ボウケン ノ ココロエ
正しい第1話はこっちです。
少年は焦っていた。
大規模VRMMOグリーン・フロンティアを始めて一週間、夏休みであるのをいいことに長時間接続を繰り返して3日でノービス(初心者プレイヤー)から剣士のジョブを取得し、退屈な初期狩場である街周辺野原の狩りを繰り返してレベルを上げ、ようやく次の狩場である森へと同時期に始めた仲間3人とパーティーを組んで繰り出した。 ネット情報では『初期なら中級アタッカー1人を含むパーティー必須』などと書かれていたが、彼は他の仲間に付き合って十分過ぎるほどにレベルを上げている、自分はもう中級アタッカー相当と思っていた。 だから、街を出る門で高位支援魔法をかけてくれた通りすがりのベテランプレイヤーの無謀をするな、という忠告も受け流し、順当な上位狩場である林を飛び越え、2ランク上の森に挑んだ。 自分がいるから楽勝でおいしくみんなを引っ張れる、と楽観して。
だが、それがただの自惚れだったことは狩り開始後10分でもろくも露見した。
森に出現する額に角の生えたウサギのような敵は単体で見れば確かに野原の敵よりほんの少しHPと防御が高い程度。 だがそれが複数同時出現となると難易度は格段に跳ね上がる。 2匹程度なら問題ない。 3匹も仲間の魔術師の援護もあって危なげなく。 だが、4匹、5匹となると難しくなる。 剣士、拳闘士、魔術師の攻撃中心ジョブのアタッカー人数を敵数が超えている分、手が間に合わず、回復役の後方支援に攻撃が届いてしまうのだ。 それでも最初のうちはがんばった。 回復や支援をもらいながらダメージを受けながらもなんとか敵を倒し、得られる経験値の多さにみんなで大喜びし、休憩して支援役のMPが回復したらもうちょっと、と欲を出した。
結果、回復も終わらないうちに今度は10匹以上の敵に囲まれてしまったのだ。
「ご・・・めん・・・っ! MP尽きた・・・っ!」
その一言で魔術師がへたり込む。 魔術師のトレードマークともいえる黒いローブはウサギの角に引き裂かれぼろぼろだ。 支援役は回復魔法の使いすぎでとうに地面に突っ伏している。
少年とてがんばっては、いた。 覚えたての攻撃スキルをつぎ込んで2匹を倒したが、それでMPは尽き、もう通常攻撃しかできない。 それならば手数で、と攻撃を繰り出すがスキルなしでは微々たるダメージしか稼げない。 先ほどまでは強力なスキルで敵を倒し、減ったMPを回復してから次の索敵、だったのだ。 スキルが使えなくなる状況がこんなに厳しいなど、想像もしていなかった。 だが、弱音は吐いていられない。 幸い、巨木を背にして戦っていたので、後ろからの不意打ちはなんとか避けられる。 なんとしても切り抜けなければならない。 このゲーム、デスペナルティが厳しいのでも有名だ。 死に戻りはだけは避けたい。 だが。
「う・・・ぁっ!」
反対側で善戦していた拳闘士がウサギの一撃を受けて膝をつく。 蓄積ダメージで戦闘行動不可まで行ってしまったのだろう。 攻撃した一角ウサギもどきは飛び離れていて連続攻撃はこない。 それでもほぼ無傷で残っている敵は8匹以上。 少年も後2撃も受ければ戦闘不能だろう。
万策尽きる。
そう思って、玉砕覚悟で群れに突っ込もうとした時。
きらきらと光る何かが頭上を越えてウサギの群れの後ろに落ち、ぽぉんと跳ねて茂みへと転がっていく。 少年をターゲットしていたウサギたちが一斉にそれを追って茂みへと飛び込んでいく。
そして。
「こっち!」
背にしていた巨木の根元にぽっかりと光る洞が開き、そこから一人の少女が倒れた支援役を引っ張りながら呼んでいた。
知らない少女、なかったはずの洞。 迷っている間はない。
なんとか立ち上がった拳闘士と一瞬視線を交わし、まだ立てない魔術師を両側から支えて少年はその洞へと飛び込んだ。
「はい、どうぞー」
きらきらと輝く小さな泉のほとりでのんびりとした少女の声とともに差し出されるポーションを一瞬ためらってから受け取り、少年は困惑した視線を周囲に向ける。
ここは、どこだ?
少女が一人一本づつ譲ってくれたポーションで少しだけ回復した仲間たちと視線だけで会話するが、わからない。
鬱蒼とした巨木に囲まれてぽっかりと開けた木漏れ日の射す泉。 周りの巨木のどれかの洞をくぐったはずなのに、どこにもそんな穴はない。 それどころか敵モンスターの気配も。
こんな場所、森にあるなんて情報はなかったはずだ。 そう思いながら目の前にいっしょになって座り込んでにこにこしている少女に視線を戻す。
木漏れ日の加減か緑がかったように見える黒髪、同色の瞳。 キャラクターの姿を際限なくカスタマイズできるこのゲームにあって平凡ですらある、特徴があまりない顔立ち。 座り込んでいるので断言できないが、体つきもいたって平凡。 ゲーム開始時にもらえる初期装備を身に着けたノービスにしか見えない少女の肩には小さな薄茶の毛玉。 そのあたりでまとめた髪の飾りのようだがそれだけがカスタマイズした装備品のようだ。
困惑しきった視線の先でこてん、と少女が首を傾げた。
「えーと・・・ここ、モンスターさん入ってこれないですから安心してくださいねー?」
・・・なぜに疑問系。
伝えられた衝撃的な内容よりもあまりにも場にそぐいすぎた少女ののんびりした話し方に内心突っ込んでしまう。 そうでもしないと混乱して何を口走るかわからないほど少年はテンパっていた。
「あの・・・助けてくれて、ありがとう・・・?」
そしてこちらもなぜか疑問系で礼を言う仲間の魔術師の少女。 礼が言えるくらいには自分を取り戻したらしい。 ノービスな少女がふわっと笑った。
「いえいえー。 お困りの時はお互いさまですー」
少女の言葉になんだか力が抜けた。 どうやら本当に助かったと思ってよいらしい。 それが一時的なのだとしても。
「ここ・・・どこだ?」
脱力してしまって問いかける言葉がつい素の口調になる。 すかさず魔術師の少女から裏拳でたしなめられるが、少女はにこにこと笑って答えてくれた。
「ここは恵みの泉・・・この森の採取ポイントですよー」
そして、説明してくれた。
森マップにはここのような採取ポイントがひっそりとあること。 採取ポイントにはモンスターが入ってこないこと。 取れる素材はマップごとに違うこと。
「ここで取れるのは一番下のランクの薬草と砂鉄と雲母の欠片くらいですけど。 あ、たまーに鳥さんの羽も落ちてます。 採取じゃなくても休憩に使ってるパーティーさんもいますねー」
言いながら少女がそのあたりの低木から取った葉で作った不恰好なコップに泉の水を汲んでおいしいですよー、と差し出す。 技術の進歩で、このゲームでは仮想空間でありながら人間の五感をほぼ完璧に再現している。 調節されているのは痛みくらいだが、そこまで再現された感覚だから、時間が経ったり動き回ったりすれば空腹や渇きも覚えるし、放っておけばHPやMPが減ってしまう。 だから戦闘続きだった今は喉がからからだ。 欲を言えば回復作用のあるポーションを飲みたいところだが、先ほどまでの戦闘で持ってきたポーションは尽きている。 少女が譲ってくれたポーションも初級だったとはいえ、開始時無料でもらえるお試しポーションと違ってゲーム内通貨で買わなければならないものだ。 手持ちがほとんどない今、これ以上、譲ってくれ、とも言えない。 葉っぱのコップで冷たい泉の水をなめながらぼんやりと考える。
で・・・・・どうやって、帰る?
無言で仲間たちと視線を交わす。
『ここ』にはモンスターは入ってこない。 だが、安全な街に帰還するためには『ここ』を出て森を突っ切らなければならない。 さっきの群れにまた出くわす可能性はとても高い。 そうなった時、殲滅するのはおろか、逃げ切れるとはとても思えない。
そこまで考えてはた、と少年は気づく。
そういえばこのノービスな少女はどうやってここまで来たのだろう? 見たところ、自分たちの低レベル装備よりも紙装甲な初期装備が壊れている様子はない。
「ところで・・・どうやってここまで来たんだ?」
少年の言葉に少女がこてん、とさっきとは逆側に首を傾げる。
「ほぇ? この先の岩場に行くっていう聖騎士さんに送ってもらいましたー」
・・・なるほど。
少女の返答に納得する。 聖騎士は剣士と聖職者のジョブを極めると選択可能になる上位職だ。 そんな上級者がいっしょならこの森のモンスター程度、雑魚だろう。 では、帰りももしかしてその聖騎士が迎えにきてくれるのだろうか。 それなら自分たちもいっしょに連れて帰ってもらえないだろうか、と淡い期待を抱く。 見れば仲間たちも同じ気持ちのようだ。
だが、そんな下心満載の問いに少女はひらひらっと片手を振った。
「お迎え? ないですよー、聖騎士さん、岩場越えた向こうの街に行くご予定でしたもの」
岩場の向こうの街。 それは少年たちが拠点としている初めの街からすると4段階くらいの先の街だ。 それでは初めの街にごく近いこの森に戻ってくることはないだろう。
少しがっかりしながら少年は問いを重ねる。 ではどうやって帰るのか、と。 今度は不思議そうな顔で少女が瞬きした。
「帰還符で帰りますよー?」
私じゃ森抜けられませんー、と少女が笑う。 最大級の、脱力。
帰還符は屋根のないところからなら登録した街に一瞬で移動できる使い捨てアイテムだ。 低レベルの帰還符は安価だが1ヶ所の街しか登録できない。 最高レベルであれば5ヶ所まで登録できる。 そして、その効力は同じ場所にいるパーティーメンバーにも及ぶ。 少女が見せてくれた帰還符は最低レベルのものだったから初めの街に帰るのだろう。 ならば少女にパーティーに入ってもらえば解決なのだが、いかんせん、少年たちのレベルでは最大4人までしかパーティーを組めない。 最大人数で来てしまっている以上、少女のパーティー加入は無理なのだ。
「もしかして・・・帰還符、持ってないですか?」
少女の問いかけにぐ、と詰まる。
そうなのだ。
今まで帰還符など必要ない街が見える野原でレベル上げしていたため、意識にすら上らなかったのだ。
無言で明後日の方向を向く少年と仲間たちに少女が困ったようにふにゃっと笑った。
「それはー・・・さすがにムボーさんではー」
「わ、悪かったな! 今まで野原だったから必要なかったんだよっ!」
思わず悪態をついてしまう。 だが、少女は気を悪くした風もない。
「夢中になって狩りしてポーション尽きても、帰り道にモンスターさん出るんですよ? 野原だろうと狩りに出るなら帰還符はお守り代わりに持ってないとー」
実に正論。 言い返すこともできない。 パーティーで行動するならパーティーリーダーが考えるべきことだろう。 悔しくて唇を噛んでうつむくとはい、と少女が帰還符を差し出す。 反射的に顔を上げるとにこにこと少女が笑っていた。
「お使いくださいなー。 初めの街に戻れますー」
私、もう1枚持ってますから、と笑う少女にまじまじと帰還符を見つめる。 低レベル帰還符は絶対額としては確かに安価だ。 だが、初心者レベルや少年たち程度のレベルでは必須のポーションを買うと相対的に高価になってしまう。 ましてや目の前のノービス少女は戦闘職には見えない。 採取、と言っていたから薬草などを売る商人系かポーションを作成する薬師系のスキル構成だろう。 だとすると少年たち以上に貧乏なはずだ。
「私たち、お金持ってないんだけど・・・」
答えに窮して少女とその手にある符を交互に見ていたら魔術師が決まり悪そうに申告する。 その言葉に他の2人も神妙に頷く。 少女がぱちぱちっと瞬きして・・・破顔した。
「差し上げますですよ。 その代わり、いつか強くなった時に困ってる方みかけたら助けて差し上げてくださいね?」
基本、持ちつ持たれつですからね、とふわふわ笑う少女に虚を突かれた。 気づいた風もなく、少女が続ける。
森のモンスターは基本、集団行動であること。 その森に出現するモンスター複数を同時攻撃できるか複数の攻撃を受けて盾になれるくらいのスキルやステータスがなければどこの森であっても挑むのは難しいこと。 森に限らず、どのマップであっても帰還符を持っていて損はないこと。
「帰還符はケチっちゃいけないアイテムだそうですよー?」
そんな風に締めくくった少女の言葉からどうやらこの子も誰かベテランにその情報を教えてもらい、忠実に実行しているのだろう、と思う。 それに比べて自分たちは、と少年はどんよりとへこむ。
『森? おまえらくらいだとまだ背伸びだなぁ。 最初は中堅どころのパーティーに入れてもらって行かないと無謀だぞ? 林くらいにしとけ』
街を出る時に高位支援魔法をかけてくれた通りすがりの司祭の言葉が頭をよぎる。 駆け出しの驕りを的確に見抜いて忠告してくれたのに、自分はそれを老婆心と侮り軽く返事してスルーしたのだ。 結果、パーティーを危険にさらした。 偶然、少女に助けられなければ全滅していただろう。 思えばどれだけ思い上がっていたのか。
「初めの街周辺マップでしたらいっぱい情報ありますから、下調べはしっかりして次は挑んでくださいね」
ベテランさんも親切な方多いですからいっぱい教えてくれますよー、とにこにこ帰還符を押し付けられる。
「うん・・・ありがとう。 まずは身の丈にあった狩場、探すよ。 それで・・・」
手にある帰還符を見て、パーティーメンバーを見て。 全員が頷くのに頷き返して。
「強くなったらこれ、返すから。 だから、名前、教えてくれないかな? 俺は・・・」
名前を訊く礼儀として、少年は自ら名乗る。 この世界、現時点で名前の重複が許されていないから名前を知っていれば連絡を取ることが出来る、と。
「レヴォネ、ですー。 街でお店してたらご贔屓にー」
にこにこと少女が名乗る。 やっぱり商人系なんだな、と思いつつ、改めて全員でお礼を言って少年は譲り受けた帰還符で街へと戻っていった。
そして。
すっかり記憶から抜け落ちていた、モンスターのターゲットをあっさりはずした光る『何か』が実はウサギ型モンスターなら群れだろうがボス属性だろうが必ずひきつける、というレアアイテムであったことを少年たちが知るのは街に戻ってしばらくしてからの、こと。
そして『恵みの泉』がまだ判明していない条件を満たさないと入れない場所であることを知るのは割とすぐのこと、だった・・・
静けさを取り戻した泉のそばで一人残った少女はくすくすと笑う。
「剣士さんたち、どれくらいで強くなるかなー?」
少年たちがいた間、髪飾りにしか見えなかった肩の毛玉が撫でられて体を伸ばす。 伸ばしてもやっぱりもこもこ毛玉だが、つぶらな黒い瞳が覗いた。
「さて、っと・・・きらきらにんじん使っちゃったから・・・ヤマネちゃん、追加ゲットするの手伝ってくださいねー? もうちょっとしたら湧くかな?」
きゅぅっとかわいく鳴いた毛玉がぽてん、と少女の肩から地面に落ちてとてとて泉の向こうの藪にもぐりこんでいく。 それを見送って少女は群生している草を間引くように採取を再開した。
名前も出てこないメインな少年。 再登場があるかは謎ですが。
いろいろ『回収不足』があるのは仕様です。
・・・ちゃんと回収できますよぉにっ!