第四十二話
『取引成立、でよろしいですね?』
『ああ。三十分後、報酬楽しみにしてるぜ?』
「……なーんかつまんねぇ話になってきたし、俺は帰らせてもらう事にするわ。」
「それは無理ですね。貴方にはルガシオン王子を誑かしたとして斬首刑を受けてもらわねばなりませんから。」
「嫌だね。何でテメェなんぞの指図を受けにゃならん。」
「指図ではありません、命令です。」
「!」
ニヤリと宰相が笑みを浮かべた瞬間、部屋に緑色の光が放たれる。
何かの攻撃魔法かと身構えたが痛みは勿論、衝撃も来ない。
一体何をしたんだと自身から再び宰相へと目を向けると、目の前に居たはずのキールの姿が消えていた。
「キール?!」
「!?」
「おや、分身体でしたか。流石闇ギルドの構成員と言った所でしょうか、狡猾さは私よりも上の様だ。」
「分身体…」
「ルナフィール姫はご存じありませんでしたか?文字通り己の分身を作るとても高等な魔法であのような下賤の輩が扱える代物では本来ないのですがね。」
やれやれと仰々しく呆れている風を装っているつもりなのだろうが、その表情は憎々し気に歪められている。
それほどまでにキールが上級魔法を使いこなす事が気に入らないのだろう、まぁ、キールがと言うよりは闇ギルドの構成員が優秀なことが気に食わないと言った方が適切だろうが。
(あのキールが分身体とは分からなかったけど、確か分身魔法って分裂とは違って意志共有されてたはず。ならあの取引は無効になっていない、と思いたい…)
一瞬過った弱気な想像から無理矢理目を逸らし、現状分析に入る。
先程の光、痛みも衝撃も感じなかったけれどキールの分身体をいとも簡単に消し去ったことから無害とは思えない。
絶対に何らかの意味を持つものだと思われるが、辺りに変わった様子はない。
最初からキールの分身体だけを狙っていたとしても私はキールの分身体の近くに居た、もしも緑の光が攻撃魔法かそれに類するものだった場合、全く衝撃も音もなく対象を消し去る事なんて不可能だ。
それでは一体なぜ、と考えたところでサラリと流れた私の髪が一房だけ銀色に変化しているのに気づいた。
手で触れるとすぐに銀色は変化したが、あの色は間違いなくメリンダのものだ。
(一体どうして、ルナの髪はブルーアッシュなのに…魔法の効果が切れた?でも、クーによれば数日は持つはずなのに……まさか、あの光の効果って…)
「まあいいでしょう、そう遠くへはどうせ逃げられない。ならばまずはルガシオン王子から対応させていただきましょう。」
「ほぉ、私を亡き者にでもして己が玉座へ就こうとでもいうのか?」
「滅相もございません、私只この国の栄華を願う者に過ぎません。ただ、立場というものは相応しい者を自ら呼び寄せるものであると、考えてはおりますが。」
「貴様がその相応しい者だと?過大評価も甚だしいな、いっそ哀れなほどに。」
「それは、貴方様のことではありませんか?幼き身に似合わぬ思考を持つばかりに、大人と同等に渡り合えると誤認している哀れな幼子よ。」
「貴様っ…!!」
「お待ちください!ルガシオン王子!!」
メーバルの煽りに堪えかねたのか、片腕を上げようとするルガシオンを止めようと背後から抱き着く。
振り払われたらどうしようかと思ったが、ルガシオンはまだギリギリ冷静さを失っていなかったようで驚きはしたものの振り払いはしなかった。
「ルナフィール姫!?下がってください、こいつは…」
「恐らく、今私達は魔法を行使することが出来なくなっております!」
「なっ?!」
「分身体を撃破するのではなく消し去った点から見て、恐らくあの光は魔法を阻害する効果を持っていると思われます。宰相を中心に数キロ圏内に居る間、ほぼすべての魔法が無効化される…魔法を放とうとしても発動しない事に動揺したルガシオン王子の隙を狙って、制圧しようとしていた。違いますか。」
「ほっほっほっ、いやはや参りましたな。そこまで見抜かれてしまうとは。」
紳士の顔を浅ましく歪ませながら心底愉快だと言わんばかりに笑うメーバルは、狂気すら感じる。
この男の余裕の源は国を掌握したからではない、魔法を封じ込める手段がある事だったのだ。
大人と子供では当たり前だが大きな差がある、だがその差を埋める手段がたった一つだけある。
それが魔法だ。
身長の差を埋めるには浮遊魔法を、力の差を埋めるには重力魔法を、戦闘技術の差を埋めるには遠隔魔法を、と言った風にあらゆる魔法を駆使すれば子供と言えど大人と渡り合う事がこの世界では可能だ。
勿論その魔法を完璧に理解し使いこなせるだけの頭脳があればという前提は付くが、私と対等に会話できる時点でルガシオンはその前提条件を十分にクリアしている。
加えてメーバルの煽りを受けて魔法を使おうとしていた事から見ても、ルガシオンが魔法を駆使して大人と渡り合ってきたことは明白だった。
だからこそこの状況はマズい。
(ルガシオンは恐らく魔法特化型、私みたいに武器を扱う事は出来ないと見るべきだろう。逆にメーバルは武器を、剣を使える。子供相手に腰に付けた剣を抜くだなんて事しないと思いたいけど、多分抜くわよね、こういう人種は…どうする…私一人なら耐えるか、逃げるか出来るけどルガシオンを守りながらとなるとかなりキツイ…)
かといってメーバルをルガシオンから引き離して一対一に持ち込むことだってできない。
私の戦闘スタイルは遠距離型だ、近距離戦闘が全くできないとは言わないが腕力強化ができない状態では殺してくれと言っているようなものだ。
それにここまで知ってしまっているのだ、他国の人間だからとて無事に帰してもらえるとも思えない。
(魔法を阻害されているとなると暗器召喚は使えないしクーを呼ぶこともできない。今の手持ちは変形柄と極小・小・中・大の暗器が各五本…あ、極小は一本使ったから極小だけ四で後は仕込みが三本…仕込み?)
囮になると決まってから大急ぎで用意したので、今回も暗器に仕込んであるのは毒ではなく魔力凝固剤だ。
命を奪う様な効果はないが、魔力が活性化している状態で受けるとかなりの激痛が起こる。
(あの緑の光によって魔法が阻害されている…なら、これを使えばもしかして…)
「どうやらルナフィール姫も王子殿下同様、いやそれ以上の頭脳をお持ちの様だ。どうでしょう?私めと取引をいたしませんか?」
「!…取引?」
思考に意識を向けすぎていた所をメーバルの声が引き戻す。
ニタリとした気味の悪い笑みは、まるで私を品定めするかのようで心底不愉快だ。
「ガルツ国とメンシス国の力を合わせれば近隣諸国を制圧することなど容易い。そうは思いませんか?」
「俗に言う世界征服、という奴ですか?」
「そんな青臭い野望ではありませんよ。神の様に絶大な力を有する者であったとしても世界を征服しきることは難しい、強固な法を敷いたとて、不死の軍を率いたとて、人である限り必ず綻びが生じる。そして、人はそれを探し出すことに長けている。そんなものを完璧に統治するだなんて不可能なんですよ。」
「ならば、貴方は何を望むのですか?」
「美しい静寂です。」
「!!まさか…」
「ええ、ええ、お分かりいただけました?そうです!この世界に美しい静寂を齎す事、それこそが私の願いなのです!!この世界は騒音に濡れ汚れている。有象無象が私利私欲で奪い合うだけに留まらず、己を正当化する為に不条理な風潮を巻き散らす…だが、それも仕方ない事だ。何故なら、有象無象には思考というものが欠落しているのだから。」
「…」
「愚かという意味を知らぬまま地を這う姿のなんと哀れな事か…このまま見捨てることなど私にはできない。だから、救済するのです…穢れきった器から魂を解き放つことで浄化し、正常な生命体として再び舞い戻れるように。」
「…つまり、殺すと言う事でしょう?貴方が言う、思考を持たない者達を。」
「その通りです。」
狂っている。
この男の思想はガルツ国の領土拡大とかいう次元じゃない、メンシス国の軍事力を利用して世界中で大量殺人を行おうとしているのだ。
しかもそれを悪行とは考えず、むしろ善行だと言っているのだ。
汚いものを綺麗にするために一度無かったことにするだなんて、理不尽にもほどがある。
「ルナフィール姫にも覚えがあるのではありませんか?とても有用な方法にも関わらず理解しようともせずに否定され、押し付けられたことが。」
「!」
「確かに危険はある、けれど犠牲はでない。それなのに有用性を認めず、あまつさえこちらの考えを否定するに飽き足らずこちらこそが愚鈍だと嘲笑う…その愚かさを何故嘆かずにいられるでしょう。」
何が彼をここまで歪ませてしまったのかは分からないが、少しだけ似ている気がした。
私が提言した囮作戦をアンシュルが拒絶した時に。
あの時、私が提言した作戦は最小の危険で最大の利益が見込まれる様に考えてのものだった。
それに、危険に合う可能性があるのは私だけだったという部分もあの時の私にしてみれば有益だと思っていた。
多少の無理は効くし何より、アンシュルもルナも安全な場所に居てくれることの心強さがあれば大丈夫だと本当に思っていたんだ。
だけど、それは唯の独り善がりだった。
私が私の為にアンシュルとルナに傷ついてほしくないと思っているのと同じく、アンシュルも、ルナも、私に傷ついてほしくないと思っていてくれていると……思いたくなかった。
(相手がこちらを想ってくれるのは自分に価値があるから。この言葉をまさか今になって思いだすとはね…)
前世、回された部署での仕事に四苦八苦していた時、手を差し伸べてくれる人が全くいなかったわけじゃない。
仕事を手伝ってくれるだとか直接的なことではなかったけど、休憩の時なんかに話を聞いてくれたり、お菓子を差し入れてくれたりした。
頻度で言えばたった数回だけど当時の私にはそれがとても嬉しくて、もっと頑張ろうと思えた。
もっと頑張ればきっとまた声をかけてくれる、もっと頑張ればきっと認めてもらえる、もっと頑張れば、もっと頑張れば─
そして、結局私の精神は壊れた。
私は私に絶望した、きっと私に価値がなかったから誰も手を差し伸べてくれなかったのだと。
手を差し伸べてくれた時の私をずっと維持できなかった私が悪いのだと、自分で自分を責めた。
負の連鎖を断ち切った今でさえ、この考えは私の根底にこびり付いている。
これが全て間違っているとは思わない、だけど、正しくはないのだと今なら分かる。
〘はぁー…筋金入りだな、お嬢は。〙
(どうして今、貴方を思い出すのかしらね。クー…)
「どうです?貴女ならば美しい静寂の価値を、ご理解いただけるのではありませんか?」
「…確かに、貴方の言う事も少しは分かります。対人関係に煩わしさを持ったことがないと言えば嘘になりますし、貴方が仰ったような事がなかったとも言えません。」
「ルナフィール姫…!!」
「そうですね…貴方の言葉に合わせるのならば、取引と対価が釣り合わないのでお断りさせていただきますわ。」
「!!釣り合わない!?世界の静寂が釣り合わないと!?」
「ええ。だって考えてみてくださいな、貴女、私の望みを何にも知らないし知ろうともしないんですもの。それって、貴方が言った押し付けではなくて?」
「っ!!」
「美しい静寂は確かに魅力的ですが、私の望みには遠く及ばない。私の…命を懸けるに値する望みにはね。」
アンシュルとルナの結婚式をこの目で見るという望みにはね!!
自分が今どんな顔をしているのかは分からないが多分、ドヤ顔になっていると思う。
だが気にしない、大いにドヤってやる。
だって、事実だから。
「っ…そうですか、残念です。貴女ならば協力者として良い関係を築けたでしょうに。」
「あら、こんな小娘をそこまで評価して頂けるなんて光栄ですわ。」
苦々しく表情を歪めたメーバルが腰に携えた剣を抜く。
室内にはあまり向かない長さの剣だが、子供相手ならば不足はないと考えたのだろう。
そんなメーバルに敬意を表す様にカーテシーをするが、本当の目的はスカートの中に忍ばせておいた暗器を取り出すため。
交渉が決裂した今、すぐにでもメーバルは私とルガシオンを殺そうとするだろう。
室内には向かない長さの剣で容易く殺せると、メーバルがこちらを頭でっかちの子供だと思っている今しかない。
(チャンスは一瞬。)
緊迫した空気の中でブルーアッシュの髪が一瞬、銀色に煌めいた。
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