第1話 お嬢様は勇者になりたい!
「エルドラン大陸」中央に存在する国、ルクシオル帝国。
この国は大陸中央に位置しており、そのため、この国は様々な人種が交流している。
物語はその帝国でもかなり離れた辺境の地、「シャリオス」から始まる。
農業などが盛んで、まさに田舎といったこの地はある貴族の家が治めていた。
「ローゼンクロイツ伯爵家」。
昔、大きな戦争で圧倒的な戦果を挙げた事から、貴族の位を授かった家系だ。
また、その後の子孫も優秀な魔術師を輩出しているので、隣国に近い国境付近の防衛も兼ねている。
だが、この家少し変わったところがある。
家の住人、全員が魔族なのだ。
これはそんな家に生まれた一人の吸血鬼なお嬢様の英雄譚。
「爺や、御本読んで~」
とある屋敷の一室にて少女が、本を携え、てちてちと歩き、初老の執事の元へと駆け寄った。
少女の名前はリエル・ローゼンクロイツ。腰まで届く綺麗な銀髪とアメジストのような紫の瞳が特徴の美少女で、今年で5歳になる。
吸血鬼と言えば、何百歳も生きていると思われるがリエルは最近生まれたばかりの最も若い吸血鬼なのだ。
「ほっほっほ、お嬢様、また勇者の物語ですかな?」
執事は実の孫娘を愛でるが如く、リエルに微笑む。
彼の名はアンセルム・アーチボルト。この少女に仕える執事だ。
「うん、勇者、とっても強くて、カッコイイの~」
「そうですな、いつかお嬢様も彼らのように強くて優しい者になれると良いですな。」
「うん!」
「では読みましょうか、昔々………」
魔法によって繁栄した世界、「アウラスティア」。
かつて、この世界は滅びかけた。
大量の魔物が人類の住む土地へと侵攻したのだ。唐突な襲撃に人々はなす術もなく蹂躙された。
その圧倒的な数の差に誰もが諦め、絶望しかけた。
しかしそんな時だ、彼らが現れたのは。
彼らは精霊の加護を受け、特殊な武器を手に魔物を退けたという。
そして長き戦いの末彼らは勝利を掴んだのだ。
当時の人々は彼らの武勇とその勝利を讃え、こう呼んだ。
「勇者」と。
彼らの活躍は大陸や国によって多少の脚色はあるものの1000年経った今でも伝説やお伽話として語り継がれている。リエル達のすむルクシオル帝国でも同様だ。
リエルはこの物語が大好きで、その登場人物である勇者に憧れるようになった。
誰もが幼い頃に一度は想い描く夢。しかし、大人になるに連れ、次第に現実を知り、諦め、皆普通の人生を歩んで行く。
この時のリエルが語る夢も、そのような子供の一過性のものだ。当時は誰もがそう思っていた。
しかし、リエルはどこまでも本気だった。
そんなリエルの行動力は凄まじいの一言に尽きる。
翌日、彼女はまず、強くなる為に魔法を学ぼうと思い、父が仕事で利用している書斎に来ていた。
「父様~」。
「む?…リエルか。何か用か?」
部屋の奥の机で仕事をしていた金髪碧眼の美青年が視線を入り口の方へ向ける。
この男、とても若く見えるが、リエルの父である。
名をクロード・ローゼンクロイツと言い、ローゼンクロイツ伯爵家現当主でもある。言うまでもないが彼もリエルと同様、吸血鬼であり、見た目と年齢が一致しない。ちなみにすでに200歳は越えてるとか。
こと戦闘に置いては一騎当千の戦闘能力を誇ったというリエルの自慢の父だ。
「あのね、父様~、私も魔法を覚えたいの!」
「な、なんだと!?……い、いやしかし、まだリエルには早いのではないか?」
クロードとしてはまだ小さいリエルに魔法の特訓をさせるのはどうなのかという疑問があった。魔力が暴走してしまう可能性もあり、そうなると周りだけでなく、リエル自身の命にも関わるからだ。
「ダメ?」
目をうるうるさせて上目遣いでクロードを見つめるリエル。
「うぐ!……………よし、今度、アンセルムに手配させよう。」
しかし、かつて戦場を震撼させた化け物のような男でも、可愛い娘のおねだりには勝てなかった。
「本当!?ありがとう、父様~!!」
「そんなに喜ぶことでもないと思うが……」
そう言いながらも、嬉しそうな表情がだだ漏れな父である。
とはいえ、こうしてリエルは魔法の特訓が出来るようになったのだ。
早く魔法を使えたらいいな〜とわくわくしながらその日、リエルは眠りについた。
ちなみにベッドはリエルのために作られた特注の小さな棺桶である。
理由?言うまでもない、リエルは「吸血鬼」だからだ。