第七夜 三兄妹
「…ここは?」
目が覚めると、私は自室のベッドに横になっていた。
一体何があったんだ…。
意識を失う直前の魔王様からのキス。
あれは確か、魔王特有技『眠り姫』だったはず。通常の催眠魔法より数倍の確率で敵を眠らせる魔法。
あれを繰り出すと言うことは、魔王様も精神的に切羽詰っていた証拠。
なにより、あの隠し切れない動揺。
魔王様は絶対何か隠してる。
「とりあえず、アルトに会いに行かなきゃ。」
ベッドから降り、ドアノブを回したが、触れることすら叶わない。
なぜなら、ドアノブどころかこの部屋全体に術式が張られていた。
「この古臭い術式…まさか…。」
術式を扱う人間なんて、この国どころか世界規模でも少ない。
その理由は、効率の悪さにあった。
簡単に扱える新魔術…通称『詠唱』は唱えるだけで発動する事から、使用方法は多岐に渡る。
対して、詠唱が発明される以前まで使っていた旧魔術…通称『術式』は、厳しい発動条件と膨大な魔力と情報によって使用範囲はとても限られていた。
そんな非効率的な術式を使う物好きが一人、この国、しかも親族。
実の姉ただ一人だ。
「えへへぇ、さすが可愛い可愛いワカちゃん。よくわかったわねぇ♪」
「当たり前よ!こんなイマドキ燃費の悪い魔法使うの、お姉ちゃんぐらいじゃない!!」
「デスヨネー。」
扉の向こうからおっとりとした声が聞こえて来た。
ノアール王国第一王女、チヒロ。
妹の私から見てもため息の出るような美女なのに、唯一の欠点がその残念な趣味・思考・行動。
ひたすら古いものを求める考古学オタクかと思ったら、新しすぎな前衛的な考えを持つ。
おっとりとしているかと思えば、その行動力は無限大。
おかげでトラブルの七割が姉が原因だ。
(残り三割は私だけど…)
国民のみならず、その人気は魔界まで響き渡っている。
言うなれば、姉はこの世界の『アイドル』だ。
「早くこの術式解いてよ!」
「ごめんねー、お姉ちゃんも解きたいのはやまやまだけどー…。」
「何してる、チヒロ、ワカバ。」
威圧的な声。
ただそれなのに体中に電流が走ったような感覚に陥った。
我らが長男、アキラの登場だ。
「もう、遅いじゃない。お兄様。どちらにいらしたの?」
「少し雑務が残ってたからな。…多少は頭が冷えたか?ワカバ。」
「おかげ様で。」
「それは良かった。何か聴きたいことは?」
「ここから出せ。」
「ならん。」
「出せ。」
「ダメ。」
「出せ。」
「ダメだ。」
「出せって言ってるでしょおおおおおおおおおお!!!」
「ダメだって言ってんだろおおおおおおおおおお!!!」
「ケチ兄!」
「バカ妹!」
「クソ兄!」
「クズに言われたかねーよ!」
「クズはアンタだよ!!」
「…どっちもどっちなのよねぇー。」
何が民を希望へと導く象徴よ!
何が次世代の希望よ!
「この前、雑誌にちょっと『民を希望へと導く象徴』って褒められてたからって調子に乗んなよ!」
「はあ?乗ってねーし!!」
「嘘だ!
この前執務室の奥の仮眠室のベッドの下にその号の雑誌ご丁寧に綺麗な紙袋に入れて包んであったの見つけたんだから!!」
「ちょっ!?
テメェ、何、人のベッド下探ってんだよ!!
人の部屋に勝手に入んなって言ってるだろ!!プライバシーの侵害!!」
「お兄ちゃん、インタビュー何気に楽しみにしましたからねー(笑)。」
「(笑)ってなんだよ!!」
「とにかく、お姉ちゃんは術式解いて!」
「解いてどーするの?」
扉越しに伝わるお姉ちゃんの声。
その声はひどく真剣だった。
「…え?」
「だから、術式解いて、それからワカちゃんはどうするの?」
「…決まってるわよ!」
「アルトに会いに行く。」