第二話
「メリンダ、もう体は大丈夫なのかい?」
「気分は悪くない?」
「無理をしてはいけないよ?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません、お父様、お母様、お兄様。」
翌日、元気に朝食の席へと座った私は父にして現オートクチュール公爵家当主であるマッケイド・オートクチュールと兄であるエリック・オートクチュールにこやかに告げる。
その様子にエリックは安堵し、マッケイドもまた穏やかに頷くと隣に座る妻でありオートクチュール公爵夫人であるリサーナ・オートクチュールに視線を送る。
マッケイドから視線を受け、頷くと、優しく目を細めながら私を見た。
「その様子なら、今日の登城も大丈夫そうね。」
「と、じょう…?」
「あら、忘れてしまった?今日は、王妃様とのお茶会で貴女も共に行くと言ってあったでしょう?」
「!!!」
そうだ、私が倒れた三歳の誕生パーティーの時に確かに母は言っていた。
王妃とリサーナは学園からの友人で、時たま身内だけのお茶会を開くほど仲がいい。
私が生まれた時は勿論、誕生日にも非公式で細やかな祝いの品を届けて下さるほどだ。
加えて、メリンダは母から王妃の人となりを聞き是非とも直接お礼を言いたいと強請っていたのだ。
しかし、幼過ぎることに加えいくら非公式とはいえ最高位の人物に会うにはメリンダの礼儀作法は拙すぎたので、礼儀作法の先生から許可を貰えたらにしようと言われ誕生日パーティーの場でついに許可を貰えたのだ。
メリンダは喜んだ、それはもう喜んだ…今この場でやっぱりやめますと言えない程に。
「朝食を頂いたら早速準備しましょうね。」
にっこりと微笑んだ母に、私は血の気が引いた顔に笑顔を浮かべながらなんとか頷いた。
朝食後、あれよあれよと準備が整い馬車に乗り込んだ。
せめてもの足掻きと言わんばかりに兄を巻き込めないか画策しては見たが、既に先約があったらしく微笑ましそうに却下された。
どうやら兄は私が緊張していると思ったらしい、いやある意味合ってるけど。
(王妃様とだけのお茶会なら全然いいんだけど、子供同士の方が~とか変な気を回されて殿下を呼ばれでもしたら…いや、それ以前に王城って言わば王族の家ってことでしょ?バッタリ会っちゃっただなんてことになっても不思議じゃない…い、いや!物語で私と殿下が婚約者になるのは七年後だし、大丈…じゃない!!よく考えれば王族の婚姻でしょ?!んな家格と年齢が釣り合いますね~じゃあ婚約しましょう~だなんて簡単な話なわけないじゃない!!派閥やら権力やら面倒くさいものを色々考慮しなくちゃいけないんだから生まれたと同時に吟味が始まってても可笑しくない!!)
今の私には三歳児だったメリンダの持つ記憶と小説上の知識しかない為、この国の権力図について知識が不足している。
だから、どの家がどの派閥で、どの程度の権力を持っているのかは勿論、権力欲のある悪人、善人の区別もまたできていないのだ。
昨日まではその情報を七年の間に集めて、無難な人と婚約してしまおうと気楽に考えていたが、それでは遅すぎると今更気づいた。
いや、貴族同士の婚約、もしくは王位継承権のない王族とならその考えでもどうにかなっただろうが、王位という地位が全てを捻じ伏せる。
アンシュルと婚約すると言う事は即ち、未来の王妃になると言う事。
王妃教育は通常の貴族教育よりも厳しい事に加え、量も多いため幼少期から取り組むのか定石なのだ。
そう、ちょうど今の私の様な年齢から。
(権力図は分からないけど、いくら学園時代の親友とはいえ今現在もこうして会うってことはオートクチュール公爵家は王室と友好的ということ。しかも公爵家だから家格も釣り合っている…そんな所に、もし王妃の私情が挟まったりなんかしたら……)
ゲーム・オーバー…
「メリンダ?どうしたの?」
「お、お母様…わ、私その……」
「ふふっ、大丈夫よ。王妃様はとてもお優しい方だから。」
極度の緊張から体調を崩しましたという私の逃げ道を、母は優しい笑顔で即座に塞いだ。
「いらっしゃい、リサーナ、メリンダ。来てくれて嬉しいわ。」
「ごきげんよう、王妃様。」
「ご、ごきげんよう、王妃様…」
「ふふっ、どうか固くならないで。今日は身内だけの非公式な場だから、楽にして頂戴。」
通された中庭には一つのテーブルと三つの椅子が用意され、周りには女性ばかりで一先ず胸を撫で下ろしながら、改めて眼前の女性に目を向ける。
優しく微笑み、こちらを暖かく迎えてくれたのは輝く金の髪にサファイアの瞳を持つ女性。
この方こそ、我が国における女性の最高位である王妃エリザベス・メタト=ポロス。
お会いしてまだ数分なのに、溢れ出る気品が眩しくて正直、サングラスが欲しい。
(小説でこの方が登場するのは二章の最後からで、王を支える賢い王妃で凛々しくカッコイイ女性、だけど茶目っ気もあって場の空気が重くなり過ぎないように配慮してくれる人なんだよね。)
進められた席に着き、和やかに会話が始まる傍らで物語上の王妃を思い浮かべる。
推しではないものの、結構好きなキャラだったこともあり状況が状況でなければこの時間ももっと楽しく過ごせただろうにと、若干背後に暗雲を背負う。
だが今は、落ち込んでいる場合ではない。
家格が釣り合おうが、親友の子であろうが、彼女は王妃でありこの国にとって有益な子を選ぶ責務がある。
私の今後の為、無様を晒すことはできないが記憶にすら残らない程に、存在感が残念な子を演じれば或いは候補から外れるかもしれない。
何故なら、王妃に必要なのは教養だけではない。
王を支える度量や経済を回す為の流行を作り出す等と言った役目もある。
だから存在感が残念、つまり、周囲の人に忘れられるような人間には勤まらないのだ。
だからどうにかして、婚約のこの字すら思い浮かばない程に存在感を薄くしてこの場を乗り切るしかない。
(と、思っていた時期が私にもありました。)
「まぁ!メリンダはお料理が趣味なのね。」
「は、はい。」
後になって気づいたことだが、嫌悪している相手ならまだしも好意的な人相手に、いくら存在感を薄くした所でその人のことを忘れてくれるはずがない。
しかし、この時の私は本気でそれを実行していたのだ。
パニックになると人間は支離滅裂な行動をとるのだと、身をもって体験していた。
「珍しい食材を見ると目を輝かせて…母としては、その情熱を淑女教育の方へ向けてほしい所ですわ。」
「あら、こんな可愛らしいお嬢さんが更に磨かれてしまったら求婚者が急増して、公爵が卒倒してしまいそうだわ。」
「むしろいい薬ですわ。このまま悪化すれば、メリンダは行き遅れになってしまいそうなほどですし。」
(むしろその方がいいんだけどなー…)
井戸端会議じみてきた会話を聞きつつ、紅茶を飲んだ瞬間、思わず吐き出しそうになってしまった。
ごめんよ、メイドさん。
君達のお茶が不味いわけじゃないんだ、王妃様の爆弾のせいなんだ。
「大丈夫よ。いざとなれば、うちの子がいるわ。」
(いるわ♡じゃないんですよ王妃様――――――――――――――!!!)
私にとってその人は最大のフラグなのですよ!!
叫びを紅茶と一緒にゴクリと呑み込みつつ、若干青い顔で会話の行く末を見守る。
ここで下手に言葉を挟んで、なら呼びましょうだなんて藪蛇にならないように気を付けたつもりだが、運命は無常だった。
「ちょうどいいわ、紹介しましょう。アンシュルを呼んでもらえる?」
「かしこまりました。」
(かしこまらないで――――――――――――――――――――!!!)
「お、王子殿下は、お忙しいのでは…」
「大丈夫よ。むしろ、最近は籠りがちだから、いい機会だわ。」
「お加減でも悪いのですか?」
「いいえ。少し前から急に王子の自覚が出てきたのか、書庫に籠ったり一心不乱に剣を振るったり、四六時中動き回っているのよ。」
「まぁ、それは喜ばしい事ではありませんか。」
「王妃としては歓迎することだけど、母としては身体を壊さないか心配でもあるのよ。だから、メリンダ。」
「は、はい。」
「どうか、あの子の気分転換に付き合ってあげて頂戴。」
ね?と優しく微笑まれていいえと言える人がいるでしょうか?
いいえ、いません。
かく言う私も微笑みながら頷きました、ええ表面上は。
心情としては泣きながらですけどね!!
兎に角、ここからどうにかして巻き返す方法を考えなくてはと、必死でない頭を絞る。
「お呼びでしょうか、母上。」
来るの早いな殿下!!!!
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