第六話
案内されたそこは、こぢんまりとした風情のある小さな家だった。
小屋と言われていたからもう少し簡素というか、質素と言うか、廃棄された物置の様なものを想像していのだが、時代劇に出てくるような家をもう少し綺麗にしたような外観にいい意味で驚かされた。
中はちゃぶ台が置かれた六畳の部屋が一つだけだが、全く窮屈には感じなかった。
畳に障子、襖と言った和風の内装がそう思わせるのか、はたまた障子を全開にすれば見事な日本庭園を一望できるからなのか、理由は分からないけれど一つ言えることは恐ろしい程に居心地がいいと言う事だ。
「とても落ち着きます…」
「それは良かった。向こうだと洋式ばかりだから、こういったものが恋しくなって仕方ない。」
「分かります!!向こうも向こうで良いものが沢山あるんですけど、やはり慣れ親しんだ物には勝てません。」
畳の感触を味わうように撫でると、懐かしさに胸が痺れる。
お行儀悪く寝っ転がりたいのをぐっと抑えながら、此処に来た目的を思い出す。
これから私は、私の現実を生き抜くための話し合うのだから。
「それでは早速、お互いの目的について話し合いましょう。」
「そうだな。まずは君の目的を聞いておこう。」
「私の目的は唯一つ、生き残る事です。殿下もご存じの通り、私は第一章のラスボスとして無残な死を迎える運命にあります。最初は無難な方と婚約して殿下との婚約を回避するつもりですが、謀られお見合いさせられてしまいました。」
「その件については俺からも詫びる。母上がはしゃいでしまったんだ。」
「王妃様が?」
「母上と公爵夫人が親友だというのは知っているだろう?」
「はい。」
「俺と君が結婚することで公爵夫人と義理の家族になれるかもしれないと…」
「えぇー…」
王妃様、お母様の事好きすぎじゃないですか?とは、流石に言えなかった。
暗雲を背負って項垂れるアンシュルに、その言葉は止めを刺しそうだったからだ。
「まぁ、それだけじゃない。王家にとってオートクチュール公爵家と縁を結ぶのはある意味では必然でもある。」
「権力、ですね。」
「ああ。ポロス国の貴族は国王派、貴族派、中立派に分かれていてオートクチュール公爵家は中立派の筆頭だ。」
「なるほど…王室にしてみれば権力が国王派に傾いて貴族派を刺激したくない、逆に貴族派に近づいて寝首を掻かれたくもない、穏便に事を済ますには我がオートクチュール公爵家が一番適任と言う事ですか。」
「話が早くて助かる。」
オートクチュール公爵家が筆頭と言う事は中立派に他の公爵家はいないと言う事。
しかも年齢も比較的近い娘がいるのだ、王室としてはこんな好条件を無視して他に手を出すなど余程の事がない限りしないだろう。
つまり、アンシュルは自身の望みの為にその余程の事を叩き出さねばならいと言う事だ。
「やはり婚約を回避することは不可能…しかし、今の殿下なら駆け落ちなんてしない。」
「ああ、そこは絶対だ。この際だから正直に言うが、俺は小説上のアンシュルをあまりよく思っていない。」
「そうなのですか?」
「責任感が強すぎる奴ってのは分かる、別の人を好きになっちまったってのも分かる。けど、周りに迷惑かけまくってるくせに自己完結して勝手に傷ついて勝手に苦しんで勝手に突き進んで自分は苦労しましたって顔して耳障りの言い事ばっか言ってる奴を好ましくなんて思えん。」
「けちょんけちょんに言いますね…」
「今は俺がアンシュルだからいいんだ。」
腕を組みながら言い切るアンシュルだが、彼の言い分に共感してしまう部分があるのも事実だ。
何故なら、これは前世の読者の総意に近かったから。
物語を進める為にアンシュルは彼が言ったような人物でなくてはならなかった、というのも分かるがもう少しやり様があったのではないかと思わせてしまうキャラであるが故の評価。
ここで肝なのがこの評価は決してアンチ寄りの評価ではないと言う事。
言うなれば、いじられキャラの様な立ち位置なのだ。
「だからこそ、俺は同じ轍は踏まない。婚約を回避できなかったとしても、君に不誠実なことは決して行わないと誓おう。」
ハッキリと言い切るアンシュルは、嘘をついているようには見えない。
この点に関しては揺るぎない信頼を寄せても大丈夫だろう。
しかし、そうなると次の問題が浮上してくる。
「わかりました、その言葉信じましょう。」
「ああ。」
「しかし、このままいけばまず間違いなく私と殿下は婚約を結ぶことになります。そうなると、考えられる未来は二つ。途中で私と婚約破棄をして殿下の想い人と添い遂げるか、私を正妃にして殿下の想い人を側妃に迎えるという事です。」
「だよなぁ…」
婚約を回避できないと言う事は、結婚を回避できないと言う事に繋がる。
とはいえ、例え王家の有責で婚約破棄をしたとしても令嬢側に全く傷が付かないだなんてことにはならないし、場合によっては嫁ぎ先が見つからず老貴族の後妻か修道院に入る道しかなくなってしまう。
そうなればオートクチュール公爵家の家名にも傷が付くだけに飽き足らず、王家との関係が悪化し国が荒れる一因になりかねない。
かといって、後者は後者で遠慮願いたい理由があった。
「ですが殿下…正直に申し上げてよろしいですか?」
「ああ。」
「私、王妃になんてなりたくありません。」
そう、私は王妃になんてなりたくない。
何が悲しくて態々柵の多い場所に行かねばならないんだ。
しかも、王妃になると言う事は幼少期から厳しい王妃教育を受けなくてはならない。
極めつけに、私は殿下と恋を育む気が全くない。
個人的には想い人たる側妃と存分にイチャつけばいいと思うが、そうなれば煩いのは周りだ。
公務を押し付けられた哀れな王妃と同情されるのか、陛下の寵愛を賜れなかった落ち目と揶揄されるのか、どちらにしたって碌な目には合わない。
それに、お世継ぎだってきっとアンシュルは想い人とがいいと願うだろう。
つまり、私にとって百害あって一利なしなのだ。
「殿下が私を守ってくださったとしても、王妃になれば私の安寧は木っ端みじんに砕かれるでしょう。」
「概ね同意だ。だからこそ、この場を設けたんだ。」
どうやら、ここまでの事はアンシュルの想定通りだったようで安堵すると共に話が早くていいと感じる。
しかし、すぐに頭を抱える事となる。
婚約を回避できない時点で、ある意味詰みなこの状況からどう挽回すればいいのか全く分からないのだから。
その時ふと、まだ聞いていない事がある事を思い出した。
「そう言えば殿下。」
「なんだ?」
「殿下は確か結婚したい相手がいるって仰ってましたよね?」
「あ、ああ。」
「それは一体誰なのですが?場合によってはその方を婚約者に挿げ替えるだなんてこともできたりして…」
「いや、挿げ替えるのは無理だろう。彼女は平民だからな。」
「平民…?……ちょっとお待ちください…え?まさか……?」
「そう、そのまさかだ。俺が結婚したい相手はこの物語のヒロインであるルナだ。」
「……えぇぇ―――――――――――――――――――――――――――――!?」
言うこと欠いて一番の茨の道を自ら突き進むと言ったぞこの人!?
確かにルナはとても賢いし、平民なことが不思議なぐらいとても美しい。
それでも、彼女は平民。
平民の少女が貴族に見初められて嫁入りする、なんてことは稀にだがあることだが、王族となれば話は別。
何故なら、ポロス国憲法第九十一条において平民と王族の婚姻を禁止すると明記されているからだ。
ん?何で知ってるかって?
物語にも出てくるんだ、この法律★。
「ちょっ!本気ですか?!」
「ああ、本気だ。ルナは俺の推しなんだ!」
「そ、それは別に否定する気はありませんが、殿下もご存じでしょう!?あの法律!!」
「勿論だ。全く忌々しい…あれが制定されたのは数百年前の王族が、平民の娘に入れあげ国が荒れたかららしいが余計なことをしてくれる。」
「ある意味同じことをしようとしている人が何言ってるんですか。」
「俺は国を荒らす様なことはしない!!万が一そうなりそうなら王族を抜ける覚悟だって…そうだ、俺が王族を抜ければ…!」
「ストップストップ!!今の王族に子供は殿下だけなんですよ!?抜けられる訳ないというか、抜けたら抜けたで周りが大混乱しますよ!」
「そ、そうだな…悪い…」
傍目には分かりづらいがテンションが上がっていたのだろう、すぐに我に返るとバツが悪そうに謝る。
確かに、アンシュルに弟か兄でもいればもっと話は簡単だっただろう。
今からでも陛下と王妃、励んでくれないだろうかと下世話なことを考えるが、出来たら出来たでまた面倒なことになる気がした。
「兎に角、話を整理しましょう。私の望みは生き残る事、殿下の望みはルナと結婚すること。」
「ああ。」
「私の望みが成就するには殿下と婚約をしない事ですが、現状それは不可能。そして、殿下の望みが成就するには”闇夜”を引き起こす事。」
”闇夜”
クレッセント・ドロップにおいてこの言葉は平民の反乱を意味している。
アンシュルの駆け落ちは、王族と貴族の内乱を招いた。
それ自体は第九章で納まるがその後、第十章で”闇夜”が発生する。
王族と貴族の内乱の割を食った平民の生活は荒れ、一つのパンを巡って人が死ぬ様な争いが起こる程に治安が悪化していた。
そして、その事に王族や貴族が気づいた時には既に手遅れだった。
暴徒と化した平民達が武器を手に城や貴族の邸に攻め入り、金品を奪うだけでなく理不尽をぶつける様に暴行を加えた。
すぐさま事態を鎮圧すべく軍が投入されたが、平民達の怒りが根深くそして大きかった。
血で血を洗う反乱は第十二章まで続き、反乱軍の主導者と王家が和解する形で落ち着く事となる。
そして、平民と貴族の溝を埋める意味と事態の鎮圧に貢献した英雄を祝う意味を込めてアンシェルとルナは結婚を果たすのだ。
ん?英雄って誰のことだって?
アンシュルとルナのことさ★
「待った。確かに俺の望みを叶えるのに一番手っ取り早いのは”闇夜”を引き起こすことだが、自分の幸せのために国を壊す気はさらさらない。」
「では”闇夜”に匹敵する何かを得る、と言う事になりますが…現状、これも不可能に近いですね。」
手詰まりではあるがアンシュルが”闇夜”を否定してくれてよかった。
もし本当に”闇夜”を引き起こす気でいるのなら、その場でこの交渉は破綻だ。
生き残りたいが、罪のない人間を巻き込みたくはないのだから。
「…ん?」
「どうした?」
「”新月”以外で、何か大きな騒動がありませんでしたっけ?騒動の大きさの割には簡潔な説明描写だけで終わってしまっていたけど、確か貴族間の出来事で…一歩間違えれば隣国と戦争が始まりかねない様な…う~ん…」
「確かにあったな。」
朧げな記憶の中にある特徴的な事柄を参考に、何とか引っ張り出そうとする。
隣国が出てくるのは第八章の辺りで、アンシュルが城に戻る事を決意する場面だ。
確かそこで、ある貴族が何か取引をしていたけどアンシュルが帰還したことでご破算になった。
(そうだ、簡潔な説明描写で終わっていたのはご破算になったからだ。もしもこうしていたらこうなっていたでしょうね~ぐらいの、軽い感じで締めくくられていた。)
そして、その内容は不穏極まりない事で珍しくアンシュルグッジョブ!と親指を立てたことを覚えている。
でも、作者の遊び心で簡単に描写されていたからなのか肝心の中身が思い出せない。
「殿下、何か思い出しましたか?」
「いいや。小説のアンシュルが城に戻ったことで取引が破綻したという所までは思い出せたんだが…肝心の中身が思い出せない…」
「私もです…はぁ…せめて取引をしていた恰幅のいい貴族と言うのが誰かだけでも分かれば…」
「恰幅が、いい?」
「はい。確か、そう描写されていたかと。」
「…オートクチュール嬢、その貴族については俺の方で調べてもいいだろうか。」
「それは、勿論。」
私の言葉に思う所があったのか、神妙な面持ちでアンシュルが問いかける。
公爵令嬢とは言え三歳のおこちゃまが調べるよりも、王族のアンシュルが調べた方がよっぽど効率的なのですぐに頷いた。
ただ、私が頷いた時にアンシュルが見せた表情だけが気になった。
「さて、本当はもう少し会議を続けたかったがそろそろ起床時間の様だ。」
「え!もう!?」
「目が覚めてもここでのことはキチンと覚えているから安心してくれ。それと、一度繋がってしまえばあとは俺が魔力を辿って繋げられるから耳飾りはもう持って就寝しなくても大丈夫だ。」
思った以上に時間が経過していて驚いたが、それ以上に周りの景色が徐々に薄くなっている事に更に驚く。
ここが夢だと分かっていても畳の感触や緑の匂いはとてもリアルで、寂しいような、悲しいような、恐ろしいような、複雑な感情が湧きおこる。
夢の終わりはいつも物悲しいとは、よく言ったものだ。
「オートクチュール嬢、明日の夜にまた。」
「はい、殿下。それと、夢の中だけならどうかメリンダとお呼びください。オートクチュール嬢では言いにくいでしょうから。」
「ははっ、気遣い感謝するよ。メリンダ。」
そう言って笑ったアンシュルの顔は、どこにでもいる子供の様に無邪気だった。
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