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2015年/短編まとめ

出会いなんて呼ぶには、ひどく不格好で

作者: 文崎 美生

よいしょ、と調味料が詰め込まれた段ボールを持ち上げた。

正直な所よいしょ、なんて軽い言葉では持ち上げることなんてほぼ不可能で、持ち上げた瞬間に息が詰まる。

腕がプルプルして肺が圧迫されるような感覚。

この感覚がある度にバイト辞めたいと思うのがデフォルトになっていた。


息を詰めたまま足台に片足を乗せる。

何故複数の段がある脚立が置いていないのか不思議でたまらない。

そもそも女子高校生にこんな馬鹿みたいに重い物をもたせるのがおかしい。

ザッと10キロはあるのに。


はぁ、と一つ息を吐いてからもう片方の足を台に乗せる。

台の上で膝に段ボールを乗せてしゃがみ込む。

たった一つの段ボールを棚の一番上に置くだけでこんなに疲れる、時間のかかることなんだろうか。

絶対に私がやっているからだと思う。


「んぐっ……くっ!」


低めの足台の上で必死になって背伸びをする。

それから持ち上げた段ボールをグイグイと棚の上に押しやった。

重い重い重い、何でこんなに重いんだ。

最後の一押し、と段ボールの側面を手の平で押しやれば、足元がぐらつく。


だから、品出しは好きじゃない。


ドサリ、と音がしてそれと一緒に足台が倒れる音。

私の背中にある感触は冷たい薄汚れた床ではなく、暖かい柔らかいもの。


背伸びをして足台の上にいると、当然バランスを崩すのだから気をつけるべきだった。

でも、段ボールを上げることに必死になっていたから、そこまで気が回らなかった。

言い訳したってこの状況に変化はない。


「痛ッ……」


その声に焦ったように心臓の動きが早くなる。

それからサァッ、と音を立てて血の気が引いた。


「ごめんなさい!」


震えた声で慌てて謝罪をするために振り向けば、目と鼻の先に整った顔。

短めの黒髪に少しだけ釣り上がった黒目。

その端整な顔を歪めて痛みを訴えていた。


あぁ、どうしよう、どうしよう。

こんなことならバイト辞めれば良かった。

今すぐ辞めて逃げ出したい。

頭の中は逃避本能で埋め尽くされている。


「……何、どっか怪我したの」


今にも泣き出したい気持ちに駆られていると、その人は私のお腹辺りに手を回してそう問いかけた。

まるで抱きしめられているような格好。

バイト先で品出し中に何してるんだろうと思う。

原因は全て私にあるけれど。


その人は顔を歪めたまま私の顔を覗き込む。

目と鼻の先にあるのに、何で更に顔を近づけるのか分からない。

ごめんなさい、と同じように震えた声で大丈夫です、を伝える。

そうすればその人は満足そうに頷いて立ち上がった。


スラリとした手足を見て、怪我をするならそっちの方じゃないかな、なんて頭の片隅で考える。

だけどそんな思考も、目の前に差し出された手で止められた。

自分で立てます、とは言わせてもらえずに、躊躇する私の腕が掴まれてほぼ無理やり立つ。


「本当にすみませんでした。お客様なのに、店員なのに……」


もにょもにょと言い訳がましく謝罪をすれば、私よりも頭一つ分背の高いその人は溜息を吐いた。

上から降ってきた溜息に肩が跳ねる。

そろそろ就業時間なのに、何でこんな目に遭っているんだろう。

人のせいにしてもいいなら、私にこんな品出しを頼んだ次長のせいだ。


細い腕時計が就業時間までのカウントダウンをしている。

早く帰りたい、逃げ出したい。

そんな気持ちばかりが先行している私の目に映ったのは、私を立ち上がらせたその人のほっそりとした骨張った手。


小さな小さな切り傷。

多分目を凝らして見ないと見つけられない。

私が見つけたのは、上から降り注いでくるその人の視線に耐えられなかったから。


もそもそと苗字だけが書かれたネームプレートの中を探って、シンプルな絆創膏を取り出す。

バイトを始めてから、ちょくちょく指先に傷を作ることが増えた。

特に品出しなんかで段ボールを開けている時は、注意しないと思い切り指を切る。

レジを打っていても切るけれど。

だから絆創膏を持ち歩くようになった。


「これ、どうぞ」


有無を言わさずに絆創膏を押し付ける。

は、と間の抜けた声が聞こえたが、腕時計は就業時間を指し示していた。

よし、帰ろう。

今すぐ帰ろう、すぐ帰ろう。


エプロンについた汚れを払うように、パンパン、と数回叩いてからその人に頭を下げた。

怪我もしていないのに、触られた場所がジンジンと熱い。

そろそろ本気で別のバイトを探そうか。

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