情報交換の勧め2
もんぺ登場(ぇ
現実世界では秋の大型連休なその日。
グリーン・フロンティアの第四の街近くで実に久しぶりに初級~中級のプレイヤーをターゲットとした大規模討伐クエストが発生した。 いわゆるレイド・ボス戦というやつだが、初級~中級レベルと銘打たれたクエストは半年振りくらいだった。 おそらく春、夏の休暇で増えた新規プレイヤーの数が一定数以上だったからだろう、と推測されているが、いずれにしてもここしばらくは上級者向けのレイド戦しかなかった以上、ターゲット層のプレイヤーには文字通り「初めてのレイド・ボス戦」である。 上級者向けは初級者や中級者が参加してもあまり役に立たないだけで得るものは物資的にも経験値的にも多い。 だが、初級から中級向けは上級者には旨味ゼロなので、そちらが騒ぐことはなかろう、とい運営側の予測に反して。 おせっかいな古参プレイヤーたちが大挙して「見守りに」戦場となる初期狩場付近の街にやってくる、という珍妙な事態が発生していた。
「・・・まぁ、ほんと暇人が多いこと・・・」
ターゲット層プレイヤーにとって初めての大規模クエストはおせっかいたちの的確な助言とさりげないサポートもあって無事にプレイヤー側の勝利に終わった。 その祝勝会に沸く面々を見やりながらごく普通の魔術師のローブをまとった炎月はグラス片手にぽつり、とつぶやく。
「・・・人のこと言えるのかい?」
速攻で入るツッコミはすぐ隣の司祭姿の男から。 長年の相棒である水月の言葉は華麗にスルーして炎月は周囲を見渡し、小さくため息をつく。
『月天』メンバーとして名高い二人であるにも関わらず、その周囲は静かだ。 このクラスのプレイヤーにはその名は知られていても姿までは知られていないからこうして距離を取っていれば騒がれることもない。 だから、そんな自分たちに話しかけてくるのはそれなりに古参以上に限られる。
「お久しぶりです、水月さん、炎月さん」
「はい、おひさ」
ゆっくり近づいてくるのを目の端に捉えていた騎士の青年が穏やかに話しかけてくるのに片手を挙げて答える。 昔馴染み、というほど古い付き合いではないが、ベータ版の頃からの顔見知り、というレベルなのでそれなりに付き合いのある相手だ。
「おや・・・『教官』も参加してたのか」
隣でしれっとそんなことを言う相方に気づいてたくせに、と冷たい視線を流すが、相手はそっちはどうでもよかったらしい。
「ぎゃー! だからその呼び名、恥ずかしいからやめてくださいー!」
初心者や育成しにくいステータスのプレイヤーを積極的に助けているこの騎士はどうやらその二つ名が相変わらず苦手らしい、と苦笑しながらちょいちょい、と空いている椅子を示す。 立ち話もなんだし、わざわざやってきたということは何か話があるのだろう。
「・・・まぁ、今回はうちの新人が初めてのレイド戦だったんでそのサポートに来てたんです」
コミカルに叫んだりしていた割には礼儀正しく一礼して着席した騎士がこほん、と咳払いしてそんなことを言う。
「あぁ・・・なんか凄腕の薬師、育ててるって話だったわね。 その子?」
「・・・だからなんでそんな情報知ってるんですか・・・」
普段、ここらへんにはいないくせに、とぶつぶつ呟いているのは笑い飛ばして。
「だって『教官』が初心者かまうのはいつものことだけど、自分のギルドに勧誘するのは滅多ないし? どんなかわいい子だろうってベテラン組の間じゃけっこう話題になってたのよ」
「ベテラン組はほんっと暇ですねー!」
半分ヤケになってるように失礼なことを叫んでそっぽを向く騎士。 炎月はけらけら笑ってだってーヒトの色恋沙汰っておもしろいもーん、とぶって見せる。 とたんに隣からはたかれた。
「はいはい、そんなに青少年をからかうんじゃないの。 でもまぁ、実際ちょっとした話題だったよ。 養子縁組もしないで『教官』がつきっきりなんて、どれだけ有望なんだって」
相方・水月の言葉に、行動筒抜けって・・・とがっくり肩を落とす騎士。 若干顔が赤く見えるのは気のせいではないだろう。
「有望っていうか・・・まぁ、有望ですね。 最初にほとんどのステータスを器用さと運に振っちゃってて。 あそこまで極端なステータスだと養子縁組の恩恵はあまりありませんし、実践のほうが確実だと思うんですよね」
この世界では結婚や養子縁組のシステムがある。 パートナーや子どもとなるプレイヤーに対して支援効果が上がったり、ステータスを底上げしたり等のメリットがあるシステムだが、結果としてその恩恵に慣れてしまってそれなしでは身動き取れなくなるというデメリットもある。 そして結婚システムに比較して養子縁組システムはそれほど使用されていない。 それはこの世界のプレイヤーに年齢制限があるからだ、と言われている。 グリーン・フロンティアは器具が少々高価なのと、有料サービスであることから義務教育終了後、がプレイヤー条件なのだ。 エレメンタリースクールくらいの子どもならともかく、そんな年齢の子どもが遊びの世界でまで『親』に束縛されたくない、とのたまうのは自明だろう。 だから、このシステムが使用されるのはせいぜいが初期育成の時くらい、というのが常識だ。
教官がそのデメリットを避けた、というのもうなずけるが、それは反面、それだけそのプレイヤーを特別にかまっているという証拠でもある。
「そうですね・・・最近ようやく一角ウサギを一人で倒せるようになりました。 レベル的には中級ですが」
「それは有望だね」
「・・・よくそんな子を初期段階で見つけたわね・・・」
情報とともに告げられた件の薬師のレベルに掛け値なしの水月の断言。 そのステータスがどれだけ育ちにくいか、そしてそのステータスを育て上げればどれほど強くなるかを熟知している炎月や水月にしてみれば本気で有望なプレイヤーである。 それは『教官』がつきっきりになるのもわかる。 そんなプレイヤーが一人でいるのを初期段階で見つけたのが『教官』であったのも間違いなく幸運で。
ところが、そこで騎士がはっとしたように居住まいを正した。
「そう、そこです。 お二人を見かけたんで、その話をしたくて」
青年騎士の目がじゃれあいのような色を消し、真剣な光を宿す。 はて、と炎月は首を傾げて二度見。 有望な新人の育成の話ではなく、その新人を見つけた時のことで何か自分たちに話があるらしい。
「・・・何か気になる状況でもあったのかい?」
隣で水月がゆったりした姿勢を崩さず、けれどどこか真剣な眼差しで騎士に問い返すのを見て、炎月も、若干姿勢を正す。
「うちの新人を拾ったのは実は例の薬草根こそぎ騒ぎの時なんです」
そう前置いて騎士が語った状況。
二か月ほど前、初期から中級の狩場までに点在する薬草群生地が手ひどく荒らされた事件で、犯人特定に至った直後に初級狩場である第二の街近くの群生地で起こったトラブル。
騎士のギルドメンバーの一人が早とちりから初心者商人だった少女を荒らしの犯人と決め付けて手ひどく責めた、という。
「暴走バカが突っ走っていったのを止めにいったんですが、時すでに遅しで・・・」
濡れ衣で責められた少女は深く傷ついて今にもプレイヤーをやめかねない状況だったらしい。
「だったんですが。 別のプレイヤーの女の子が暴走バカの前に立ちはだかって対抗してくれてたんです」
騎士のいう『暴走バカ』はそれなりにレベルの高い拳闘士で、見た目も苛烈な迫力美人の範疇らしい。 そんなのが早とちりでも激昂している状況に、対抗している女の子は一歩も退かずにいたという。
「ふぅん?」
炎月は気のなさそうな相槌を打つ。 正直、それくらいならベテラン組には星の数ほどいそうだ。
だが。
「その女の子・・・あんまりにも『普通』の容貌のノービス姿だったんですよ」
がたり、と椅子が鳴る。 隣からもすごい勢いで水月が食いつく。
「ノービス? まさか・・・?」
騎士がその勢いに驚いた風もなく、うなづく。
「俺は『彼女』を直接知りません。 ですが、黒髪、黒瞳、小柄で特徴がないとさえ思えるほど平凡な容姿のノービス。 しかもこの世界の確かな知識に裏付けされた、理路整然、反論の余地なしの対応。 さらに俺の二つ名を知っていた。 誰かを彷彿とさせるには十分な要素ですよね」
騎士姿なんて掃いて捨てるほどいるのに、さも当然、という感じで断言してましたしね、と騎士が言うのに水月がおもしろいほどにうろたえている。 やわらかい人当りに冷静沈着、一筋縄ではいかない策士と言われるこの男にしては珍しい。 もっとも炎月のほうも冷静ではなかったが。
「それは・・・いや、でもまだ断言は・・・」
「・・・ちなみに。 その女の子とうちの新人が暴走バカとトラブってたのは第二の街近くの薬草群生地。 例の『予測外に回復が早かった』ところです」
水月が完全に沈黙する。
少し前に起きた薬草乱獲問題。 結果として中級狩場までのほとんどの薬草群生地が回復に多大な時間を要する事態に陥った。 二ヶ月以上経った今でもほんの少しの雑草しか生えない荒地のままとなっている群生地が中級狩場ではほとんどなのだ。
そんな中、初期狩場でそれなりの規模となっている最初の一般薬草群生地と言われている第二の街近くだけが問題発覚から一週間で元の状態に回復していた。 多くの群生地が回復しない状況下で、そこだけが今までと変わりない薬草を青々と茂らせているのである。 当然、解析組と言われるプレイヤーたちがその原因を突き止めようと躍起になっている。 早期回復原因がわかればその条件を人為的に起こすことで未だ回復しない他の群生地の薬草も回復させられるかもしれない、と。 だが成果は芳しくない。 そして回復した最初の群生地から徐々に初期狩場での回復が認められるようになり、『採取できる薬草のレア度で回復速度が決まっているのではないか』という説がほぼ真相ではないかと言われ始めている。
ですが、と騎士が言葉を継ぐ。
第二の街近くの群生地の回復はそんなものじゃない、と。
「あの群生地、一週間で回復した、という説になってますが・・・トラブルがあった時はまだ掘り返された直後っぽく土が水分含んでて。 それから二日ほどで回復してるんです」
あの時はうちの暴走バカが勘違いするくらいにはまだ掘り返した直後状態、荒れてる地面が水を含んでましたから回復まで一週間もかかってないですよ、という騎士の言葉に返せるのは沈黙のみ。 初期群生地で採取できる薬草は基本中の基本である下級薬草。 通常であれば再生までの時間はそれほど長くない。 それでも根こそぎの状態から二日、はあり得ない。 正しい採取方法であれば同じ株から再度の採取が可能になるまでの期間は五日、というのは解析組が過去に最初に出した結果だ。
「あり得ない回復を見せた薬草群生地。 そこにいた知識豊富な女の子」
ゆっくりと騎士の青年が続ける。
「・・・その子が『グリーンウィキ』ならあり得る、ですよね」
あの日、ひっそりと消えてしまった最古参プレイヤー。 制作者側でも担当部分はともかくすべて把握している人はいない、と言われるほど広大な世界を構築する要素をどのプレイヤーよりも理解し、知識として持っていた彼女の二つ名はこの世界、グリーン・フロンティアとウィキペディア、そしてほんの少しの恐れを持って『ウィッチ(魔法使い)』からの造語で『グリーンウィキ』だった。 彼女がアカウント・ハッキングという事件に巻き込まれ、そのキャラクターを消してしまった時にはこのゲーム世界に激震が走ったものだ。 彼女が蓄えていた情報たちはもう霧散してしまったのか、と。
どのプレイヤーたちよりも彼女の近くにいたと自負していた『月天』メンバーにすらなんの伝言も残さず、突如としてフレンドリストから消えた大事な名前を炎月は口の中で呼ぶ。
「・・・かえって・・・きてる、のか・・・?」
「可能性のひとつ、でしかありませんけど。 それでも、俺ですらそれを考え付くくらいには」
それに、と騎士が続ける。
「炎月さんなら気づいたんじゃないですか? 今日のレイド戦・・・おそろしく正確なコントロールをする中級に片足突っ込んだくらいの魔術師が混じってたの」
騎士の言葉に炎月は無言でうなづく。 確かに、レベルに見合わないほどの魔法コントロールを見せて的確に最前線をサポートしていた少年がいた。 あのレベルにありがちな『不完全な無詠唱乱発』をせずに丁寧に詠唱していた姿を思い出し、本日何度目かの『まさか』という思いで騎士を見る。
「あいつもうちの新人といっしょに狩りに連れて行ったことあるんですが。 その時に言っていたんです」
詳細は決して語ろうとしなかったものの、『ノービスな誰か』に詠唱することの大事さを教えてもらったのだ、と。
「無詠唱は詠唱を完璧にこなして初めて身に付く。 上級の方々の間では常識でも初級から中級では、ましてやノービスにはあまり知られていない情報かと」
解析組にも謎とされている薬草群生地の回復。
魔術師の無詠唱スキル育成方法。
どちらもノービスの知識ではない。
そしてふと、思い出す。
いつも言葉が足りない闘う修道士が珍しくフレンドチャットで月天メンバー全員に謎な言葉を呟いていたのを。
「そういえば・・・風月が『みつけた、つかまえる』って言ってきたの・・・いつ、だった?」
「確か、群生地荒らし発覚の・・・一ヶ月くらい前?」
思わず水月と顔を見合わせる。
また『あの子』の好きそうな珍しいもふもふでもみつけたのか、と流してしまったけれど。
あの時、風月の居場所はどこになっていた?
「・・・第一の街、じゃなかったっけ?」
そう、最前線を笑いながら突っ走れるベテランがなんでそんなところに、と思ったから間違いない、と思い。
唐突に、つながった。
「みつけた、って・・・あの子?」
「かえってきてる、のか・・・それもつい最近・・・?」
水月と顔を見合わせ、同時に騎士を振り返る。 ひょい、と肩をすくめる騎士の青年。
「風月さんが第一の街に・・・その時期だと、あれですね。 始原の森の泉の現状情報が久しぶりに出た頃ですね」
偶然紛れ込んだ初級パーティーからの情報、とされていた、出所不明な情報でしたが、と騎士が言うのに炎月の中で何かが確信に変わる。
『あの子』は始原の森の泉が大好きでよく通っていた。 あの泉の入場条件を満たしているおそらく唯一のプレイヤーだった。
そして風月ほどの上級プレイヤーが第一の街で出回る情報に反応するとしたら。
「泉の情報にあの子を特定する情報が含まれて、いた・・・」
「泉の情報から一ヶ月で群生地荒らし、発覚したその一週間後に謎の回復。 無詠唱を『正しく』訓練している中級魔術師とノービス。 これは・・・」
「あの魔術師が『誰か』に教えてもらったのは第三の街外らしいです」
「・・・だんだん、進んでるな・・・」
水月のつぶやきにもう一度、顔を見合わせて。
炎月はおもむろに立ち上がった。 こうしては、いられない。
「行くわよ、スイ。 娘、迎えに行かなきゃ!」
「だね。 親として風月に先越されるわけにはいかない」
「・・・へっ?」
傍から見てもテンションマックスだろう、と自覚しながらの炎月の言葉に響くように返ってくる相棒の返答。 そのどこかに裏返った声を上げる騎士。
「悪い虫がつく前に捕獲しなくちゃっ!」
「え、あの、『娘』っ?」
「あぁ、知らなかったっけ? あの子は僕らの娘。 本人が否定しようが他の連中が抗議しようがそれは揺るがないからね」
「え、それって本人否定の時点で成立しないのではー!」
「システム上は成立してないけど、問題なし!」
「ぇぇぇ~・・・」
炎月も水月もシステム上での親子関係を目指しているのでは、ない。 純粋に『あの子』を放っておけず、その感情を表現するのにしっくりきたのが『娘』だったというだけだ。 だからこそ、風月に先を越されるわけにはいかない。
「足取り的にそろそろこの辺りに着くくらい?」
「第三から第四は初級から中級の壁があるからそれくらいだね。 第三からこっちに向かってあの子の好きだった狩場を巡ってみよう」
さくさくと方針を決めて動き出そうとし。
今回の最大功労者(炎月視点)に礼をしていないのを思い出す。
「教官、ありがとっ! 久しぶりにやる気が出てきたわ!」
騎士の青年がもたらした有力情報は言葉の足りない闘う修道士は持っていない。 であれば、スタートが一歩遅れたが、その程度はまだまだ取り戻せるはずだ。
「ぜぇったい先に見つけてお祝いよっ! がんばりましょ、旦那様っ!」
「当然! 娘の帰還祝いは親の権利だからね!」
娘ー、ママが迎えに行くから待っててねー!と小声で虚空に向かって叫ぶ、という器用なマネをしていると隣でパパも行くよー、とか水月が気合を入れている。
そして。
超ベテラン二人の異様なテンションに騎士が心底呆れたようにつぶやくのが耳に届く。
「・・・養子縁組云々よりお二人が成人近いお子さん持ちの熟年ご夫婦ってところのほうが驚きですよっ!」
「・・・失礼ねっ! 若妻捕まえて誰が熟年よ誰が!」
「ただの娘溺愛夫婦ってだけだよ!」
騎士鎧にスパーンっと小気味よく平手打ちして、多大なるダメージを与えて立ち上がる。
さて、どうやって不義理な娘を捕まえて甘やかそうか。
『あれ』以来、久々に訪れた高揚した気分に炎月はこれまた久しぶりに屈託のない笑みを浮かべて走り出した。 もちろん、後ろで平手打ちのダメージに魔法使いのくせにどんな腕力ですかー!と失礼なことを叫んでいる騎士にも後で十分にお礼しなくちゃね、と片隅で考えながら。
全力でネタばらし回その2。