エイショウ ノ ココロエ
れっつほにゃらら(笑)
まっすぐ前に伸ばした手の先に熱が集まる。 これくらい、と思ったところでその熱を前方に放つ。 少年の狙い通りなら手先から放たれた熱は一直線に伸びて前方10メートルくらいの距離にある若木の枝に当たってそれを落とすはずだった。 だが、伸びた射線は目に見えてその方向を歪め、狙いに届くことなく地面に吸い込まれた。
「・・・! ちくしょうっ! またかよっ!」
思わず、悪態が口を吐く。
なんでこんなにも思い通りに魔法が使えないのか。 もう一週間も地道な訓練をしているというのに。
そんな想いをぶつぶつと口の中で呟いて、もう一度、と手を伸ばす。
少年はそろそろ中堅どころに指先が引っかかるレベルの魔術士だ。 その証拠に中堅魔術士の証明などと言われているスキル『無詠唱』をつい最近、覚えた。 正直、うれしかった。
まだグリーン・フロンティアを始めたばかりの頃、たまたま狩場でモンスターの大群に囲まれた時に助けてくれた中堅魔術士が見せてくれた無詠唱での広範囲攻撃。 最初の攻撃魔法を覚えたばかりの少年にはものすごくかっこよく見えた。 魔術士を極めて行けばあんなことが出来るんだ、と憧れにも似た目標になった。 だからこそ、『無詠唱』のスキル取得のアナウンスにはとうとう来た、という思いだった。
無論、スキルを取得したからといって、すぐに自在に使いこなせるなんて甘いことはこの世界ではない。 使い込んで訓練して初めてそのスキルを操れるようになる。 少年もスキルを取得して以来、こうやってひっそりと訓練を続けてきた。 普段、組んでいるパーティーメンバーを驚かせたくて。 上級パーティーに入れてもらったと興奮気味だった仲間が話してくれた上級魔術士が使っていたという『ものすごい無詠唱攻撃』、自分も出来るんだぞ、と自慢したくて。
それなのに。
溜息ひとつ。 スキル取得から一週間経っても少年の『無詠唱』は使い物にならないのだ。
「なんでだよ・・・」
最初は一番基本の火の攻撃魔法をイメージして『無詠唱』を使ってみた。 結果は指先に一瞬火が点っただけ。 ライターより役に立たない火だった。 もしかしたらもっと大量にMPを使うような上のレベルの魔法じゃないとだめなのかも、と最近、狩りで使い込んでいる火属性単体攻撃魔法でもやってみた。 こちらは無残にも発動しかかったのに手の上で形になることなく、消えた。 がっかりしたが、簡単に成功したら上級スキルじゃないよな、と気を取り直し、手ごたえのあった魔法で訓練を続けた。 その甲斐あって、魔法は発動するようにはなった。 だが、それだけ。 どんなに練習しても威力もコントロールもまったく思い通りにならない。 単体攻撃用なのに明後日の方向へ飛んでいく、威力も初級魔法より劣る、では狩りで使うことなどできない。
「ちくしょうっ! なんでちゃんと発動しないんだよっ!」
腹立ち紛れに叫んで手に集まったエネルギーを放つ。 先ほどよりは若干強くなった炎がへろへろと辿る頼りない軌跡は目標を大きくはずれた草むら。 まただめだった、と膝をつきそうになりながらその着弾から目を逸らす。 その時。
「んきゃぁっ?」
着弾地点方向からそんなどこか抜けた女の子の叫び声。 びっくりして視線を戻すと一瞬燃え上がってすぐに鎮火した草むらから少女がひとり、飛び出してぺったんとこけた。 そのまま座り込んで、ぱたぱたと燻ぶる装備の裾をはたく。 一瞬、茫然。 すぐに状況を理解し、大慌てでこけたノービス装備の少女へ駆け寄る。
「ご、ごめん! 誰かいるとは思わなくてっ!」
座り込んでいる少女の傍に膝をついて、いっしょに燻ぶる装備をはたく。 幸い、少女の装備を少し焦がしただけで火は大事には至らなかった。
「うわ、ごめん、装備焦げてる・・・ごめんなさいっ!」
はずれた魔法がたまたま着弾地点にいた少女をかすめたのだろう。 直撃していたらこれくらいでは済まなかった、というものの、状況確認を怠った少年が悪い。 ここは人が少ないとはいえ、薬草採取場所のひとつがすぐそこなのだから。
だいじょうぶですー、とまたぱたぱた装備の裾をはたいている少女を改めて見直して、首を傾げる。 右肩あたりで茶色のもこもこでまとめた、光の加減で深い緑にも見える黒髪、同色の瞳。 造作はグリーン・フロンティアでは珍しいくらいに普通。 そして装備は・・・明らかに初期のノービス装備。
もう一度、首をひねる。 ここは・・・第三の街と言われる始めの街から二つばかり先の街からほど近い草原。 間違っても初心者が一人で来られる場所ではない。 そんなところになんでノービスが、と思ったところで。
「魔法の練習ですか?」
にこにこと少女が座り込んだまま尋ねてくる。 どうやら装備を煤けさせただけで本体にダメージはなかったようだ。 僥倖にほっとしながらもう一度謝って、少年はつらつらと話してしまう。
初期に見せられた『無詠唱』の凄さ、やっと『無詠唱』スキルを取得したこと。 ずっと無詠唱での魔法を練習していること、一週間かけてもろくに形にならないこと。
傍から聞けばただの、愚痴。 初対面の、しかもその失敗魔法の迷惑をかけた相手に語るようなことではない。 だが、なんだかこの少女には語ってしまいたくなる雰囲気があったのだ。
ノービス姿の少女に何かを期待したわけではない。 ただ、仲間たちには言えない弱音を誰かに聞いてもらいたかっただけなのだろう、と思う。 だが、少女は困ったように笑って頭をこてん、と傾げた。
「んー・・・『無詠唱』は難しいですからねぇ・・・」
「え・・・?」
「中堅どころの証明、とか言われてますけど、実際に使いこなせるのは上級のさらに上ですしー」
思わず、二度見。
上級のさらに、上?
「ほぇ? ご存知ないですか?」
不思議そうに見てくる少女に二度、三度と口を開いて閉じて。 少年の口をついて出たのはあの時の中堅魔術士の攻撃。
「だって! 中堅どころの魔術士さんが使ってた! すごかったんだよ! 一角ウサギの群れ、一撃一掃で!」
そう、凄かったのだ。 当時の少年と仲間ではまだまだ苦戦する相手だったモンスターの群れをその無詠唱の一撃で殲滅してのけたあの魔法は。 あの時の魔術士はまだ自分は中堅だと言った。 だけど、もう無詠唱を使いこなしていたのに。 それなのに少女は言うのだ。
「んー・・・その場にいなかったので断言はできませんがー。 その方、お仲間に叱られてませんでした?」
少女の言葉にそんなことは・・・と言いかけて思い出す。 あの時、魔術士の仲間の神官が杖で小突いてなかったか、と。
「あはは。 やっぱりー。 咄嗟にやっちゃったんですねー」
ウサギ一掃って、関係ない周囲まで大ダメージですよー、と少女が笑う。 言われてみれば、ウサギが一掃された後は草むらが広範囲に消滅してたような。
混乱に襲われた少年に少女が淡々と続ける。
『無詠唱』スキルは取得初期でも発動はするが、術者が思ったような効果は出ないこと。 使い物になるレベルまでは相当の訓練と時間が必要なこと。 間違った訓練方法では身に付かないというのが上級魔術士以上で『無詠唱』を使えるレベルにまで鍛えた人たちの一致した意見であること。 そんな実情からスキルを取得するのが早い時期なのはそれを使いこなせるようになるのに時間がかかるから、と言われていること。
「ですからねー、その方もすごいいっぱい訓練して・・・まだまだ制御しきれなくてやりすぎちゃったんだと思うですよー」
ウサギの群れって散開範囲が広いですからねー、と笑う少女に力が抜ける。 では何か、あの中堅魔術士でさえ、使えはしても使いこなしてはいなかった、ということか?
少年としては信じ難いが、少女が言うことが本当なら。
「本当に使いこなしてらっしゃる魔術士さんでしたら、複数のウサギ、ピンポイントでつぶしますよ?」
ウインクのつもりか、両目を瞑って少女が笑う。
言葉の内容はそれはそれで戦慄を伴うもので。
・・・複数をピンポイントって。 そんなこと、出来るのか?
「できますよ。 『無詠唱』って単体攻撃魔法を複数同時発動させますもの」
元々、そのためのスキルって説もあるくらいですしね、となんでもないように言う少女を瞬きしつつもガン見する。 そんな話は聞いたことが、ない。
「魔法って初期の単体攻撃魔法でも詠唱がありますよね? だから複数同時には発動しないものですけれど。 『無詠唱』でしたら使いこなせれば単体攻撃魔法の複数同時発動で範囲魔法みたいに使えるそうですよ」
少女の言葉に少年は呻く。 いや、確かに理論上はそうだろう。 一発発動させるのに必要な詠唱がなければ複数同時発動は可能なんだろう、と思う。 けれど、それにはどれほどのコントロール能力がいるというのか。 同時に複数をターゲッティングしろ、と言っているのと同義なのだから。
「それって・・・何をどう訓練すれば・・・?」
思わずしゃがみこんだまま頭を抱える。 一応、今までだって目標や威力を定めて発動させようとしてはきたけれど、少女の言うようなコントロールは少年にはとても遥かな高みに思える。
「んー・・・失礼ですが、どの系統の魔法がお得意ですか?」
単体対象のでしたら、と聞いてくる少女に素直に風系統が得意、と応える。 どうせまだ初級の上なのだ。 得意魔法などどんどん変わっていく。 手の内をさらしていることにすらならない。
すると少女がちょっと詠唱して使ってみせてくれないか、と両手を合わせて頼んでくる。 目標は、先ほどまで狙っていた木の枝。 断る理由もないし、自分も初期にはいろいろ見せてもらったよな、と思い出しながら、そんなことで間違って攻撃してしまったことの詫びになるなら、と一週間ぶりに詠唱を開始する。
「風の精霊よ、我が手に集いて的を切り裂け。 ウインドカッター!」
発動した風の魔法は狙い通りに少し先にある木の細い枝を切り落とす。 『無詠唱』では出来なかったことだ。
少女が凄い凄い、とぱちぱち両手を叩いているのもなんだか気分がいい。 が。
「では、隣の枝の・・・一番先についてる葉っぱだけ、落とせますか?」
少女から新たな要望。 だが・・・
「ぇ・・・先の葉っぱ、だけ?」
瞬きして少女の示す枝、その先にある葉っぱを視認する。 先に落とした枝よりも細い枝先、その先端にひらひらとゆれる葉っぱの軸はさらに細い。 ここから見ると糸よりも細いように見える。 しかも、同じ枝についている葉っぱたちもゆらゆらと揺れて狙うべき軸を見え隠れさせる。 これは・・・
「む・・・無理っ! そんな繊細なコントロールは・・・!」
思わず叫んで否定。 そして気づく。 まさか。
「・・・それが出来れば・・・『無詠唱』のコントロールが?」
「そですね。 やりやすくはなると思うですよ」
さらっと答える少女に今度こそ途方に暮れて少年は座り込む。 そんな針の穴を通すような制御をどうやって鍛えろと、と。
あまりの無理難題に呆然とする少年に困ったように少女が首を傾げる。 そして、指先を口元に当ててしばらく考えた末。
「んー・・・先ほどの詠唱の時、ターゲッティングはどれくらいの精度をイメージしておられました?」
そう言われて少年は枝を狙った時、自分が何を意識していたのか思い起こす。 確かあの時は。
「目に見える範囲で枝をあの辺り、って感じ?」
「では、そのイメージをもうちょっと具体的にピンポイント狙ってみていただけますか?」
そうですね、例えばここから見える一番手前の木の一番下の枝の先っぽの枝、みたいに、と言われてそこまで細かく狙えるか、と思いつつもやってみる。 詠唱はそのまま。 発動した風魔法は新しいターゲットからほんの少しずれたところ、先から枝三本分くらいのところを落とした。
「残念、もうちょっとでしたねー」
のほほん、と拍手している少女とは裏腹に少年はけっこう驚いていた。 ほんの少しイメージを変えただけなのに、思ったよりも正確に狙えた。
「じゃ、今度は詠唱を少し変えてみません?」
「へっ?」
詠唱を変える・・・って?
「この世界の呪文って定型ないですよ?」
なんでもないように言う少女の言葉に少年はぴしっと固まる。
定型、ない・・・?
え・・・?
「え・・・え・・・? なに、それ・・・? 定型、ないって・・えぇぇ~!」
混乱。 叫んでしまってからなんで自分は叫んでいるんだろう、と考えてしまうくらいの大混乱に襲われて少年はパニック寸前(自己判断)である。 またもや座り込んでしまったところに少女が隣にしゃがみこんでのぞいてくる。
「おや、ご存知ありませんでした? 詠唱呪文は好きに作っていいらしいですよ?」
古語とか詩的なのでも黒歴史なちゅーに病的呪文でも、イメージしやすいように作るといいらしいですよー、とほわほわ言われるのにさらに混乱。
いや確かに前に聞いた上級魔術士の風の呪文ってかっこよかったけど!
あれってウインドカッターの上級呪文だと思ってたんだけど!
そう言ってうろ覚えの呪文を棒読みしたら少女がきゃらきゃらと楽しそうに笑った。
「ぇー、最後に『ウィンドカッター』ってついてるじゃないですかー。 ただのウィンドカッターですよ、それ」
いや、そうだけど。 そうだけど!
威力も狙いも段違いだったんだってば!
立派なパニックに口調が駄々っ子になっているが、この際気にしない。 今だってあの『ウインドカッター』は自分と同じ魔法とは思えないのだから。
けれど少女は言う。
「同じ魔法でも使う人の能力や工夫で威力とかまるっと変わっちゃいますよー」
だからなにそれ! 知らないってば!
ニンゲン、常識崩されると情けないなー、と遠い感覚。 そもそも常識ってなんだっけ?
理論的な判断や解析を放棄して少女を見上げると、くすくす笑って少女がしゃがみこんだまま、解説してくれる。
魔法の威力は使用者がどれほどその魔法をコントロールできているかで変わってしまうこと。 初級魔法は威力が低いのではなく、発動方法が簡単で使い勝手がよい、という意味なこと。 上級者が使う魔法も精緻なコントロールのおかげで威力が段違いなだけで初級魔術士が使えるのと同じ魔法であることが多いこと。
「だからさっき言ったみたいに、初級の単体攻撃魔法を無詠唱で複数同時発動させて範囲魔法みたいに使うほうが効率的なことって多いらしいですよ? 私が知ってる超上級な魔術士さんは基本初級魔法しか使わないなー、とか言ってらっしゃいましたし」
だから、無詠唱訓練するより初級魔法訓練したほうがいいですよー、と少女が笑う。 結局はそれが極める早道だ、と。
「え・・・でも・・・だって・・・」
もうなんなの、オレってば、とツッコミ満載な言葉しか出てこない。 少年にとっては青天の霹靂と言っていい情報である。 もう呆然としている少年に少女が何を思ったのか、こてん、と首を傾げる。
「えーと、ですね?」
詠唱呪文、自由なのは魔法発動をより具体的にするため、だそうですよ、と少女が言う。 だからより狙いをピンポイントに、威力を具体的にイメージしやすいように変えていいのだ、と。
「そやって発動の感覚を詠唱で磨いていくと、いつか声に出さなくても魔法を正確に発動できるようになる、だそうです」
それが無詠唱の本質だとかー、と笑う少女に少年は瞬きする。 ノービス装備でへろへろの火の呪文に煤けてきゃわきゃわしていた少女からもたらされた情報量は上級魔術士を目指す少年には膨大過ぎて・・・それでも、何かが見えたような。
「呪文は自分のイメージを形にしやすいようにする・・・呪文詠唱で発動する魔法の感覚に慣れる・・・」
それって、と少年はぼんやりと少女を見上げる。 もしかしなくても究極の魔法訓練方法を教えてもらったんじゃなかろうか。
だが、問題はまだ残っている。 呪文の文言は自由に作ってもいい、と少女は言ったが。 少年はそういうの(作文)が苦手だったのだ。
「あー・・・マネっこでもいいそうですがー・・・」
少年の自己申告に少女が困ったように指先で唇を押さえるようにして逡巡。 そして、これはナイショですよー、と笑ってすぃ、と立ち上がる。 何をするんだろう、とぼんやり見上げる先でノービス姿(ちょっと煤けてる)の少女が口元に当てていた指先を伸ばして。
「我が友、青き民、我が指先に集いて我指し示す葉一枚を風に乗せ給う。 ウォータースライサー」
突然の魔法詠唱。 簡潔ではあるが、少年の風魔法呪文よりも具体的な指示に、え、と思う間もなく伸ばされた少女の指先に目に見えて集まった青い煌きが瞬時にほどけて目標へ飛ぶ。 その一直線の軌道は進路を妨害した他の葉や枝すらするりと迂回して正確に少女が示した葉を一枚だけ枝から切り離し、そよ風に乗せて落とす。 あまりにも見事な水の初級魔法だった。
「ぇ・・・魔術士・・・だったの、か?」
「違いますー。 今のでMP尽きましたしー」
もう何度目だろう、の混乱しきった少年の言葉に少女がほわんと応える。 知り合いの超上級魔術士さんにこれだけでいいから覚えろってスパルタされましたー、と。
「ひとつくらい魔法が使えたら高い枝先の実の採取とかも楽になるからって。 初級だから誰でも使えるよ、って言われて。 実際こればっかり使ってたら意外とピンポイントターゲットとかできるものでしたー」
だから、と少女が笑う。 魔術士の訓練してなくってもひとつ覚えでここまでできるんだから。 その道の専門家になろうとしてる方ならコツとかさえ掴めばもっとすごいことできると思います、と。
「難しい言葉は入れてませんでしたでしょ? 狙いを葉っぱ一枚って指定、粉砕するんじゃなくって風に乗せるように落とす、っていう威力調整、それだけです。 最初はマネっこで、そこにイメージしやすいようにちょっとづつ簡単な言葉を盛り込んでいけば、きっとすぐ出来ますよ」
そして詠唱での発動感覚がすっかり掴めたら、無詠唱なんてすぐです、と少女が笑う。 そう言われるとそんな気がしてくるのが不思議だが、少年には確かに先へ続く何かが見えた、のだ。
「う・・ん・・・オレ、背伸びし過ぎてたのか。 そだよ、な。 スキル取得はそれを使う資格が出来ただけで、使えるようになったわけじゃない、ってガイドにあったっけ」
上級のスキルを取得した、は決してイコールそこまでのスキルを極めた、ではない、という至極当たり前のことをすっかり忘れていた。 あやうく、すべてを半端にしたままに先へ進んでしまうところだったのだ、と少年は身震いする。 憧れのスキル取得に舞い上がって周囲への確認を怠るほどに他が見えなくなっていたのだ、と。
「もっかい初心にかえってみるよ。 呪文詠唱ももっと練習する。 まずは街帰って復習から、かな」
せっかくネット上に情報が溢れているのだ。 この世界の親切な先人たちが用意してくれている情報をもう一度見直して、自分に合った詠唱完全取得を目指すのが最初の課題、と少年は気合いを入れて立ち上がる。
「ほんと、ごめん。 まだちょっと手持ちなくって焦がしちゃった装備のクリーニング代も出せないけど・・・もっと魔法を使いこなせるようになったら護衛でもなんでも手伝うよ」
だから声かけて、と名乗ると少女がふわっと笑った。
「がんばってくださいねー。 私、レヴォネっていいますー」
そして少年はこの一週間こもり続けた草原を後にして街へと戻る。 いつか、『無詠唱』を本当に使いこなせるようになったらあの少女に最初に見せたいな、と思いながら。
少年がそのレベルに見合わない正確な魔法コントロールで魔術士のお手本にされるようになるのは、そう遠くない先の、こと。
☆ ☆ ☆
「・・・ちょぉっとサービスしすぎちゃいましたか?」
見送った少年の姿が見えなくなってから。 ノービス姿な少女はくすくすっと笑って肩の茶色の塊を軽く撫でる。 もこもこの塊がほわんとほどけて黒いつぶらな瞳が覗いた。 その瞳はどこか呆れているようで。
「え? ウソじゃないですよー? スパルタされたのは前ですけどねー」
MP切れもほんとですもーん、ときゅぃっと鳴いた肩のもこもこに笑いかけながら、煤けていた装備を手ではたく。 その手は何かの魔法が発動しているようにうっすらと青い光をまとっていて。 はたくだけで落ちるはずのない明らかな焦げ目がその光に触れてあっさりと消え、どこにも攻撃を受けた痕跡は見えなくなる。
「あ、ヤマネちゃん、さっきはありがとでしたー。 さすがに直撃は痛かったかなー」
びっくりしましたよね、とのんびり笑う少女に肩のもこもこがきゅぃきゅぃとどこか抗議するような声を上げる。 それにもくすくす笑って少女は街とは正反対の方向にゆっくり歩き始める。
「はいはーい。 もう自分から当たりにいったりしませーん」
あ、こけたのは本気ですから、と一人漫才をする少女。 きゅぅ、っというお説教じみた鳴き声と少女のふわふわした笑い声は草原の先、森へと消えていったのだった。
実は『高性能』なノービス娘。