第九話
奴隷商の調査と私自身の研鑽の日々はあっという間に過ぎ去り、気づけば二年の歳月が経過していた。
その間も夢を介しての会議は続いており、情報共有や作戦会議も行っているため、私達はすっかり相棒の様な関係になっていた。
「それで、進捗はいかがですか?」
「悪くない。今動かしている騎士がいい仕事をしてくれてね、もう少しすればキングに手が届きそうだ。」
「今動かしているというと…ああ、副騎士団長ですね。」
「そう。君の目論見通り、アイツとの相性が良くて驚いたよ。元々柔軟な考えをしているとは思っていたけど、まさかアイツが気を許すとはね。」
やれやれと首を振るアンシュルだが、本心は自身の腹心に友人が出来たことをとても喜んでいた。
闇ギルドに所属している者は、大半が猟奇的な行為に快楽を見出す異常者だが中にはのっぴきならない理由でそうせざるを得ない者もいる。
例えば、親に売られた
例えば、生きるために
例えば、陥れられた
アンシュルが引き抜いた凄腕さんは、その中で親に売られたのだそうだ。
口減らしか、それとも疎まれたか、詳細は知らないけれど話を聞く限りでは凄腕さんの根っこの部分は善人の様に感じた。
だからこそ、副騎士団長と組ませた。
お茶会で見た副騎士団長は、人懐っこいけれど気遣いができる人だがハッキリと意見を述べるタイプに見えたが、それだけじゃない。
アレは腹芸が出来る人種だ。
その為、副騎士団長が善性か悪性かと見極めるのに苦労はしたものの、今上がっている成果を見れば必要な労力だったと思う。
「君の方はどうなんだい?」
「ひょんなことから珍しい鉱石を発見しましてね。今はまだ研究の段階なのですが、これが実を結べば陛下にご報告するレベルの功績になるやもしれません。」
「それは本当か?!」
「はい!」
ストレス発散で魔法を連射していた際に粉砕した岩から、珍しい成分の鉱石が発見された。
それは、塩化ナトリウムとミネラルを含む鉱石。
前世で言う岩塩だ。
ポロス国だけでなく、この世界において塩は貴重品だ。
料理には勿論、調薬にも使用される塩は生活になくてはならない。
けれど、この世界の物流は前世とは比べ物にならない程に遅い為、国によっては慢性的な塩不足に陥っている所もあるのだ。
その他にも金銭的な事情なども絡み合い、塩の結晶一つで家が建つなんてこともあると聞いたことがあった。
「なるほど、岩塩…それは確かに大事だ。」
「ええ。現在、地層の調査を行うと同時に岩塩の鑑定なども行っているので、あと数年の内にはご報告できると思います。」
「楽しみしていよう。」
塩が国内で手に入る様になれば、貿易でも優位に事を運ぶことができる。
ポロス国はいくつかの国の中継地点の様な立地ではあるが、その規模は決して大きくはないので切れるカードが増えるのは純粋に喜ばしい事なのだ。
「さて、そんな君に一つ頼みがある。」
「頼み、ですか?」
「ああ。調査の過程で一人の少年を保護してね、彼を君に預けたい。」
「…え?!」
夢で何度も会議を重ねてはいるが、現実では私とアンシュルは王妃のお茶会で少し話しただけと言う事になっている。
両親が王妃になんといったかは知らないが、あの日の時間稼ぎが思いのほか効果を発揮していたらしく未だに婚約のこの字も上がっていない。
その間に、私自身の研鑽として淑女教育が活発になり余計にアンシュルと顔を合わせる機会がなくなったのだ。
そんな所にいきなりアンシュルが訪ねて奴隷を託す、だなんてことになったら大騒ぎになるのは目に見えているし、今はまだアンシュルと私が友好的な仲であると周囲に知られるのは避けたい。
副騎士団長に指示して奴隷を託す、という手もない事はないが副騎士団長にあらぬ疑いがかけられる可能性がある。
それに結局、諜報に明るい者が調べれば背後にいるのがアンシュルだと言う事も分かってしまう。
残る方法は、私自身が奴隷商に赴きその奴隷を買う事だけなのだが、それをすれば私の両手に輪っかが掛けられかねない。
「ちょっと待ってください!それって、間接的に奴隷を買えってことですか!?」
「いやいや、流石にそんなことは頼まない。実は、保護した少年なんだが脱走を繰り返していてね。」
「脱走?保護したのでしょう?」
「ああ。どうやら彼は何者かによって奴隷にさせられた様でね、その背後関係を調べようとしたんだが抵抗された挙句、保護していた施設から脱走してしまったんだ。」
「まぁ…」
「怪我もしていたから連れ帰っては落ち着かせてを繰り返してはいるんだけど、このままじゃ堂々巡りだし何より彼の身体が持たない。」
「そこでわざと脱走させ、その先で私に拾わせると言う事ですね?」
「話が早くて助かるよ。オートクチュール公爵家なら滅多な事じゃ揺るがないし、俺達の元に居るより幾分か視野が広くなるかもしれない。何より、信頼できる君がいるからな。」
「そのお言葉、有難く存じますわ。そう言う事でしたら、お引き受けしましょう。」
「これは彼の釣書、似顔絵も付けてあるからよく読んでおいて。それと、計画結構は明日の昼で市街地近くの裏路地に誘導する予定だ。場所についても釣書に書いてあるから。」
「分かりました。」
「あとこれ。」
「これは?」
「特製のブレスレットだ、彼が裏路地に入ったらそれに合図を送るからつけておいてくれ。」
「はい。」
そう言って渡されたブレスレットをしっかりと受け取るが、ここで一つ疑問が残る。
果たして夢で受け取った物品を現実に持ち込めるのだろうか?
「殿下、あの…」
「お、目覚めの時間だ。良きに計らってくれ、メリンダ。」
「ちょっ!」
何とか引き留めようとした手は、無情にも空を切る。
だが、目覚めの間際で起こした行動だったからか現実の身体を手を伸ばした状態だった。
そして、その腕にはアンシュルから受け取ったブレスレットが輝いていた。
(いや……なんでもありなのか!!!)
因みに、枕元には受け取った釣書もちゃんとありそこには、利発そうな黒髪の少年が描かれていた。
*
「前よりも活気づいているみたいね、シア。」
「はい、お嬢様。」
翌日、買い物と称して市街地近くまで向かう事に成功した。
ただ、いくら淑女として成長しているとはいえ五歳の子供を一人で行かせられる訳がないのでお目付け役としてシア、護衛としてミシェルが付いてきてくれた。
ミシェルは兄・エリックの従僕の一人だが、とても腕が立つので騎士だと目立ってしまう場面での護衛を良く引き受けている。
見目も中性的で細身に長髪と言う事も相まって、即座に場に馴染むことができるのだ。
うん、有能。
(えっと確か、殿下が言っていた市街地近くの裏路地って帽子屋の近くだったわね。)
「ねぇ、帽子を見たいのだけれどあそこの店に寄ってくれない?」
「かしこまりました。」
訪れた帽子屋はこぢんまりとしているが、品質は申し分ない。
むしろ、創造性が豊かなのかここら辺ではあまり見ないデザインの帽子まで取り扱っていた。
まだ五歳の私にはちょっと大きいが、もう少し成長した暁には是非とも着用したいものだ。
「素敵ね。」
「ありがとうございます。」
「貴方が店主かしら?」
「はい。この店を営んでおりますオリバーと申します。」
「デザインもだけれど、仕事がてとも丁寧だわ。私にはまだ少々多き事だけが残念だけれど。」
入店した動機も相まってただ冷やかして帰るのも居心地が悪いが、だからと言って使わない物を買うのは帽子にも職人にも失礼だし。
ならシアにとも考えたが、専属侍女だからと贔屓してはメイド内の不和を呼びかねない。
オートクチュール公爵家の人事は、女主人であるお母様の仕事なのできっとこんな小さなことでは波紋すら起きないかもしれない。
それでも、用心するに越したことはない。
「でしたら、こちらはいかがでしょう。」
「まぁ!」
「実は先日、とある少女から取引を持ち掛けられましてな。とても良い品でしたので買取、こうして帽子の装飾に使用してみたのです。」
「とても素敵ね!私にもピッタリだわ!」
差し出された帽子は、素晴らしいの一言に尽きた。
丁寧に編み込まれたレースを使い、鍔の部分にはシアー素材の様な布を使っておりとても上品だ。
そして、一番はなんと言っても帽子に使用されている装飾品。
とても美しい大きなビー玉くらいの碧玉を引き立たせるように配置された青い薔薇。
一目で気に入った。
「これ、頂けるかしら?」
「ええ。お題は金貨二枚になります。」
「シア。」
「はい。」
それなりに高額だが、この帽子ならば納得の価格だ。
ひょんなことから言い買い物が出来たとホクホクで店を出ると、ブレスレットから反応があった。
目的の人物が、現れたのだ。
「……あ!私のハンカチ!」
「お嬢様?!」
シアとミシェルの目を盗んでハンカチを取り出すと、風の魔法で裏路地方面へと飛ばす。
本当は帽子をと思っていたが、あまりの素敵さに断念した。
(ま、まぁ!ハンカチの方が軽いし小さいから魔法の制御がしやすいって利点もあるしね!)
誰かに対しての言い訳を内心で並べながら走った先には、釣書に書かれていた少年が倒れていた。
急いで抱き起すと、ぐったりとしているもののそれほどまでに酷い怪我はしていない。
ただ、顔色の悪さから見て栄養状態はあまり良好とは言えなかった。
(脱走を繰り返していたって言っていたからまともに食事もしていなかったのでしょうね…でもまず、邸に運んで手当が先ね。)
「しっかりして!!」
念のため意識の確認をするため呼びかけると、薄っすらと瞼が上がった。
だが、焦点があっていない。
「すぐに治療するわ、だから安心して!」
「…、……ぁ…」
「え?」
こちらを認識しているかは怪しいが、少しでも安心材料になればと努めて優しく語りかけると少年の口が動いた。
何か喋っていたようだけれど、小さくて全く聞き取れず聞き返そうとしてもそれで力尽きたのか、少年は再び眠ってしまった。
「お嬢様!」
「お嬢様!お待ちください!」
「シア!ミシェル!」
もう一度呼びかけようとした瞬間、後ろから追ってきたシアとミシェルの声が聞こえる。
何を言ったのか気になるところではあるが、少年の状態からして早くベッドで休ませた方がいいと判断し、居場所を知らせる。
私を見つけて安堵する一方で、ぐったりと意識のない少年の姿に二人の目が驚愕に見開かれる。
「!そちらは?」
「ここで倒れていたの、手を貸して!」
「お嬢様、私は回復魔法が使えます。この場ですぐに完治できます。」
「!いいから馬車に運んで!!これは命令と取ってくれて構わないわ。お兄様には不出来な妹が我儘を言ったとでも報告なさい!」
「しょ、承知しました。」
ここで治療を完了させてもらっては困ると、少々キツめに発言してしまった所為かミシェルは驚いた様に頷くとすぐに少年を抱え上げ馬車へと向かう。
兄の命令でついてきたミシェルに横暴な態度を取ってしまった事を申し訳なく思うけれど、そうでなければあの少年は傷を治療されただけで捨て置かれてしまう。
確かに、貴族の中には平民をゴミを見るような目で放っておく者もいるくらいだ。
それなのに高額な治療行為をするだけで拍手ものなのに、態々連れ帰って介抱でもしようものなら場合によって拝まれても不思議ではない。
けれど、それは助けた側にのみ言える事。
本当に善良な貴族が善意で助けたとしても、相手が平民ならばその後に苦境が待ち受けている。
平民の中には貴族を毛嫌いしている者達がおり貴族に助けられた、だなんて知られれば迫害され下手すれば袋叩きだなんてこともあると聞いたことがあった。
ミシェルは私がその事を知らないと思ったのだろう。
自分でも自覚がある、私は家族に愛されている。
愛されていなければあの時間稼ぎを行う事は出来なかったしなにより、その時間稼ぎの効力が予想以上に大きくなったと言う事もなかった。
それはとても良い事だろう、実際に私は助かっているのだし。
だが、家族は私を愛するあまり掃える火の粉は自分達で掃ってしまうのだ。
それが悪い事だとは言わない、中身がどうあれ私はまだ五歳の子供だし、事実それに助けられている事もあるのだろうからむしろ感謝しているぐらいだ。
しかし、その光景を第三者が見れば私は大事に仕舞いこまれた世間知らずの箱入り娘に見えたことだろう。
そんな娘が、例え善意であったとしても自分が助けたせいで相手が酷い目にあったと知ればどんな反応をするかなんて、すぐに想像がつく。
兄の従僕であるミシェルは、それを防ごうとした。
貴族である私が治療するよりも、平民であるミシェルが治療した方が波風が立たないと考えたのだ。
主人であるエリックが大切にしている私が傷ついて、エリックが悲しまない様に。
動機がどうあれ、こちらを慮ってくれたのは事実。
折角の心遣いを、踏みにじってしまった罪悪感に顔を俯かせる。
「お嬢様。」
「シア…」
「ミシェルの行動の意味を、ご理解なさっておいでなのですね。」
「ええ、その上で強行したわ。理由は、まだ言えないけれど…」
「なら、言える時にきちんとミシェルに話せば大丈夫です。ミシェルなら、きっと分かってくれます。」
「そう、ね…うん、その時に誠意をもって伝えるわ。」
彼を運び込んだ本当の理由はきっと生涯言えない事だろう、でも別の理由ならきっと言える。
その時に、一緒に言おう。
気遣ってくれてありがとうと、横柄な物言いをしてごめんなさいを。
読んでいただきありがとうございました!
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