第四話
「ぇ……?」
今度は、私が固まる番だった。
アンシュルの口から飛び出してきたのは、まごうことなく日本語。
一体どうしてと考える横で、冷静な自分が語りかける。
アンシュルもまた、転生者なのではないかと。
事実を確認したいのに、あまりの衝撃に私の身体は動いてくれない。
人間、驚き過ぎると声も出せなくなるとは本当のことだったのかと、現実逃避をする始末だ。
「”その様子だと、本当に通じているみたいだな。”」
「!”ど、どうしてその言葉を?!やっぱり、貴方も転生者なの?!”」
「”ああ。出身は日本、職業会社員、死因は過労死。君は?”」
「”私も出身は日本、職業は同じく会社員、死因は…思い出せません。”」
「”そうか…ま、苦しい記憶だろうし無理して思い出す必要もないだろう。それよりも、確認することがある。”」
「”な、なんですか?”」
「”君は、クレッセント・ドロップという物語を知っているか?”」
真剣な表情で告げられた言葉に、相手もあの小説を知っているのだと知る。
そう言えば、あの小説は恋愛要素が多いが構成や描写が面白いと男性にも人気を博していた。
きっと、目の前のこの人もそうなのだろう。
「”はい、勿論。”」
「”どこまで読んだ?”」
「”一通り読みました。”」
「”そうか、なら話早い。恐らく、俺と君の婚約は回避できない。”」
「”やっぱり…”」
「”そして、すまない。俺は君と結婚する気はない。”」
心底すまなそうに言うアンシュル。
きっと、さっきの言葉を真に受けているのだと慌てて釈明すると、ほっとした様に胸を撫で下ろす。
望まぬ結婚はお互い様ではあるが、その安堵の様子に少しだけ違和感がした。
「”あの…失礼ですが、もしかして独身願望が?”」
「”ああ、いや…そういう訳ではないんだ。その、結婚したい人が、居て…”」
「!!」
顔を赤くさせ、照れくさそうに俯くアンシュルに濃厚な恋の気配を察知する。
王族に生まれ以上いずれは結婚しなくてはならない、それならば好いた相手と結ばれたいと思うのは至極当然のことだ。
加えて、中身は違うが私にとってアンシュルはツッコミどころ満載ではあるもののどこか憎み切れず、自分に危害がないのであれば幸せになってほしいキャラの一人なのだ。
「”応援しますとも!!”」
「”本当か!?”」
「”ええ勿論!あ、でも、その人と結婚してもいいですけど私に余波が無いようにしてくださいね?駆け落ちとか絶対だめですよ!?”」
「”分かっている、そんな無責任なことはしない。むしろ、協力してくれるのなら俺に出来る範囲で君を幸福にできるよう尽力しよう。”」
「”本当ですか!?”」
「”勿論。”」
アンシュルの言葉に私は飛び上がり、気づけば二人は熱い握手を交わしていた。
それはさながら企業の契約が締結した時の様で、甘さは一かけらもない。
第三者がこの光景を見たら、さぞかし首を傾げたことだろう。
だが、今はそんなことはどうだっていい。
「”さて、これからの事を話し合いたいがこれ以上ここで話せばいらぬ誤解を招きそうだな。”」
「”そうですよね…でも、文通なんてしたら更に誤解されるのでは?”」
「”俺にいい考えがある。そのために、君の魔力を少しくれないか?”」
「”魔力を?……えっと、どうやって?”」
「”ああ、すまない。そう言えば君はまだ三歳だったな。”」
そう言われて、そう言えば自分がまだ三歳だったことをようやく思い出す。
王妃様に会うために、活舌は勿論、礼儀作法をこれでもかと叩き込まれていたおかげで中身が私になっても周りは特に違和感を持たなかったが、中身はアラサーだったりする。
「”う~ん…万が一のことを考えると君の魔力を貰った方が安全なんだけど……あ、そうだ。オートクチュール嬢、その耳飾りを一つ貸してくれないか?”」
「”これ?”」
どうしようかと頭を悩ませていたアンシュルだったが、私の耳にあるパールのイヤリングを見ると、閃いたと言わんばかりに顔を輝かせた。
残念なことに、私にはその意図が読めなかったが、片方のイヤリングを渡すと両手で包み込むように握り締める。
すると、一瞬だがアンシュルの手が輝いた。
「”よし、一先ず繋ぐぐらいは出来そうかな。”」
「”な、なにしたの?!”」
「”俺の魔力を少し付与しておいた。まぁ、本当に少しだから今回のみ使えるだけだけど。”」
「”す、すごい!!私にも出来る?!”」
「”訓練すればできるようになるかもね。”」
好奇心に瞳を輝かせる私に、アンシュルは微笑ましい物を見るような目で微笑む。
だがこれは仕方がないというものだ。
前世には魔法なんて空想上でしか存在しなかったし、ファンタジーものが大好きな人種にとっては正しく奇跡の光景に等しいのだから。
しかも、訓練をすれば身に着く可能性まであると来た。
天空に拳を高々と掲げたい気分…いや、もうやっていたわ。
「”とにかく、今日の夜はこのイヤリングを握り締めながら寝てくれ。出来るだけ早く。”」
「”分かりました!”」
アンシュルの言葉に元気よく返事をする私を、何故か彼は困った様に、呆れた様に、笑っていた。
その時は、分からなかったけれど冷静に考えればどうしてとか、何故そんなことをするのだとか、そんな当たり前の疑問は魔法への情熱の前に消え去っていたのだ。
改めて思い出すと羞恥に顔が熱くなるが、お陰でその後、エスコートされながら王妃様とお母様の元へ戻った際に甘ったるい雰囲気が全くない、そもそも発生すらしなかったと分かる程に友情全振り笑顔を浮かべられたのだから良しとしよう。
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