第三十一話
「……へ?」
ちょっと待って、何故ここにルナが居るんだ?
いや、それよりもルナが何故私を知っているんだ?
先程アンシュルは彼女に危機が迫っている事に気づいたと言っていた、つまりルナが狙われる事態に陥っているという事。
平民であるルナが何故狙われる?
小説にそんな展開はなかった…いや、ルナは狙われていたな小説のメリンダに。
え?じゃああの賊って私が差し向けた闇ギルドの連中?
いやいや、私はそんな事頼んでないしそもそも闇ギルドに伝手もないしルナ狙う必要もないし…ああそういや妹にするーとか言ってたなぁ〜それが狙う事になったのかな?すごいな強制力、だが私は幼子を攫って愛でるような趣味はないぞ、至って健全だとも。
だか違う、そうだ違う、てか違っててくれ!!
「おーい、そろそろ戻ってこい。」
「ハッ!!」
ポンポンと頭を小突かれてようやく正気に戻る。
あまりの衝撃で宇宙猫化していたようだ。
「まぁ驚くのも無理はない、状況が状況だったせいで情報の共有が上手く行えていなかったからな。」
「色々、ええ色々聞きたい事が多いですがまずお聞きします。私が今この場で聞いていい事なのでしょうか?」
「う~ん、ここだとちょっとまずいかな。場所を移動しよう。」
軽く土埃を払うと、懐から魔道具を取り出す。
どうやら転移魔法を籠めた魔道具の様で、カチリという音と共に四人は一瞬で別の場所へと飛ばされた。
飛ばされた先は簡素な宿屋の一室のようだったが、念入りに結界が貼られている事にはすぐに気づいた。
恐らく、アンシュルが持っていたあの魔道具でなければ入れない特殊な部屋なのだろう。
「よし、ここならいいだろう。さてと、まずどこから話そうか。」
「では、差し支えない範囲で構いませんので彼女に私の事を話すことになった経緯をお教えください。」
「そうだな…」
私の言葉に話す内容を考えているのか、アンシュルが少しの間沈黙する。
いくら相棒と言えど王族とその家臣という立場なのだから、一から十まで全て知る事が出来るとは思っていない。
だが、思案するアンシュルの瞳がクーに向けられた。
まるで、告げてもいいかと確認を取るかのように。
「…俺は王子様の判断に任せる。」
「わかった。なら本当に最初からだな、メリンダ。」
「はい。」
「分かっているとは思うがこれから話すことは他言無用だ。」
「承知しております。」
一体どんな言葉が飛び出すのか分からない、だが例えどんな言葉が飛び出してきても叫び散らかすことはすまいと生唾を飲み込む。
そして少しだけ怯えながら待った言葉は、叫び出すのを堪えるのでやっとの真実だった。
「知っての通り、俺は奴隷商の調査を進めている。その過程で鉱石の横領にも気づいたんだがその背景に闇ギルドが関わっている事が分かったんだ。」
「!」
「ポロス国はその存在を認めていないし取り締まりも厳重に行ってきたお陰で国内においてその規模は小さくなってきている。闇ギルドとしても仕事のしにく場所で態々活動する理由もないからな。それなのに、今回の山には闇ギルドからかなり大きな戦力が投下されている。」
「国の中枢にいる人物、或いはそれに匹敵する様な力を持つ人間が依頼主に居ると言う事ですね。しかも、ポロス国の人間ではない者が。」
「ああ。それが誰なのかまでは分かっていないが、状況から見て君が見つけた戦争屋とも繋がりがあると見るべきだろう。」
「……」
これまで奴隷商は戦争屋とのみ繋がっていると思っていたが、闇ギルドが仲介しているとなれば考えていたよりも規模は大きいと見るべきだろう。
となると、奴隷商の目的も単なる利益と見るのは早計かもしれない。
言い方は酷だが、人間はかなり有用な資源だ、使い方次第で様々な効果を得ることができる。
「…奴隷商自体が子飼いの可能性が高いということですね。」
「そうだ。今回の先導者は恐らく闇ギルドに依頼をした人物だろう。闇ギルドなら戦争屋とも繋がりがあるだろうし、奴隷商の真似事をすることも造作もない。」
アンシュルの言う通りだが、そうなるとますます手が出しずらくなる。
闇ギルドはどんな大金を積んだとしても保身第一を掲げており、それは一定の人間には周知されている。
これだけ聞けば、闇ギルドを退ける事態はそこまで難しくないのではないかと思われるかもしれない。
要は闇ギルド自体にダメージ、もしくは不利益を齎せばいいのだから。
だが保身を優先すると知っているらこそ、依頼人も闇ギルドが裏切った時用に必ず保険をかけておくのだ。
小説のメリンダも、闇ギルドが裏切るか摘発された時用に亡命の手筈を整えていたぐらいだ。
もし安易に闇ギルドを退け等したら、依頼者についてなんの手掛かりのない現状では完全に取り逃がしてしまう。
そうすればイタチごっこの始まりだ。
「!待ってください、殿下は彼女に危機が迫っている事を知って駆け付けたと言ってしましたよね?まさか、彼女は闇ギルドから狙われているというのですか?」
「流石、話が早いね。そう、ルナは闇ギルドに狙われポロス国まで逃れてきたと奴隷商の調査を進めるうちに分かってね。ずっと行方を捜していたんだ。」
夢の場であったとしても全てを言い合えるわけではないから、情報を秘匿されたことに思う所はあれど非難するつもりはないしアンシュルもそれは理解している。
だが少しだけ困った様に笑う所から見て、結果的にそう言う事になっただけで情報の発見自体の時系列はバラバラなのだろう。
(あの時、私がルナを妹にすると言った時点では闇ギルドに誰かが狙われているとは知っていたが、ルナであるとは知らなかったといった辺りでしょうね。もしかして、話を付けなくてはならないある人物って言うのがルナと関係しているのかしら?)
「…その捜索には、他の協力者の手を借りたのですか?」
「ああ、そうだよ。そいつを説得するのに手間取ってさ、お陰で彼女の元に駆け付けるのがギリギリになってしまった。」
(やはり。)
しかし、厄介なことになった。
闇ギルドに狙われていると言う事は即ち、ルナが依頼人に繋がる鍵であると言う事だ。
普通なら王宮で丁重に保護するべきなのだが、そうしてしまえばルナが平民であると多くの貴族にバレてしまう。
かといってそんな重要人物をオートクチュール公爵家で引き受けると言っても、公爵家のセキュリティーで守り切れるのか怪しい。
ルナが平民であると知られず尚且つ安全に保護できる、そんな都合のいい手段があれば話は別だがそんなものがあるはずもなく。
(詰み、か…)
「でも、収穫もあった。」
「収穫?」
「ああ。」
オウム返しに問いかける私に、アンシュルは笑みを持って答える。
言えない、と。
「…それは、殿下にとって有用ですか?」
「ああ。」
「ならばいいです。」
言えないならそれでいい、問題はこちらにとって利益があるかどうかなのだから。
その点をクリアしていれば後はどうとでもなる。
「分かりました。それで、今後は私に何をお望みで?」
「!?」
「流石は俺の相棒、よく分かっているね。」
「煽てても何も出ませんよ。」
「それは残念だ。君への頼みは彼女の世話係兼護衛を請け負って欲しい、衣食住はこちらで用意するから。」
「承知しましたわ。」
「ちょちょっ、ちょっと待てよ!!」
「どうしました、クー。」
今まで黙っていたクーが辛抱たまらんと言った様子で声を上げた。
その顔にはハッキリと困惑の色が見えて、これまでの会話で何かおかしな所があっただろうかと首を傾げる。
「何ですぐに了承すんだよお嬢。いくら王子様の頼みだからって相手は素性の知らない他人だろ?もっとこう…根掘り葉掘り聞くとか、自分に都合のいい条件とか提示するもんだろ!?」
「確かに彼女の素性は分かりませんが、それはこれから知ればいい事ですし他でもない殿下が保護を決めたのですから私に否はありません。それに、必要なことはもう聞きましたから。」
「どこがだ!?何で闇ギルドに狙われているのかとか、行方を知るために話を付けた奴は誰だとか、収穫って何の事だとか…そもそも公爵令嬢に頼むような仕事じゃ、王子様がやる仕事じゃないだろ!?」
確かにクーの言う事は正論だ、尤もそれは内情を知らない人間にしてみればだ。
私とアンシュルは前世という事前知識があるからなんで闇ギルドに狙われているのかという点は大方想像できるし、他の事もある程度は飲み込める。
行方を知るために話を付けた人物が誰なのか、収穫が何なのか、気にならないと言えば嘘になるがそこまで重要視する情報じゃない。
それに─
「確かに貴方の言う事は正論でしょう。闇ギルドに何故狙われているのかという点は護衛する観点から見ても知っておくべき情報ですが、後に関してはそこまで重要ではありません。」
「は?」
「話を付けた人物が誰であろうと収穫が何であろうと、それが殿下にとって脅威ではなく利益であるなら詳細は些事です。まぁ、だからと言って気にならないという事ではありませんが。」
「そのせいでお嬢が巻き込まれるとしてもか。」
「ええ。何せ、相棒の頼みですからね。」
「…」
そう言ったらクーは沈黙してしまった。
(そんなにおかしなことを言った?私としては忠臣の鏡をイメージして言ったつもりだったんだけどなぁ…もしかして、事前知識を持たない側からしたらかなり楽観的な考えに聞こえて呆れられた、とか…?あり得そう…でももしそうならここで取り繕っても更に不審がられそうだし…あ…)
恐らくクーは世間知らずなお嬢様を心配して苦言を呈してくれている、ここでいくら私が大丈夫だと言った所で決して納得しないだろう。
かといってじゃあ自分も手伝うなんてことクーは言わない、いや、言えない。
迷宮で先導する事すらできなかった程に強固な契約がある以上、アンシュルの傍を離れることはできないのだから。
そんな相手を納得させる為に一番効果的なのは、言葉よりも行動で示す事。
これからの頑張りで今の呆れを挽回すればいいだけのことだと考えていたが、視界の隅にちらっと見えた姿にそんな猶予はないかもしれないと悟る。
「…」
(あーこれルナも心配してる感じ?まぁそうだよね、世話と護衛なんて公爵令嬢からかなり離れてる言葉だもんね。普通は不安だよね…でもね、中身は家事全般一通り習得したアラサーなのよだなんて言えないし…ちょっとはフォローしてよアンシュル!!)
強張った表情を浮かべるルナに、内心で冷汗が滝のように流れる。
恨みがましい視線をアンシュルに投げかけ助けを求めてみるが、綺麗な笑顔で流される。コノヤロー…
仕方ない、こうなれはヤケだ。
「ルナさん、改めましてメリンダ・オートクチュールです。どうぞよろしくお願いします。」
「は、い…こちらこそ。」
「いきなりの事で混乱するのも無理ありません。ですからいきなり私を信じろとは言いません、ただ私は決して貴女を傷つけるつもりが無い事をどうか知っていてください。」
「はい…」
「…堅苦しいのはここまでにしましょう。ルナさん、私の事は平民の娘とでも思って接してください。」
「へ?」
「殿下は私の事を世話兼護衛役と言いました。つまり、令嬢の体面を保たなくてもいいと言う事です。それならば、友人の様な関係を築きたいと考えますわ。折角のご縁なのだから。」
出来るだけ綺麗に笑えば、反対にルナはポカンと表情を固まらせる。
何言ってるんだと思っている事だろうが本心だ、まごうことなき本心なのだ。
だからと言って強制はしない、私のスタンスはこうだよと言うのを知ってくれればそれでいい。
「さて!賊に襲われたせいで汚れてしまいましたね。殿下、当然お風呂も用意があるのでしょう?」
「ああ、その奥だ。必要そうなのは一通り揃えてあるが、足りないものがあれば言ってくれ。」
「承知しました。さ、行きましょうルナさん。」
「へ?え、あ…はい?」
混乱するルナを引きずりながら奥へと進む。
強引なのは認めるが、ここでいくら言葉を尽くしたところで本心が伝わる事はないだろう。
心を伝えるという行為は相互理解が深まって初めて叶う行為だ。
クーとは三度目だが、ルナに至っては先程会ったばかりの初対面、これで心を開けという方が無茶な話だ。
だからこそ、言葉ではなく行動で示す。
その方が伝わる事もある。
「ああそうだ、分かっていると思いますがこの先男子禁制ですわよ?もし入ってこようものなら…ハリネズミしてさし上げますわ。」
「っ!!入らねぇーよ!!」
読んでいただきありがとうございました!
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