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賭けることにした

作者: ねの

もう我慢ならなかった。

本当に苛立ちが爆発しそうで定時と同時にPCを落とし席をたった。


強い酒が飲みたい。

激情により思考は靄がかかり正常な判断は出来ていないだろう。

ヒールを鳴らして歩道を駆けるように歩いた。


会社から10分ほどの距離に会社帰りに立ち寄るのにいい飲み屋が連なる通りがある。


手前の馴染みの飲み屋はまだ開いていなかった。

舌打ちをして、通りの奥にある早くから開いてる立呑屋によった。


「いらっしゃーい」


夏場は開きっぱなしになる立て付けの悪い引き戸を開け、中に入った。

どうもと軽く挨拶しカウンターの一番奥に陣取り

辛口の日本酒を冷やで頼んだ。

少しベタつく品書きを手にする。が元に戻した。

食べ物はなんでもよかった。

店のおじさんから、もう今シーズンはこれで終わりねと

薦められたおでんから大根と牛筋を選んだ。

なみなみと注がれた日本酒が出てきた。

口を寄せて啜るように飲む。

辛い。今日は悪酔いしそうな感じだった。


一人、客が入ってきた。

パーカーにジーンズというラフな格好の男の人だった。

ちらっと見た感じでは若いような気もするけど、30代なかばぐらいかな。

おでんが出てきた。牛筋に手を伸ばす。


一人分のスペースをあけてその人は立ち、ビールと野菜炒めを頼んでいる。

カウンター中のおじさんとは仲が良いのだろう。

明日から休みだ、などと会話している。

私はというと牛筋をもぐもぐするうちにイライラがやっと薄れてきた。

牛筋ってやつはホントにへこたれないわね!

などと変に闘争心を燃やしテレビの野球中継をボンヤリ見ていた。

三振したバッターが打席から離れ、控えていた話題のルーキーが向かって右の打席に入る。


隣の客が「おっルーキー君じゃん。今日も打てるかね。」と呟いた。

私はボンヤリと画面を見たまま牛筋を飲み込んだ。

「打てるんじゃないですかね」と小さく呟いた。


隣の客はこちらを向き、じゃぁさ、一杯賭けようよと言ってきた。

テレビ画面から視線を移し、いいですよ。これで。と日本酒を指差した。

俺はこれね。と半分ほどに減ったビアジョッキを指差し、にやりと口角をあげた。

ちょっと目にかかる長めの前髪から覗く切れ長な目と視線がぶつかる。

受けてたつ。私は目を見張り微笑んで挑発した。


一球目。空振り。

二球目。レフト方向へのファール。

三球目。ボール。

四球目。バットが寸でのところで止まった。ボール。

五球目。またレフト方向へのファール。

六球目。キャッチャー前でワンバウンドしてボール。


食い入るようにテレビを見つめる。


「次の球が最後かな。どう思う?」と彼が言う。

「ルーキーだもん。仕事はするよ。次は打つ。」

「はは。手厳しい。」

と軽く笑い、残ったビールを飲み干した。


七球目。遅れてバットが空回りした。三振。


はぁと大きくため息をついた。


「俺の勝ちね。ありがとうございます。」にやりと笑った。


「残念。勘が鈍ってたのかな。

すみません。こちらの方にビールと、あと、冷やください。」


二本目の牛筋を噛みながら辛口の日本酒を飲み干した。


「野球好きなの?」と新しいビアジョッキを受け取りながら聞いてきた。

冷やのグラスを受け取り「まぁやってれば見ますけど。

特定の球団は応援してないですね。

ニュースで話題の選手とかが映ればわかる程度です。」と答える。

「あーじゃぁ、あのルーキーがお気に入り?」

「去年の甲子園でいい働きしてたんです。

決勝で負けちゃいましたけど。

それからなんとなくみちゃいますね。」

「俺も見てたよ。三回戦で強烈ライナー飛ばしたときは鳥肌たったね!」

その後も夏の甲子園について盛り上がり、

テレビではルーキーが二度目の打席をむかえる。


一球目。ど真ん中に来た球を力強く打ち返した。

ライト前ヒット。

ルーキーは一塁にすすみ、一塁にいた選手は三塁にすすんだ。ノーアウト。

ちょうど空いていたジョッキとグラスを見て、

彼がまだ飲める?と聞いてきた。

思いがけず楽しい酒になり、飲む!と声をあげた。


冷酒のグラスを渡され、

ヒット祝い。俺の奢りね。と言われ乾杯した。


その杯も空いたころには、飲みはじめてから一時間が過ぎていた。

ちょっと飲み過ぎた。

立ちっぱなしで爪先が窮屈に感じ、ふくらはぎがだるい。


甲子園からプロ野球、サッカー、オリンピックと話しは転がり

ルーキーの側が三点リードしている。

一段落ついたところでお勘定をお願いした。


「ごちそうさまでした。楽しかったです。」

「こちらこそ。ごちそうさま。」

彼も同じくお勘定して一緒に店からでた。


「帰るの?もう一軒いかない?」

「ちょっと酔っ払い過ぎましたー

私は明日も仕事だし帰りますよ!

また機会があれば野球話しでもしましょぉ。

お疲れさまでしたぁ。」

上機嫌にまくしたて、手を振り駅に向かって歩き始めた。

彼は小走りに隣に並んできた。

「ちょっと待ってって。大分酔ってるね。

酔いさましたほうがいいんじゃない?」

「大丈夫ですってー

ってかここらへんは飲み屋ばっかで酔いさますとこなんて無いですよ。」

ケラケラと笑いながら駅に向かって歩く。



歩きながら、ちょっとマズイ気がしてきた。

調子に乗って日本酒ばかり飲んでたのが、今になって効いてきた。

「…なんか、座るところとかないですかね。」

「ほら。言ったじゃん。もうちょっと我慢して。」

二の腕を掴まれ、飲み屋通りから出て近くの公園に連れられた。

歩く振動に、脳が揺さぶられ、胃に響く。

為されるがままだった。

公園の隅のベンチに腰を下ろし膝の上に腕を組み、頭を載せる。

少しだけ、落ち着いた。


「水、飲む?」ミネラルウォーターのペットボトルを頭にくっ付けられ、

よろよろと顔をあげた。

「おーやばそうな顔してるね。その時は言ってよ。

こっちも準備があるからね。」


絶対、吐くもんか。悔しすぎる。

「だいじょーぶ。お水、いただいてもよろしいですか!」

ぶっと吹き出し、キャップを開けたペットボトルを差し出してくれた。

どうもありがとうございます。と受け取った。

「日本酒のんでるからザルかと思ったけど

見た目より強くないんだね。」

そりゃどういう意味だ。

頭がガンガンしてきた。


「今日は辛口が飲みたかったんです。ルーキーへの賛辞ですから。」


多分、支離滅裂。でも今日のお酒はルーキーの存在が大きかった。

最終的にはルーキーだけが、残った。

会社を出たときの感情はどっかに消えていた。


彼は前を向いたまま

へーと呟くように息を洩らした。


「で、振られた?仕事で怒られた?」

彼は暗闇の中の遊具を見ている。


ふーと息を吐いて一口水を含む。


「微妙に違うけど、後者のほう。」

なんだってこんなこと思い出させるんだ。

ルーキーがいい仕事したんだから、私の仕事なんてどうでもいい。


「まぁ酒は楽しいのが一番だから。そーゆー時の深酒は癖になる。

でも、今日は楽しかったからいい酒だったろ。」


くっそ。懐柔されてなるものか。地面を睨み付ける。


「お陰様で。」

「そう。つっけんどんするなよ。楽しかったんだからさ。

また、飲もうぜ。連絡先教えて。」


なんか、悔しい。でもうまく言葉が返せない。


「名前、なんて言うんですか。」

「今聞いたって覚えられないでしょ。

ほら、いいから携帯貸して。」

鞄の中に手を突っ込み、ストラップを掴んで携帯を引っ張り出す。

赤外線の受信を選び、「受けますから。送ってください。」とポートを指差した。

「オッケー。送るよ。」データが転送され、受信完了した。

「下の名前はなんて読むんですか?」

「たかあき。漢字苦手?」

「男の人の名前って読み方難しいから。

間違えるのも失礼だから最初に確認します。」

「いちいち律儀だね。ほんとおもしろいな。」

目を細めてにやりと笑う。

この人は何がツボなのか時たま、にやりと笑う。


携帯をパチンと閉じ、鞄に突っ込んで、ペットボトル片手に立ち上がる。


「えっ!ちょっ、俺には送ってくれないわけ?」

「あとでメールする…かもしれません。

色々とありがとうございました!帰ります!」

うふふと微笑み首を傾げてみる。


「ふーん。そうきたか。おもしろいねぇ。

そうだな。メールくれたら、気持ちのいい酔い方を教えてあげる。

お酒も人生も楽しい方がいいだろ?」


なにをキザな。と目の前の男を見やる。


街灯をうけてきらりと光った切れ長の目が、

ガンガン痛む脳裏に焼き付いた気がする。


なんか危険!と思いながらも、多分メールしちゃうだろうな。

と賭けに負ける自分がうすらぼんやり浮かんだ。

春霞に月の輪郭がはっきりしない。

私の思考も同じく。今日は霞みっぱなしだ!

書いてて頭が痛くなってきた!

お酒は自分の限界を知った上でほどほどに。


って、それができれば後悔はないのです。


楽しい夜に乾杯。


野球のルールに間違いないかが心配!

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