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静寂の森

作者: 星宮歌
掲載日:2026/08/09

「ねぇ、知ってる? 最近流行ってる、『森』の話」



 それは、誰かが気まぐれに作った都市伝説。科学的根拠なんて何もない。ただの娯楽の一つ。

 そう、そのはずだった……。



「最近、町田さん、見てないけど、どうしたんだろう?」


「そういえば、町田さんって、あの『森』の話をしてたよね」



 『森』の話。そう、あの都市伝説だ。


 生徒が語るそれらを、教師である私が気に留める理由があるとするならば、なぜか、その『森』の話をした生徒がその後ずっと欠席をしているというものだ。


 職員室へと戻った私は、手にしていた担当クラスの名簿へと目を落とす。


 久野蓮理(くのれんり)町田夢衣(まちだゆい)。この二人が、ここ最近、ずっと欠席をしている生徒であり、共通点を探すとするならば、二人とも『森』の話をしていた、ということだけだ。二人にはクラスメイトという以外の接点は無く、性格も真反対なため、共通点そのものがほとんど無い。



「気のせい、よね……」



 しかし、それでも『森』の話をしたということが欠席の理由であるわけでもないだろうし、たまたま目に止まった共通項だけを見るのはおかしいだろう。

 そう、思うのに……。



「……欠席理由が、二人とも、『起きてこない』なのよね……」



 あの『森』の話をした翌日、二人は学校を欠席した。そして、その理由が『起きない』。

 病院で精密検査も行われたそうだが、どちらも原因不明。今は、別々の病院で入院中だ。



「『森』……正確には、『静寂の森』だったかしら?」



 突然起きなくなってしまった生徒のことを思って名簿をそっとなぞる。すると……。



亜留菜(あるな)先生も、『森』の話をご存知で?」


「っ、範田(はんだ)先生……」



 私の名前を呼んだのは、隣のクラスの担任である範田先生。優しいお兄さん先生として、生徒達に慕われている人だ。



「確か、その『森』には音が無い、とかでしたっけ?」


「っ、範田先生、それ、誰に聞きましたか?」



 私が知る限り、その話をしていたのは二人だけ。しかし、もし、他にも話していた人物が居るのであれば、その人の現状を知ることで、この妙な出来事と『森』の話を関連付けなくとも良くなるかもしれなかった。



「誰……。あれ? 誰でしたっけ? 確かに、俺、誰かから面と向かって聞いたはずなんですけど……」


「えっ……?」



 範田先生は、覚えていなかった。いや、誰に聞いたのか、全く思い出せない様子だった。



「『森』に立ち入ってはいけない。『森』は静寂を好む。『森』には音が無い……ちゃんと、覚えているのに……」



 そして、範田先生は、欠席している二人が話したのと全く同じことを告げる。



「はん「範田先生はいらっしゃいますか?」」



 頭を抱える範田先生へ、私は何を言おうとしたのか。私の言葉は、職員室に来た生徒の言葉によってかき消される。



「あ、すみません、亜留菜先生。ちょっと行ってきますね」



 そうして、生徒とやり取りを始める範田先生の後ろ姿を見守って……その日が、範田先生と会った最後の日となった。





「範田先生が、お休み……?」



 翌日の職員会議で告げられたのは、そんな連絡事項だった。

 昨日の範田先生の『森』に関する話を思い出して、どうしても嫌な予感がしてしまう。ただ、休む理由は告げられていなかったので、その時はまだ、希望を持てていたのだと思う。



「範田先生は、退職することになりました」



 しかし、数日後、告げられたのは、そんな一方的な内容だった。

 理由の説明はない。ただただ、退職する、とだけ。

 困惑したのは、私だけではない。他の教師はもちろん、生徒達だって、納得していなかった。

 ただ、私だけは、その予感があった。当たってほしくない、嫌な予感が。だから……。



「失礼します」


「はい、どうぞ。亜留菜先生」



 どうしても確認したい。その一心で、私は校長室へと足を踏み入れていた。



「珍しいですね。亜留菜先生がこちらにいらっしゃるのは」


「はい。お忙しい所、すみません。ただ、どうしても確認したいことがありまして……」


「えぇ、構いませんよ。亜留菜先生は真面目ですし、相談でも確認でも、何でもしていってください」



 穏やかに肯定してくれる校長先生。本当は、知らないまま、聞かないままの方が良いのかもしれない。しかし、欠席した二人の生徒はまだ戻らない。そして、範田先生ももしかしたら、同じかもしれないと思うと、動かずにはいられなかった。



「範田先生のことなのですが……」



 そう、告げた途端、校長先生の顔が強張った。



「……退職理由は、もしかしたら、『起きてこない』とかでしょうか?」



 何か知っている。そう確信した私は、一気にその懸念を告げる。



「……なぜ、亜留菜先生が、それを……?」



 当たってほしくなかった予想。それが当たってしまって、私はギュッと拳を握る。



「……私の、担当しているクラスの生徒二人が、同じ理由で欠席しています」



 しかし、その共通項までは、話せなかった。オカルトじみた……いや、完全にオカルトであろうその内容を、真剣な表情で尋ねる校長先生に告げることはできなかった。


 校長先生からの追及をかわして、帰路に着いた私は、その日の夜、夢を見た。


 深く暗い、森の入り口。そこに、呆然と立つ夢を……。



 曰く、その『森』に立ち入ってはいけない。

 曰く、その『森』は静寂を好む。

 曰く、その『森』には音が無い。



 目を覚ました時、私はそれが、話に聞いていた『森』だったのか分からなかった。

 夢の中の私は、ただ、森の入り口に立っているだけで、そこから先に進む様子はなかった。



「……助かった……?」



 ぼんやりと体を起こして呟いてみるものの、どうにも違う気がする。

 『起きてこない』という状態に陥った三人は、全員、『森』について話していた。対して、私は聞いていただけ。不安から見た夢でしかない可能性もある。とはいえ、気分の良いものでもない。

 時計を見れば、時刻は深夜二時。明日も仕事があることを考えると、寝るのが賢明なのは分かる。



「寝られない、よね」



 ただ、あんな夢の後に寝られるほどの神経は持ち合わせていなかった。

 スマホを手にして、コロリとベッドに横になると、一瞬だけ何をしようかと考えて、すぐに検索をかけることにする。


『森 都市伝説』と、入力した画面には、いくつもの検索結果が並べられ……。



「これ……」



 『静寂の森』と題された都市伝説が目に付いた。


 特徴的なタイトル、というわけでもない、どこにでもありそうな名前のそれは、『どこかで、誰かに聞いた話なんだけど』という言葉で始まっていた。



『どこかで、誰かに聞いた話なんだけど、ある日、夢の中に森の入り口が現れたんだって。


 それで、その森の前には注意書きがあって、立ち入ってはいけないとか、静寂を好むとか、音が無いって書いてあるの。


 注意書きを破ったらどうなるのか?


 それは分からないけど、多分、明日には分かるかな?


 今日、森の入り口に立つ夢を見たんだ。


 その夢の翌日に、また同じ夢を見たら、動けるらしいから、それで確認してみるよ。



 そう告げて、去った彼女は、一月後、連絡をよこしてきた。



 『森』の話は絶対誰にもしないで!


 もしも『森』の夢を見たら、絶対に注意書きを破らないで!


 破ったら、音を失う。



 意味が分からず、電話をかけたものの、全く繋がる様子はない。


 それ以降、僕は彼女に会っていない。


 ただ、今日、僕は夢の中で森の入り口に居た。


 もし、彼女の言葉通りなら、僕は明日、どうなるのだろう……?』



「……これ、私達と同じ……?」



 『森』の話も、注意書きの内容も、見事に全て一致する。そして……。



「今、私が見た夢と、同じ夢……?」



 その事実に、背筋に冷たいものが走った。





 気もそぞろなまま出勤し、何事もなく帰宅する。そして、その夜、寝ないようにしようとした努力も虚しくいつの間にか眠っていた私は、森の入り口に立っていた。



「っ……」



 注意書きは、確かにあった。



 森に立ち入ってはいけない。


 森は静寂を好む。


 森には音が無い。



 ひとまず、その注意書きに従うのであれば、私はこのまま回れ右をして立ち去るべきなのだ。そう、実際、そのつもりだったのだ。しかし……。



「亜留菜、先生……」



 私は、見てしまった。そして、聞いてしまった。

 青ざめた顔の範田先生が、森の奥から、私の名前を呼んで手を伸ばすところを。



「先生……」


「助けに、来てくれたんですか……?」



 欠席を続けていた久野と町田が、希望の眼差しをこちらへ向ける瞬間を。



 ただの夢、と割り切ってしまうには、それは生々しく、森から遠ざかろうとする意思を止めてしまう。

 ただの夢、と分かっていても、この『森』に立ち入るのは危険だと、頭のどこかで警鐘が鳴る。


 ただの夢。そう、ただの夢だ。それならば、思いのままに行動したところで誰にも責められない。誰にも知られることはない。誰にも迷惑はかけない。その、はずだ……。


 一歩、足を踏み出す。



「あぁ、良かった!」


「これで、助かるっ!」



 久野と町田の言葉は、教師として、聞かなければならない声だ。


 生徒を助ける。それは、教師として当然のこと。だから、また一歩、足が前に出る。



「亜留菜先生……本当に、助けにきてくださったんですね……」



 範田先生の顔に喜色が浮かぶのを見て、また一歩。


 行ってはいけない。ダメだと、頭の中の誰かが叫ぶのに、私は一歩、一歩と歩いてしまう。そして……。



「「「あぁ、これで贄が増えた」」」



 ハッと顔を上げれば、そこに居たのは、人型を無理やり象った森の木の根。

 そして、周囲の根が一斉に私に伸びてきて…………。














「ねぇ、知ってる? 亜留菜先生、退職した後、ずっと家に引きこもってるんだって」


「え? なんで? あんなに明るい先生だったのに?」


「それが、耳が聞こえなくなったとか、声が出なくなったとか聞くんだけど、実際どうなったのか、詳しいことは知らなくて……」


「えー、それ、ヤバいじゃん。何か病気だったとかかな?」


「かもねー? あ、そうそう、最近できたカフェだけど――――」




 森に立ち入ってはいけない。


 森は静寂を好む。


 森に音は無い。




 ほら、あなたの夢にも、その森はきっと……。

息抜きにちょこっと投稿しました。

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