情報交換の勧め
ある面、裏話。
始めの街を訪れたのは本当に偶然だった。
風月にしてみれば『あの理不尽』以来、無意識に避けていた街だったから、なんでそんな気まぐれを起こしたのかは自分でもわからない。 けれど、きっとそれは『呼ばれた』のだろう、としか思えないタイミングだった。
「・・・・・から、恵みの泉って・・・・」
この街も相変わらずだな、とぼんやり歩いていた風月の耳にそんな会話が聞こえてきたのは、そろそろ街を出ようか、と思い始めたタイミングだった。
思わず足を止め、会話が流れてきた方向を見やる。 そこには装備から見て駆け出しと見える4人パーティー。 冒険者ギルド併設の休憩所でテーブルを囲み、ひそひそと話しこんでいる。 初級魔術師の衣装をまとった少女の手がやはり駆け出し剣士風の少年を張り飛ばしているのを見ると、剣士の少年がつい声をあげてしまったのをたしなめているのだろう。 素早く周りを見渡すが幸い、彼らの声が届く範囲にいたのは彼、風月だけのようだ。
迷ったのは、ほんの一瞬。
「ちょっといいだろうか?」
風月は迷いを振り切って少年たちに近寄り、声をかける。 初対面の誰かに声をかけるのも久しぶりだと思いつつ。
「はい・・・ぇぇえっ!?」
どつき漫才をしている魔術師と剣士をあきれたように眺めていた拳闘士装備と神官装備の少年少女が彼の声に振り向き・・・拳闘士の少年ががたたたっと椅子を蹴り倒して立ち上がった。 目をまんまるに見開いて頬を紅潮させ、口をぱくぱくする少年に、風月は苦笑する。 久しぶりに見る反応だ、と思うほどに自分は街を避けていたのか、と思う。
「落ち着いてくれ。 聞くつもりはなかったが聞こえてきた言葉が気になっただけなんだ」
それに不思議そうに拳闘士を見ていた剣士と魔術師が慌てて椅子を勧めてくれる。 風月の装備は見た目修道士だから少なくとも自分たちよりは上位職、とわかったのだろう。 グリーン・フロンティアの装備はスキルやステータスの条件を満たさないと身につけられないものが多いのだ。 修道士装備もそのひとつである。
「えぇっと・・・どなたさま、でしょう?」
「こいつがわたわたしてるってことは・・・拳闘士系の有名人?」
「・・・あんたは黙ってなさい」
まだどつき漫才は続いていたんだな、と妙な感心をして風月は名乗る。
「風月、という。 この世界ではまぁ、長いほうだ」
その言葉にテンションマックスまで上り詰めたかのような拳闘士。 一瞬呆けて、あんぐりと口を開ける魔術師。 よくわかっていないらしい剣士と神官。 だがそれも、魔術師が確認するかのように言葉を(一応声をひそめて)発するまでだった。
「ふ・・・うげつ・・・まさか・・・月天の・・・?」
いろいろ懐かしいな、とつい遠い目をする。
「そんな呼ばれ方もしてたな」
月天。 3桁に満たないグリーン・フロンティアのクローズドベータテスターの中でも特に秀でたやり込みを見せたいわゆる『廃人』レベル数人に対する通称である。 なぜか全員、キャラクター名に『月』の文字が入っていたことからそう呼ばれた、というのは有名だ。 風月はその通称『月天』の一人で、『闘う修道士』なぞとも呼ばれている廃ベテランだ。
最近は知ってる新人も減ったと思っていたんだが、と知らなかったらしい剣士、神官に小声でまくしたてる、という器用な説明をかましている魔術師と拳闘士を見やる。
「えとえと・・・そんなすごいベテランさんがなんの御用でしょう?」
ハイテンションで叫びだしそうな剣士を拳闘士と二人がかりで抑え込んだ魔術師が極力抑えた声で問いかける。 おや、と瞬いてなかなか剛毅な少女だな、と二度見。 語尾が若干震えているのはご愛敬か。 そんなにすごいものでもないんだがなぁ、というのは心の中でだけ呟く。
「用、というか・・・『恵みの泉』と聞こえたので声をかけた」
その一言に面白いように4人が固まった。 そろそろと無言で交わされる視線。 風月は何度めかの苦笑を浮かべる。
「警戒するな、と言っても無理だろうが、『恵みの泉』の存在は公開されているし、実際採取ポイントとしては有名どころも何か所かある。 ただの情報収集と思ってくれていい」
再び交わされる視線。 魔術師の少女が再び口を開く。 警戒心をまったく隠せていない。
「私たちは風月さんに比べたら駆け出しもいいところです。 森すら4人で攻略できないレベルなのに、伝説の月天の方が知らないような情報は持ってないと思いますが」
「いつから伝説に・・・というか、攻略情報はいらないよ」
「それなら・・・なにを?」
探るような視線に風月は薄く目を伏せる。
「君たちくらいのレベルで辿り着く可能性があるとしたらすぐそこの森、始原の森の泉だろう? あの森の『恵みの泉』は存在こそ確認されているが、入場条件がまだ判明していないんだ」
この世界に散在する森に必ず存在する『恵みの泉』。 攻略解析を至上命題とするプレイヤーたちがそのいくつかは入場条件を特定しているが、それもまだ半分にも満たない。 そして、初めの街にほど近い森の『恵みの泉』はまだ入場条件がまるでわかっていないのだ。
風月はそのまま続けて説明する。 『恵みの泉』で採取できるアイテムは薬草やちょっとした鉱物が主であるが、採取後の再発生までの時間が短いこと、その近辺の通常マップで採取できるアイテムのうち、レアアイテムの確率が高くなっていること。 通常採取ポイントと違ってモンスターが配置されていないので、戦闘力を持たないキャラクターでも安全に採取ができること。 そのためか、通常の採取ポイントのようにマナーやルールが徹底されておらず、荒らされてしまうことがあること。 採取アイテムはその発生率に固有の値が設定され、あまりに短い間隔で乱獲されるといろいろと不具合が起こる。 それを『荒らす』と称しているのだ、ということ。
「荒らされる傾向は入場条件がわかっていない恵みの泉のほうが高い。 偶然入れて次がない、と思うからだと言われているが・・・とはいえ、泉はたいてい荒らされやすい。 で、荒らされてしまうと再発生までの時間が長くなったり、ひどい時には採取可能アイテムが劣化方向に変化してしまうこともある。 だからわかっている限りの泉だけでも、と古株連中が見回るようにしてるんだが、あの森の泉は行けるやつがほとんどいなくて、ね」
風月の話に4人がまたもや無言で視線を交わす。 そして、魔術師が口を開いた。
「こんな初期狩場なのに、ですか?」
まぁ、そう思うよな、と風月は苦笑した。
「初期だから、だろうな。 恵みの泉が最初に発見されたのは攻略組と呼ばれる連中がずいぶんと先の森で偶然、だったから」
最初に発見された恵みの泉は現在の古株たちがいわゆる中堅どころに達した頃に当時の最前線のマップにある森で、だった。 だからその存在は『その森だけ』と考えられ、プレイヤーが大挙して押し寄せた結果、荒らされた状態が続いてしまい、採取できるアイテムがどんどん劣化していった。 その後、さらにその先の森でも相次いで発見されるに至ってようやく『森マップにはどこでも存在している可能性』が論議され、今度は『恵みの泉』入場条件の分析が大流行。だが時はすでに遅く、最初に発見された『恵みの泉』では最低レベルの薬草しか採取できなくなっていた、という黒歴史があった。
その後もあちらこちらの森マップで『恵みの泉』発見報告が相次いだが、なぜか初めの街近くの森だけは発見報告がない、という状況が続いた。 周辺の難易度が上がるのに合わせて『恵みの泉』アイテムが高級化していくので、初期狩場ではたいしたものは採取できない、と後回しにされたのだろう、と分析されていた。
「結局、現在発見されている泉の中で最後に発見されたのがそこの森、だ。 そして未だ条件は不明。 入れるプレイヤーもなぜかベテラン組にはほぼ皆無、という状況なんだ」
そう告げて風月は溜息をつく。 自分もたった一度、入ったことがあるだけで、それ以降は入ることができていないのだ、と。
「だからもし、始原の森にある恵みの泉に入ることができたのなら今、どういう状態だったのか聞かせてもらえないだろうか?」
風月の言葉に魔術師の少女がまっすぐにこちらを見つめる。 真意を探ろう、というのがありありとわかる視線だが、風月とてベテランと言われるプレイヤー、その程度の視線に臆することはない。 それに今語ったのはすべて本当のことだ。
「・・・私たちが紛れ込んだのはおっしゃる通り、そこの森の泉です」
魔術師が探るような色を隠さず、ゆっくりと言葉を選ぶ。 それに風月は小さく頷いて先を促す。
「通常の状態、がどういうものかはわかりませんが・・・少なくとも静かで緑とお日様に溢れたほっとするような状態でした」
小さく頷いて、風月は問いかける。
「泉の状態は? 水を飲んでみたか?」
「あ、それはおいしかったっす!」
ぼろぼろの状態だったからかもー、などと言いながら剣士が言うのに魔術師が肩をすくめ、拳闘士と神官が同意を示す。
「ありがとう。 それなら大丈夫そうだ」
荒れると最初にだめになるのは泉の水だから、と小さく笑う。 泉の水がおいしく飲めるのなら荒らされてはいないのだろう。 そう呟いて、中級ポーションを4本出してテーブルに置く。 情報料のつもり、だったが神官が驚いたように声を上げた。
「中級ポーション? いや、だってそんなたいしたこと言ってませんよ?」
思わず、の声に苦笑ひとつ。 風月にとってはそれだけの価値のある情報なのだ。
「さっき言った通り、あの泉だけは情報があまりにない。 無事なのが確認できただけで十分、そのポーションくらいの価値はあるんだ。 ありがとうな」
そう応えて席を立とうと腰を浮かしかけた時。
「・・・気前いい人多いのかな・・・あの泉でも・・・」
「ばかっ!」
剣士がぽそっと呟いたのに魔術師が裏拳を入れる。 風月の動きも止まった。
「・・・泉に誰か・・・いた、のか?」
思わず、の問いに剣士が口を手で押さえ、魔術師が視線をそらす。 しばしの沈黙。 だが、微動だにせず見つめる風月に根負けしたのか、魔術師が渋々といった体で口を開く。
「・・・私たちが泉に入れたのは先にいた人が呼んでくれたから、です。 でも・・・その人にご迷惑になるのはいやですから」
さっきのお話だと、入れる人って貴重なんですよね、と言われ。 だからその人の情報は出さない、と言葉の裏ににじませる魔術師に、風月はさらに数瞬してから息をつき、浮かした体を椅子に戻す。
「・・・入れるプレイヤーが・・・存在した、か」
ベテラン組には皆無、と言ったが、実は始めの街近くの森・・・始原の森にある泉に自分の意志で入れるプレイヤーはいない、と言われている。 実際には一人だけ、それができるプレイヤーを風月は知っていたのだが、それも過去のこと、だ。 だからこそ、あの泉に『誰かがいた』というのは風月にとって最重要の情報だった。
「・・・その人から『恵みの泉』のこと含めて何か聞いた、か?」
プレイヤー情報はいらない、と前置いてから尋ねる。 彼らが心配しているのはおそらく、個人情報の流出。 ただでさえ情報のない場所に誰かがいた、というのであればその人からも情報を聞きたい、と思うのはよくあること。 自分の欲等を優先する輩であれば、そのプレイヤーを追いかけまわすことにもなりかねない。 実際、そんなストーカーまがいのトラブル報告はある。 口を滑らせたとはいえ、剣士の少年もそのことには気づいているようだ。
「・・・その泉で採取できるアイテムのことと、森のモンスター特性、帰還符が大事、という話だけです」
風月の真意を探るように見てくる魔術師はそれ以上は話さないぞという意志をにじませてこちらをにらんでいる。 きっと真面目で良識のあるプレイヤーなんだな、と風月は笑った。
「よい先輩に出会ったようでなによりだったな」
「え・・・」
「先輩・・・? のーびす・・・ごふっ」
虚を突かれたようにきつい表情を崩す魔術師、またもや口を滑らす剣士。魔術師の肘がすかさず剣士のわき腹にヒットする。 が、剣士の少年が言いかけた言葉に風月は一瞬、瞬きし。
「・・・そう、か・・・」
落とした視線、かすれた声。 我ながらなんだこれは、と思わないでもないが、口元が押さえようもない笑みに緩んでいる。
「ありがとう。 ここしばらくで何よりうれしい情報だ」
緩んだ口元を引き締めることもせず、風月は立ち上がる。 今度こそ、目的をもって動き出すために。
「礼、といってはなんだが、もし今後森に挑戦する気が起きたら声をかけてくれ。 接続している時ならいつでも最優先でヘルプする」
そこの森だけでなく、これから先の上級狩場でもいいぞ、と続け、暇を告げようとすると魔術師の少女が風月を引きとめた。
「待って、ください。 泉にいた人・・・お知り合いなんですか・・って、すみません、立ち入ったことを」
でもあの風月さんにそんな破格の申し出していただけるなんて気になって、という言葉に立ち止り、逡巡。 魔術師が言ってしまってからあわてて頭を下げるのに、これだけ表情が緩んでいれば気にもなるか、と体を反転させながら薄く笑む。
「・・・久しく接続してなかった知り合い、だと思う。 あの泉に入り浸ってるノービス装備で、連絡も寄越さない薄情者、といったらまさにあいつだろうな」
ふらついていたら会えるかな、とひらりと片手を上げて風月はその場を離れる。 もう、声は追ってこなかった。
始原の森の恵みの泉。
そこにいたノービス姿の誰かは相変わらず親切で、駆け出しパーティーにさえ『守らなければ』と思わせてしまう存在らしい。
過去、風月たちが魅了されたように。
月天、と称される廃プレイヤーたち。 ひとまとめにして呼ばれることの多い彼らは実はソロプレイが基本、後から実装されたギルドも作らず、固定パーティーも組まない。 それでもこの世界でプレイヤー由来の問題が起こると見事なまでの連携を見せる。 そんな彼らが溺愛レベルでその隣に立つことを争っていたプレイヤーが存在していたことを覚えているのは今では最前線、ベテラン組くらいのものだろう。 そのプレイヤーがグリーン・フロンティア最初で最後の不祥事、と言われている事件に巻き込まれて消えてしまったのも。
キャラクターデリート、という最悪の結果を迎えたアカウント・ハッキング事件の被害者はどうやら、こっそりとこの世界に戻ってきているらしい。 かの人のキャラクター・ネームはすでに別の新規プレイヤーに登録されてしまっているから、名前もわからない。 けれども、その行動はあまりにも『いつもの日常』で。
「始原の森の泉に通りすがりを呼び込むって・・・相変わらず抜けてるよなー」
ノービス姿でそれやったら、入場条件満たしてるお前がいるってわかるだろうが、と言葉だけはしかめつらしく呟いても口元が緩むのを押さえられない。 恵みの泉に入場条件を満たさないプレイヤーを呼び込めるのは条件を満たしているプレイヤーだけ、だから。 あの4人を呼び込んだ以上、そのプレイヤーは解明されていない入場条件を満たしているのだ。
誰かが偶然、条件クリアした、という可能性もないわけではない。 だが風月はそのプレイヤーが『あいつ』であることをまったく疑っていなかった。 偶然でクリアできるほど、始原の森の泉はかわいい存在ではないのだ。
「みつけた以上・・・捕まえるから、な?」
久々にテンションが上がっていくのを心地よく感じながら風月は始原の森へと踏み入った。
伏線貼るのは苦手なので、全力でネタばらし回(笑)