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セイゾウ ノ ココロエ

かんかんぬいぬい。

 第五の街からほど遠くない湖畔、比較的モンスターとのエンカウントが少ない素材採取場に、足を投げ出して座り込むプレイヤー一人。 中堅どころの製造職と見えるが、決して安全地帯ではないフィールドにいるにも関わらず、その装備は決して戦闘を前提としていない。 いや、それよりも醸し出す投げやりな雰囲気が、彼女が何らかの意図をもってそこにいるのではないことを表している。


「あ~ぁ・・・これからどうしよっかなぁ・・・」


 どうしよう、と口にしながらも彼女の目はすっかり諦観一色。 それもそうだ。 なにしろつい先ほど、所属していたギルドから条件付き戦力外通知を受けてその条件が受け入れられないから、と出奔してきたのだから。

 ・・・まぁ、正直に言ってしまうと、出奔は別に、いい。 所属していたのもたまたま短期的目的が一致したのでその間だけギルド内チャットができればいい、といった三日程度の行きずり仮入隊だったから。 でも、戦力外通知の理由はちょっと堪えた。 主に怒り心頭の方向で。


「前衛攻撃職かっこ重戦士系かっことじ最優先で金属系装備至上優先、って・・・本気で優先取得なのは汎用の革装備だと思うのー」


 大きな独り言。

 そう。 彼女にはどうしても受け入れられなかったのだ。 ステータス的に体力も攻撃力も素で高い重戦士系のために金属製装備作成スキル優先、という製造職育成方針が。


「後衛やサポート職なめんな、と」


 その軽く見られている他職業には当然のことながら彼女のような製造職も入っているわけで。 『育成してやるから言うこと聞け』的な上から目線に耐えられなかった。


「あーもう! 重戦士がナニサマだっていうのー!」


 ばたっと後ろに倒れて体を伸ばす。 さかさまになった視線の先に移った植物系素材に、あ、あれあったら革装備の耐毒性アップするよねーとか呟いて。


「ほぇ? お使いになります?」

「うん、これって地味に大事だよねー」


 いきなり返された声に思わず固まってぱちくり。


「へ?」


 そろぉ、と視線を巡らして。


「こんにちはー。 休憩中ですかー?」

「ごいっしょしてもいいですかー?」


 声を追った視線の先にはハイスクールくらいと見える少女が二人。 慌てて起き上がる。


「あー、えっと。 こんにちは。 よければどうぞ?」


 ありがとうございますー、と二人そろってほぇほぇ笑って軽いモンスター除けの結界護符を展開してから座るのを見つめて。

 一人は製造職の中でも商人系から派生する薬師。 外見を際限なくいじれるこの世界で、かわいらしい系のその姿は、造られた違和感があまりないのでちょっとした写真加工や色操作程度にしかいじってないだろう見た目。 装備から見てそれなりに上位職に届いている気がする。 もう一人は・・・思わず、二度見。 どう見ても、ノービス装備。 緑がかって見える黒髪、同じ色の瞳。 あまり見ない茶色のぽわぽわした髪飾りが肩のあたりで髪をまとめている。 その造作はあまりにも普通過ぎていっそ珍しい。


「えぇっと・・・」

「素材採取にきてる行き当たりばったりパーティーですー」

「・・・は?」


 どう問いかけてよいやら、と言葉を選んでいたら何を思ったか、ノービスかっこ仮、な少女からのんびりと申告される。 『かっこ仮』なのは、ノービス装備というのはどんな上位職になっても装備可能な布装備だからだ。 とはいえ、こんな安全ではないエリアにこれで来る酔興はそういない。


「れーちゃん、行き当たりばったりってー。 れーちゃんならいつだって喜んでお迎えするってマスター言ってるのにー」

「過分なお申し出ありがとですよー。 でも私、ギルドは苦手なのでー」


 ・・・なんだろう、この気の抜ける会話は。


「んーと・・・お二人はお友達だけどギルドは違う、と・・・」

「そうなんですよ! れーちゃんてば、会えたらいっつも採取とか付き合ってくれるのにギルド勧誘はことごとく振られるんですよー!」


 薬師の少女が熱弁をふるうのにどこ吹く風でノービスかっこ仮な少女は採取物の選別なぞしている。 その素材たちに何気なく目をやって。


「あれ・・・それって・・・」


 少女の手にあるのは一見して雑草にしか見えない草の葉。 極々薄い斑点がほんの少しだけ散っているのが見えるが、それも何かが当たって傷でもついたか、というレベルのものだ。普通なら雑草としてスルーするような草だ。


「あら・・・これ、ご存じですか?」


 彼女の独り言に近い呟きに少女が反応してひらひらと雑草然とした草を振る。 それに薬師の少女が首を傾げた。


「んー? その葉っぱ、何か効能あるの?」


 薬師ですらそう問いかけるほど普通の草。 だが、それは彼女の記憶の片隅にある何かに激しく引っかかっている。


「・・・自信は、ない。 ない、けど・・・」


 少女の手にある草を凝視しつつ、途切れがちに言葉を紡ぐ。


「それ、布製防具に耐性をつけるのに必要な媒体の素・・・じゃない?」


 最弱装備とされる布製防具だが、実は耐性付与が革製や金属製装備に比較して恐ろしく難しい。 元の防御力が推して知るべしなだけあってあまり研究も進んでいない分野だ。 かろうじて知られているのは、あるレアアイテムを媒体とすれば可能だ、ということだけ。 だが、その媒体はあまり知られていない上にレアとされるだけあってほとんど市場に出回らず、実物を見たことがある者すら限られている。 彼女がそれを知っていたのだって本当に偶然によるものだった。 だから、自信はなかったのだが。


「せいかーい。 よくご存じですねー?」


 少女が草をつまんだまま、ぱちぱちと拍手する。 それにぎょっとしたように薬師の少女が草を二度見。


「え゛! それって! とんでも装備ができるってことっ?」

「んー。 厳密にはちょと違うですが。 まぁ、おおよそ合ってま・・す?」


 なぜに疑問形、とこっちを見て首を傾げる少女にがっくりと脱力しながらも彼女は軽く解説する。


 防具類の中でも最弱の防御効果しか持たないとされる布製防具。 革製や金属製の防具とは違い、耐性付与も大したことはできないというのが一般常識だが、それは間違いだ。 そのレアアイテムの媒体があれば革製、金属製には不可能な超強力な耐性付与が可能となるのである。 そして布製品は薄くて軽いから他の素材による防具の下に重ね着ができる。 つまり、紙装甲と揶揄される布製品が耐性なしの革・金属装備に効果を追加することができるのだ。 なんらかの耐性効果がついた革・金属装備は製造成功率が低いため、それが可能となる意味は大きい。


「うわ、うわ、それってすごいっ! すごいですよねっ?」


 薬師の少女が興奮気味に叫ぶのに、彼女はため息ひとつ。 確かにすごいことではあるのだが、大問題がひとつあるのだ。


「うん、実現できればすごいんだけど、ね」

「・・・何か問題が? 簡単じゃなさそうなのはわかるんですが」

「・・・」


 薬師の少女の問いかけにどう答えるべきか、逡巡。 ・・・している間にノービスかっこ仮の少女がへろっと答える。


「そのスキル、持ってる方が皆無に近いんですよねー」

「・・・へっ?」


 へらりととんでも発言する少女に驚いて瞬き。 少女の言う通り、布製装備への耐性付与はその方面のスキルのひとつであり、革製や金属製装備主流のこの世界では極めようとするプレイヤーは皆無である。


「えー、なんで? 布製装備製造って製造スキルの基本よね?」


 薬師の少女の問いかけにノービスかっこ仮な少女がほんわり笑って説明してくれる。


 装備製造スキルの基本中の基本、布製装備製造スキル。

 ごく初期に取得できるスキルだが、革製や金属製装備製造スキルに比較してそのスキル階層はとんでもなく深いこと。

 仮に各種製造スキルを並行して均等に上げていったとしても最終奥義に到達するのは間違いなく布製装備製造スキルがダントツ最後なこと。

 その最終奥義に近いレベルのスキルが布製装備への耐性付与スキルであること。


「さいしゅうおうぎ・・・」


 目が点、を地で行くような表情で薬師の少女が茫然と呟く。 それはそうだろう、この世界の最終奥義取得はどの分野であってもとてつもなく遠い道のりだ。


「革や金属だと耐性付与って中堅くらいのスキルなの。 だからそれで十分カバーできるんだから布製装備製造スキルで極めるなんて無駄っていうのが製造業の常識になってる」


 はぁ、とため息ひとつ。 大概の職は最低でも革製装備を身に着けられる。 だから本当の初期装備、ごく限られた職業や条件、あるいは趣味装備以外で布製装備を必要とすることはない。 よって布製装備を強化することは重要視されていないのだ。

 でも、なんか釈然としないのよねぇ、と呟くとノービスかっこ仮な少女がきゃらきゃら笑った。


「布スキル、軽視されてませんねー、いいことですー」


 普段ならそんな言葉は裏にバカかな、これだから素人は、あぁ趣味か、という揶揄や誹謗中傷が混じっていてイラつくのだが。 少女の言葉はなぜか本心から言われている、と感じて瞬きひとつ。 こてん、と首を傾げた少女がにっこりと笑った。


「その認識、装備製造職としてとっても正しいですからがんばってくださいー」

「・・・装備製造職と、して・・・?」


 何かが引っかかる。 言葉通りの意味だとしても、何か、『常識』とは違うことを言われたよう、な・・・?


 と、同じように首を傾げた直後。

 前触れもなく少女が片腕を振る。 彼女の後方に向かって飛んでいく銀色の線。 そして、間髪入れず上がる耳障りこの上ない、音。


「下がって!」


 反応するより早く彼女の背中側に移動したノービスかっこ仮な少女が叫ぶのときぃ・・ん、と金属が何か堅いものにぶつかる音がしたのが同時。 薬師が彼女の腕を引っ張ってその場から離脱させられるのがその一瞬後。 彼女のいた場所に叩き付けられる毒々しい紫に黄色の混じった粘液。 じゅっといやな音と煙があたりの地面を焼く。


「な・・・っ!」


 反応しきれない彼女に向かってきた鞭のようなツルを少女の手にある短剣がはじく。


「れーちゃんっ!」


 彼女たちを襲ったのは巨大な食虫植物を彷彿とさせる造作のモンスター。 巨大すぎて彼女たち三人くらい一口で丸飲みできそうだ。 実際、そのつもりなのだろう、振り回される太い鞭は彼女たちを打ち据えるのではなく、絡め捕ろうとする動きだ。


「何時の間にっ?」


 素早くモンスター情報を頭の中で確認する。 確かにこの辺りでも遭遇情報はあるが、本来ならば湖の向こう側、深い森の中に生息するエリア内厄介モンスターランキング上位に名を連ねる、簡易のモンスター除けなど効かない相手だ。 自在に振り回される粘着性のツル、時折放たれる毒性の強い粘液。 どちらも受けてしまうと毒、麻痺、腐食、時には混乱も引き起こす。 そしてその毒性はほんの数分でプレイヤーの生命力を削り取るほど致死性が高い。 倒すには火属性の攻撃が有効、直接攻撃ならば打撃力の高い斧や大剣。 それらが望めないならば接近せずに、遭遇を避けるべきとされるが、植物のある場所では隠蔽能力の高い彼らの接近を感知するのはなかなかに難しい。

 それなりのレベルに見えるとはいえ、戦闘職ではない薬師、見るからに初心者っぽい少女。 その中では素材集めのために多少は戦闘もこなせる武器防具職人の彼女が気づくべきだった襲撃。 だが、気づいたところで無謀にも大した装備も持たずに出奔してきた彼女には為す術はない。


「あー、めんどくさいですねー、あいかわらず・・・」


 そんな強敵を相手に少女がのほほんと呟くのが耳に届く。 再びの二度見。 今度のそれは、余裕の表情で攻撃をいなしている少女に対する驚愕。


 だって。

 だって、あり得ないでしょう!?

 かっこ仮でも装備、短剣と布装備よっ!?

 重戦士だって相当のレベルじゃなきゃ苦戦する相手なのにっ!?


 耐性付与があればこの相手の攻撃も単品は防御できる。 あくまで単品は、である。 毒耐性であれば毒状態、麻痺耐性であれば麻痺状態を回避できる、ということだ。 だが、それは革製や金属製の防具であっても複数の耐性付与は防具製造スキルではカバーされていない。 だからこそ一撃必殺の大火力かスピード勝負を推奨される相手なのに、少女はいつ攻撃を食らうかもわからない状況で躱すのではなく、片手に握った頼りなさげな短剣一本で飄々とツルを、粘液をいなし続ける。


「ど、どうしよう・・・れーちゃん、強いけど、弱いし・・・あ、マスター呼べ・・あぁぁ、みっつ向こうの街だったっ!」


 まだ彼女の腕を握ったままの薬師の少女がおろおろとうろたえる。 それが聞こえたのか、どこにそんな余裕があるのか、少女がきゃらっと笑って彼女たちからモンスターを引き離すようにバックステップ数回。


「だいじょぶですよー。 めんどーなので、ちょと贅沢しちゃいましょー」


 ・・・ぜいたく?

 せいたく、って・・・贅沢?


 理解が追いつかない視線の先で。

 少女が腰のポーチから小さなビンを取り出し、振りかぶる。 肩辺りで黒髪をまとめている茶色のぽわぽわがビンを掠めた時に発光したような、錯覚。


「せぇのっ!」


 ぴんっと弾かれたビンの蓋。 投げつけられたビンが振るわれたツルに当たって粉々に砕け散り、透明な液体がきらきらと細かい雫となってモンスターに降りかかる。

 一瞬の静寂。

 響き渡る断末魔の絶叫。

 びちゃびちゃと振り撒かれる毒性の高い粘液はだが、彼女と薬師の少女がいるところまでは届かない。


 そして。


「はい、討伐かんりょー」


 のほほんとした少女の声が崩れ落ち、粒子となって消えていく醜悪なモンスターの向こうから聞こえて。


「れーちゃんっ! だいじょうぶっ?」


 弾かれたように駈け出そうとする薬師の少女。 そして気づく。 ノービスかっこ仮の少女の服にべったりと致死性の高い粘液が飛び散っていることに。 薬師の足が止まる。

 文字通り、血の気が引いた。


「ちょ・・・ちょっと! あ、解毒剤、えと、あと・・・っ!」


 大慌てで持ち物を確認するがどれも少女の状況を改善するには役に立たない。 これではものの数分で少女は死に戻りだ。


「あーはーはー、だいじょぶだいじょぶー。 こんなの効きませんからー」


 だが、少女は笑って近づかないでくださいねー、と言ってその場でくるんとターン。 たったそれだけの動きで服に散った凶悪な粘液が地面に飛び散り、消えていく。 後には何かが付いた様子もない、元通りの服。


「え・・・え・・・・・えぇぇ~~!」


 語彙力どこいった、状態で少女を指さして叫ぶ。

 これはまるで・・・まるで属性攻撃がその耐性持ちの装備に弾かれたような現象ではないか。 だが、あの粘液は複数属性で、そんな複数の耐性持ちなんて装備はないわけで。


 混乱の極みに陥った彼女の目の前で少女が上半身を傾けて上目使いに覗き込むのに瞬き数度。 でも語彙力は戻ってこない。


「んー・・・たぶん、ご想像通りですよ?」

「れーちゃん? どゆこと?」


 薬師の少女のツッコミにようやく思考が少し戻る。

 ご想像通り、と少女は言った。 それは。


「まさか・・・複数の耐性を持った装備、なの・・・?」

「・・・うそっ!?」


 信じられない、と隠しようもなく震える声に間髪入れずに叫ぶ薬師。 少女はよくできました、とばかりにぱちぱちと拍手している。


「この子が出たってことはしばらくはなんにも来ませんからちょと種明かししましょうか」


 せっかくの素材も拾わないとー、とのほほんと言いながら少女が笑う。

 そして、落としてしまった採取物を拾いながら、やっぱり軽い調子での解説。


「布装備の付与スキルが最終奥義なのはこれだけが複数耐性を付与できるからなんですよ。 革や金属には絶対できません」


 その情報は公式で開示されてるんですけど、今の風潮じゃ知ってる方はごく少数でしょうね、と少女はもったいないですよねー、と不満そうに言う。

 だからこそ、極める価値のあるスキルなんですが、重戦士さん重視するあまりに目先の効果しか皆さん求めないので、と続くのに耳が痛い。 彼女だって重戦士ばかり、と憤っていても布装備スキルはあまり重視していなかった。


「私の装備、見た目はただの布装備ですけど、今できる最高の耐性付与がされてます。 毒や麻痺の属性耐性、防御力アップその他なんだかよくわからない効果も付けたって説明されました。 だからあのウツボちゃんの攻撃くらいなら直接肌に触れない限りなんともないですよ」


 実験で作ったとか言い訳してらっしゃいましたけどねー、とほわほわ笑う少女に、頭を抱えたくなる。

 これは絶対、わかって言っているだろう。

 その製作者が誰かは知らないが、このほんわか少女のためだけを思ってそのとんでも装備を作り上げたのだ、と。


 と、いうか、ウツボちゃんって何。

 あの醜悪な巨大食虫植物は断じてそんなかわいらしいものじゃ、ない。


 現実逃避を始めた思考に、だが少女はさらなる追い打ちをかける。


「あ、でもこれ、ボタンとか留め具とかは金属装備の方ですよ。 二人の職人さん合作なんです」

「・・なん・・です、と・・・?」


 口調がおかしくなったのは大目に見てほしい。

 パニックに陥った思考でそんなことを呟くほど、少女の言葉は衝撃的だった。

 方向性の違う防具職人が協力するなんて聞いたことがない。

 ましてや、メインが布装備に物理的最強防具の金属防具職人がサポートに甘んじる、など。


 それなのに、少女は笑う。

 いいとこどりで協力したらこんな装備もできちゃうんですよ、と。

 単独でなんでも作れるなんて、この世界無理です、と。

 少し前までならそんな言葉、笑い飛ばせた。

 だが、今、目の前に凶悪な攻撃を完璧に退けた、ある意味究極の布装備がある。

 あれを見てしまった以上、その言葉を否定できない。


「その武器防具職人さんたち、いつも分業してらっしゃいましたよ。 お一人は革・金属装備専門、もうお一方は革・金属はいっさい捨てて布装備スキル専任で。 どちらが欠けても装備する人を守れるものは造れないって。 それでも大変そうでしたが」


 理想的な・・・理想的な、製造スキル育成。 だが、賛同者のいない彼女には目指せない、道。

 そんな相棒がいたら。

 それをバックアップしてくれる仲間がいたら。

 そんな言葉にしない思いを少女は正確にくみ取ったらしい。 ふわ、と笑って首を傾げ、提案してくる。


「そちらの薬師さんのギルドに声かけてみたらいかがでしょ? たぶん、大喜びで助けてくださいますよ」


 布耐性、実は媒体のために薬師スキル必須ですしねー、となんでもないように笑う少女に瞬きして薬師と視線を交わす。


「え・・・おねーさん、勧誘されてくれますかっ?」

「あ・・え・・・? ちょ、ちょっと待って、いきなりそう言われても・・・」

「あー、そちらのギルドマスター、『教官』ですからお会いになるだけでもお勧めしますー」

「・・・はいーっ? 『教官』っ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 『教官』って有名人じゃないのっ?


「れーちゃん・・・マスター、悶えるよー?」

「えー、いい加減、慣れてくださればいいのにー」

「・・・はぃ? 悶える?」

「あ、マスター、その二つ名呼ばれるの恥ずかしいんですって。 ほんとに悶えますよ」


 ・・・論点がずれてきた。 

 なぜにここまでシリアスが続かない?


「はい、ではおねーさんのギルド参加に向けて『教官』に賄賂」


 どうぞ、と差し出された一束の草を思わず受け取って。

 え、これって、と絶句する。

 それは先ほど『某媒体の素』と彼女自身が指摘したレア素材。 それを片手で握りこめないくらいの一束。

 いったい、それがどれほどの値段がすると思っているのか。

 そもそもこんなに量を採取してるなんて、最初っからこれが採取の目当てだったんじゃないのか。

 いや、だからこそ賄賂にふさわしいと言うべきか。


 混乱に混乱を重ねている彼女を再び下からのぞきこむように首を傾げた少女が笑う。


「見つけたのでついでに採取しただけですから。 私、薬師スキルはないので持ち腐れます」


 だから優秀な薬師さんのいるところで研究してもらってくださいね、と言われて。

 その言葉が浸透するにつれ、身が引き締まるような感覚に支配される。


 この少女、きっとノービスなんかでは、ない。

 彼女も、薬師の少女も足元にも及ばないベテランに違いない。

 でなければこの知識量、先ほどの戦闘能力、咄嗟の判断力の説明がつかない。

 そのベテランがこう言ってくれている、ということは。

 それは、彼女が製造職として高みを目指すことを応援してくれている、ということではないのか。


「ねぇ、れーちゃん・・・最近、マスターが対プレイヤー用の薬品調合じゃなくって対アイテムの調合も伸ばそうって言ってるんだけど・・・」


 薬師の少女が何か感じるところがあったのか恐る恐る、といった体で問いかけるのにこてん、と首を傾げる少女。 こうしているところはやっぱり初心者っぽいのだが。 返答はきっぱり初心者ではなかった。


「さすがですねぇ。 はい、布付与の媒体、アイテム用調合のスキルツリーですよ。 たぶん、絶対必要になるって考えてらっしゃるんでしょうねぇ」


 その草、加工するには必須のスキルですし、布付与スキルといっしょで保持者、ほとんどいませんから、と笑うのに、背筋がぞくり、と震える。 それはもしかしたら、という期待に満ちたもので。


「んー、でもまだ加工不可能な素材じゃ賄賂に弱いかなー。 うーん・・・よし、大盤振る舞い!」


 黙りこんで手にした草束を見つめる彼女に何を思ったか、少女がぱん、と手を打ってもひとつ情報ー、と口を開く。


 いわく、布スキルに単独耐性付与ならば上級最後辺りのレベルで取得できること。

 いわく、複数耐性付与が布スキル最終奥義で、そこまでは革・金属スキルの最終奥義までの三倍ほどの経験値が必要なこと。


 そして・・・そこまで極めて初めて解放される上位製造スキルがある、こと。


「・・・えっ!」

「あははー、情報の出所はご内密にー」


 いや、内密も何も・・・このタイミングでは薬師の少女といっしょにいた『誰か』が情報源であることなんてすぐにばれるだろうに。


「まぁ、ね。 『教官』はご存じの情報なんじゃないかな、と思うですよ」


 アイテム用調合に言及してるくらいなので、そのスキル持ちとお知り合いだと、と笑う少女。


「ついでに言うと。 その上位製造スキル、公式でも存在は公表されてます。 ただ、解放条件が謎になってるだけなので」


 だから、おねーさんが調べた結果の結論、って言っちゃっていいですよ、とかさらっと言われても。


「さて、っと。 そろそろ帰りませんか? ウツボちゃん効果のモンスター除け、切れますから帰還符使ったほうがいいですよ? 単体ならなんとでもしますが、複数は対処できませんしー」

「うぇっ! 帰る帰るっ! おねーさん、これ使ってくださいっ! マスターに紹介しますからっ!」

「は、ぇ・・・あ、ありがと?」


 巨大食虫植物ほどではなくともこのエリアのモンスターはそれほど弱くない。 群れで発生されたらこの三人では対処できないだろう。 とりあえずは薬師の少女に勧誘されてみるのもいいか、と焦った状態で判断し、差し出された帰還符を受け取り。

 符を発動させた直後に視界に入ったのはひらひらと手を振るノービスかっこ仮な少女。

 そして。


「・・・れーちゃんのいけずーっ! 出発地、ここだったから同じとこに帰ると思ってたのに、また逃げられたっ!」


 街に到着した途端にそう叫ぶ薬師の少女だった。




 薬師と装備職人の二人が消えた湖の畔。


「さて、お二人ともウツボちゃん情報に気づきますかしらん?」


『れーちゃん』と呼ばれていた少女の笑いを含んだ呟きに、肩で茶色のぽわぽわがするり、とほどけてきゅぃっとかわいらしい鳴き声を上げる。 それを撫でて少女はくすくす笑って最後の瞬間に大半を薬師に押し付けた残りのわずかな採取物をひらっと振る。 ほんの二筋ほどの分葱のような葉っぱは職人に押し付けたレアアイテムよりさらになんの変哲もない雑草のようで。


「ま、これくらいは役得ということでー」


 笑いを含んだつぶやきに肩の毛玉がきゅぃきゅぃと鳴く。


「ぇー。 いいじゃないですかー、魔法耐性付与はずーっと先ですしー」


 魔法耐性付与。

 それは未だ実装されていないとも言われるスキル。 先ほどまで話題にしていた耐性付与はモンスター固有の属性に対するもので、魔法による攻撃には効果がない。 そんな重大情報をさらりと口にする少女に毛玉がきゅぅ、と諦めたような鳴き声をこぼす。


「まぁまぁ、ヤマネちゃん。 先に行きましょう。 もうちょっと、ですし、お土産ですよ」


 どこまでものんきな響きの言葉に肩の毛玉がはっきりとため息をついた。

『高性能』なのは装備もでした。

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