第五夜 すれ違いの歴史
勇者一行が着々とこの大陸に近づく中、海はいつもと変わらず、ただ悠々としていた。
キラキラと輝く白波が打ち寄せる砂浜。
そこに私たちは二人並んで座っていた。
「…というわけで、お姫様は幸せになりましたとさ。」
「なるほど、結局は見た目より中身か…なかなか面白いね。」
「アルトさっきから難しく解釈しすぎ…。」
「言い伝えや昔話って結構奥深いからね。こんなふうに深く考えるのが僕結構好きなんだ。」
しばらく仮眠を取った私達は、気づくと太陽はとっくに昇っていた。
さすがに今から城に戻るのには気が引け、何より、アルトに私の知る物語をせがまれたからだ。
今話したのは、野獣に恋した人間の女の子の話。街一番の美女が魔女によって野獣へと姿を変えられて王子に恋をし、最終的に王子は人間に戻り二人は結ばれた。
もちろんこれもお祖母様に教えてもらった話だ。
この話を聞かせてもらった後、大抵いつもお祖母様の昔話が始まる。
(お祖母様…今頃元気かな?)
「じゃあ、今度はお礼に他の大陸に伝わる昔話を教えるよ。」
そう言ってアルトは小さな琴を構えた。
そして、紡ぎ出されるメロディーに乗せて口が開く。
その昔世界は魔王が支配していた
魔王はこの世の全てを従えた
人も獣も全てが魔王の為
魔王は一人の人間の女に恋をした
でも、女には婚約者がいた
怒った魔王は婚約者の一族ごと滅ぼした
そして女は魔王に連れ去られてしまった
そんな仕打ちに人間達はついに立ち上がった
倒せ、倒せ
魔王を倒せ
殺せ、殺せ
エーガの名の下に
最高神『エーガ』の為に
エーガに選ばれし者、即ち勇者は単身魔王城に乗り込み、見事魔王に深い傷を負わせた
魔王は力を蓄えるため魔界に去っていった
再び世界を制服するその時まで
こうして人間達は平和な世の中を手にいれた
「…っとこんな感じだよ。」
「…今のは…?」
「五大陸全土に伝わる勇者と魔王の始まりの戦いの話だね。細かい箇所は違っていても、概要はどこも一緒だよ。」
無邪気に解説するアルト。
だけど、その顔を素直に見れない。
「…?どうしたの?」
透き通るような碧眼が私を見つめる。
「い、いや、いい話だなーって…。」
「そう?」
いい話なんて嘘。
ホントは腸煮えかえってる…。
手は震え、背中に汗が伝う。
魔王様は世界を支配なんかしてないし、一族皆殺しなんてそんな残虐なことはしてない。
でも…
『真実を伝えてはならない』
それが魔王様のお望みだから…。
「…やっぱり、こんな話嫌だったよね。」
「え…?」
「君たちにとってみれば、あまり愉快な話じゃなかったよね…ごめん。かなり無神経だったよ。」
「ううん。私は平気よ。でも、この国でその話はタブーかも?」
「うん、気をつけるよ。君たちにとって魔王は唯一無二の絶対神だもんね。」
「?」
「他の大陸にはいろんな神様の神殿があるんだ。」
「その、さっきの『エーガ』って神様以外に?」
「うん。エーガは全ての神様を束ねる特別な存在だけど、他にも火の神様や水の神様、光の神様がいるよ。そうそう、ワカバちゃんの好きな海の神様も。」
「海!?海にも神様がいるの?」
「もちろん!」
(やっぱ外の世界は面白いんだな…。)
アルトの話は更に私を外の世界への憧れを掻き立てる。
時に甘く、時に酸っぱく、まるで味の違うキャンディーのようにその魅惑にとり憑かれたら、二度と戻ってこれないような…でもそんな危険を冒してでも心惹かれる。
それはただたんに、彼の話が面白いだけじゃなく、彼が私にはないものを持っているかのように見えたからでもあるんだろう…。
いつしか空は先程とは正反対の空模様をしていた。
厚い雲。
生ぬるい風。
大荒れの海。
この天気に見覚えがあった。
「なんだか、雲行きが怪しいね。小屋に戻る?」
「いや…大丈夫よ。多分…雨は降らないわ。」
そう。
『雨』は降らない。
その瞬間、辺りは眩い光に包まれた。
雷が堕ちたのだ。
いや、正確には突如現れたとしてが正しい。
木は折れ、地面は直径50mほど焦げている。
中心に佇むのは、私達が最も敬い恐るべき相手…。
「…魔王様。」