第三話
(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?)
覚悟が決まらないまま、王妃様によって庭園散歩に繰り出すことになってしまった。
それにしても、私達を見送る際に見せた二人のワクワクとした表情が忘れられない。
アレはどう見ても、お見合いの行く末を楽しむ顔だ。
もしかして、贈り物のお礼を言いたいという私の希望を叶える形で、体よくお見合いの場を整えられたのではないか?
そう考えると色々な事に説明がついてしまうし…
(そういえば、王妃様にお礼まだ言えてない…最初から詰みってことか…)
許されるのであれば今すぐにでも膝をついて頭を垂れたい気分だ。
「お疲れではありませんか?オートクチュール嬢。」
「い、いえ。大丈夫ですわ、殿下。」
思考に没頭していた私をアンシュルの声が呼び戻す。
いけない、今は項垂れている時ではない、どうにかして活路を見出さなければならない。
ゲームならリトライをすればいいが、ここは現実、セーブもリスタートもない。
このままいけば、私とアンシュルは婚約し、学園でルナと出会い、駆け落ちする。
唯一確かなのは、アンシュルが駆け落ちしたとしても私は暗殺者を差し向けない事。
でも、王族との婚約は貴族同士の婚約よりも重い。
アンシュルが駆け落ちしたことで、私に対してどんな影響が来るかは未知数だし、そもそも別の誰かが暗殺者を差し向けてそれを私の仕業だと擦り付けられるという可能性だってないわけじゃないんだから。
「美しい庭園ですね。」
「庭師が丹精込めて育ててくれていますからね。私も時折、ここを眺めては心を癒して貰っています。」
「王妃様が仰っておりましたわ。王子としての自覚は喜ばしい事だが、ご無理をされていないかと。」
「私としましてはそんなつもりはなかったのですが、心配をかけてしまうとはまだまだですね。」
「そんなことはありませんわ。王妃様はそれだけ殿下の事を愛しておられると言う事、愛する方には幸福でいてほしいですもの。」
そう言って微笑んでみても、アンシュルは困った様に笑うだけ。
物語のアンシュルは、王太子としての自覚を持った責任感の強い青年だった。
だが、強すぎる責任感が故に全てを抱え込み、剰えそれを上手に隠して潰れかけていた。
そんなアンシュルの心の悲鳴を聞くことが出来たのは、ヒロインのルナただ一人。
ルナは王太子としての責任を説くでもなく、王族としての自覚を促すでもなく、アンシュル自身の心に語りかけるでもなく、唯々寄り添った。
何も言わない、何も請わない、何も問わない、だけど、どこにも行かない。
そんな絶対的な味方を得たアンシュルの心は、驚くほどに安定し、そして、依存した。
(まぁ、分からないでもないけど理解はできない。両陛下はキチンと殿下の事を愛していたし、側近の人達や従僕やメイド…沢山の人が殿下を大切に想っていた。確かに、王族と言う地位故に悪意から狙われやすく、裏切られやすいというのも分かるけど、それを踏まえた上で助けになりたいと伸ばされた手は多かった。それなのに、物語のアンシュルは差し伸べられていた手に気づかずに、殻に閉じこもった。)
それがいつからなのかは正確には分からない、だけど、目の前のアンシュルも同じではないかと思えてならなかった。
今はまだ全てを抱え込んでいるという感じではないが、何か大きなものを抱えている様に見えたのだ。
先程の言葉や王妃の様子から、それはまだ誰にも打ち明けていない事だろうし、会ったばかりの私に話すなどもってのほかだろう。
何の関係もないただの王族と家臣だったなら、私は何もせずにここで引き下がっただろうし、何なら関係があっても引き下がりたい。
でも、死を回避するには行動するしかない。
「愛する方、ですか…」
「殿下には、愛する方がいらっしゃるのですか?」
「あ、えっと……」
「私にはまだおりません。ですが、理想はあります。」
「理想、ですか?」
「はい……”この言葉が分かりますか?”」
「!?」
口にしたのは、日本語。
前世の記憶が戻った時に、もしかして喋れるのではないかと試してみたら案外喋れて驚いたっけ。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
これは、私が必死になって捻りだした賭けだ。
当たり前だがこの国の公用語は日本語ではないので、アンシュルには理解不能な異国の言語に聞こえている事だろう。
「これはここから遠く東に離れた国の言葉なのですが、私はこの言葉を難なく操る方が理想なのです。地位よりも権力よりも、何よりも、この言葉を理解し、共感し、共に紡いでくれる殿方と添い遂げる…それが私の願いであり夢なのです。」
「……」
「勿論、貴族の責務を忘れたわけではありませんし、家の利益のための婚姻を否定するつもりもありません。ですがそれでも、私が抱くこの願いが揺らぐことはありません。」
ハッキリと、自分の願いを言い切る。
とはいえ、これで婚約話が流れるとは思っていない。
ただアンシュルに私には私の確固たる理想像と望みがあると理解して欲しかったのだ。
物語のアンシュルがメリンダに向き合わなかった理由の一つに、メリンダが王妃という地位を望んでいると考えていたというのがある。
実際、メリンダは王妃という地位にそこまで固執していなかった。
アンシュルに淡い恋心は抱いていたけれど、アンシュルが自分をそういう目で見ていない事にもメリンダは気づいていたし、何よりその恋心はどちらかと言えば親愛の情に近しい物であった。
だからこそ全て承知の上で、せめて慕う人の役に立てればと職務を全うしていただけなのだ。
けれどアンシュルは、そんなメリンダの奮闘を誤解し、婚約者として酷い裏切りをしただけでなく、彼女が唯一望んものすら与える事が出来ない己を不甲斐なく感じてしまう。
そして、どんなに誠実に言葉を尽くしても自分はメリンダに何も与える事が出来ないという後ろめたさが、更にアンシュルをメリンダから遠ざける結果となったのだ。
なんとも報われない話である。
(いくら殿下と言えど所詮は子供。ここでいくら婚約しないでと言った所で、王室がオートクチュール公爵家と縁を持ちたいと思ってしまえば覆すことは難しい。ならいっその事、自分の願いをハッキリ伝えてしまえばもう少し向き合ってくれるようになるかもしれない。)
アンシュルがメリンダと向き合わなかった理由は他にもあるが、それは後から一つづつ潰していけばいい。
兎に角、婚約の回避が怪しくなった以上、婚約をした前提で生き残る道を作るしかない。
(茨の道だけど、生きる為には突き進むしかない!)
静かに覚悟を決めるメリンダの目の前で、アンシュルはポカンとした表情のまま固まっている。
予想外の言動で驚いているのか、それとも聞いたこともない言語に戸惑っているのか、詳細は分からないが戻ってきてもらわないと話が進まない。
「あの…殿下?」
目の間でふりふりと手を振るが、アンシュルの意識は戻らない。
どうしよう、といよいよ困った時、ようやくアンシュルは口を開いた。
「”俺もその言葉が分かるとしたら?”」
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