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古びた手袋を身に付けて

作者: 佐野和水

 子供の頃、俺はいわゆる「戦隊ヒーロー」が大嫌いだった。育った環境だけが原因ではなく、暴力に対して暴力で立ち向かっている姿にスマートさを感じなかったからだ。悪い事をしたとしても、怪物を爆発させて殺す事に疑問を抱いていた。

「悪なんかに負けない、正義は必ず勝つんだ!!」

 よく言えたもんだよ、「正義」という看板を掲げて好き勝手な事ばかりしているくせに……。


 【  古びた手袋を身に付けて  】


 親父が死んで二回目の夏になろうとしていた、あの時と同じ様に、絡みつくほどの嫌な暑さの始まりだ。

 迷う事無く進んできた夢への道は、親父の死に直面して「恐怖感」に取り付かれてしまった。「諦める」と言うより「逃げる」に近い精神状態だった。

 大学を卒業して就職して、そしてありふれた家庭を築いて……。そんな甘い考えで将来を安易に計算していた俺には、今の世間はあまりにも厳しかった。 

 いろいろと考えていたが、結局は俺にはこの道しかなかったのだ。何も考えず就職を探したり闇雲に恐怖感を振り払うより、俺は親父の後を継ぐ事を決めた。

「お袋。俺……、あいつらと戦うよ」

 そう決意した夜にお袋に告げると、目に涙をためながら、小さい頃によく見せてくれた優しい笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。そして、大事に取っておいたという古びた手袋を出してきた。

「これ、親父の……」

「お前のお父さんはね、二十五年間戦闘員やっててね。正義の味方さんから年賀状もらうくらい、み〜んなに愛されてたんだよ。でもね、そんなお父さんでも、やっぱり偉くなって怪人になりたい、怪人になって隆志にいい所見せたい、そういつも言ってたんだよ」

「親父……」

「隆志、戦闘員になるって大変な事だよ。でもね、お父さんがいつも見守ってるから、がんばるんだよ」

「ああ、分かった。俺、親父のためにも立派な戦闘員、そして怪人になるよ」

 古びた手袋は傷だらけだったが、その日から俺にはかかせないマストアイテムとなった。



 中途採用試験は思いのほか簡単だった。

 午前中の筆記試験や午後の実技試験でも、俺は他の受験者を凌ぐほどだ。いつも親父の自主トレに付き合わされていた俺は、基礎体力、適応能力とも、すでに即戦力と言われるだけの結果を示していた。

「西野さんの息子さん、だよね?」

 試験終了後、試験官だった怪人の一人が俺に声をかけて来た。

「はい……」

「戦闘員時代に、君のお父様には大変お世話になってね。今の自分があるのは君のお父様のおかげだと言っても過言ではない程だ。ところで君のお父様は今、どこに配属になっているのかな?」

「親父は一昨年、ヤドカリ戦隊コンドミニアムのグリーンに……」

「そうだったか……、それは惜しい戦闘員を亡くした。君も、お父様の意思を受け継いで、立派な戦闘員になるんだよ」

「ありがとうございます……、えっと」

「怪人コガネムシだよ、早く一緒に戦える日が来るといいね」

「ハイッ」

 怪人コガネムシさんは、俺の古びた手袋に気付いたのか、握手をした後に一言「似合ってるよ」と言ってくれた。



 試験後すぐに採用通知が届いた。お袋ときたら近所中に「ウチの息子が戦闘員に受かったんです」などと自慢していた。しかし三丁目の加藤さん家だけは、旦那さんがヒーロー戦隊に勤めているので喜んではくれなかった。

「今日から配属となりました、西野隆志です。よろしくお願いします」

 秘密基地兼寮であるアパートに俺の声が響く。配属先が決まって、初めて実家を出て暮らす事となった。ここの先輩方はとってもいい人ばかりだ。

「お前か、西野さんとこのせがれは。がんばれよ」

 どこに行っても親父の影が見える、その事が俺を勇気付けてくれた。




「ザコは引っ込んでろ!」

 今日は怪人イカゲソキングさんのお供に付いた。イカゲソキングさんは市内の回転寿司屋からゲソだけを集めるお仕事をされている。こんな仲間を思う気持ちに満ち溢れているお仕事を、事もあろうか七色戦隊レインボン達が邪魔をしてきた。

「お前ら、正義の味方とかいって七人も揃わないと戦えないのか!」

 そう叫んだ先輩戦闘員の武田さんが瞬殺された、改めて現場の厳しさを知った。

「おいルーキー、最近成績いいらしいな。お前、がんばってみるか?」

 イカゲソキングさんが俺にそう問いかけて来た。

「イーッ」

 俺はまだ下っ端の戦闘員だ、そう答えるしかなかった。

 しかし心の底からの「イーッ」に、イカゲソキングさんは笑顔を見せてくれた。

「よしお前ら、痛めつけてやれーーーっ」

 そのイカゲソキングさんの掛け声で戦闘が開始された。俺はいつの間にか気を失っていたが、その戦いは我々が一旦引く事で幕を閉じたそうだ。



「よう西野、お疲れちゃ〜ん」

 戦闘員リーダーの上田さんが、冷たい缶コーヒーを頬に押し当ててきた、俺はその冷たさに驚いて目を覚ます。

「最近お前がんばってるな、関心すんよ」

「いや、俺なんかまだまだですよ。今日も気付いたらノされてましたから」

「あいつら、虹色マンだっけ? 帰り際にな、お前の名前を聞いてきたぞ」

「俺の?」

「なんか『元気なヤツがいるな、いずれ怪人となって戦うのが恐ろしいくらいだ』って言ってなぁ。今のうちから目付けられたな」

「よっぽど嫌われたんですかね、俺」

 リーダーはハハハッと笑って、俺の背中をポンと軽く叩いた。

「それとな、これ。奴らが持って来てくれたよ。大事なんやろ、無くすなよ」

 そう言うと、俺の右の手袋を渡してくれた。

「あいつらが……」

「楽しみにしてるぞ、だとよ。あいつらからの伝言」

「ありがとうございます」

「俺に言うな……って言っても、あいつらにも言うなよ、礼なんて」

「ですね」

 古びた手袋は、以前より少しだけであるが傷ついていた、俺が親父に追いつくために付けた、俺の勲章だ。

「リーダー」

「ん?」

「明日、また戦闘ありますよね。俺、先発やらせてください」

「なんだよ、熱いなお前。早死にするのはノンキャリ組でいいんだよ」

「でもリーダー……」

「お前は大学出やしキャリア組やし、ワシら戦闘員のホープや。やっとこの基地から怪人が出るかもって人材や。今はじっくり戦って、怪人さん達に認めてもらえ」

「……ハイッ」

「明日も早ぇぞ、さっさと寝ろ」

 リーダーの声は、どこか希望に満ち溢れている様にも聞こえた。俺を認めてくれている人がいる、そう思うと力強くなれる気がしてきた。

『親父、俺は立派な怪人になる。だから見守っていてくれ』




 朝のニュースで、ブラックモンキー団の優勢を知った。


 新しい人事も発表され、あの怪人コガネムシさんが現場監督、兼怪人(以下「プレイングモンスター」)となって、早速都内の公民館や公園を次々と制圧しているようだ。

「やっぱスゲェよ、コガネムシさんは。オレもコガネムシさんの下で戦いてぇよ」

 同僚からそんな声を聞いた。そんなに偉い人だったんだ、コガネムシさんって。



「西野、昇級試験がんばれよ」

 今朝、戦闘に向う先輩達から、試験休みの俺に温かい声をかけて頂いた。この試験に受ければ一級戦闘員となれる、リーダーとして皆を引っ張る事も出来る。そう思いながら参考書に目を通していた時だった。

「西野ッ、追加召集かかった。怪人オレンジ・ザ・ミカンさんが押されてるみたいだ」

「なにっ!」

 同僚戦闘員のその声で、俺の毛穴が一斉に開いた。

『まさか、あのオレンジ・ザ・ミカンさんが……』

 そんな心配の中、俺は取るものも取らずに現場へと駆け出して行った。


「これは……」

 現場に到着したが、すでに戦闘は終わっていた。爆発したオレンジ・ザ・ミカンさんの破片が、その戦闘の激しさを物語っていた。

「ちくしょー、なんでオレ達は何も出来ひんかったんや……」

「リーダー、……何があったんですか?」

「……西野か、命拾いしたな。奴らがこんなに強いやなんて……、上からの情報なんかデタラメじゃねぇか」

「ヤツら?」

「ああ、ヤドカリ戦隊だったか。四人だって聞いてたが、他の戦隊の奴らも加勢していて、仕舞いには十二人ぐらいいたぞ」

「ヤドカリ戦隊っ!?」

「やつら、フリーランスに戦隊名を貸して、不特定多数のチームで行動してんだ。最後の十二人目なんて何色か分からんかった、赤いのなんて三人もおったし」

「リーダー、その中にグリーンは……」

「グリーン? そういやおった。一人だけだが弱ったヤツばかり攻撃してたな」

「あの緑めぇーっ」

 俺は一瞬我を忘れていた。ついにヤドカリ戦隊に、あのグリーンにたどり着いた、その事だけで俺の中の何かが外れた気がした。

「待て、西野、深追いするな!」

 リーダーの声を振り払う様に、俺はヤドカリ戦隊の後を追って走り出した。



 夜になって街は活気を帯びてきた。路地裏から漂う焼き鳥の匂いが、走り疲れた俺を誘う。

「ちきしょう、どこ行ったんだ……」

 ふらふらと彷徨う俺は、いつの間にか隣町のアーケードまで来ていた。

 ――ようやく手にしたヤドカリ戦隊の足跡だとというのに……。

 もうたどり着けないのか……、そう思った瞬間、俺の全身に電流が走った。

「見つけた、ヤドカリだっ!!」

 そこには確かに「ご予約、ヤドカリ戦隊コンドミニアム様」と書かれていた。居酒屋の店頭に、のん気にも看板が出ていたのだ。

「どこまで俺達を馬鹿にしているんだ、ヒーローの野郎!!」

 俺は何の迷いも無くその店へと殴りこんだ、狙いはヤドカリ戦隊、いや、グリーンだ。

「見つけたぞ、ヤドカリ戦隊! オレンジ・ザ・ミカンさんの仇、そして親父の仇、カチコミじゃぁーーーーーー!」

 店内はパニックとなる。飛び交う若鶏のからあげ、生ビールでの目潰し、十月のオススメメニュー韓国スンドゥブチゲでのアタック、その戦いは長いブラックモンキー団の歴史の中で「伝説」と呼ばれるほどの激闘となった。

「オレ達が、たった一人の戦闘員に……」

「まだこんなヤツがいたなんて、知ってりゃこの街に帰ってこなかったのに……」

 そんな薄れる声を尻目に、ようやくグリーンを追い詰めた。マスクの上からネクタイで鉢巻をしているグリーンは、ただのおっさんの様に弱々しく、涙目で俺を見ている。

「しかし強くなったな、隆志くんも……」

「……隆志? なんで俺の名を知っている?」

「私だよ、小さい時はよく挨拶してくれたじゃないか」

 グリーンはそう言うとゆっくりとマスクを外した、そこから現れた顔は見覚えのある、加藤さん家のおじさんだった。

「君には悪かったと思っている、もちろんお父さんにもだ。妻から隆志くんが戦闘員になったと聞いた時には、少々青ざめたよ……。仕事とはいえ、こういった天罰が来るんじゃないかって」

「おじさん……」

 グリーン、いや、加藤のおじさんは閉じ行く目を必死に開けながら、優しい目でこちらを見ている。

「その手袋は、お父さんのじゃないかい? そうか、リュウちゃんはやっぱり許して……くれなかったんだなぁ。これで……良かったんだ、辞めずに続けていて……本当によかった」

「おじさーーん!」

 加藤のおじさんの体は崩れ落ち、満足気な表情のままに意識を失った。俺は、同僚達が現場に到着するまで泣き続けた。




「すまないが、一級戦闘員の西野くんに会いたいのだが」

 出撃前の準備をしていると、挙動不審な戦闘員に呼び止められた。新入隊戦闘員なのだろうか? などと考えていると、脳裏で記憶のパズルが組み立てられ始める。

「この声、どこかで聞いたような……。って、思い出した! クリオネさんじゃないっスかぁ!!」

 俺はびっくりして大きな声を出してしまった。それで周りの戦闘員がこちらに気付き始めた。慌ててクリオネさんは俺の口を塞ぎ物陰に連れて行く。

「君が西野くんなのかい? コガネムシさんからの紹介でね、君のトコだと十分に楽しめるだろうって言われたのさ。コレ、偽造だけど「戦闘員一日体験入隊書」と人事部からの推薦状」

「えっ? でもクリオネさんって今は確か……」

 怪人ビッグ・ザ・クリオネさんはスカウトで入団してきた異色の怪人さんだ。俺は何度かクリオネさんの戦闘に参加させてもらったのだが、見ているだけで勉強になるほどの戦いっぷりだった。ラグビーの元日本代表の肩書きと恵まれた体格を引っさげ、今ではブラックモンキー団に欠かせない存在にまで成長している。しかし先月半ばから離婚調停中で戦闘参加を自粛させられているはずなのだが……。

「いやー、仕事ばかりやってたんで、今さら戦うなって言われても「ハイ分かりました〜」って聞けるわけなくてなぁ。コガネムシさんに相談したら戦闘員として潜り込んでこいって話しになってだなぁ……」

 ――コガネムシさんって、意外な面があるんだな。

「おぅーい、西野はどこ行ったぁ?」

 秘密基地兼寮の玄関にてクリオネさんとやり取りが続く中、戦闘員リーダーの上田さんが俺を探している声がした。

「いいですか、あまり目立たないようにお願いしますよ」

 俺はそう言って、その場から離れて行った。


「西野、お前今日リーダーな」 

 一級戦闘員は、怪人さんがいない現場ではリーダーとして戦闘を取りしきる事となる。先週始めに辞令が出され、俺は一級戦闘員となったのだが、マニュアルと定期講習だけで事を進めている俺に、上田さんはよろしく思っていなかったようだ。

 今日は初めてリーダーとしての戦闘となる、嫌がる暇も無く、強制的に。

「何事も経験だよ、西野くん」

 重い足取りで戦闘予定地へ向かっていると、戦闘員に扮したクリオネさんが声をかけてくれた。

「あ、はい、ありがとうございます」

 俺の気持ちは少しは軽くなったようだ。次代のエースと称される怪人ビッグ・ザ・クリオネさんがいてくれている、尊敬する上田リーダーが見守ってくれている。それだけで自信になる。

「ぶらっくもんきーのおにいちゃんたち、がんばってー」

 現場に向かう途中、駅前の商店街を抜けると、園児たちから思わぬ応援をもらった。思えばこの商店街は、元はヒーローズカンパニーの支配下であった。「警備費」名目でみかじめ料を要求していたアイツらに、ここの皆さんはどれだけ苦しんでいた事か……。俺は、「必ず守ってやるんだ」と、心の中で叫んだ。


 現場に到着すると、すでに双子怪人ポップコーン一号二号さんと数名の専属戦闘員が待機していた。

「おう上田、遅かったのぉ。敵はおなご三人だけや。しかもルーキー。お前らは手ぇ出さんで……ってなんや、今日はリーダーちゃうんか?」

「久しいやないか、もろこし兄弟。今日は新人研修も兼ねとんねん、なるべくそちらさんだけで解決しつくれたら、こっちとしては楽できるんで助かるんやけどな。せいぜいがんばってや」

 ポップコーンの二号さんが、ケタケタと笑いながら上田リーダーと話し始めた。一号さんも遠めで二人の会話を聞きながら、暇を持て余している様子だ。他の戦闘員達も敵を軽く見ているようで、だらけていて統率が取れていなかった。

『明らかに敵を軽く見ている』

 そう思った瞬間、振り向くと三人組の彼女達と目が合う。どこか余裕も感じさせる笑顔を浮かべたまま、ポップコーンさん達ではなく、なぜか俺を見ていた。

「……おい、もろこし兄弟。手ぇ抜く暇などないかも知れんぞ」

 いち早く上田リーダーは強烈な「殺気」を感じたようだ。

 だが時は既に遅かったようだ。

「アンタら、何のん気に遊びよるんよ。そげんナメち来んなら、全員蹴たぐんぞぉ!!」

 三人組の真ん中、赤い特攻服の女の声が現場全体を飲み込む。そしてその声に怯んだ戦闘員達に、猛烈な向い風の如く三人組の圧倒的な威圧感がその場を支配してく。

「まずは私ですぅ。コスプレ姿の戦場の天使ちゃん、スーザン」

「一人でも最強、チームなら無敵、チカお嬢」

「殲滅あるのみ……パイン」

「「「三人揃って、アイドル戦隊スーチーパイ!!!」」」

 三人はお決まりの口上とポージングを決め、この現場のど真ん中に立っている。力強く、そして鋭い目つきで。危機を察知した一部の戦闘員がフォーメーションを崩して現場から離れ始めた。


 そして、悪夢のような一分間が始まった……。


「っったぁーーーー」

 突然、戦闘員が奇声を上げながら倒れていく、一人ではなく至る所で次々と倒れていく。その原因はこの戦場の中心にいる。一九四七年式カラシニコフ自動小銃モデルガンを抱えて微笑を浮かべながらゴム弾を撃ち続けている、黄色い軍服を着た無口少女のパインだった。

「オープンゲージ、リミッター解除ぉ」

 今度はピンクのコスプレ衣装のスーザンが、魔法少女が持つようなステッキを掲げていた。そしてそのステッキをゆっくりと足元に置き、静かに息を整える。

「イィーーーーーツぅ、ショぉーータぁーーーーーーーイム!!」

 甲高く叫ぶとスーザンの乱舞が始まった。カポエイラのような動きを見せ戦闘員達を翻弄し、足払いで倒していく。時には足をしっかり踏み込んでの正拳突きで打ち抜き、今度はボクシングスタイルで蝶のように舞ってからのコンビネーションパンチを鮮やかに決め、そして戦闘員の懐に潜り込んでの一本背負い。立ち尽くしている戦闘員には足を取ってからのドラゴンスクリュー、すかさず足四の字固め。残されたステッキ以外を直視できない惨劇が広がっていく。

 現場のありとあらゆる場所から悲鳴が聞こえ、次々と戦闘員達が倒れていく。そして遂に、残っていたレッドが動き出す。背中に大きく『吸血輩スーチーパイ』と書かれた赤い特攻服を脱ぎ捨てサラシ姿となり木刀を肩に担ぎ、じっと双子怪人ポップコーン一号二号を睨んだまま、猪突猛進に走り出した。

「これで仕舞いやぁーーーーっ」

 チカお嬢を止められるだけの勇気を持った戦闘員はいなかった。腰が抜けて立てない二号に、足がすくんで動けない一号、明らかに戦意消失であるがターゲットに目掛けて彼女は迫り来る。二号には通り過ぎざまに踏みつけて行き、そして勢い衰えぬままに一号の元へ……。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぬぁ!!!!」

 聞いた事もないような断末魔の声、それと同時に浮き上がる一号の肢体。硬直したまま地面に落ちた一号の目の前には、鋭く右足を蹴り上げたチカお嬢がいた。まさに仁王立ち、股間を押さえ白目で倒れた一号を見下ろすと、高らかに笑いながら「一撃必殺、電光石火やーーーーーっ」と右の拳を空へと突き上げた。


 圧倒的な一分間、これほどの完敗を俺は見た事がなかった。


「ねぇ、チカちゃん。あそこにまだ戦闘員さんがいますね、彼らもこのままやっつけちゃいましょ?」

「……許可を」

 ポップコーン一号さんを討ち取ったチカお嬢の所に、スーザンとパインが駆け寄って行った。距離は離れているのだが、パインがライフル銃をこちらに向けて構えると流石にたじろいでしまう。

 チカお嬢はこっちを睨んだまま、不敵な笑みを浮かべながら何かをつぶやいた。

 途端、スーザンがこちらに走り出し始める。その背後からはパインの援護射撃も始まった。

「西野くん、気を確かに持つんだ。ヤツらに、飲み込まれずに自分をしっかりと持つんだ」

「よう動く戦闘員がおるって思ったら、その声はクリオネとちゃうか? おい西野、後でワケを教えろよ。こいつらぶん殴った後にな」

 現在、この現場では十名ほどしか残っていない。しかし、動ける者で数えるなら俺たち三人だけだろう。

 クリオネさんと上田リーダーは俺の前を塞ぐように立ち、腕まくりをして、二人で小声で打ち合わせを始めた。

「泣いて帰りたくないなら、おっさん達を甘く見ない事だな」

 再び戦闘が始まった。

 先に走り出したクリオネさんは、スーザンの飛び膝蹴りをかわして走り抜ける。そして後方を走ってきた上田リーダーがスーザンを受け止めると、そのままチョークスラムで地面に叩きつける。その頃クリオネさんは、全身にゴム弾を受けながら突進してパインの腰に低空タックルを決める。そして、すかさず起き上がりライフル銃を膝に当て銃身を曲げると、無造作に投げ捨てた。

 鮮やか、としか言葉が浮かばなかった。しかし、いつまでも二人に見とれている場合ではない、チカお嬢がこちらに歩み寄ってきているのだ。

「怪人討ち取られて負けとー戦闘や、早よくたばらんかーーー」

 チカお嬢はそう叫びながら、木刀を掲げて走り出した。俺は気後れしそうになっていた心を振り払い、チカお嬢に立ち向かう。

 最初の一太刀が俺の左の二の腕に当たる。が、怯むわけにはいかない。

「悪の分際で勝つつもりか? 何のために戦いよるんや」

「俺達は勝つために戦うんじゃない、守るために戦うんだ」

 その一言に、チカお嬢は躊躇いを見せた。振りかざした木刀は停まり、ワナワナと震えている。

「し、しゃらくせー!!」

 そしてチカお嬢は何かを振り払うように、叫びながら右足を蹴り上げてくる。俺は左足を引き半身でそれをかわすと、その右足を掴んで自分の肩口まで持ち上げる。そして右手をチカお嬢の首根っこに回す。

「チ、チカちゃん離れて!! キャプチュード来る!!」

 リーダーに押さえつけられていたスーザンが慌てて声をかけるが、遅かった。俺はチカお嬢を軽々と持ち上げ、反りながら背後に投げ飛ばした。

 チカお嬢の体が思っていた以上に軽く、普通の女の子としか思えなかった。こんな女まで現場に出してくるヒーローズカンパニーを、俺は心底嫌いになる。

「なんでや……。悪は正義にやられるのがセオリーやんか……」

 チカお嬢は大の字のまま、天を仰ぎながらそう言った。

「俺達は悪なんかじゃない、……黒だ。勝手な事を決め付けるな!!」

「そっか、黒やったんか……。ウチ、戦う相手、間違えたみたいや……。折角、夢が、かなえてもらえるっちゅうのに……」

 言い終わるとチカお嬢はゆっくりと目を閉じた。そしてそのまま、スーザン達に抱えられて帰っていった。



 翌日、アイドル戦隊スーチーパイはデビュー記者会見を開いていた。多くのメディアが彼女達を取り上げ、『歌って踊れて戦えるアイドル』を高く評価しているようだった。ヒーローズカンパニーの広報担当は『SCP48』構想を発表、最終的には彼女達を大所帯アイドル戦隊に仕立てるつもりらしい。しかしそのメンバーの中には、赤い特攻服の女の子は見当たらなかった。




「西野隆志一級戦闘員、右の者の怪人への昇級を命ずる」

 秘密基地兼寮に、コガネムシさんの声が響く。その声を聞き終わると同時に同僚や先輩達から祝福のビールが降り注ぐ。

「すごい戦いだったようだね、西野くん。君にはぜひ、オレの下で働いてほしい」

「ハイ、コガネムシさん」

 俺は、同僚にもみくちゃにされながら、コガネムシさんと固い握手を交わした。

「ところで西野くん、怪人の名前、バトルネームは決めたかい?」

「はい、親父の夢だった怪人です。親父の付けた名前を使わせてもらいます」

「そうか、楽しみだな、それは」

 その日の夜は仕事の事も忘れ、同僚みんなと酒を飲んで明かした。



「隆志くん、聞きましたよ。怪人になれたんだってね」

「ありがとうございます、それもこれも加藤のおじさんのおかげです」

「おいおい、ブラックモンキー団らしくないぞ、こっちの人間にお礼を言うなんて」

「いや、スイマセン……」

 お袋から加藤のおじさんが入院をしている病院が近いと聞いてお見舞いにやってきた。加藤のおじさんはあの戦闘の後、第一線を退きコーチとして今もヒーローズカンパニーで働いているそうだ。

「お袋から聞きました。昔、親父と加藤さんは幼馴染だったって」

「ああ、懐かしいなぁ。よく近所の公園でヒーローごっこやってたよ」

「親父は怪人ごっこって言ってたそうです」

「ははは、だろうね。リュウちゃんは子供の頃から怪人になるって言ってたからなぁ」

「その時の親父の怪人に、なれる様がんばります」

「ほう、それじゃあ名前はやっぱり……」

「はい、怪人バッタライダーです」

「そうかい、バッタライダーねぇ。ようやくリュウちゃんの夢が叶うんだ」

 加藤のおじさんは静かに目を閉じ、昔の事を思い出している様だった。

「リュウちゃん……、君のお父さんのバッタライダーは強かったぞ、おじさんはいつも負けてた。これはすごい強敵が現れたな」

「そんな、俺はまだ駆け出しの怪人です、お手柔らかにお願いします」

「おいおい、こっちの人間に頭を下げるなって」

「ですね」

 親父の描いていた理想の怪人像は詳しくは知らない、しかしこれでいいのだと思う。

「Rrrrrr……」

「おっ? ブラックモンキー団からのお呼びかな?」

「……そうみたいです。俺、暴れて来ます。おじさんも早く元気になって、俺達に対抗してくださいね」

「ははは、分かったよ。君のお父さんとの夢の続き、まだ残ってるからね。また戦場で会おう」




 きっと親父は満足してくれている、そんな思いを胸に、俺は今日もヒーロー戦隊の奴らと戦うのだ。唯一親父が思い描いていた怪人バッタライダーの姿とは違う、古びた手袋を身に付けて。




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