第一夜 星屑の君
厳重な城の警備をくぐり、一刻も早く目的地へと急ぐ。
夜闇に紛れるため、黒いフードをかぶり直し、もう一度周囲を確認する。
(よかった…誰もきてない。)
安心したのもつかの間、慌てて走り去る。目的地まで一直線。美しい月が照らす道を駆け出す。
着いたのは、目の前に広がる漆黒の広い海。そこでは、年に一度の神秘的なショーが行われていた。
「はあ…はあ…間に合った…。」
体中の血が炎のように熱い。暑苦しいコートを投げ捨て、白い砂浜に横たわる。
天では星たちが果てしない海の向こうへと消えていった。
今日は年に一度の流星群の日。
これを見るために私は決死の覚悟でここに来た。
国の人は誰一人として海に近づかない。
それは、遠い昔のお祖母様達の時代。この大陸に流れ着いたその時から、外界とは離れ、この国を守るために近づかなくなったという…。
だから、国のひとは気づいていない。
海の魅力を…外の魅力を…。
「~♪」
海を見てると、幼い頃お祖母様から教えてもらったお伽話を思い出す。
美しい深海の姫が人間の男に恋をし、魔女に自らの声と引換に人間にしてもらい、男に近づくが、結局は結ばれず泡になって消えてしまう話…。
この話を聞くと、いつも思っていた。
お姫様はなぜ消えることを選んだのだろう…。
そのことをお祖母様に言うと、決まって「お前もいつかは知るだろうよ。」と、笑いながら答える。
愛する人を守るために死ぬ運命…。
それは本当に良いことなのだろうか…。
私には難しすぎる…。
ザクッ
海のほうから足音が聞こえた。
とっさに身構える。
(…内通者…はたまた偵察者か…。)
この国が完全な独立を果たしたのは、私が産まれる数十年前。
世界情勢は未だ不安定なものだった。
(周囲には身を隠すようなものは存在しない。ならば、敵と認識したしだい即刻この場から逃げよう…。)
スカートの中の短剣を取り出し、準備体制を整える。
その間も足音は徐々に大きくなり、こちらに近づいてるのがわかる。
雲に隠れていた月が姿を見せた時、その正体がわかった。
が、私はその場から攻撃するはおろか、逃げることすら出来なかった。
なぜなら、足音を鳴らしていた張本人は、金髪碧眼。明らかにこの国とは違う容姿をもった人間だったからだ…。
年は十五・六。私より一・二歳上だ。ボロボロのコートに、手には見たこと無い楽器。そして耳には高そうなピアス。
怪しいものには違いなかったが、それが敵とは思えなかった。
「…君は…この国の人間?」
「そっそういうあなたは!?勝手に入国して…どういう了見?この国は…鎖国中なのよ。」
青年は黙っていたが、優しげな笑みを浮かばせた。
「…僕がここにきたのは、唯一つ。この大陸のお伽話を調べる為さ。」
「はあ?」
「僕の職業は吟遊詩人。世界のあらゆる詩・物語を集め、多くの人を楽しませること。」
正直、彼が何を言ってるのか理解できない。
「それで…君の名前は?」
「…人に名前を聞く前に、まずは自分が名乗ったらどうなの?」
「おっと、これは失礼。僕の名前は『アルト』。君は?」
「…『ワカバ』。若い葉って意味よ。」
「そうか…良い名だね。ワカバ。」
彼の口から出る私の名。
たったそれだけなのに、何故か心臓が高鳴った…。
「時にワカバ…。」
「な…何?」
「どこかに宿は無いか?実は…」
ドサッ
アルトは突然膝から崩れ、倒れた。
「ちょっと!?」
「ああ、すまない。実は三日前から不眠不休で空腹なんだ。」
「それを先に言いなさいよっ!」
「ああ、なんだか君に出会った瞬間から意識が朦朧と…。」
「え…もしもーし…まさか…寝ちゃった!?」
…大好きなお祖母様。
一瞬でもこの人に堕ちかけた私をどうかお許し下さい…。