼は、キーボードなるものも何となくの想像しかつかなかったが、ウム、とだけ頷いてその場をまとめた。音楽に関する知識も常識も、当時の彼は持ち合わせが少なかった。

 実際に彼がその「キーボードのイイやつ」の実物を見る機会を得たのは、それから1年くらい後のことだ。

「でも。ヒカリちゃん、ピアノはいらないって。この間も言っていたよ」

 ナミが、彼女にしては珍しいタイプの、彼にはわかり難い表情を浮かべ、そう母に告げる。

「あら、どうして? レッスンはあんなに楽しく通っているじゃない」

 と、母は言い、

「ミツキのピアノがあるから、それで事足りているってことかしら?」

 と、ミハル叔母が微笑ましいことだという声色で自身の姉に声を寄せる。その話から、ヒカリは帰りがけにピアノを触りに辰巳家に寄ることも多い様子が窺えて、彼は、ならヒカリと自分が顔を合わせる機会が少ないのも当然だと小さく頷いた。

 それにしても、彼はそれまでヒカリは音楽が好きだとか得意だとか、そういうことはまるでイメージしていなかった。当初はそれが意外だと感じた程である。人好きのするミハル叔母がよく話す、あるいは実際に時折顔を見る、ミツキ自身の話としてならば、これもしっくりくるのだが。

 だが、姉のナミにとってそれは当たり前のことなのだろう。それによく聞くと、ヒカリがピアノの教室に通いだしたのは、彼の和語の勉強開始のほんの少し前、夏の終わりの頃だったらしい。

「ヒカリちゃん、音楽と図工の点数は、1年生の最初のころからわたしよりもずーっといいのよねー」

 悔しいというよりも自慢気な声で話す彼女のどこか満足そうな表情を見て、彼もまた頬を緩めながら、「そうか」と頷いてその日は終わった。



 そんな冬の始まりの頃、彼は新しい、ほぼ未使用に近いドリルをもう一冊、ヒカリから渡された。

「はい、お兄ちゃん。私、これ、もう使わないから」

 彼の学習の習熟度が早いということがナミからも言われていて、そろそろ2年生の教材でも大丈夫だろう、漢字の学習を増やしていこう、と2人で方針を探っていた頃だった。カタカナ、ひらがなの不自由は、もうすっかり解消できていた。簡単な漢字も、大分覚えてきてもいた。

「あれ、でもこれはまだ君が学校で使っているものでは?」

「うん、でも、2年生の前半で終わっちゃったやつだから」

 もう、2年生の後半だし今は使わないよ、と。そう、彼女はさしたる興味を持たない目の色で、彼にそのドリルを渡し、迎えに来たミツキと一緒にピアノ教室へと行ってしまった。 

 その様子はどちらかというと、取り付く島もないといった感じに近かった。彼に、そこまでの違和感は無かったにせよ。


 その後。


 風見ヒカリがこの世からいなくなってしまって。


 それから暫く経って、彼はこのドリルの「違い」の根本的な原因に一つの仮説を立てた。

 つまり。ヒカリが殆ど「すぐにおぼえてしまっていた」その理由。ナミや、神矢家の兄弟2人のようにドリルを埋めながら学習をする必要が無かった理由。

 それはつまり「時間識ときしりの魔力」がそういうかたちで無意識の内に揮われていただけのことではないのか、と。

 魔女自身の道行きに「時間識ときしりの魔力」が発動することはない。それは世のことわりなのだと、ナミもヒカリも、そして他の魔女仲間たちもそう言ってはいた。

 けれども彼女自身の意識しない、意識のし得ない部分で。それが、その力の発露が、その魔力行使が、少しだけでも可能だったのだとしたら?



 けれども。

 今の彼はこれを、もう、確認することができない。



(つづく)

ヒカリに関する最新情報で、今回の引きです。

なかなかに厳しい宿命が、彼女の道行きには待っています。

結果的に、本来1話分にまとめて進めようと思った話は、4分割になりまして、今回はその2弾となります。

次は一時的に黒の刻に戻りますが、それとの対比のようにして白の刻、過去回想も進行し、

ヒカリのくだりが明らかになる……といった構成の予定です。


さて、前回あとがきでうっかりしていたのですが、辰巳母子の話。

前回13話で、この14話の近くまでもっと持って来ていたつもりであとがきをつらつらしていました、すみません。

前回は出ていませんでしたね、彼女たち母子は。

ミチ母さんは一応まだ出番がある感じですが、辰巳母子はどうだろう。

ご要望があれば、といったところでしょうか。

もう少し中野町の魔女たちをあれこれ活躍させたいところなのですが、そうすると枝葉の話に流れ過ぎてしまうので、今のところは締めてかかっています。

この辺りは、また時間に余裕ができたら、というところで。


次の15話、16話は、あまり間を置かずに投入できればと思います。

16話までで、ひとまとまりですので。


お読みいただき、ありがとうございます。それではまた、次話で。(只ノ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ