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ボウギョ ノ ココロエ

だんぢょんって薄暗いイメージが。

 彼は焦っていた。

 背後にはHPもMPも尽きてへたりこんでいる、いっしょにここへやってきたギルドの仲間たち。 場所、第六と第七の街の間にあるタワーダンジョン二十一階。 今のところ、目の前にはモンスターはいないし、差し迫った危険はない。 ないが。


「・・・前方に虫っぽいの複数、左奥にヒト型・・・どっちも知らないやつだな・・・まだ、遠い、けど・・・」


 せわしなく息を継ぎながら床に伸びているシーフが伝えてくるモンスター情報はけっして楽観できる状況ではない。 何よりこのパーティーの中ではレベルの高いシーフですら判別できない、というモンスターの存在は脅威だ。 かといって、この階層に半ばほど踏み込んでしまった今、下の階層に戻るために来た道を戻るのも危険。

 ぎり、と奥歯を噛む。


 彼らのパーティーはいわゆる中堅どころに踏み込んだ、というレベルである。 このタワーダンジョンはそういったレベルのプレイヤーが上級を目指すのに適している、と言われているマイルストーンのような狩場だ。 ようやくここに挑めるとあってみんなして気分が高揚していた。 とはいえ初狩場、入念な準備はしておくに越したことはない。


 先人たちが残してくれている情報の下調べ、各種回復薬の調達。

 武器防具の手入れや入手。

 使えるスキルや連携の確認。


 きっちりやって、万全の準備で臨んだ。

 臨んだ、と思っていた。

 だが、現実は厳しい。


 彼らの適正レベル、と言われているのは十五階層くらいまで。 当然だがそれはいわゆる一般論だからパーティー構成や持っているスキル、装備等で幅がある。 そして彼らの総合的力量から見て十五階までは『楽勝』だった。 だから、先に進むことをみんなで決めた。

 だって、そこまで目立つダメージは誰も受けていなかった。

 アイテムだってまだまだ余裕。 ここまでのモンスターに対しても彼らの攻撃はおもしろいくらいに有効だったから。

 欲が、出た。


 このパーティーならもっともっと上まで行けるんじゃね?


 ここまでの育成で自分たちが同レベルのプレイヤーよりも優秀かも、とどこか優越感を感じていた。

 その思い込みが綻びたのはここ、二十一階を攻略し始めてからだった。

 モンスター種族としては一階層前までと変わらない敵。 だが、その出現率とステータスが変わっていた。 同じモンスターでもレベルが上らしく、出現率は倍増、ステータスも格段に強くなっていたのだ。 結果として被ダメージが急増した。

 それでも攻撃は通ったので、倒す速さはそれほど変わらなかった。 被ダメージだってそれまで温存していた回復薬で十二分にまかなえる、そう思った。


 そこが、読み違えだった。


 この階層も半ばまでは順調に思えた。

 回復薬もHP、MPともまだまだ大丈夫、と判断した。

 だが、そこからほんの二戦で状況が大きく変わった。 それまでに使ったMPを回復しようとした壁役の彼を敵の不意打ち攻撃が連続で襲い、防御スキルを使えずに深手を負った。 それを回復するのに僧侶がMP枯渇に直面し、慌てたアタッカー連が大技を連発してそちらもMP切れを起こしたのも予測外だった。

 結果、MP回復薬が戦闘途中で底を尽き、戦闘終了後の回復でHP回復薬も尽きた。 そこに更なるモンスター襲撃を受けて彼がスキル連発で防御し、辛うじて撃退した。 だが底をついたMPを回復する手段が尽きている状況、進むも退くも不可能で詰んだ、というのが現状だ。


「なんでダンジョンはMP回復しないのぉ・・・?」


 僧侶が壁に背を預けたまま泣きそうな声でつぶやく。

 MPが自動回復しないのはダンジョンという危険地帯である以上、当たり前なのだが、そうつぶやきたくなるのもわからなくもない。 ダンジョン内のような帰還符を使えない状況下では自然回復という奇跡でも起こらなければ全員死に戻りの未来しか見えないのだから。

 拳闘士と魔法使いはもう声も出ないようだ。

 ある意味、絶望的な状況。 どんなに考えても、この窮地を脱する方法が浮かばない。 だが、考える時間をくれるほど状況は甘くない。


「・・・!」


 思ったよりも近くに聞こえたかすかな音に彼は手にした大剣を慎重に構え、立ち上がる。

 彼とてもうMPは尽きているから攻撃・防御とも強力な技は使えない。 だが、これでもパーティーの壁役なのだ。 先ほどまでの敵モンスターのどれであってももう二撃も食らえば倒れるだろうHPしか残っていないにしても、一矢も報いずに死に戻りなんて中堅プレイヤーのプライドにかけて許せるものではない。 運が良ければ他のメンバーが逃げる時間を稼げるかもしれない。 決意を胸に明らかに近づいてくる音の方向をにらむ。


「げ・・・」


 だが、そんな覚悟を粉砕するような姿が現れたのはその直後。 偵察役のシーフの口からそんな声が漏れ、他の面々が息を飲むのが聞こえる。 彼だって泣きたい気分になった。

 前方から現れたのはシーフ曰く『虫っぽいの』。 視認してしまえばその正体はわかる。 このダンジョンで、ある階層以降、最上階まで出現する、という巨大芋虫だ。 厄介なのは確実に群れで出現することとその速さ。 戦闘に入るまではゆっくりな動きがターゲットロックオンするととんでもない速さで突撃してくるのだ。 その速さ、避けることなどほぼ不可能なのでダメージ覚悟で受け止めるしかない。 突撃ダメージは攻撃力としてはそれほど高くはないが、今の彼では五匹の突進を受け止めるのが限界だろう。


「なんとか止める。 下り階段まで走れ」


 こうなってはもう、幸運を祈って一階層下に逃れることを考えるしかない。 そのためにも足止め役が必要だ。 仲間たちが何か言いたそうなのは感じるが、全滅さえしなければ一人分のデスペナルティくらい取り返せる。


 そう、思ったのだが。


 左から聞こえてきた新たな音。 ちらり、と視線を流した先に視認した敵モンスターに絶望的な状況がさらに上乗せされる。


 薄闇の向こうから耳障りな金属質の音を立てながらゆっくりと、けれど確実に近づいてくる影。 それは遠目には人の形を取っているけれど、決して人なんてかわいいものではない。

 人間系のプレイヤーから見れば二回りほども高い上背。 幅や厚みはどう見たって二倍以上。 怪しい光沢をまとった金属のフルプレートに包まれた巨大な動く甲冑の手にはモンスターの身長さえ超える長い槍。


「よりにもよって、こいつかよ・・・」


 タワーダンジョン二十一階から三十階に出現するという、その階層最強モンスターだった。 確かに、攻略情報では二十一階という浅い階層でも稀に出現報告がある、とあった。 だが、まさかその低い確率に自分たちが当たるなんて。 運の悪さに口の中でだけ悪態をつく。

 詰んだ。

 そう、思った瞬間に巨大芋虫が立ちはだかる彼を敵としてロックオンしたのか突進してくる。 回避も受け身も取れないスピードに死に戻りを覚悟した・・・のだが。


「はいはい、じぇっときゃたぴーちゃんはお帰りくださいねー」


 場違いにのんびりした声と同時に背後から飛んできた何かが先頭の芋虫を押し戻し、その芋虫に後続が押し戻され。 一瞬後、華々しいまでの火炎が吹き上がって芋虫型モンスターを包み込む。 炎に包まれた芋虫たちがのたうって方向転換し、逃げ出すのをあっけにとられて見送るのもつかの間。 今度はごく近くで響く金属同士がぶつかるような、キィン、という甲高い音。


「閣下がお散歩好きなのは存じてますがー、ここは通行止めでーす」


 彼のすぐ隣で甲冑の槍を苦も無く受け流し、やっぱり場違いなことを言っているのは。


「え・・・っ?」


 思わず、二度見。

 そんなことをしている場合ではないのはわかっている。

 わかっているが、思考も動きも追いつかない。

 黒い髪を右肩のあたりでひとつにまとめた小柄な少女。 その装備は明るい色合いの、どこからどう見てもノービス装備。 長大な槍をいなしているのは右手に握られた短剣。


 ・・・ありえないものを見ている気分だ。


「そこの騎士さーん。 鎧武者さんの弱点は首の継ぎ目ですので、お願いしまーす。 タゲは持っておきますのでー」


 澄んだ短い金属音を連続させながら少女は的確に槍を受け流す。 しかもその方向を調整しているようで、甲冑モンスターの動きが徐々に止まってきている。 そう、スキルなど使わなくても弱点を狙えるほどに。


 まずは倒さねば。


 彼は慎重に大剣を振るう。 少女がターゲットを自分に固定する、という荒業で作ってくれたこの隙を逃すわけにはいかない。



「おつかれさまでーす・・・ってあらまぁ・・・」


 弱点を突かれると最強モンスターでも一撃で倒せるものなんだな、とぼんやり手を開いたり握ったりしていたら、やっぱりのほほんなねぎらいの声がかかり・・・絵に描いたような対処に困った声音。 いや、声は絵に描けない、というのは誰のツッコミか。


「あぁ、いや・・・助かった。 ありがとう」


 かろうじて立っているのは彼のみ。 他の四人は戦闘終了後に再びへたりこみ、壁や地面とお友達状態だ。 少女もどう反応していいかわからないだろう。 だが苦笑した少女は、まずは回復ですねー、とつぶやいて初期装備のポーチから取り出した小さなビンの蓋をはじいて軽く振る。 霧のように広がった中身が扇型に広がって彼ら全員に届くと同時に重かった身体がふぅっと軽くなる。 全快には遠いが、それでも動くに支障ないレベル。 その回復量にぼんやりと割とレベル上なポーションだなぁ、と考えて。


「ちょ、ちょっと? 今のポーション・・・っ!」


 僧侶が慌てふためいたように声を上げるのにようやく判断力が戻ってくる。 戻ってきた途端に彼も慌てることになるのだが。


「待て、この回復量はっ」

「はーい、上級ポーションですー。 五名様全員回復するのにてっとり早いのでー」


 少女がひらひらと片手を振って軽く応える。 だが、上級ポーションはその名の通り上級品だ。 このタワー攻略には必要とは言ってもいわゆる最後の砦、お守りのようなもの。 普通はパーティーで一本持っていれば行幸である。 さっき拾ったやつですからお気になさらずー、と言われても。


「いや、だって!」

「ん? 足りません? ふたつばかり拾ってますから使います?」

「いい! 十分だから! だー! 返事の前に開けるなっ!」


 すでに遅かった。

 少女の手からまたもや霧が広がってさくーっと体力が回復する。


「だーかーらー!」

「あははー、お元気になられて何よりですー」


 のーてんきにほぇほぇ笑う少女にがっくりと脱力。 ついさっきまでの絶望と恐怖と緊張が遠い。


「・・・二本も使わせておいてなんだけど・・・お代、払える状況にないのよ・・・」


 僧侶が観念したようにつぶやく。 そうなのだ。 上級ポーションは複数回復が可能となる最初の消耗品で、彼らレベルが頻繁に使う中級ポーションの上位アイテム。 当然、このタワーダンジョン攻略中の中堅どころがほいほい使えるような価格帯ではない。 そんなものを無条件で見ず知らずの相手に使うようなプレイヤーはいない。


「ほぇ? お代? すぐそこで拾っただけですしー、いらないですよ?」


 ・・・いた。

 いや、装備からして初心者、もしかして上級ポーションの価値を知らないのか・・・


「たかが上級ポーション、この先いっぱい落ちますからねー。 露店するのもめんどくさいですし、二本くらいお気になさらずー」


 ・・・知ってるっぽい。 いや、それよりも。


「この先・・って・・・ソロで行けるようなところじゃ・・・」

「行けますよ? 方法間違えなければ二十五階層くらいまでは余裕です」


 唖然愕然。

 このノービス少女は何を言っている?


 そんな感情が顔に出ていたのだろう、少女がきゃらきゃら笑う。


「あのですねー。 ここ、二十五階層まではMP使用しないで進めば割と楽に走破できますですよ?」


 私、さっきMP技使ってませんでしたでしょ? と言われても。

 唖然愕然に茫然まで加わって言葉が出ないどころか瞬きもできず少女を凝視する。

 薄暗い中でも光を含んだように艶めく黒髪は肩のあたりでゆるくまとめられている。 同色と思われる瞳は柔らかく笑っていて。 その造作はこの世界については希少価値なほど、普通。 なによりも。


「だって・・・ノービス・・・」

「違いますー。ちゃんと転職してますー」


 ぷくっと頬をふくらませて少女が抗議する。 思わず、上から下まで視線を動かして。 どう見たってその装備は初期装備にしか見えない。


「装備は趣味です。 ここの攻略に必要なのは強力な装備じゃなくってMP頼りじゃない方法で進めるかどうかですよ」


 ふくらんだ頬を一瞬で元に戻して少女が肩をすくめる。

 このダンジョン、いかにMPを温存して進めるかが攻略のカギだ、と。 MPはボスモンスターやさっきの鎧みたいな相手用に残してできる限り素の攻撃とアイテムで進まないと途中で詰む、と。


「ここ、長いですからねー。 ショートカットもできませんし、回復ポイントもないですしー」


 なんでもないことのような少女の言葉に彼は何か言おうとして、口を閉じ、それでも何か言わねば、と開いてまた閉じた。

 MPを使わないでどうやってここのモンスターを攻略しろというのか。

 直前の狩場までとはレベルが違うというのに。


「あ、ご同意いただけてませんね?」

「あぁ、いや・・・その・・・」


 目敏いツッコミに気を悪くさせたか、と口ごもる。 もっともそれは杞憂だったらしく、少女はきゃらきゃらと笑った。


「MP使わないででどうやってモンスターさん倒すんだ、って考えてらっしゃいますでしょ?」


 くすくす笑ってなぜかその手に握り直された短剣。 薄暗い中で灯りでもはじいたのか、微かに煌めいたそれがふわっと鋭さのかけらもなく、動く。


「お見せするようなものでもないんですが・・・多少はお役に立つかしら?」


 のんびりした口調、緩い動き。

 だが、次の瞬間に響き渡った音は鋭く、一瞬で警戒心マックスにさせるような剣戟の音。


「・・・なっ!」

「動かないで!」


 反射的に戦闘態勢に入りかけたところへ少女の鋭い制止。 体力だけは十分に回復したパーティーメンバーともども動きを止める。 そして。


「・・・うそ・・・」

「あ・・・ありえねーだろ・・・?」


 僧侶とシーフのその言葉にすべてが集約されている光景が目の前で展開されていた。


 いつの間にこんなにも近寄らせていたのか、少女に襲い掛かっているのはスケルトンタイプの大剣使い。 先ほどの鎧モンスターよりはランクが低いとはいえ、十二分に驚異の敵だ。

 その重い剣を少女は先ほどのように短剣一本でいなしている。

 いや、それ自体が信じられる光景ではない。 一撃でもまともに受ければ砕け散りそうな店売りに見える短剣なのに、そんな目を疑う攻防も少女には余裕のようで。


「この程度の単調な攻撃をMP使って無効化したりしてたらMPタンクさんでもすぐ枯渇しますよ?」


 なぜか解説が入りながらのやりとりに茫然と見入る。


「慣れちゃえば素殴りレベルで受け流せますから、それができたら今度は動きを止めるようにコントロールしてみてくださいね」


 言いながら大剣を受け流していた短剣の角度がわずかに変わる。 いや、受け流すのに殴っちゃだめだろう、と現実逃避しつつも、目の前ではモンスターの動きが劇的に鈍くなっていく。


 これは・・・さっきと同じ。

 MPを使ってのスキルがなくても弱点を狙える。

 動きの止まった的を至近距離から狙うのなんて、簡単だ。


「で、動きが止まったらー」


 完全に足止めされ、腕だけで振られている大剣をかいくぐってサイドステップを踏んだ少女がえぃやっと気の抜けた掛け声とともにスケルトンのあばらあたりを蹴りぬく。 とたんにがらがらと崩れ去るモンスター。 弱点一撃の攻撃だ。


「と、まぁ、こんなところです」


 塵となって消えていくモンスターには見向きもせず、ぱんぱん、と両手をはたいて少女がにっこりと振り返る。 止めを刺したのは蹴りなんだからはたくのは足じゃないのか、というのはやっぱり現実逃避。


「ここでMP温存の戦い方、十分に練習なさっておかないとこの先が辛いですからがんばってくださいねー?」


 攻略情報の最初にありますよー、と笑う少女に返す言葉が、ない。

 確かに調べていた情報にそんな言葉が繰り返し出ていたような気がする。

 だが、攻略情報は掲示板方式、当然、最初の情報なんて初期のものだ。 だから古い情報なんて、とスルーしていた。


「まずは下の階層で練習されることをお勧めします。 二十階層以下のほうが被害は少ないですから」


 少女の言葉に意を決して口を開く。 この情けない状況、事実を前に中堅レベルのプライドなぞ、くそくらえ、だ。


「恥を承知で聞く。 教えてくれないか?」

「ほぇ?」


 先に進もうとしていたのだろう、前方を見やっていた少女が振り向いて首をこてん、と傾げる。


「さっきの戦い・・・MPを使っていないのはわかった。 わかったが、どうやって・・・」


 そうなのだ。

 MP放出の気配はいっさい感じなかった以上、少女はMPを使っていない。 だが、その動きはみごとなスキルの連続にしか見えなかった。


「ノービスの初期技ですが?」


 MP使わない防御技で受け流しってありますでしょ、と心底不思議そうに少女が答えるのに絶句。


 いや待て。

 それはこの世界に降り立ったプレイヤーが等しく与えられるスキルだ。

 だが初期スキルらしく、ほとんど使われないはず。


「あ。 だめですよー、初期技って特に防御面で大事なんですからー」


 なんで初期技にレベルがあるとー、と少女が笑う。

 初期スキルの最大の利点はMPを必要としないこと。 それはMPが枯渇しやすいノービスにとっての恩恵や救済策という面も確かにあること。 だが、見方を変えればMP温存が必要な時にも重宝するということ。 初期スキルにもレベルが存在するのはおそらく、MP温存をしないと攻略できないマップが用意されていることへの布石だろう、と解析組が結論していること。


「上位スキルで互換されるってお考えも正しいですけれど、MPはどこまで行ったって有限ですから。 ここみたいに道中長くて回復ポイントもないマップではMP使用スキル頼りは危険ですよ」


 タワー攻略情報にMP温存戦闘のいい練習場所ってありましたでしょ、と言われれば、きっぱりスルーしていた自覚があるから喉の奥で唸るしかない。


「どの職業の方でもここでMP温存方法を練習されるとよいとは思いますが、パーティーの壁役の方と魔法職の方は必須です。 特に初期防御技は職業関係なく覚えられますからね、熟練されたほうがよろしいかとー」


 大火力がなければボス戦苦しいですし、壁が崩壊したらパーティー全滅ですからねー、と少女が笑う。

 それでもまだ、彼はどこかで思っていた。

 もっと上級レベルになればやっぱり初期スキルは死蔵されるだろう、と。

 それを見てとったように少女はいたづらっぽく笑う。

 納得されてませんね、と。


「そうですねー、初期防御技で参考になるのは・・・やっぱり最前線の王子様かなー」

「・・・おうじ?」


 思わず、復唱。

 おうじって・・・王子?

 最前線、防御、王子。

 導き出されるプレイヤーは。


「最前線組に王子様な聖騎士さん、いらっしゃいますでしょ? あの方の戦闘シーン、公式にも動画ありますから見てみるとよいですよー」


 熟練の受け流し、目で見たほうが早いです、と言われて茫然。


 最強の壁職業であるがゆえに最前線の聖騎士は数が多い。

 だが、その中で王子と呼ばれるような華麗なプレイを見せるプレイヤーはビジュアル、言動含めて考えると最古参の一人しかいない。 何を隠そう、彼が目標としているプレイヤーだ。 当然、そのプレイ動画だって公式、隠し撮り問わず見ている。

 だが。


「まぁ、ねぇ。 あの方の防御って芸術の域ですからねぇ。 つい華麗さに注目しちゃって実際になんの技使ってるかなんて皆さん、気にされてないでしょうけど」


 苦笑交じりに少女が言って肩をすくめる。


「どんな敵相手でも絶対の防御力を誇るあたりがさすが王子様、と言われてますけれど。 ほんとにすごいのはその防御の大半がMP不要の初期技の複合型ってことなんですよ」


 少女が使っていたMP不要の初期防御スキルの『受け流し』は剣士系、拳闘士系をはじめとする物理攻撃スキルに対応している。 剣士なら短剣や剣を使って、拳闘士ならその拳や蹴り、といった具合だ。


「剣士系でしたら受け流しの他に巻き落としって呼ばれる相手の武器を巻き込んで叩き落とす、なんていう派生技、拳闘士系ならカウンター、シーフ・レンジャー系の足運び、そんなMP不要防御技、極めまくってるそうですよ」


 タワー攻略には初期技を磨いてMP温存って攻略方法確立したのは王子だそうでー、と少女が笑う。

 そのせいか、弟子希望の方々への開口一番は『初期技極めて出直して』だそうですよ、と。 聖騎士さんなのに物好きですよねー、とそこはか失礼な感想を挟みつつ。


「そんな話、聞いちゃうと初期技、精進するしかないですよねぇ」


 肩をすくめる少女に口を開いて閉じて。

 さっきも同じようなことをした気がするが、今度は言葉が形になった。


「なんで・・・そんな情報、教えてくれたんだ? いや、ありがたいんだけどさ・・・」


 たぶん、今自分は複雑怪奇を絵に描いたような表情をしているのだろう、とは思う。

 だって、そうだろう。

 憧れてやまないプレイヤーのプレイ動画をバイブルみたいにして見ていたと自負していたのに。

 弟子入りとまではいかなくてもいつかはいっしょにプレイできる日があればな、と夢想していたのに。

 目の前の少女は彼よりも遥かにかの人に近い気がする。

 ・・・情報くれるのはありがたいのだが、どこかもやっとする。

 それが嫉妬のようなものであることは気づいていても認めたくない。

 

「え? 情報共有は基本ですよ?」


 だが、そんな負の感情に気づいているのかいないのか、少女はあっけらかんと答える。 情報持ちが情報共有すればそれだけ楽しみが広がりますものね、となんの裏もなさそうに笑う。


「最前線組ってそうやって情報を共有して進んでいるそうですよ。 この世界、単独で突破できるような『最前線』はないんだとかー」


 そのために情報掲示板、オフィシャルに設置させたのが最初期プレイヤー組最大の功績だそうで、と言われるのにぐうの音も出ない。 その『最初期プレイヤー組』の一員こそが王子なのだ。 憧れのプレイヤーが惜しみなく提供してくれている情報を活用できずに嫉妬なぞしていられないではないか。


 そしてその言葉を最後に少女がさてと、と動く。


「私、この上に用事がありますので、お先に行きますね。 体力、あるうちに下に戻られたほうがいいですよー」


 その言葉とともに押し付けられたアイテムは。


「・・・モンスター除け?」

「さっきのガイコツさんが落っことしたのでー。 降りる階段くらいまでは有効ですよ」

「え、でも・・・」

「私、不要ですから。 必要な方々でお使いくださいな」


 少女が両目をぱちんと閉じてサムズアップ。 あれは不器用なウィンクか。


「まずは下層階でMP温存訓練して。 自信つきましたら次は二十五階層目指すとよいですよ」


 二十五階層のどん詰まりに外へのワープポイントありますからね、と新たな情報をもらって。 つまりこの少女、タワーを、それもこの上の階層を攻略するのは初めてではない、ということ。 その情報が攻略掲示板やらからの受け売りではなく、少女自身の経験に基づくもの、となぜかすんなり信じられる。


「あ・・いや、ちょっと待て!」


 それではー、と立ち去ろうとする少女を慌てて呼び止める。 ここに至って恩人でもある彼女にまったく礼を尽くしていないことに気付いたのだ。


「あー・・・その。 助けてもらった上に情報もめいっぱいもらって・・・その。 ありがとう?」


 なぜに疑問形、とセルフツッコミをいれつつ、言葉を継ぐ。


「この先、ソロがきつい、と言っていたろう? 正直、今の俺たちでは役にも立たんが。 もし壁が必要なら呼んでくれ。 最優先でヘルプする」

「あ、おいこら。 一人でかっこつけんな。 オレも呼べよ? 偵察隠蔽おまかせになってるからな!」

「ちょっとぉ! 私を忘れないで、てか、うちのパーティー全員呼ばれるから!」


 彼に続いてわれ先に、と仲間のシーフや僧侶が名乗りをあげる。 これほどの情報をもらって何も返さないのもバツが悪いが、今返せるものが、明らかに彼らよりも上級者な少女相手では考え付かない。 とすると、未来の共闘くらいしか、と苦肉の策である。


「あははー、ありがとーです。 その時はよろしくお願いしますですよ。 私、レヴォネです」


 少女ががんばってくださいねー、とひらひら手を振って先の回廊に消えていく。 それを見送って彼らも立ち上がり、逆方向へと踵を返す。 まずは、生きて街まで戻らねば。 少女のくれたアイテムはその効果を発揮して、彼らを無事に生還へと導いてくれた。


 そして。


 戻って攻略情報の見直し、鍛えるべき技の確認をしていて、スケルトンな大剣使いの攻撃を短剣で受け流すのは上級プレイヤーでも難しいことを彼らが知るのはすぐの、こと。 それより極悪なフルプレート相手となると、それこそトップクラスでも数えるほど、という目を疑うような情報も当然入ってくるのも、同時。

 さらに、少女が渡してくれたモンスター除けが『同一ダンジョン内、使用地点から一番遠い降りる階段まで』を範囲とする、つまり一階層出口近くまで有効な、極レアだったことを知るのも・・・すぐ、だった。


                       ☆ ☆ ☆



 二十四階層最奥で階段前の門番モンスターを蹴りぬいた少女がぱたぱたとちょっぴり焦げた装備をはたいてふ、とつぶやく。


「これで『魔法も受け流せる』優秀な壁さんが増えるとよいのですがー」


 そのつぶやきに肩の辺りで髪をまとめているもこもこがくるり、とほどけてつぶらな瞳がのぞく。 何やら不穏なまでにレアな情報を呟いた少女に、きゅぃっと同意するように小さく鳴いたそれがぽん、と少女の手に飛び降りて短剣の柄に触れた途端、刃までを覆う光の粒。


「ありがとですよ、ヤマネちゃん。 二十五階層のボス突破すれば、第七の街への扉が開きますから・・・お約束果たすまでもうひと踏ん張りですねー。 今日中に行けるかな?」


 よいしょよいしょ、と少女の腕を肩へと上っているもこもこをひょいと手のひらですくって定位置に戻した少女が最前線までもうちょっとー、と気合を入れる。 それに応えるようにきゅぃっと鳴いたもこもこの声はなぜか疑問形、に聞こえた。

やっと「のーびすじゃない」が出ました(笑)

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