第五話
「お休みなさいませ、お嬢様。」
「お休み、シア。」
シアが立ち去ると、静かにベッドから抜け出し、ジュエリーボックスに仕舞われていたイヤリングを取り出す。
そして再びベッドに戻ると、イヤリングを壊さないように握り締めながら瞳を閉じた。
王妃様とのお茶会と言う名のお見合いから帰宅した私を出迎えたのは、複雑そうなお父様と穏やかなお兄様だった。
どうやら、今回のお見合いを知らなかったのは私だけだったらしく一体どういう了見だと詰め寄りたいのを必死で抑えていた。
前世の感覚で言うなら余計なお世話だとか、デリカシー無さすぎとか、騙し討ちなんて最低とか、色々文句も出せるがこの世界では結婚は貴族の義務であり家長の決定は絶対だ。
どんな思惑があるにせよ家長たるお父様がお見合いを許可したのであれば、残念ながら私に意見する権利はない。
それでも、今の私はまだ三歳だ。
如何にも不本意ですと顔を顰めるぐらいは許されると、盛大にそっぽを向いていた。
「メリンダ…」
「なんでしょうか、お父様。」
「今日は楽しくなかったのかい?」
「楽しかったですよ、最初は。」
「そ、そうか…」
不機嫌ですと顔に出すが受け答えはキチンとする、というスタンスは理解はしているが納得はしていないと相手に伝えるには十分だったようで、三人とも困った様に笑っている。
本来ならここらで小言や苦言の一つを零して機嫌を直すのが落し所だろうが、今回はもう少しだけ引き延ばさねばならない。
アンシュルとの話し合いの結果によって、私の立ち回りが変わるからだ。
恐らく、アンシュルは私よりも貴族の勢力図に精通しているだろう。
私より年上だし何より王族だ、幼い頃からその辺は徹底的に叩き込まれるに違いない。
もしかしたら、王家がオートクチュール公爵家と縁を結びたいのではなく逆の可能性もまだ捨てなくていいのかもしれない。
そのためには今、お父様やお母様、お兄様に丸め込まれるわけにはいかない。
「それでメリンダ、殿下とはどんなお話をしたんだい?」
「とても楽しそうだったわよね。」
「色んなお話ですわ。とても有意義な時間だったことは確かですが、結局、王妃様に御礼を申し上げることができませんでした。」
「そうなのかい?」
「はい。王妃様に御礼を申し上げる機会を得るために必死にお勉強に励んでいたのに、一体どうしてなのでしょうね。」
ニッコリと笑いながら首を傾げれば、お父様もお母様も明後日の方向に視線を逸らす。
その様子にお兄様も何かを察したのか、呆れたような視線を向ける。
「王妃様と母上の会話が弾み過ぎてしまったのかな?」
「確かに弾んでおいででしたが、きっと私の教養がまだ足りなかったと言う事なのでしょう。誕生日と言う事でオマケをしてもらえたのを、実力だと過信した私の至らなさを王妃様は正確に見抜かれたのです。」
「それは違うわメリンダ。」
「いいえ、お母様。そうでないのならいくら会話が弾んだからと言って、本題を忘れるようなこと王妃様が為さる筈がありません。」
それは言外に、私がお礼を言う事を伝えてあったはずだよな?と問いかけていた。
そうだと答えれば王妃の過失を認める事となり、違うと答えれば自身の過失を認めることになる。
どちらを選んだとしても、遠回しに私を蔑ろにしていたとも取れる答えだ。
「それは…」
「ご心配には及びません。私、もっと精進いたします。殿下に習い、暫く籠りながら研鑽を積む所存です。」
「メ、メリンダ!?」
「見ていてくださいませ。きっと、見違える程に成長してご覧に入れますわ。」
そう言い切ると、晩餐の席から立ち上がり、自室へと引き上げる。
自室に戻ると、すぐにシアを始めとしたメイド達が就寝の準備を進めてくれて、シアが就寝の挨拶をするまで家族は誰も部屋を訪ねてはこなかった。
今は盛大に臍を曲げているので無理です!という幼子だからこそ許される時間稼ぎ成功だ。
*
「ここは…」
気がつけば私は立派な日本庭園の中に居た。
澄んだ池に玉砂利が敷き詰められ緑豊かな庭は、前世で観光した京都の景色に似ていてとても居心地がいい。
それなのに、目頭が熱くてたまらない。
懐かしい景色は同時に、ポロス国にはどこを探してもありえない景色。
つまり、これは夢。
「すまない…」
「殿下…」
いつの間にか背後に立っていたアンシュルが、申し訳なさそうに声を上げる。
「少しでもリラックスして話せるかと景観を再現したんだが、返って悲しませてしまったな。」
「では、この夢は殿下が?」
「ああ、王家の蔵で見つけた魔道具を使ってね。ここなら誰にも悟られずに会話ができる。」
確かに、王城だろうと公爵家だろうと現実である限り完全に人目を排除することはできない。
方法について追及したい気持ちもあったが、懐かしい場所が全てを流してしまう。
でも、それではダメだ。
「お気遣いありがとうございます、殿下。とても嬉しいです。」
「大丈夫か?無理はしなくていいんだ。ここは夢、地位も立場も関係ない。」
「無理なんてしていません。確かにちょっと懐かしさに涙腺が緩みましたが、どんな形であれ故郷に似た場所に居れて本当に嬉しいんです。」
目尻を少し拭うと、顔を上げて微笑む。
確かに懐かしい場所だ、帰りたい故郷だ、でももう手が届かないのが現実。
なら、立ち止まるべきじゃない。
─少なくとも、今は。
「…わかった、話を進めよう。」
「はい。」
「長い話になるだろうし、何より立ち話でする話でもない。この先に、庵を作っておいたからそこでしよう。」
「庵?」
「草ぶき屋根の小さな小屋の事だよ。」
そう言いながら差し出された手を取り、歩みを進めた。
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